這い寄る闇(4)
横須賀、在日米軍基地の上空、明るい月に照らされた夜の只中で、二体のダークナイトが一騎打ちを始めようとしていた。
一方はBJ討伐の専任者、ギャスリン侯爵。もう一方は、漆黒の騎士、BJであった。
BJの黒の鎧に刻まれた文字とも紋様とも取れる意匠は、夜空に輝く星座のようであった。その紋様を見ていたギャスリン卿の脳内を、ある事実が駆け巡っていた。
「BJ、お主のその紋様、どこかで見たことがあるような気がするわい。はて、何処だったかのう」
「俺の鎧がどうしたという? これはただの防御呪印でしかない」
BJが、呟くように卿に言い放った。
「防御呪印! まさかそのようなモノまで持っておるとは。お主、やはりただのダークナイトではないな」
ギャスリン卿が、驚くように言うと、
「そんな物は、貴様も付けているだろう」
と、BJが応えた。
「BJよ、その紋章の配列、わしはそれと酷似した物を見たことがある。遠い遥かな過去、わしが未だ騎士侯であった頃、『そのお方』は、お主と同じ配列の紋章を付けていた。もはや、わし等の世界でも伝説と化している、大公。『そのお方』は、白金の色の鎧をまとっていた。丁度、お主の黒の鎧と対を為すようにな。『そのお方』は、戦場に疾風の如く現れ、火の山のような凄まじさで、戦場の全ての者をなぎ払い、一瞬にして去っていった。……お主、まさか『あのお方』の血に連なる者か?」
ギャスリン卿は、一瞬遠い眼をして、佇んでいた。
「そろそろ、お前の言う実力テストやらを初めてもらいたいが、良いか?」
BJは、ギャスリン侯爵が見せた、一瞬の隙に攻撃をすることも無く、ただそう言っただけだった。
ギャスリン卿は、驚いたように現実に戻ると、次のように言った。
「お主、わしを討つ絶好の機会を黙って見過ごしたのか! よほど自分に自信があるのか、それともただのアホウなのか? それとも……わし等が遠い過去に置き去りにした騎士道精神だとでも言うのか?」
その問いに、BJは無言のまま右手のジャックナイフを構えると、侯爵をも凌駕する凄まじい闘気で以って応えたのである。
「ぬお。ただの無頼のやからと思っておったが、予想以上だな。先程はテストと言ったが、取り消そう。勝負だ、BJ!」
ぎゃスリン卿も、両刃の剣を構えると、凄まじい殺気で以って応えたのである。
「さすがは侯爵。俺の闘気をはねのけるとはな」
「では、参る」
ギャスリン卿が言い放つと同時に、二人の影が、一瞬揺らいだように見えた。次の瞬間、二人はお互いの位置を換えていた。刃と刃のあわさるキンと云う音は後から聞こえてきた。二人は音速をも超える剣技でもって刃を交わしたのである。
BJは左肩を切り裂かれていた。一方のギャスリン卿も、脇腹を切り裂かれていた。
「やるのう」
卿は道化の面の奥で笑っているように見えた。しかし、それは次の瞬間、驚愕に変わっていた。傷の復元が始まらないのである。強力な再生力を持つ侯爵の身体が再生されない。それは同時にBJの剣技の凄まじさを意味していた。
「むうう。その技、誰に教わった。このような凄まじい剣技を持つ者は、わしでも数人ほどしか知らぬ。それは全て、公爵級以上の者だ。お主、一体何者だ?」
ギャスリン卿の問にもBJは応じず、ジャックナイフを構えていた。
「応えぬか。ならば力ずくで行くか。出でよ、ハルピヨン」
卿の召喚に応じて現れたのは、巨大な怪鳥であった。
「ハルピヨン、ニードルフェザー」
ギャスリン卿の命令で、怪鳥は巨大な翼をはためかすと、その羽が矢の如くBJに向かって放たれた。これに対しBJは、
「出でよ、ヘブンズレフト」
と、自分の守護獣を召喚した。現れ出た巨大な左手が、その掌を開くと、空間に波が打ったように揺らめいた。その揺らめきに遮られて、羽毛の矢は全て遮られていた。
卿の攻撃を防いだBJは、逆に攻撃に転じた。
