大陸へ
翌日、こちらが野営の片付けをしている間にクロワが話し掛けてきた。
「準備はできた」
見れば、大型の悪魔が一体、砂浜を眺め超然としている。純粋な人間の形とは異なり、鳥のような翼を持つ形状をしている。
「飛行能力に魔力を限界まで注いだため、作成前に言ったとおり片道で限界だろう」
「ここに戻ってくる際は別に方法もあるだろうから、そう心配はしてないさ……片付けが終わったら行くとしようか」
俺の言葉にクロワは頷き、全員が淡々と支度を始める。
およそ二十分くらい経過した時、全員が悪魔の前に集い、出発する準備は整った。
「覚悟はいいか?」
クロワが問う。するとエーメルが冗談っぽく「やっぱり無理だ」と答えたが、彼は肩をすくめ、
「……このくらいの空気感の方がいいかもしれないな」
「そうだ。魔族でしかめっ面なんかしていたら、出会い頭に殺されてもおかしくないぞ」
「正直、そんな喧嘩っ早い人はいないと思うけど、な」
俺はそう答えながら、自身の見解を述べる。
「少なくとも、二人の安全は保証できる……というか俺やソフィアと共に行動していることから一定の信頼を得ているという認識をされると思うし」
「それはありがたいな」
「ただし、だからといって交渉がすんなりいくかどうかは未知数だ……というより、俺とソフィアは別の懸念を持っている」
「懸念?」
眉をひそめるクロワ。俺の言葉を聞いて不安を抱いたのかもしれないが、彼のこととは関係がない。
「今からソフィアの故国であるバールクス王国へ向かうわけだが、俺達は『神隠し』に遭遇して戻ってきた形になる」
「あー、つまり二人のことで大騒ぎになってしまうと」
「そうだ。しかも神隠しに遭遇した際に神霊まで近くにいた。それにより、想像以上に騒ぎが大きくなっているかもしれない」
下手すると、シェルジア大陸で大捜索が行われているとかいう可能性も……。
「神隠しについては、情報が少ないですからね」
と、これはソフィアの発言。
「ルオン様もご想像されているかと思いますが、バールクス王国国内だけでなく、大陸全土に捜索範囲を広げている可能性も……」
「そうだな。つまり、大事件ということで交渉どころではなくなっている可能性もある」
「……そこについては時間をおけば改善されるだろう。エルアスから猶予はもらっているから、そう懸念する必要はないと思う」
本当にそうかな……内心疑問だったが、これ以上語らないでおく。
「よし、ひとまず話はこのくらいにして……出発するとしようか」
「ああ。では乗ってくれ」
悪魔が身をかがめ背に乗るよう促す。実際乗ってみると結構余裕もあり、大の字になって寝れそうだ。
「僕が風の魔法を行使して風などを防ぐ」
「それは俺も手伝うよ」
クロワの言葉に俺は告げ、魔法を発動。悪魔を風の魔力障壁が包み……そうした中で、悪魔はゆっくりと飛翔した。
翼をはためかせ少しずつ上昇していく。準備運動といったところか。
「……なあ、一つ確認していいか?」
と、ここでエーメルが口を開く。
「もし、飛んでいる途中で悪魔が崩壊し始めたら……」
「そうならないよう、エーメルには飛翔中に魔力を注いでもらう」
クロワの言葉にエーメルはがっくりと肩を落とした。
「なんとなく予想はついていたが……」
「ルオンさん達の魔力では無理な芸当だからな。それと、僕は進路を見定め悪魔を操作しなければならないから無理だ。アンジェに任せるわけにもいかないため、消去法でエーメルに決まりだ」
「飛んでいる間ずっとか?」
「異変を感じたらでいいが、本音を言えばずっとやっていてもらいたい」
「……わかったよ。まったく、私がいなかったらどうするつもりだったんだ」
その場合はたぶんゼムン辺りがこっちの世界に来てやっていたんだろうと頭の中で呟いた時、エーメルは座りながら悪魔の背に右手を置いた。
「急速に魔力を注ぐと悪魔の方にも影響があるから、移動に問題がない程度に注ぐぞ」
「ああ、頼む……さて、高度は十分か」
クロワは呟く。気付けば島が豆粒ほどの大きさになっていた。
「では行くぞ!」
号令と共にクロワもまた右手を悪魔の背に置き、魔力を注ぐ。刹那、悪魔が一気に移動を開始した。
障壁により反動や風などはゼロ。一気に速度を高め、島の存在があっという間に消え失せた。
「悪魔は南に直進し続けているわけではない。このまま真っ直ぐ進んでもシェルジア大陸に辿り着けない可能性もゼロではない」
述べながらクロワは悪魔に魔力を適宜注いでいく。
「方角については今僕は別の魔法によってどう進んでいるかを把握できている。よって調整しながら進んでいく……ルオンさん、少し頼みが」
「どうした?」
「進路方向に目をやっているし、なおかつ障壁もあるため問題はないと思うが……遠方に何かあったらすぐに知らせて欲しい」
この速度だと気付いてからでは間に合わない可能性もあるけど……見張りは必要か。
「わかった……ソフィア、アンジェの傍にいてくれ。エーメルも頑張っているから大丈夫だとは思うけど、もし悪魔に不具合が起きたらアンジェのことを最優先にしてくれ。他の面々は地力でどうにかできるだろうからな」
「わかりました」
各々役割が決まっていく。その間にも悪魔は驚くべき速度で突き進んでいく……これならあっという間だな。
「……まさか、こうした形で父親のいた場所に赴くことになるとは」
ふいにクロワは声を発し、皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「ルオンさんは僕と父は違うとわかってくれたが、そうだと思わない人間も数多くいるだろう……人間と互いに歩み寄れる時がいつ訪れるのか……遠い遠い話になりそうだな」
「少なくとも俺やソフィアが生きている間は無理だろうな」
ただ、もしクロワを始めとした魔族の意識が変わってくれれば……こちらには長命な精霊や天使がいる。彼らが上手く引き継いで、クロワの目的を叶えるための道筋を作ってくれるかもしれない。
「クロワ、魔王という存在が大陸に襲来した以上、すぐに人間との関係が氷解するのは無理だ。なおかつ今後魔族が暴れるようなことがなくなるという前提で初めて、話し合いのテーブルを作ることができるだろう」
「わかっている……魔族も天使達と同様長命ではあるが、果たして僕が生きている間に成し遂げることができるのか」
……俺とソフィアが追う『神』との戦いを利用すれば、天界の長や神霊と手を組むことは可能かもしれない。けれどそれを広く世界に浸透させるには、恐ろしいほどの時間が必要になるだろう。
「今回の戦いが成功すれば、第一歩ということになる」
そう俺はクロワに語る。
「いや、第一歩どころではなく、大きな変革になるかもしれない……ただそれをどう使うかは、クロワ次第だぞ」
「そうだな……」
同意し、クロワは考え込む……どうすればいいのか。それを自問自答しているようだった。
そこからは会話もなくなり、俺達は無言で作業を進める。悪魔の速度は一切変わることなく、エーメルの補助もあって耐久力も維持。そして俺達の視界に邪魔立てするような存在もなく、飛行は順調に進む。
そうして俺達の目の前に――陸地が見える。それが大陸であると認識した直後、クロワは悪魔を操作しブレーキをかけ始める。
ようやく帰還……そしてどうなるか。俺は不安を抱く中で大陸を見据え続けた。




