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混沌へ向かって(1)

 朝の陽の光と鳥のさえずりで、麟太郎は目を覚ました。今日は月曜日である。また、退屈な毎日が始まると思うと、麟太郎は憂鬱になった。これなら、道場で修練をしていた方がマシであると。


 窓から射す光の中で、麟太郎が寝ぼけ眼でいる時、玄関から声が聞こえた。

「麟ちゃん、もう時間だよ。学校が始まっちゃうよ」

 幼馴染で従兄弟のダンゴこと団吾朗である。

「あ?、もうそんな時間かぁー」

 麟太郎は頭を掻きながら寝床から這い出ると、制服に着替え始めた。ワイシャツを着てズボンを履きベルトで止める。そして、以前、吾朗から渡された改造学ランを羽織ると、ペシャンコの学生鞄を脇に、台所にやってきた。麟太郎の羽織っているのは、重量五キロもする防弾スーツでもある学ランであったが、今では普通に着こなしていた。いつも怠惰な麟太郎ではあったが、これも血のなせる技であろう。彼女の母──秋奈は、団家の三女にして、団式合気術の使い手でもあった。

「麟太郎、今頃起きてきたのかい。飯ならないよ」

 母は、無情に麟太郎に告げた。

「母ちゃん、そりゃ無いぜ。息子が可愛くないのかよ」

 麟太郎は、いつものように母に反抗した。

「そりゃ可愛いよ。でもアンタは二番目。私の一番愛してるのは父ちゃんだからね。我慢しな」

「へいへい。熱々で良ござんしたね。くそ、何か無いのかよ」

 と、不平を言いつつ、麟太郎は戸棚や冷蔵庫の中を漁っていた。すると、運良く食パンを発見した彼は、パンにマヨネーズを塗ると、無理やり口に押し込んでいった。

「麟ちゃん。遅れちゃうよ」

 これは吾朗である。とっくに支度をして、麟太郎を迎えに来ていたのである。

「おう、ダンゴか。悪いな、すぐ行くよ」

 彼はそう言うと、残った食パンにありったけのマヨネーズを絞り出すと、それをかじりながら玄関で靴を履いた。

「もう、麟ちゃんたら下品だなぁ。これ以上待たせるんなら、鈴華さんのお弁当、僕がもらおうと思っちゃったよ」

 と、吾朗は大きな風呂敷包を麟太郎の目の前にぶら下げて見せた。

「そりゃぁねぇだろう、ダンゴ。鈴姉ぇの弁当を食べるという至福の時を奪う権利なんか、誰にもありゃぁしないぜ」

 と言うなり、彼は吾朗から風呂敷包を引ったくった。

「これこれ。これがないと、何しに学校行ってるのか分かんないからな」

「麟ちゃん、学校は弁当を食べるとこじゃないよ。勉強するとこだよ」

 と、吾朗が呆れた顔で麟太郎に言った。

「へいへい。本家の吾朗くんは、秀才で合気も凄腕で頭が下がるよ。それに引き換え分家の俺は下品で結構」

 と、またいつものイジケ話を始めた。

「それは言いっこなしだよ。前から言ってるだろう。それとこれ。宿題のノートだよ。早めに写してね」

 と、吾朗は丁寧にも宿題のノートまで用意していたのである。

「おお、こりゃありがてぇー。ダンゴ様々」

 と、麟太郎は、吾朗を拝みながらノートを手に取った。

「ほら、行くよ麟ちゃん。もう時間がないよ」

「おっしゃ、行くぜダンゴ」

 と言って、二人はいつものように学校へ登校して行った。


 一方、ダークナイトの居城では、ギャスリン侯爵が傷の手当を行っていた。

 ダークナイトは、戦争による大規模殲滅戦を念頭において開発された戦闘知性体である。弾丸などの飛翔物体の回避能力も、受けたダメージを跳ね返す耐久力も、人類の科学技術をはるかに上回っている存在である。しかも、受けたダメージを再生する機能も強力なため医療班は必要無く、永久機関を内蔵するため補給の心配もない。軍団の構成も、爵位による明確な上下関係はあるものの、全てが戦闘員と簡略化されている。

