無人島
森の中に魔物の類いはいないようで、何の問題もなく俺達は抜けることができた。その先にあったのはクロワの言葉通り海岸。白い砂浜が存在し、無人の綺麗な光景が広がっている……のだが、
「あれは……」
俺は右方向に視線を移す。森の一角が魔法でも直撃したように破壊され、折れた木々がいくつも存在している。
「自然現象でああなったと考えることもできるが、魔王の配下が魔法でも試し撃ちしたんだろう」
クロワの考察。俺は「そうだな」と同意しつつ、
「シェルジア大陸へは真南だったな。クロワが悪魔を生成するのか?」
「そうだな。全速力で飛ばせば……ただ距離もある。途中で休める場所があればいいんだが」
世界地図を確認する限り、陸地はなさそうだけどな……いや、いくつか島が点在している。けど海上でこれを捉えることは無理か。
ひとまずこっちは旅ができるよう食料とか用意してはいるけど……ふむ、どうするか。
「選択肢は二つある」
と、クロワが語り始める。
「普通に悪魔を作っていては、空を飛んでも数日掛かるくらいの距離ではある。よって点在する島を渡って進む方法。ただ方角を見誤ると悲惨なことになる」
「まあ、そうだな……もう一つは?」
「僕とエーメルで魔力を注いで強力な悪魔を作る。それこそ、一気に大陸へ到達できるほどの速度を持つ悪魔だ」
……なんかマッハ単位で飛べそうだな。
「ただし、それだけ速度を上げると他が犠牲になる……よって、生成した悪魔は大陸へ移動するだけで力をなくすだろう」
「あくまで移動手段として使うだけだから問題ないだろ」
空の上で右往左往するよりは、そっちの方がよさそうだな。
「俺としては後者の方がいいような気がするけど」
「そうだな。海上で遭難なんてしたら元も子もない。ならば準備をする。半日くらいは掛かるだろうから、今日はここで野宿だな」
一応その辺りの用意もしてあるし、問題はない……ということで、俺達は早速作業に取りかかった。
俺が野営の準備をしてソフィアがアンジェと共に森の中を見て回って食料の調達。といっても食べられる物があるのか微妙だけど。
で、クロワとエーメルが悪魔の生成を開始する。かなり気合いが入っているようで、双方ともこちらが声を掛けられないくらいに集中していた。
そうして時間は過ぎ、やがて夕刻を迎える。東西に広がる海岸からは日が沈む様子もはっきりと見える。
「しかし、奇妙な展開になったな……」
俺は誰に言うわけでもなくポツリと呟く。まさか魔族と手を組み、仲間達と交渉を行うことになるとは。
事の始まりを思えば怒濤の展開である。問題は国側が絶対に大騒ぎしていることだが……まあこればかりは仕方がないな。
「クロワさんの件ですが」
ふいにアンジェと共に砂浜を眺めるソフィアが言う。
「私としては、そう心配していません。私とルオン様が説得すれば、皆さんなびくと思います」
「だといいけどな……俺達が説得するのは例えば神霊であったり、あるいは天界の長であったり、トップに立つ存在ばかりだ。だから説得そのものはできるかもしれないけど、それを配下がおとなしく従うのか、だな」
「相手が魔王の息子ですからね。確かにそこは懸念でしょうか」
「クロワはそれを承知の上で今回の策をやろうと決めた……その辺りを俺達がどうフォローできるか、だな」
方針さえ決まってしまえば、どうにかなりそうではあるけどな……俺とソフィアは魔王を倒しただけでなく、竜の国を救い、また天界に仇なす堕天使を滅ぼした。こうした事実を踏まえれば、俺達の話は少なくとも聞いてくれるだろうし、例え魔王の息子であっても承諾してくれるかもしれない。
「ただ、個人的に危惧していることですが」
と、ソフィアはさらに続ける。
「私とルオン様は消えてしまったわけですからね……お城の方々が色々言い出さないかと」
「あー、そうだな。むしろクロワよりそっちを心配するべきか」
俺達はあくまで策を実行するため、一時的に城を訪れ、魔界へ舞い戻るつもりでいる。けれどそれをバールクス王国の人々が認めるのかどうか。
ここも説得次第だろうけど……いや、魔界の戦いをやることになったとしても、以降が問題だろうなあ。心配になった廷臣達が「王女を城から出すわけにはいかない」などと言い出しかねない。
そうなったら……『神』に関連する物語はあと一つ。それを調べるにはまだ旅を続ける必要があるんだが、どうなるか。
「ルオンさん」
その時、クロワが近づいてくる。ちなみにエーメルは作業中。
「終わったのか?」
「いや、まだエーメルが魔力を注いでいる。ここからは二人作業でなくとも問題ないため、交代でやることになった」
「そっか。なら夕食にしようか」
持ってきた材料で既に食事はできている。俺はパンとスープをクロワに渡し、こっちは水を飲む。
「クロワ、一つ疑問なんだが……仮に作戦が成功して精霊他、味方を引き連れて魔界に戻ったとしよう。その後、誰が指揮を執るんだ?」
「本音を言えば僕がやりたい。ただそれに従わない者もいるだろう」
「その辺りも説得次第か」
「正直、僕が全てを御せるとは思っていない。ただビゼルが所有する兵器破壊だけは絶対に成し遂げなくてはならないため、そこだけは連携を求めたいな」
「兵器の危険性を説明すれば、精霊や天使も納得はしてくれるはずだよ」
「だといいが」
やがて空が暗くなっていく。さざ波の音しか聞こえない空間はなんだか奇妙で、まるで俺達だけが世界から取り残されたような感覚に陥る。
「……これはある意味、好機でもある」
ふいにクロワが語り出す。
「魔界を含め、様々な種族同士がどう向き合っていくか……それを図る試金石になるかもしれない。ただ、僕としては魔界の戦争に協力を願う形だ。立場が弱くなってしまうが……そこからは、僕のやり方次第かな」
「ビゼルを打倒したら残る魔王候補はクロワとエルアス……最後は決闘で決めるか?」
「正直どうなるのかわからないな。こんな形で味方を呼ぶなど前代未聞だろう。僕の行動によって精霊や天使が動いた……やり方が無茶苦茶だからな」
……他に方法がなかったからとはいえ、クロワが魔王になれる可能性が薄くなったのは確かだろう。
これについてはエルアスとの話し合いで変わってくるだろうか……そうした疑問を抱きながら、俺はクロワへ告げる。
「ひとまず、最優先すべきことはビゼルの打倒だ」
「そうだな。アイツの暴虐だけは、絶対に止めなければならない」
「仮の話だが、エルアスがビゼルを倒そうとする場合――」
「勝てるとは思う。ただし多大な犠牲を払って、だろうが」
「ビゼルが兵器を活用して、か」
「もしエルアスが決戦に臨むのなら、ビゼルも対抗するだろう。それにより待っているのは、泥沼の戦いだ」
……犠牲をできる限りなくのであれば今回の手法は確かに良い。
「もし僕が魔王になるという主張をするのなら、犠牲をほとんど出さず、という言い方をするしかないな。それが通用するかどうかはわからないが」
肩をすくめ語るクロワだが、希望は捨てていない様子――ならばこちらとしてもこれ以上口を挟むことは止めにした。
とにかく、まずはビゼル打倒のために作戦を遂行するところから……そうして俺達は小さな島で一夜を明かした。




