到着
「ひゃっ!」
身体が勢いよく後ろに引かれ上半身が傾いたと思ったら後頭部がトンと硬いものに当たり、そのまま腰を引き寄せられ後ろから抱きしめられた。後頭部が当たったのは硬い男の胸板で、背中に感じるそれは上下に激しく揺れていた。荒い息遣いが頭の上から聞こえてくる。
手首を掴んでいた青年の手は後ろに引き寄せられた反動で離れたけれど、それを気にもかけていないかのように、石壁に刺さっている一本のナイフを静かに抜いているところであった。って、鼻先を通ったのって、ナイフだったのね。一歩間違えたら刺さっていたかもしれないじゃない。
「さすがにあれは危ないです。」
「最初に言う言葉がそれか。」
顏を上に向けると、滴り落ちるほどの汗で前髪が額に張り付いている殿下の顏があった。眉間にはいつも以上に深い皺が刻まれていて、鋭く、でも安心するエメラルドの瞳が私を見ていた。
「迎えに来てくれてありがとうございます。」
「遅くなった。」
私を抱いたまま、はぁー、といまだ整わない息を長く吐いた。殿下が焦った姿など見たことがなく、汗をかくほど急いで来てくれたのかと思うと胸の奥からこみ上げてくるものがある。それと同時に安心して気が緩み、今まできつく我慢していた涙腺がどうしようもなく崩壊した。
「ふぇっ、こ、怖かった、です・・・」
涙と鼻水で顏がぐしゃぐしゃになるのなんて気にならない。殿下の高級そうな絹の服がテカテカになるのだって、あとで怒られてもいい。ずっと心細かった。知らない人に攫われて、暗くてじめじめした場所で縛られて、袋詰めにされて、本当にもう駄目だと思った。
「ご、ごわがったですぅぅ・・・・」
聞き苦しいだろう私の言葉に頷きながら、殿下は慰めてくれているのか、撫でているにしては少し強い力でぽんぽんと頭をたたいてくれる。
「見つけられてよか・・・」
「お取り込み中申し訳ありませんがまだ何も解決していないことをご承知ですかレンギョウ王子。」
「・・・・・・コーリア。」
殿下の胸に顏をうずめて感動の再開を味わっていると、呆れた顏をしたコーリア様が立っていた。腕を組み汗ひとつかいていない涼しい顏をしているけれど、コーリア様の肩も激しく上下していた。
「で、そちらの方は?」
袋詰めの私をここまで運んできた漆黒の青年は、殿下もコーリア様も駆けつけたというのに逃げもしないで立っている。慌てるそぶりも見せやしない。
「えっと、こちらは、誘拐犯の方たちの一人で・・・」
懇切丁寧に説明をしているところに複数の足音が近づいてきて路地から影が飛び出してきた。
「・・・っと、ノワール。てめぇこんなところで何してやがる。」
漆黒の青年、“ノワール”と呼ばれた彼の後ろにある路地から現れたのは、あのむさくるしい、集団の頭と、その手下たちだった。
「女奪われてる上に、そちらさんは・・・フローリア王国のおーじさまか?」
何やってんだよ、と言いながら男たちはナイフやら剣やら、はたまたボーガンまで取り出してかまえる。こちらは殿下とコーリア様と私の3人。対してあちらはノワールさん含め6人。
戦力外の私に、戦えるのかどうかは知らない殿下とコーリア様(文官だったよね?戦えるの?)。殿下は帯剣しているし、そういえばナイフを投げたのも殿下だったから、剣を使えないことはないんだろうけれど。コーリア様は?ちらりと見るかぎりでは武器を持っていない。相手はプロの集団。しかもここで勝ったとしても無傷とはいかないんじゃないだろうか。




