幻獣が持つ情報
「英雄がどういった人物なのかをこの目で確かめておきたかった。それ以上の理由はないぜ」
俺達の前に現われた幻獣ジンは語る。彼自身間が悪いと語ったが、それはともかくとして面通しをしておきたかったのだろう。
「その力については今この目で確認しているが……なるほど、ずいぶんとまあ修羅場をくぐってきたみたいだな」
「それはどうも……あなたが地底に眠る存在の切り札とのことだが」
「切り札、という言い方はどうだろうな。俺はただ矢面に立たされたってだけの話だ」
「……戦闘能力的な意味合いでは、一番強いってことじゃないのか?」
「いや、そうは思わない」
謙遜……とは違うようだ。
「俺より力を持つ者は幻獣の長ならば結構いる。例えばとある幻獣は島にある樹齢何千年という大木と同化している。そいつは島の木々から魔力を吸い上げ、それこそ自分のいる島だけでなく、周辺にも甚大な被害を及ぼすような威力を魔法で出すことができる。俺にはそんな芸当無理だ」
「それじゃあ何故?」
「単純な力の問題ではなく、俺の能力が関係している」
と、俺とソフィアへ笑いながら告げる。
「肝心の能力についてだが――」
「ちょ、ちょっと待て」
ここで俺は思わず止めた。
「いいのか? そんなことを簡単に話して?」
「俺の能力はバレたからといってどうということはないからな。ま、簡単な話だ。俺の付与する魔力は、相手の障壁や防御を貫通する」
貫通……うーん、ゲームで言うなら防御力無視とか、そういう効果を持っているということか?
「魔力を伴う攻撃を全て問答無用に破壊する、と言えばいいか?」
「確かに凄まじい能力ですね……」
と、ソフィアが口を開く。
「私やルオン様の手元にも、そういう性質に近しい技や魔法はありますが、あなたの場合は魔法や技の形式に捕らわれないもの、ということですね?」
「正解だ。つまり俺の攻撃全てが障壁を無視できる」
確かに強力そうだな……内心思っているとジンは小さくため息をついた。
「強い能力だとは思うが、欠点もあるからな。魔力を破壊できるわけだが、金属といった物質は壊せない。つまり人間が鎧で固め剣で戦うことになれば、それを壊さない限り倒すことはできない」
「魔力に特化した能力というわけですか」
「そうだな。表現するなら『魔力破壊』能力、かな?」
そう語ったジン。俺はここで口元に手を当て、
「その能力なら、前線に立つのも理解できる」
「ああ、俺の能力なら地底の力……言っちまえば魔力の塊と呼ぶべき存在に対して絶対的な力を発揮する。まあ他にも選ばれた要因はあるんだが、大きな理由としてはそんなところだ」
……他にも強い幻獣はいると語ったわけだが、長である以上は相当な力を有していると見て間違いない。能力に加えて戦闘能力の高さによって、選ばれたと解釈するのが妥当だろう。
「さて、目的は終わったからこのまま帰るとするか」
と、ジンは軽く伸びをして……足先は島の外へ向けず、口を開く。
「いや、テラの報告を待った方がいいか? 正直幻獣ルグは何するかわからないからな」
「……あなたはルグという幻獣と親しいのか?」
「特別交流があったわけじゃない。ただなんというか、いつかやらかしそうな雰囲気は持っていた……俺の勘だが、それは見事に当たったわけだ」
肩をすくめながら答えるジンは、俺とソフィアを一瞥。
「そうだな、少しの間……テラが戻ってくるまで待つとするか。何か質問とかあるか?」
「なら……あなたの島は閉鎖的で、実際入れるのは二人まで……何があるんだ?」
「具体的に語ることはできない……が、少しなら教えてもいいか」
語るとジンは意味深な笑みを浮かべ、さらに俺達の背後に視線を向けた。周囲にいるであろう天使達を見たのか?
「今回の件……つまり地底に存在する力とは別の話になってしまうが……簡単に言うと、天使や魔族の成り立ちに関する資料が存在する」
――不意の内容に俺とソフィアは言葉を止めた。するとジンは笑い始め、
「その反応、予想通りだな」
「ちょ、ちょっと待て……!? 天使と魔族の成り立ち!?」
「それだけ古の資料が俺の島にはあるって話だ。食いついてくれて嬉しいぜ」
と、ここで背後から気配。見れば岩陰に潜んでいたデヴァルスと、さらにはエーメルがいた。
「……なぜそんなものがあんたの島にあるんだ?」
問い掛けたのはエーメル。それに対しジンは、
「それはさすがに話せないな。あ、島に入る者達には説明するつもりだが、口外することがないように頼むぞ。場合によっては魔法を使って話せないようにするつもりだ」
「それだけ重要な情報なんですか?」
今度はソフィア。ジンはここで腕を組み、
「重要、とは違うなあ。知らなくてもいい世界の真実、みたいな話さ」
「……それは地底の力と関わりはないと?」
「そういうものとは違うな。ただ、もしかすると古の賢者とは関連しているかもしれん」
「だとしたら、俺達にとって有益な情報かもしれない」
そう俺は口を開く。
「地底の力には古の賢者の意思が存在しているのでは……そんな推測もある。これが事実かどうかは不明だが、どうやら賢者自身、何かしら関与していた様子だし、それに」
「それに?」
「……魔王もまた、地底の力に関することで動いていた節がある。賢者と魔王……成り立ちを学ぶことができたら、彼らがなぜ行動していたのか、ヒントになるかもしれない」
「おお、そんな可能性もあるのか……うんうん、だとしたら情報提供はしてもいい。もしかするとこっちにとっても有益な情報になるかもしれないからな」
幻獣がいるこの場所に赴いて、色々と情報を得ることができそうだ。以前魔界でクロワの妹、アンジェから受けた予言もある。それらを統合すれば、『神』に関すること。ひいては賢者のことについても真相が得られるかもしれない。
そんな結論を抱く間に、ジンは話を先に進める。
「ともあれ今はテラの帰りを待つとしよう。もし荒事になるなら、俺も協力するぜ」
「あなたも?」
「ああ。俺がテラの肩を持っているからな……そちらは幻獣同士が戦うきっかけになって申し訳ないと思うかもしれないが、気にすることはない。おそらく」
と、ジンは一拍間を置いて、
「遅かれ早かれ、こうなっていただろうからな」
――彼が語る理由にはきっと、俺達が知らない幻獣達の事情があるに違いなかった。




