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這い寄る闇(5)

 BJがギャスリン侯爵と交戦している時、麟太郎達の伯父である、海堂武史の携帯が着信を告げた。発信主は、自衛隊第一戦術機小隊の、渡辺一佐であった。


「どうしたんだ、渡辺。こんなに遅くに何だよ」

<横須賀の在日米軍の基地がダークナイト襲われている。BJらしき、黒い甲冑のダークナイトも確認された>

「何故だ。米軍はダークナイトとつるんでたんじゃないのか?」

<それは状況証拠でしかない>

「でも、実際に北米大陸でのダークナイト事件は、ほとんど無い。軍施設への攻撃も含めてな」

 と、武史は反論した。

<そうだな。でも、日本を含めた極東地区は違う。南米地区でも、ダークナイトとの遭遇率は高い。一説には、古代遺跡のあるところでの遭遇率が高いとも言われている>

 渡辺から言われて、武史は考え込んだ。

 対ダークナイト戦略については、欧州ではバチカンがトップに立って指揮をしている。日本では宮内庁──つまり皇室である。南米大陸には、インカやアステカの古代遺跡が塊って存在しているし、アフリカ大陸にもエジプト文明を筆頭に古代黒人文明の遺跡が点在している。

 つまり、人類が神話の時代に何らかの手段でダークナイト、もしくは同等の異星体と直接、あるいは間接的に接触し、その記録などがバチカンや皇室に秘蔵され、それに基づいて、現在の対ダークナイト戦略が組まれている、と云う説である。


 ここ日本において、対ダークナイト戦略の中枢を握っているのは、防衛省では無く、皇室とその側近である事を考えれば、さもありなんというところである。

 団家も元々は、皇室守護のために松戸の里から移住してきた「超次元流闘殺法」の分派である。

 そのため、皇室との繋がりは古来より多い。今日のダークナイトのような『妖しの物』を、当時は、皇室主導で、秘密裏に退治していたと言う機密記録もあるらしい。

 正体不明の輩と戦闘することは、相手の技術や文化を分析し吸収し、より強い技術にて対抗することになる。そのため、皇室には代々の裏舞台の戦いの『戦利品』としての超技術や戦闘法が残されているのである。その意味で、今回の対ダークナイト戦略の要として機能している事実は見逃せなかった。

<そこで、海堂、お前に吾朗くんがいるかどうかを確認して欲しい>

「すぐにか?」

<すぐだ>

 海堂武史は、精神を統一すると、吾朗の気配を追った。

──いた。自分の部屋である。

「渡辺、いたぞ。自分の部屋だ」

<見てきたのか?>

「いや、気配を探っただけだが」

<悪いが直接見てくれないか>

 こう言われて、武史は一瞬、口ごもった。自分が読み取った気配に、渡辺は疑問を呈してきたのだ。

 最大瞬発力で、音速に近い速度で移動しながら、攻防を行う団式合気術にとって、相手の気配を読み取ることは、欠く事無い技術だ。視覚を含む五感のみでは、残像や虚像を含め、敵の位置や移動の情報を獲得しきれないからだ。

 団式合気術の修練を相当数積んでいる筈の自分の感覚に否を唱えられることは、自分の戦闘技術に欠陥有りと言われるのに等しい。それを分からない渡辺では無いはずだ。それを敢えて肉眼で確認して欲しいと言う。つまり、それ程、吾朗の所在確認は重要と言う事になる。

「……分かった。見に行こう。しばらく待てるか?」

<ああ、携帯は繋いだままにしてくれ>

「ラージャー」

 と、武史は不肖無精答えると、海堂家の家を出た。

 吾朗の住む、団家の母屋までは十メートルほどである。その夜道を、武史は音もなく横切ると、吾朗の部屋へ向かった。吾朗の気配は……変わらず存在している。

 武史は、気配を消し、身を隠しながら、忍者のように吾朗の部屋まで辿り着くと、窓ガラスのカーテンの隙間から、吾朗の様子を観察した。畳に敷かれた布団は人型に持ち上がり、静かに上下していた。

