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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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44話

「大体事情は分かったけど、それでいきなり弟子入りって言われてもね……」


 がたごとと揺れる荷馬車の荷台に三角座りで座り込んでいるシキは、向かいで正座するダイキへ視線を向けてそう言った。


「……俺もそう思いますけど……でも俺は……俺にはアナタしか居ないんですっ」


 がばっ、と頭を下げて荷台に額を擦りつける様は、ステラスフィアにやってきた彼の姿からは想像がつかない程の真剣さが伝わってくる。


 だからこそ、シキは困っているのだ。



 ……ダイキが街中で土下座を繰り出した直後。とりあえず事情だけでも聞こうと思いシキは場所を移そうとしたのだが、しかしどうにもタイミングが悪かった。

今回の旅でシキは、小さな町や村を巡りながらステラスフィアでも三大都市と呼ばれる、中立魔術都市ミラフォード、機工都市エイフォニアに次ぐ文化都市リインケージへと行こうとしていた。


 謎の浮遊大陸が現れたのはリインケージの近くではあったし、シキの頭を悩ませる原因であるアンジェの神話に関しても解決手段とまでは言わないが、『彼女』ならば少しはどうにか出来るかもしれない……というアテもあったりしたので、そういう理由もあってリインケージを目指すことにしたのだが……このステラスフィアという世界では、主となる移動手段は基本的には徒歩か馬車である。


 世界魔術機構には、急を要する場合の移動手段として数台だけ高機動の数人乗りの乗り物……車のようなものなども存在するが、それは都市間の舗装された街道でしか利用することも出来ないし、何より動力となる燃料の備蓄、産出が少なすぎるためほとんど使われたことはない。


 故にステラスフィアで一番ポピュラーな移動手段と言えば馬車となるわけだが、人の移動の為だけに業者を雇うとなるとそれなりの値段がする。大抵の場合、荒事を解決するだけの能力を持つ者は荷馬車の護衛という名目で移動手段を確保するものなのだ。


 だからシキもそれに倣って近隣の町へと行く商人の護衛として雇ってもらったのだが、後ろ髪を引かれる思いで足が重かったせいもあってか、予定していた時間まで余裕がほとんど無く、世界魔術機構を出たのは護衛の待ち合わせの時間ギリギリになってしまっていたのだ。


 そんな時にダイキが現れ、土下座をして弟子入りを頼んだという訳で。


 ダイキの剣幕は、とりあえず後回しで……なんて言葉が通じる様子ではなく、殺されでもしない限りは引き下がらないのではないかという気迫のこもった渾身の土下座の前に、シキは気になることもあったのもあるが根負けして仕方なく隣の町まで同行を許したのだ。



 そして今、荷馬車でがたごとと揺られている状況に至る。


 荷馬車の中でシキはダイキがどうしてそういう行動に出るに至ったかの経緯を聞いて、先の事件にそんな裏があったなんて……と思いはしたが、それはもうシキの手出し出来ることではなかったので警戒項目として頭の中に留めるだけに置いた。


 だからシキが悩むことは、そう言った世界情勢にかかわるものではなくもっとシンプルで単純明快な問題である。


「……お願いします。弟子にしてくれるなら、雑用でもなんでもしますからっ!」


「うぅん……」


 舎弟じゃないんだから……と思いながらもシキは唸る。


 弟子にしてほしいというダイキの言葉は真剣で、ダイキの根底を成している、彼が殺してしまったという男の恋人であるアイリとの出来事も聞いてしまった。


 それだけのことがあってなお前に進もうとする覚悟があるならば、ダイキは世界魔術機構に戻って研鑽を積めば一年……いや、半年もしたら立派な魔術師になれるだろう。


 ……そうは思うものの同時に、ダイキの存在は世界魔術機構にとっても彼を利用した《ALP》にとっても非常にまずい存在である。


 利用されていただけだとしても、あれだけの事件の中心人物だ。世界魔術機構に帰ったところで事情を話せば良くて拘束、尋問。研究の対象にされるのは免れないだろうし、最悪吊し上げられて死刑にされる可能性だって少なくはない。


 だから別にシキは弟子入りというところはともかく、連れて行ってもいいんじゃないかなぁ、なんて思っていたりもするのだが……。


「んん……わたしは、別に連れて行くのはやぶさかではないんだけど……」


 歯切れが悪く、シキは言う。


「ほ、本当ですか!?」


「や……んん……」


 シキの言葉に食いついて物凄い勢いで頭を上げるダイキから、シキは露骨に目を逸らす。


 目を逸らさなければならない厳然たる理由があるのだ。


 仮にこれが世界から忘れられる前のシキならば快く了承していただろう。


 だがしかし、今のシキには決定的に足りていないものがある。


 それは、


「……えー、そのー、セラ……?」


 隣で先ほどから不機嫌そうなオーラを放つセラへと、シキは笑顔を取り繕う。


「……なに、ねーさま」


 心なしかどころか、冷たい視線がシキに送られる。


 ……うう、セラわかってるー……。


 そう、例えて言うならばこんな感じだ。



『セラー、子猫飼っていい?』


『……ねーさま、飼うお金も無いのに、どうするの……』


『……ですよねー』



 そう、シキが先ほどから頭を悩ませているのは金銭的な事情である。


 お金。マネー。この世界でも通貨の単位は円なのでそこは問題ないが論点はそこではない。


 つまりシキは今無一文なのだ。ダイキも恐らくは無一文だろう。これまでの話の流れでダイキがお金を持っていると考えられるほどシキは楽観主義者ではない。


 次の町で旅の用意を整えるにしても、宿をとるにしても、食事をするにしても、お金は絶対に必要なものだ。


 お金が無ければ生きてはいけない。


 それはどの世界でも共通認識だろう。


 笑顔でセラを見ていたシキだが、その冷たい視線に刺されて冷や汗が止まらなくなる。


「……じー」


「……うぅ」


 じーっと見つめるセラの視線がぐさぐさと刺さり、シキはついに涙目になる。


「え、えっと、あの……?」


 ダイキはそんなところまで頭が回る余裕が無いのだろう、自分よりも小さな少女にじと目で見られて涙目になるシキに、ただただ困惑するだけだ。


「セラ……その……ね……」


「…………ん」


 そんな中、意を決したようにシキはそう前置いて、セラに言う。


「……お金、貸して?」


「…………」


「…………」


「…………」


 ……その後、荷台の中に微妙な空気が流れたのは、言うまでもないだろう。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] は?流石にいらんやろこの男は。 率直にこの展開は1ミリもおもんない。
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