第12話 かゆいところに手が届く。
「…あっ、空也…。もう少し…もうちょっと上…その右ですよ…」
「瑠詩羽様? ここですか? ここで良いですか?」
「あン! そうですっ、そこぉ…ああン! ああっ…空也あ!」
この大宇宙に覇帝姫の名で恐れられるこのわたし、宇宙宮 瑠詩羽は一糸まとわぬ生まれたままの姿で、空也の的確なその動きに見悶えて悦びの声をあげた。
「ふふ…空也は背中を洗うのも上手いですね、わたしのかゆい所を的確に突いて来るんですもの…。
はぁはぁ…この覇帝姫、宇宙宮 瑠詩羽が自分の奴隷にこんなにいい様にされて、しかもあんなにみっともない声をあげてしまうなんて…。
はあ…でも、とても気持ち良かったですよ。空也」
「はい、瑠詩羽様が喜んでくれて僕も良かったです」
空也は屈託のない笑顔で笑った。わたしもつられて笑顔になった。
唐土国と愛衣羅との戦いを終えたわたしは覇帝姫宮殿要塞ヴァーンニクスに戻り、大浴場で戦いの汗を流していた。
空也はわたしの身体を洗うのがとても上手くてわたしはいつも満足気なのである。
地球に追放される迄はメイドに洗わせていたのでわからなかったが、男性の力強い手で洗って貰ったほうが気持ち良いのかも知れない。
「それにしても今回の戦いは良かったですね。
唐土国との戦いは思い描いていた血沸き肉躍る熾烈な戦いからは遥かに遠く、とても残念なものでしたが…ここで愛衣羅を討ち果たせたことが大きいです。
ずっと刺さっていた小さなトゲが取れたといいますか、かゆい所に手が届いたといいましょうか…。
そうです、さっき空也にわたしの背中のかゆいところを的確に磨いてくれた悦びと同じ感覚です!」
「えっ、ええと…」
空也はわたしの言葉に何と答えてていいか困った様な顔をした。
「ふふふ、空也。今わたしを酷い女と思いましたか?
でもですね、これが宇宙宮 瑠詩羽なのですよ。
わたしは昔から策謀と傀儡の術でひとを操る愛衣羅お姉様が大嫌いで、いつか殺してやろうと思っていましたからね。
でもそんなあのひともわたしの姉であり、肉親でしたから。
だから今日に至るまで実際に手に掛けるという事はありませんでした。
ですがわたしに刃を向けてきた以上、その命を奪うという選択肢以外はありえませんでした。
導名雅お兄様を手にかけた時、肉親を殺すことに関してのタガが完全に外れたのでしょうか。
彼女を殺すことに一寸の迷いもありませんでした。むしろ喜々としていたと思います。
それも、愛衣羅お姉様がお兄様を焚きつけたことが原因となればお姉様の自業自得ということになりますか。
お姉様はわたしに一切の遠慮なく殺されるために勝手に踊っていたというなら、これは滑稽で笑えますよね、あはは!」
「…瑠詩羽様…」
そんな風に笑うわたしに対して空也は、優しさと悲しさを合わせた様なまなざしと声をかけた。
「ふふふ、空也。わたしのことを愚かで可哀そうな女だと思っていますか?
そんなわたしに対して憐れんで、慈しんでくれるのですか?」
「僕は瑠詩羽様にそんなことは…」
「ふふっ、良いのですよ…優しい空也。
それはきっとあなたの良い所だとわたしは思います。
でもですね、前も言った通り、わたしは覇道を生きる覇帝姫、宇宙宮 瑠詩羽。
わたしには優しさなど一切不要なのです。
だから空也、その優しさはいつかあなたに大切な人が出来た時、そのひとに向けてあげて下さいね。
…それよりも空也、わたしが今日の戦闘でアルマレオンをモフモフした時、モフモフに溺れて情けない声を上げたわたしのことをちょっと可愛いとか思いませんでしたか?」
「えっ!?それは…」
わたしに突然問い詰められて急速に頬が赤くなる空也。
「…ふうん…やっぱりそう思っていたんですか?」
「い、いえ…そんなこと…うわあっ!?」
思わず後ずさりする空也は、大浴槽の外壁に当たってそのまま後ろにひっくり返って浴槽内に落ちてしまった。
「ぷ…はあっ!」
空也は大浴槽の底から浮かび上がりお湯からは顔を出して大きく息を吐く。
突然熱いお湯に頭からから飛び込んだから不意を突かれて苦しいのだろう。
「空也! 覚悟して下さい!」
でもわたしは意に介すことなく、もっと呼吸をしようと息を吸い込んだ空也の胸の中に飛び込むとそのまま羽交い絞めにした。
「ごぼごぼ…瑠詩羽様ぁ苦しい…僕、このままじゃ死んじゃう!」
「ふふふ、あなたはわたしの血で強靭な肉体に生まれ変わったのです。これぐらいでは死にませんよ」
「そんなこと言っても瑠詩羽様あ!