「渡辺、今、吾朗くんの部屋の前だ。布団で寝ているよ」

<そうか、分かった。悪かったな、手間を取らせて>

「いや、戦場では、お前のしつこいくらいの確認癖に何度助けられたか分からん。お前が疑うというなら、疑ってかからねばならんと思うよ」

<そうか。ありがとう。海堂、暇ができたら交番の駐車場に来いよ。良い物食わせてやるよ>

「軍用レーションは勘弁してくれよ。あれはマズイ」

<ははは、そう言うな。最近のは美味いぞ>

「そうかぁ。ま、お前も命は大切にしろよ」

<分かってるさ。じゃぁ>

「それじゃぁ」

 と、言って武史は携帯を切った。その瞬間、吾朗の部屋に、名状しがたい怖気を持った気配が感じられた。と同時に、ガシャンという音が聞こえた。

「何だ!」

 と、思わず武史の口から言葉を引き出す程の気配が、一瞬表れて……消えた。

 武史が慌てて吾朗の部屋を、覗くと、明かりが点けられて、血まみれの吾朗が座っていた。

「どうしたんだ、吾朗くん!」

 武史は思わず窓をこじ開けて、部屋の中に踏み込むと、吾朗を見た。左肩から血が流れている。

「どうしたんだ? その傷は?」

「ああ、武史伯父さん。上から蛍光灯が落っこちて来ちゃって。痛てててて」

 武史は急いで吾朗の下に寄ると、パジャマの左手の部分を引きちぎって、肩を露出させた。

 蛍光管の破片と思しき、ガラスが刺さっていた。

「下手に触っちゃいかん。ちょっと待ってろ。お母さんを呼んでくるからな」

 と、武史は言うと、優奈の部屋に向かった。

「どうしたんですか、こんな夜中に」

「ああ、優奈ちゃん。吾郎くんが怪我をして。蛍光灯が落っこちて来たんだそうだ。破片が未だあるからスリッパを貸してくれ」

「はいはい、分かりましたよ。……もう、最前線の兵隊さんみたいね」

 と、優奈は静かに笑った。

「え? そうかい。しかし、君は大事な一人息子が怪我をしたというのに呑気だね」

「あの子は大丈夫ですよ。欧州の黒体空間でも流産せずに立派に産まれた子ですから」

「お? おう、そうだったな。しかし、今、血まみれなんだ。救急箱を貸してくれ。応急処置をしなくては」

 必死になる武史に対して、優奈は落ち着いていた。

「今、水を汲んで行きますから。救急箱はいつものところに」

「分かった、ありがとう」

 優奈は、洗面器に水を汲みながら、

「さてさて、武史さんと言ったら。まぁ、それが魅力でもあるんですけどねぇ」

 と、呟くように言った。

 優奈が洗面器とタオルを持ってきた時には、武史が吾郎の肩から、ガラス片を抜き取ったところだった。

「あ、母さん。済みません。夜も遅いのに」

 吾朗が言うと、優奈は、タオルを水に浸しながら、

「ちょっと痛いかも知れませんよ」

 と言って、吾朗の方を、絞ったタオルで、注意深く拭いた。

「残っている破片は無さそうね」

「はい。武史伯父さんが取ってくれました」

 武史と優奈は、吾朗の傷を丹念に見ると、

「大きな傷が一つあるけど、後は大した事無さそうね」

 と、訊いた。すると吾朗は、

「落っこちてきた時に、驚いて手で払ったので、その時に大きく切れたんじゃないかと思います」

 と、応えた。

「そうか。気を付けろよ。ただでさえ物騒なんだから。取り敢えず、明日は、医者だぞ」

「分かりました」

 と、吾朗は、にこやかに応えた。

「しかし、伯父さんこそ、こんな夜中に、外で何してたんですか?」

 そう訊かれて、武史は咄嗟に、

「ちょっと気分転換にね。月見で一杯もおつなもんかなって」

 と言って、誤魔化した。

「未だ破片が残ってるかも知れないから、この布団は、一旦どかすわね。新しい布団を敷くから、待ってなさい」

 と、優奈は言うと、一旦部屋を出た。


「ふう。危ないとこでしたね、伯父さん。母さんに夜這いをかけるなんて、度胸がありますね」

「え? あはは、そうなんだよ。誤魔化してくれてありがとう」

「伯父さんと父さんは、恋敵だったと聞いていますから。初恋の人だったんでしょう、母さんは」

 吾朗にそう言われて武史は、

「昔話だ。それより吾朗くんは危なっかしいな。川に落ちるは、蛍光灯で怪我するは。最近、怪我ばっかりじゃないか。お母さんを、泣かせるなよ」

 と言って、吾朗の頭をクシャクシャとかき混ぜた。

「やめて下さいよぉ。伯父さんたら」

「子供がマセた事言うんじゃないよ」

 と言って、武史は立ち上がった。

「んじゃぁ、お休み」

 武史はそう言い残して、入ってきた窓から音もなく、実家へと帰って行った。


 帰り道、武史はあの悍ましい気配の事を考えていた。

(あれは何だ? 人間の気配ではないぞ……。渡辺に知らせるか。いや、今はやめておこう)

 と、取り敢えずは自分の胸の中にしまっておくつもりにした。


 武史は知らなかった。吾朗の切り傷と、BJがギャスリン侯爵から受けた傷はほぼ同じ部分であった事を。




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