 そのダークナイトの身体を持つギャスリン侯爵の傷が再生を開始しない。これまでBJと戦い、敗れてきた者達と同様、これは異常な事であった。


「くう、あのBJと言うやから、思いの外手強い。侯爵級のわしがそう言うのじゃから、リキュエール卿達が敗れてきたのも詮無い事。ピエール卿殿達が、及ばなかったのでは無い。あ奴が強すぎたのだ」

 ギャスリン卿の言葉にピエール伯爵は、応える術を持っていなかった。

「更に気になるのが、あ奴の素性よ。あのような化物が、何処から生まれてきたのか。または、誰の手によって造られたのか……。それが分からねは、わし等は、第二、第三のBJを相手にすることも考えねばならぬ。これは、由々しき事であるぞ」

「ぎょ、御意」

 傍らのピエール伯爵は、ただそう応えるしか無かった。第二、第三のBJ。考えるだに、恐ろしい事であった。ピエール卿は、リキュエール子爵の最後を知っているのだ。

「閣下、ヤツの凄まじいまでの戦闘力と再生をも阻む剣技、恐ろしく感じまする。が、それ以上に、奴の発する闘気は尋常にございません。よほど高性能の戦術電子脳を搭載していると思われます。BJは、リキュエール卿との戦いの中で、卿の剣技を吸収し、短時間で進化するという離れ業まで行っております。もう、BJを単なるイレギュラーとする訳には参りません」

 ピエール伯爵は、低い声でそう進言した。

「その通りよ。だが、それだけに、奴と剣を交じわしてみたい。直接、この手で葬りたい。心の奥底から沸き上がるこの歓喜を、わしは抑えられぬ」

「ダークナイトの性でしょうか、閣下」

 ピエール卿の言葉に、ギャスリン侯爵は、ため息をつくと、

「ふむ、そうかも知れんのう。我らを作り出した、かの地の人類は我らに戦いを好み、戦場をかける事こそを生き甲斐とするよう、プログラムされた。これは、我等ダークナイトの本能なのだ」

「そうですな閣下。しかし、奴には……BJは、少し違うように感じます。奴の本心は、戦いを好むというよりも、何かを守ることを優先しているように思えます。その意味では、BJはダークナイトであって、ダークナイトで無いもの。その本能は、我等と違うのでは無いかと思われます」

 侯爵は、道化の仮面の奥から、目をギラリを輝かせると、ピエール卿を睨んだ。

「では奴は何者なのだ?」

「我等は戦いと共に有り、戦場を住処としてきました。そして、かの地で戦争が終わった時、我等も用済みとなり、朽ち果てるしか無かったのです。それを哀れと思った『あの方』が、ダークナイトが戦わずに生きて行ける方法を探っていたと聞き及んでおります」

「卿よ、それは、戦場伝説では無かったか?」

「そのはずでした。我輩も、この次元に来て、BJと、相見えるまではそう思っていました」

「戦わないダークナイトか……。ジョークでしか無いな」

 ギャスリン侯爵は、遠い目をしてそう呟いた。

「『あの方』か。そうやも知れぬな。わしの四千年を超える戦いの日々は、感極まるものだった。だが、同時にわしは戦いに疲れていることも感じていた。卿よ、お主はどうだ?」

「我輩も同じように感じております。しかし、どんなに虚しい戦場で、無駄な戦いに疲れようとも、そこにしか我等ダークナイトの生きる道は無かったのです。戦場でしか死ぬことの出来ないこの身体は、戦いで死する事でしか、救われないのかも知れませぬ」

 ピエール卿は、呟くようにそう言った。

「死ぬために生きる存在か。虚しいな、卿よ」

「御意」

 ピエール伯爵の返事を訊いた侯爵は、押し黙ってしまった。

 彼等の声が途絶えた城内は、しんと静まり返っていた。今現在、ここで新たな殺戮兵器が開発され、騎士侯に搭載せれていることを忘れさせるようだった。


 BJは、真にダークナイトに福音をもたらす使者なのか。それとも殺戮者なのか。それとも単なる偶然の産物なのか。

 ギャスリン侯爵の頭の中では、どうしてもそれを決める事が出来なかった。




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