「ヘルズライト、ハイパーエルボー」
BJの召喚で現れた巨大な右腕がギャスリン卿の守護獣に逆襲した。巨大な怪鳥は、右腕の攻撃を受け止めきれず、中を舞った。
「BJよ。お主自身だけでなく、守護獣もとてつもないパワーを持っておるな。ならばわしも出し惜しみしておる場合ではないのう。出よヴァイタン」
侯爵の召喚で現れた二体目の守護獣は、巨大な鎌のような姿をしていた。
「ヴァイタン、亜空烈斬」
今度は、巨大な鎌の刃と、こちらも巨大な左手の一騎打ちとなった。どちらも引かず、両者のせめぎ合いが続く。
「ぬう、お主のその『左手』、亜空間波動によるシールドだな。ヴァイタンの刃を受け止めるとは。わしも初めて遭遇したわい」
ダークナイトの守護獣の力の源は、主人の永久機関である。両者の力が拮抗する事は、彼等の永久機関の出力が拮抗していることである。鎌と左手がどちらも引かぬ押し合いをしている中、BJは更に攻撃を加えた。
「ヘルズライト、破砕渦動流!」
BJの命令に、巨大な右腕は手の平を広げると、その中央から亜空間波動の渦巻きが放たれた。それは、触れた物全てを素粒子に還元する亜空間断層の巨大な竜巻ででもあったろうか。
対して侯爵は、巨大な怪鳥に命令を下した。
「ハルピヨン、ハリケーンウィング」
怪鳥も負けずに、翼をはためかせ、亜空間の波動を放った。こちらも力が拮抗して、どちらも引かぬ状態となった。
「ぬうう。わしの守護獣と拮抗する力を持つのか。しからば、これはどうだ。エルバイン、ライトニングプラズマ」
ギャスリン卿は三体目の守護獣を召喚した。それは巨大な円盤状の物体であった。円盤状の守護獣は、その円の中央から眩い稲光を放った。対するBJも、三体目の守護獣を召喚した。
「ギリオン、プラズマトルネード」
これも巨大な漆黒の猛犬が現れると、口から煌めく稲妻を放った。
互いの守護獣同士がぶつかり打つ中、その間隙をぬうようにBJが侯爵の懐に飛び込むと、その巨大なジャックナイフを振るった。受けるギャスリン卿も負けずに剛剣を振り下ろした。
三体の守護獣とダークナイトのぶつかり合いは、他の者の手出しを許さぬ凄まじいモノであった。もしも誰かが介入しようとすれば、その者は一瞬にして素粒子レベルで分解されただろう。
もう既に、BJとギャスリン卿のぶつかり合いで、空間に歪みが生じ始めていた。もしこのまま力のせめぎ合いが続けば、空間の歪みはワームホールを生み出し、あまねく全てを地獄の底に吸い込んだであろう。
だが、ここに来て、ギャスリン侯爵の剛剣が弾き飛ばされたのである。BJとの最初の斬り合いで受けた傷が、ここに来て卿にダメージを与えたのである。それは僅かなモノであったが、巨大なダークナイトの力のせめぎ合いのバランスを崩すには十分な手傷であった。
「くうぅぅぅ、BJぇぇぇぇぇ!」
侯爵の怨嗟の声が響き渡る。
BJが最後の止めをさすべく刃を振るおうとした時、巨大な蛇体がそれを遮った。ガナード子爵の守護獣である。
「むぅ、邪魔をするか、ガナード!」
ギャスリン侯爵の叱咤に対し、ガナード子爵は、
「閣下の手傷、決して浅いものではござらぬ。ここは一旦退きましょうぞ」
ギャスリン卿は、渋々ながらもそれに従った。それは、侯爵の永久機関がオーバーヒートをしかけていたためでもあった。それは侯爵級である自分のプライドを傷付けるのに十分なものだった。
「くぅぅ、BJよ。今回はお主に勝ちを譲ろう。しかし、今度相まみえた時には、その首が無くなると思え」
侯爵がそのマントを翻すと、彼等は亜空間の彼方に消え失せた。
残ったのは明るい月の照らす中、マントをはためかせて空中にたたずむ漆黒の騎士と、その三体の守護獣であった。しかしそれも、いつしか月明かりの中に消えた。
あとに残ったのは、その戦力の半分を削がれた米軍駐屯地の施設から立ち上る炎と煙だけであった。