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第12話『厄介なハニー』

 



 飛鳥が突然現れなくなり、それから1週間が経った。

 遊魔としては、誰にも付きまとわれず平穏な時が過ごせるようになったのはいいことだった。

 だが、それでも、常にどこかから監視しているかのように、場所を問わず毎日現れていたのが、何の予告もなしにぱたりといなくなってしまうのは、多少気がかりでもあった。


 あいつに何も起きてなきゃいいが、と思っていた彼だが、そんな飛鳥と入れ替わるようにして別の人物が現れ、まとわりつくようになっていた。

 何でこうなるんだよ! と、遊魔は叫びたくもなる。


 事の発端は、1時間前にさかのぼる。


 遊魔はいつものように、第42区の街をふらふらとさまよっていた。

 やはりいつもと変わらない、普通の日常。

 そう思っていた矢先、前方から、女性の悲鳴が聞こえた。


 駆け足で現場に行くと、遊魔の想像通り、若い女性がディアロイドに襲われかけているところだった。


「……またか」


 やれやれ、と思いつつも遊魔は姿を切り替え、戦闘体勢に入った。

 幸い、相手はディアロイドの中でも威力、体力共に低い、下級クラスだった。

 タイプは先日も戦った、樹海型。


「ふ、っ!」


 怪物を女性から引き離すように、遊魔は素手で掴みかかる。

 不意打ちに怪物が怯んだ隙に、蹴りを一発喰らわせ、距離を離す。

 それから、女性に向けて「離れろ」と合図し、安全な場所へ避難したのを確認すると、

攻撃技を繰り出した。


「チェーン/フレイム」


 炎を纏った鎖を操り、叩きつけるように攻撃を喰らわせる。

 何発か与えた後、とどめの一撃を喰らわせると、敵はあっさりとその場に倒れてしまった。


 ここまであっけない戦闘が今まであっただろうかと、遊魔は違和感を覚えた。

 魔力を回収しようとしたが、蓄えている魔力が微少だったため、もらうまでもないかと、遊魔はその場を去ろうとした。


 が、彼は強引に引き留められた。


「ねえ、君ぃ……」


 甘えるような声と共に、妙な温かみのある手が手首をつかむ。

 助けた礼もなしかよ、と遊魔は内心で突っ込みを入れつつ仕方なく振り向く。


 その黒々とした瞳は、恍惚に満ちていた。

 背丈は遊魔と同じくらいで、背中まで伸ばしたピンク色の髪をカールさせている。

 程よく化粧っ気があり、長い睫毛に覆われた眼でじっと遊魔の顔をみつめると、彼女はまた口を開いた。


「へえ、近くで見ると案外かわいい顔」


 ほんのり頬を赤らめる彼女は、両手で遊魔の手を包み込み、こんなことを言い出した。


「あんたのこと、いつも見てるよ」


 遊魔はドキリとした。

 俺は飛鳥以外の奴にも、知らないうちに追跡されていたのか、と。


「ああ、ごめんごめん。『見てる』って言っても直接じゃなくて……」


 女はぱっと両手を離した。

 黒いタイトスカートのポケットから、小型の端末を片手で取り出し、慣れた手つきで操作する。

 その縦長の爪は手入れが行き届き、つやつや光っている。

 女は指を動かすのをやめ、画面を遊魔に見せた。


「ネット上で、ってことね」


 そこには、遊魔がディアロイドと一線を交えている様子が動画で流れていた。

 何でこんなことに、と遊魔は絶句した。


 当然、彼が望んだことではない。

 戦闘を見ていた誰かが勝手に動画を撮り、それをネット上に流したものだった。

 市民が求めているものを共有することで、自分の評価を集めるために。


「まさか、実際に会えるだなんて夢にも思わなかったわ……」


 女はそう言いながら遊魔に接近し、彼の片腕にそっと抱き着いた。

 初対面にも(かか)わらず、パーソナルスペースもなにもない。

 スーツ越しに、部分的に豊満な身体をぐいぐい押し付けられ、鬱陶しい気分になった彼はとうとう口を開いた。


「……何なんですか」


 彼が女の顔を横目で見ると、彼女はだんだん真顔になり、やがて引き気味の表情になった。


「な、『何なんですか』って……。あんた本気で言ってるの……?」


 そして身体を引きはがすようにして、ハイヒールの靴でよろめくように後退した。


「年頃の男の子なのに、本っ当に無反応じゃないの……。あんたもしかして、そっちの」


「違います」


 実際遊魔には、恋愛感情そのものがなかった。

 だから本来はイエスでもノーでもなかったが、女の語り口が何となく(しゃく)に障ったため、わざと否定的な言葉をぶつけたのだ。


「あ、そう……まあいいわ」


 色仕掛けは失敗か、と言わんばかりのすました表情で女はタブレット端末をしまい、今度は強い力で、再び遊魔の手首を掴んだ。


