挿話
靴紐に白い砂がまとわりつく。
もうそれは大層ひっきりなしに。
ほとんどが水平に、目先の白い砂丘から、彼方の山々に向かい去った砂の嵐の余波とともに、一陣の砂塵が吹き込む。
砂丘の白い砂は、視界の奥で白煙のごとく棚引くとすぐさま一陣の風となり、かつ、霧散しつつも空を駆け、やがては、顔部で露出する頬を掠める。
嵐の過ぎた地に、突風が吹いた。
そこに、厚手の布を上の服に巻きつけた人が、砂の上で何かするでもなく両足で立ち尽くしていた。その人が装着している暗色のゴーグル。灰と砂越しでは灰色に沈むように見える目元には、力がこもっているが、どこか憂いを浮かべているようにも見える。またその人は口元を布で保護している。そこは他の箇所よりも湿っているように暗い色の濃くなった布がぐるぐると巻かれていた。膝から下は、砂が吹き荒れていて絶えず、砂が泡を上げているようだった。
山頂を望むままの姿勢で立ち続けているその人は一言だけ声を発した。けれど、その声は風に吹かれていく。
頭部の布が捲れ掛かっている。砂丘を後にして平原へ移る矢先に風の向きが変わってもその人は砂丘の先の山々を見据え続けた。そして今に至る。
立ち尽くし、そのまま砂嵐が過ぎていく。そうしてこれまで強い風によって、言うなれば風に支えられれたことで一時の形が定まっていた厚布の寄れから、溜まっていた砂が水のように注ぎ落ちていく。
したたる。
頭部の布が砂の重みに吊られて引かれて、砂に埋もれつつある平原の草の上へ砂を零しながら幾度となく山折谷折り重ねをした布のあとから一呼吸の間を置いて遅れて落ちた。
砂を乗せた布が地面から伸びているようにひらひらとはためく。
全体としてみたならば砂丘や道や居住区域を除く地面の表の7割を緑に覆われ外周を連峰に囲まれさらにその内側でも六つの丘に挟まれる、盆地。そのなかでもこの場所、布を巻きつけた人が居る平原の一画は、下草の生えた砂浜みたいなありさまだった。
「いつかは、この町と僕は変わらないと……」
「ライン、もしそのとき君が側にいてくれたら……僕は……領主として、きっと迷いなく決心をつけられるのに……」
言葉が風に乗り間もなくして平原本来の清らかな風が吹いて、砂に埋もれたところから下草が顔を出す。灰が降り頻る天が晴れ、太陽の光は雲間を抜けて、光の柱となって、平原の至る箇所へと日差しが幾つも射し込む。布を巻きつけていたフィーニスの近くの地面では、日の光を浴びて、うっすらと青白く光る箇所が無数にあった。雲間が変わるたびに照らされたフィーニスの周囲が青白い光の反射光を幽かに帯びた。フィーニスの後方では風により白い砂が扇型に低地から山の方へとすーっとめくられていく。そしてそれは扇の形に広がりをみせる。まるで白く光る砂のカーテンが、鳥が空をなめらかに滑空するような速度で、フィーニスを追い越していく。それは風に流れる大きな雲の下にある雲間と晴れ間の境目のように、砂地から草地へと砂嵐の侵食が際奥から地続きに順々に。
その後には、既に頭部はほぼ巻いた布も落ちたフィーニスへと白い砂の小雨が落ちるなか、木目の溝には白い砂利が詰まり、全体にも砂がまみれた刺突槍のように細く、しかし稽古刀と見間違うほどなんの飾り気もない一振りの長杖が、フィーニスのすぐ隣に横たわっていた。