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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第四章 鮮明残像-僕たちの幻-
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第50話 そして夜は明ける③(あなたはどうしたいんですか?)


「……機密事項?」



 急にそんなことを言い出した蒼悟に、何事かと驚いて重治郎は慌ててストップをかけた。



「いやいや、ちょっと待って! そ、それって、俺が聞いて大丈夫なのか?」



 いくらかつて親友だったとはいえ、あれからずっと会ってもいない人様の家のことだ。それも名だたる家柄のお宅の機密事項など、一般庶民である自分が知っていいものではないのではと、重治郎は心配になる。



「他の者には絶対に知られてはならない秘密なんですが、あなただけはむしろ、知るべきだと思います」


「……えっ? 俺が?」



「何で?」と聞く前に、蒼悟はひと際重治郎に近づいてそっと耳打ちした。



「佐原家に生まれた者は、生涯たった一人の人間しか愛せないんです」



 重治郎は何のことかと理解が追いつかず、呆然としたまま首を傾げる。



「? え? どういうこと……?」


「それが『呪い』です。俺たち佐原家の人間は、初恋の相手その一人しか愛することができない。そういう性質なんです。少々現実離れした話かもしれませんが……」



 蒼悟の話は確かに非現実的で、にわかには信じ難く、重治郎は戸惑いを隠せなかった。



「えっ、でも、あいつは君のお母さんと……」


「契約結婚でした。実の息子の俺から見ても分かるほどに」


「え?」



 むしろ家族として近くで見ていたから分かる。

 父と母はお互いに必要以上に干渉せず、一定の距離を保っていた。そのドライな関係性はとてもビジネスライクで、まるで夫婦という役を演じているように見えた。



「俺の弟が成人した時、父と母は離婚しました。そこまでの契約だったんでしょうね。実に円満であっさりとした離婚でした」



 間近で微笑みながら余りにもあっけらかんと、とんでもない話をする蒼悟に、重治郎は面食らってしまう。



「け、契約って……」


「かくいう俺も、今の妻とは契約結婚です。俺は、父のことが好きなので」


「? ……ん? えっ?」


「俺の初恋の相手は、父なので」



 その一言で脳内が情報過多に陥り、重治郎は固まって動かなくなった。

 重治郎が混乱して処理落ちしているのを知ってか知らずか、蒼悟は追い討ちをかけるかのように、重治郎の耳元で淡々と囁き続ける。



「もちろん最初は俺も『呪い』なんてそんなの迷信だろうと、信じていませんでしたし、他の人間を愛する努力はしましたよ。ですが全くダメでした。初めて好きになった一人の人間しか愛せない性質なんて、確かに『呪い』のようなものですよね。妻とはお互い利害が一致したので結婚しました。恋愛感情はありませんが、家族愛はもちろんありますし、契約の目的は果たされているので、今のままで満足しています。父への俺の想いは永遠に叶わないでしょうが、傍にいられるだけで十分幸せですしね。ああ、そうそう、俺の弟も佐原家の人間ですので同じく呪いに……」


「あああ、あの、ちょ、ちょっと待て!」



 重治郎は堪らず耳を押さえて叫んだ。



「情報量が多すぎる……!」


「はは、まだ話は終わってないですよ」



 蒼悟が爽やかに笑いながらそんなことを言うので、重治郎は背筋がぞっとして、さらに身を引いた。



(何だ、この子。こ、怖い……)



 しかし蒼悟のこの突拍子のない話が、嘘だとは思えない。わざわざここに自分を呼び出してまで、そんな作り話をする理由がまるでない。

 蒼悟が言うように、佐原家の人間が、ただ一人しか愛せないという性質だというのなら。



(あいつは、誰を――)



 重治郎は何度か深呼吸をして、混乱する心を落ち着けてから、おもむろに口を開いた。



「あの……俺も質問していいかな?」


「はい。何でしょう」


「仮にその話が本当だとして、君の家の人間がそういう性質だっていうなら……」



 にこやかに頷いた蒼悟の顔を窺うように、重治郎は話の中で気になったことを訊いてみる。



「あいつの……ユキの、初恋の相手は、誰なんだ?」


 

 ここに来て初めて父の名前を呼んだ重治郎に、蒼悟はふっと笑みを溢した。



「それは、俺には知りようがないことです。あなたもご存知の通り、父は自身のことを話さないので」



 柔和な微笑みだが、その目は笑っていなかった。

 親友を思い出させるその鋭い瞳に深く見つめられ、重治郎はハッと息を呑む。



「気になるのでしたら、直接父に訊いてみてはいかがですか?」



 蒼悟の瞳から目が離せないまま、重治郎はふるふると首を振った。



「そんなこと、出来るわけがない。あいつに……『二度と会うつもりはない』とまで言われたのに、今さら、どの面下げて会えるっていうんだ」



 重治郎は言いながら、声が震えてだんだん視界が滲んでくる。



「あいつから梅子を奪ったのも、あいつがあれだけ世間から叩かれたのも、全部、俺のせいなのに……それどころか、最後まで梅子を守れなかった俺に、あいつに会う資格なんて、あるわけが……」


「重治郎さん」



 蒼悟が重治郎の震える声を遮って、その背中に手を置いた。



「俺からもう一つ、質問させてください」


「えっ?」


「あなた自身は、どうされたいんですか?」



 蒼悟は穏やかな笑みを浮かべたまま、潤んで揺れている重治郎の目を見つめる。



「父に会いたいのか、会いたくないのか。あなたがどうしたいのか、知りたいんです」


「い、いや、お、俺は……」



 強い視線に耐えかねて、重治郎が顔を逸らしたその瞬間に、蒼悟は逃がさないとばかりに、背中に置いていた手で肩を掴んで引き寄せた。

 蒼悟に横から肩を抱かれる形になって、重治郎は驚愕する。



「は……⁉︎」


「俺は? 何ですか?」


「え、いや、あの……俺は、別に……」


「別に? どうしたいと?」


「そ、蒼悟くん? ちょ、近くない?」


「そんなことないですよ。それより質問に答えて下さい」


「ひえ……っ」



 重治郎は思わず小さな悲鳴が出た。

 至近距離から笑顔でガン詰してくる、その圧力が半端ではなかった。



(やっぱりこの子、なんか怖い……!)



 かつて行哉も人に対する圧が強い性格であったが、息子の蒼悟にはそれとはまた違う怖さがあるような気がする。



「本当は父に、会いたい、ですよね?」



 重治郎は蒼悟の笑顔に気圧されて、震えながら観念したように頷いたのだった。



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