「とりあえず、ついてきてもらうわよ」


 と、女は遊魔の答えを訊かず、強制的に何処かへ引っ張っていった。



 ナユミと名乗った女は、遊魔を喫茶店に連れこんだ。

 平日の昼間で人がまばらな店内で、「助けてくれたお礼だよ」と、何でも好きなものを注文するよう言われた。


 けれど遊魔は、何かを食べる気はなかった。

「結構です」と遊魔が断ろうとすると同時に、女が「じゃあこれにしようよ」と食い気味にメニュー表を差し出してきた。

 彼女が指したのは、店内で一番高い山盛りのパフェだった。

 写真のわきには、2、3人向けと書かれている。


「いえ、結構で」


「すみませーん、お願いしまーす」


 女は遊魔の返事も聞かず、特大のパフェを注文した。

 10分もしないうちに運ばれたそれは、画像で見るよりもはるかに豪華だった。


 ふちの部分がなめらかな曲線を描く、特注サイズの透明なグラス。

 その中では、色とりどりのフルーツと生クリームが何層にも重なり合っている。

 上部にはドーム型のアイスクリームを中心に、生クリームや筒状の焼き菓子が大量に乗せられ、まるで小さな建物を成しているかのようだ。


「遠慮なんていいから、早く食べないと、アイス溶けちゃうわよ?」


 ナユミは嬉々とした顔で、スプーンを口に運んでいる。

 この女は何かを企んでいるのではないか、という疑いが脳裏に浮かびつつも、目の前の女と特大のパフェを後に店を離れる気にもなれず、結局遊魔は、チョコソースのかかった生クリームを無言でつついていた。


「うん、甘くておいしい」


 女はそう言いながら、クリームの付いたスプーンを舐めとった。



 *******


 薄々と感じていた嫌な予感は、見事に当たっていた。


「ねえねえ、いい加減教えてくれたっていいじゃない?」


 薄暗い路地裏で、彼女はしつこく遊魔に迫っている。


「さっきパフェまでおごってあげたんだからさぁ」


 まとわりつくような口調で、遊魔の手首をぎゅっと掴んでいる。

 腕に食い込んでくる爪が、余計に彼をいら立たせる。


「(最初からこのつもりで……)」


 全てはこの為だったのかと、遊魔は目の前の女を恨みたくなった。

 自分の望みも聞かず、押し付けるように注文したのに「おごってあげた」と恩着せがましく言われるのも、余計に腹立たしい。


 何年かぶりに食べたパフェが美味しかったのは事実だが、それとこれとは話が別だ。


「あんたのその不思議な力のこと、きっちり教えてもらうわよ?」


 遊魔はどんなに問い詰められても、白を切っている。

 誰に何を言われようと、彼は自分の能力のことを絶対に話さないつもりだ。


「それともあんたって、ものすっごく薄情な人?」


 何とでも言えばいい。

 心の中でそう言い、無言を貫いていたその時。


「……ふうん、本っ当に何も言ってくれないんだ」


 アイシャドウの塗られた彼女の眼が、にんまりと妖しく笑った。


 ナユミは遊魔の腕を掴んでいない手で、白いブラウスのボタンにかける。


 2つ、3つと、器用に外し、


 ――「()()()()なら、すぐに出来るんだけど」


 と、シャツの下から、ピンク色の派手な下着を見せながら、上目遣いで言った。

 女の言わんとしていることにすぐ気づいた遊魔は、顔を歪めたくなった。


「ここから少し行けば、人がいっぱいいる大通り。あたしが助けを求めるように叫べば、誰かしら駆けつけてくるはずよね?」


 すっと遊魔の腕を離し、黒いスーツを路上に脱ぎ捨てる。


「するとそこには、この格好で座り込むあたしがいて、あんたのことを話せば、その人は間違いなく驚くはず……」


 尻もちをつくような恰好をしながら、スカートをぎりぎりの位置まで捲り上げる。


「……どういうことか、わかるよね?」


 と、ナユミは至近距離から、脅すような口調で言った。

 なんて厄介者だ、と、遊魔は目の前の女を睨んだ。


「さあどうする? あたしにあんたの秘密を言うか、痴漢の濡れ衣を着せられて、二度と『英雄』として街を歩けなくなるか……」


 ナユミは遊魔を試すように、にんまりと笑っている。

 ここでもう一つの姿に切り替わり、女の手を振り払って脱出することも可能だった。

 だが、そうすれば、女が嘘の情報を世間に広めるだろうと、遊魔はすぐに想像できた。


 どうするべきかと彼が迷っている間にも、ナユミは彼をじっと見つめ、腕をきつく握っていた。

 

 最悪の手段として、遊魔は目の前の女を抹殺することも可能だった。

 が、結局、それが実行される時は一度も来なかった。



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