ラブレター
はじめまして。
私はずっとシロ先輩を見つめていました。
シロ先輩は笑顔が可愛くって、素敵だと思います。
あとは、頭の良いところも好きです。
学年トップ層の成績ですね。
張り出されていた成績表でシロ先輩の名前を見つけちゃいました。
何度か一位も取ってましたよね!
いつか勉強も教えてもらいたいなぁ。
でもまずは勉強よりも…。
なんちゃって!
えへへ、またお手紙書きますね。
◆
バタンと強く音を立てながら外履きを下駄箱へと放り込む。
シロとテルは遅刻しそうだった。
朝方からブラックの事務所へ来た依頼を手伝っていたので、登校がギリギリになってしまったのだ。
幸い、依頼の迷い犬はすぐに見つけられたのだが…。
「あ。」
テルが声を上げる。
シロは無言で足元を見ている。
フタを勢い良く閉めた風圧でなのか、シロの下駄箱から封筒が飛び出してきた。
急いでいたからか、中に入っていた封筒に目では気が付かなかった。
「ラ、ラ、ラブレターとは限らないよ。
果たし状とかかもしれないじゃん。」
そう言ってみるものの、シロはこれがラブレターであろう事は分かっている。
可愛らしい柄の封筒を閉じている印が、ハートマーク。
それだけで相手の意図は伝わる。
「おーおー、確かにまだ分からないなぁ。
とっとと開けてみろよ」
テルは揶揄う様に笑う。
「どっちにしろ遅刻だし、人気のない所で読もうか。」
二人は人目を避けて屋上へと向かう。
扉は施錠はされているが、今のシロにとってドアの鍵など無いのと同じだ。
「…今から秘密を見せるから、誰にも言わないでね。」
シロの真剣な顔に、テルは頷く。
元々口の軽い方ではないし、友達の秘密を他所に話すタイプでもない。
簡単に頷いだが、シロが見せた秘密は思っていたよりも重たいものだった。
「…は?ドアノブが…消えた?」
ドアはシリンダーを引っ掛けてドアを閉めているに過ぎない。
ドアの鍵も同様、閂をドアに差し込んでいるだけ。
パーツごとなくしてしまえば、開錠するまでもなく開ける事など容易だ。
ドアノブを魔法でしまっておけるならば。
「魔法、2属性持ちなんだ、僕。」
「ほぁああ?」
テルは驚いてよく分からない声を発した。
世に2属性持ちは珍しい。
伝記に載るような人物ではいるが、授業で習う範囲の知識で考えると、生物として矛盾しているとさえ言える。
しかも、水はまだしも時空魔法との組み合わせ。
歴々の魔法使いを紐解いてみても一人もいないのでは、とテルは思った。
そして、確信を持った。
「まぁいいや。
誰にも言わねぇよ。
…それで、その力で兄貴を助けてくれたんだろ?」
「…あ…。」
テルは始めから目的があってシロに近付いていた。
仲良くなろうとシロに近付いていた訳ではなかった。
兄が行方不明になり、同じクラスのシロの父も行方不明になっている。
そんな偶然はあり得ない。
何かの繋がりを感じ、とりあえず普通に話せる仲になろうと授業のペアに誘った。
自分なりに探り、父の警察手帳を盗み見たその中にシロの家、バラードの家名を見つける。
同じ被害者家族。
そんな仲間意識もあって、話す事が慰めになるかもしれないという打算もあったし、単純に気も合った。
友達だな。
そう思った。
ある夜、ハシェ家に知らせが届く。
父、ホーンが死んだと。
その直後、兄が帰って来た。
片方の足は失っていたが、失意の母を慰められるぐらいには元気で、いつも通りの兄だった。
兄は、公には隠蔽されている父の罪をテルへと語った。
兄は、テルが黙って自分を待っている性格では無いと見抜いており、少しでも追っていたならと真実を話すことにしたのだろう。
テルは父の罪状を聞き、始めはベルを疑った。
ベルは懇々とテルへと語る。
その中で、何度かシロの話が出てきた。
兄はシロに救われたらしい。
ベルはあえて、まるで物語の主人公の話を語るかのように、シロの名前を多く出しているようだ。
テルがシロを恨まない様に。
父が悪く、シロはそれに対応しただけと。
「親父が悪かったな、シロ。」
テルはシロに聞こえない様に小さく呟いた。
屋上から見える鈍色の空、冷たい風に言葉は溶けて消えた。
「兄貴を助けてくれてありがとう、シロ。」
今度は聞こえる様に言った。
目は合わせられなかったが。
「ううん。」
「…うし、とっとと開けようぜ、そのラブレター。」
二人は重くなった空気から逃げる様にラブレターを開いた。
テルは気を使い中身を見なかったが、シロはあまりの差に風邪をひいてしまいそうだ。
「なんか、ごめんな、開く前に。」
「いや、大丈夫。」
何が大丈夫なのか二人には分からない。
分からないが、それ以外になんて言えばよかったのかも分からない。
「ところで、誰からだったんだ?」
テルの普通の質問に、シロは嫌な顔をして封筒を閉じていた蝋の印章を見せる。
「…え、うわ。」
二人は印章を見てすぐにどの家か分かる程、貴族家に詳しい訳ではないが、この封筒の印章は知っていた。
「会長じゃん。」
二人が通う学校の生徒会長。
ホロウムーン家の紋章が押されていたからだ。
「会長…男だよな?」
生徒会長、モーニング・ホロウムーンは男性。
男性が男性にラブレターを渡してはいけないなどという法律などない。
ないが、それは無いと思いたい。
「…会長、ご家族がこの学校にいたっけ?」
「あんまり関わりたい家じゃねぇからなぁ…分かんねぇ。」
二人がこの家の紋章を知るのは、自分たちの学校の生徒会長だからというだけではない。
ホロウムーン家は国の海運を担う海の支配者。
そういう家だ。
荒くれ者の多い海の男を牛耳れるという事は、当然腕力を持っている家系という事でもある。
ホロウムーン家のあだ名は、海賊貴族。
成り立ちを知れば、あながちおふざけでもないそのあだ名を考えれば、当然マフィアとの繋がりも見えてくる。
「返事を欲しがってる文面でもないし…とりあえず忘れるよ。」
シロはラブレターをカバンにねじ込み、頭を掻く。
文面はちょっと気持ち悪いただのラブレターなのに、印章のせいでちょっと嫌な気分になった。
「そうだな。
気にし過ぎても仕方ねぇ。
教室帰るか。」
朝一番とは思えない疲れ。
正直言いうと帰ってしまいたいが、受験直前の時期に必修科目だけはサボる訳にはいかない。
一限目と二限目の間を見計らって二人はこっそり教室へと帰った。
受験期特有の湿った空気の教室で息を目一杯吸い、気持ちを切り替える。
自分の席に座り、隣の席の女の子に挨拶をする。
よく知らない、仲良くもないクラスメイトも、無難に挨拶を返してくれる。
「はぁ。」
ため息ぐらい出る。
よく分からない色恋に巻き込まれるのも、マフィアと繋がりのある貴族家に巻き込まれるのもゴメンだ。
「おはようシロノクロワ君、今朝は遅かったねぇ。
あのさ、会長がシロノクロワ君が来たら、昼休みに生徒会室に来てくれってさ。」
そうはいかないみたいだが。
よく知らない、仲良くもないクラスメイトのことを、シロは理不尽にもほんの少し嫌いになった。