ごぼごぼ…苦しいことには変わらないとは思…うっ!!」
「ふふっ、仕方がないですね」
わたしは空也の身体をぐいっと持ち上げてお湯の上に顔を出させた。
「はあ…はあ…ありがとうございます瑠詩羽様」
「ふふっ、礼を言われる筋合いはないのですよ。だってそもそも空也をお湯に沈める原因を作ったのはわたしです。そしてこれから空也はもっと酷い目に合うのですから」
わたしはそう言うと空也を浴槽の淵に押し付けた、そして空也の真正面からわたしの肢体をしだれかけた。
「ふふふ、奴隷が主人のことを可愛いなんて思うなんて…なんて不逞な行いでしょうか。これはお仕置きという名の教育が必要ですよね?」
わたしはそう言うとお湯の中に沈む空也の身体を抱きしめた。
「はあ…お風呂というものは誰か考えたか知りませんけれど、こうやってお湯に浸かるという行為はとても良いものです。生命力が蘇る感じがしますね」
わたしは大浴槽に自分の身体を深く沈ませてつぶやいた。
そのつぶやきに対しての返事は無く、天井から落ちるしずくの音と、浴槽の横でその身を横たえている空也の荒げた呼吸音が聞こえるのみである。
わたしは湯舟の淵からから手を伸ばすと空也の頬を撫でてあげた。
わたしは奴隷である空也に、主人であるわたしとの関係で間違っているところを修正し、教育してあげた。
これは主人としての当然の義務なのだ。
ただそれだけで深い意味は無いのである。
「ハクリュウ、唐土国の制圧報告をしなさい」
わたしが声をかけると同時に大浴場の空中にモニター画面が映し出されてハクリュウの顔が浮かぶ。
「姫様。唐土国の制圧は4時間前に既に完了しております」
「昨日のベイ国と比べると早いですけれど、それなりにはかかっていますね。
ほとんどの戦力は愛衣羅の傀儡と化してホキンで全滅したと思っていましたが、残存戦力はそれなりに居たということでしょうか。
戦意は無くとも数は多いですから、それなりには時間がかかったということで良いのでしょうか?」
「はっ、姫様。残存戦力はそう多くは無かったのですが、相手が逃げに徹しまして追撃して撃破するのに少々時間がかかっただけです。
これは此処まで逃げ腰の軍と戦った経験が少ない私の経験不足から来る不手際でございます、申し訳ございません。
それからこの国を落とした瞬間に北方からルーシー国が侵攻を開始しましたので、こちらは『シルフィア』で一蹴しておきました。既にこの国は姫様の領土、下賤な輩には指一本触れさせません」
「ハクリュウ、ご苦労様。それにしてもすかさず攻撃をしかけてきたルーシー国はなかなか良いですね、他の国にはなかった戦いに対する執念を感じます。
かつてはベイ国とこの星の覇権を争い、兵器の威力、戦意がこの星で一番というデータを見ましたがそれはあながち嘘ではなさそうですね。
ふふふ、ルーシー国…期待していますよ。この星の覇権国家の本当の戦いというものをこのわたしに魅せてくれることを」
わたしはそう言うとモニターに映し出されたルーシー国の映像を期待を膨らませたまなざしで見つめて微笑んだ。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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