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ミルク  作者: ハリ
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-----------------------橋本さんの伯父さんに電話をかけて事情を話したら、期待しないでくれと言われたけど、すぐに連絡が来たんだ。

 都内に住んでいるらしくて、なるべく早くが良いでしょうって、時間を作ってくれた。

 まずは僕一人で会ったんだ。街中のホテルのロビーで待ち合わせて、すぐにどこに連れて行かれたと思う?いやいや、上の部屋じゃなくてさ。

 カ・ラ・オ・ケ。

 知らない人と密談するには最適だってさ。話し声は外に漏れない、ホテルの部屋みたいに完全な密室じゃない、カメラで監視されてるからね。

 そんなことまでよく気が付くなと感心してたら、仕事柄、と言ってたよ。


 弁護士、なんだって。


 それに今、彼女、橋本彩香って名前じゃないみたいだった。結婚指輪もしてた。

 それを指摘したら「まあ、そうです」とだけ。今のフルネームは教えてくれなかったよ。



 念のため会話は録音するって言われて、話を進められたよ。

 こちらの事情を一通り話したら、これからすぐに会っても良いと言ってくれて、両親を呼び出した。

 家から小一時間かかるから、その間だけ、いろいろ話してくれたんだ。



 春花の事、良く覚えてるって言ってたよ。

「あの半年間は、私にとってもかなりきつかった」って苦笑してた。

 親が離婚したときは、詳しいこと何も聞かされてなくって、母親が突然亡くなってすぐに、印鑑探してて見つけた日記ですべて知ったらしいよ。

 お母さんの当時の心情、読んで泣いて泣いて、父親を憎み切ってる時に突然本人が現れて、それでいきなり引っ越し。憎い人ランキングのワンツーと暮らすなんて過酷な環境に置かれてしまったって。


 いやいや、ふざけてない。だって橋本さん本人がそう言っていたんだ。

 さばさばしてて面白い人だったよ橋本さん。さすが弁護士、話し上手で説得力があるし。

 当時の事、軽い口調で笑いながら話すんだ。


 高校卒業したら、遠くの大学行って一人暮らし出来ると自分に言い聞かせて、なるべく関わらないように気を使ってたのに、相手がストレスで病気になったから出て行けって言われて、 ああもうこの人たちダメだ。どうでもいいと思ったって。


 憎いとか、嫌いとかより、関わりたくない。それが本音なんだって。


 だから、個人情報は教えてくれなかったし、橋本さんの事を具体的に話さないでくれって、何度も釘を刺された。うちの親にも同じように言ってた。


 うちの親は、橋本さんのこと気に入ったみたいだ。見てみて安心したようだよ。

 離婚当時のことについては、

「小さかったので覚えていないし、母からは何も言われてない」

 春花の両親については、

「憎むというより軽蔑している。会うたびに厭な気持になるから、この先どんな些細なことでも関わりたくないというのが本音です」って、取りつく島もなかった。


 春花についても訊いたんだ。そしたら

「直接会ったのは、もう十年以上前のたった半年間だけ。好きとか嫌いっていう感情も持てない。ただ-----------------------




「ただ?」

 少しの間も苦しくて、彼に先を促した。


「春花が悪いわけじゃないから、罪悪感は持つことないって。”子供は親を選べないから”と、うちの親にも言っていたよ。悪いのは親であって、春花本人じゃないって。何度も繰り返してた」


「春花?」

 押さえきれない涙が、頬を伝った。


「私が、私が生まれたから」

「橋本さんは、そう思ってない。そんな事考えちゃだめだ」

 声を出せずに、ただ頷いた。

「子供は親を選べない」

 何度も何度も、頷いた。

「橋本さんと春花の親との関係は、春花に何の責任もない。いいな?」

 ハンカチを差し出されて、涙を拭った。


「最後に、夜中のホットミルクの話をしたんだ。ああ、って思い出して笑ってた。でね」


 顔を近づけて覗き込むようにして、彼が言った。


「あの子がミルクを飲んでいる間は、ああ、妹なんだなあと思った、って」


 涙と嗚咽が止まらない。いろんな感情がぐちゃぐちゃに体の中で暴れまわる。

 彼に抱きしめられ、背中を撫でられ、ただ、ただ泣き続けた。



ありがとう、と言いたい姉の姿は、私の中ではまだ高校生のままだ。成人して年を経た姿が見られないまま、人生を終えることになるのかもしれない。それでも―――――――――






 半年後に式を挙げた。子供も生まれ、優しい夫と笑いあう穏やかな家庭を大事にして、春花は生きている。



 今日もちょっとしたことで落ち込んだ春花は、家族が寝静まった家でひとり食卓につき、甘いミルクを啜っている。

 冷たく、公正で、そして優しい姉ならば、春花の愚痴になんて言うのか想像しながら。

 苦笑するだろうか、叱りつけられるだろうか、それとも―――――――――



 熱いミルクは喉を通り、胃に落ちて、今宵も春花を中から温める。







 了





 ムーンライトノベルスに5月23日投稿した作品です。

 幅広い年代の方に読んでいただきたいとの声もありまして引っ越ししてきました。

 全年齢向けに移動するにあたって、一部改稿しています。

 

 読んでいただきありがとうございます。感想いただけると嬉しいです。

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