『いい雰囲気になってきたら発言を控えますね』
「寒っ!?」
学校に行くべく玄関を出た瞬間、ましろは思わず肩をすくめた。
「うわぁ、今日は特に冷え込んでるね」
「もう十一月だしね……にしたって冷えすぎだけど」
『現在の気温は五度。例年と比べても冷え込みが強いですね』
スマホからのアイの言葉に、ましろはうへー、と苦い顔をした。
吐く息が白い。乾いた風まで吹いていて、ましろは手に息を吹きかけながら身体を縮こまらせていた。
「ましろ、大丈夫? 寒いの苦手そうだね」
「ん……まあ寒いのは苦手ね。私冷え性だから、手とかすぐ冷たくなっちゃうし」
『なるほどなるほど……ならば蒼太さん、出番ですよ!』
「出番?」
『このような場合、手を繋いで体温を分け合うのが効果的です。ささ、蒼太さんは体温高めなようですし、ましろさんの大事な手を守るためにも! もちろんポイントも差し上げますので!』
「えっと……ましろ、どうしよっか?」
おぞおず尋ねる蒼太に対し、ましろは何故かちょっぴり不機嫌そうに唇を尖らせる。
「最初の頃はあんな真っ赤になってたくせに」
「へ?」
「手、繋ぐの。最初の頃はあんなにオロオロしてたくせに、今は普通に『どうしよっか?』って聞いちゃうんだ?」
「え? あーまあ、何度もやってるし、さすがに慣れてきたというか……」
「……ふん」
「えっとましろ? 手を繋ぐの嫌?」
「……別に、繋ぐけど」
そうして二人で手を繋ぐ。
「冷たっ!? ましろ大丈夫!? 手、氷みたいに冷たいけど!?」
「だから冷え性だって言ったでしょ。……というかあんたの手の方はめちゃくちゃあったかいわね」
「ましろの手が冷たすぎるだけだと思うよ? えっと……こうすると、あったかいかな?」
蒼太は両手で、ましろの細い手を包み込むように握ってみる。
こうしてみると改めてましろの手の小ささと華奢さを感じてまた少しドキドキしてしまった。
「……どう?」
「……まあ、そりゃあ、あったかい……けど」
ましろは何か言いたげに口をモゴモゴさせていたが、それ以上は何も言わなかった。
そのまましばし歩いていくと、バス停が見えてくる。
流石にそろそろ周りの目も増えてくるので、蒼太はそっと手を離した。
「あ……」
ましろが小さく声を上げる。『もう離しちゃうの?』と口からこぼれかける。
「……~~~~~っ!」
だが次の瞬間には自分の失態に気付いたように顔を赤くして、ぺしーんと蒼太の肩を引っぱたいてきた。
「わわっ!? どうしたのましろ!?」
「……別に。何でもない」
「ええ……?」
そんなこんなあったものの、二人は学校へのバスに乗り込んだ。
二人で並んで座席に座る。バスの中は暖房がしっかり効いていて暖かい。
けれどましろは何が気に入らないのか、頬を膨らませてぺしぺしと蒼太の脇腹を小突いていた。
「えっとましろ? 何か機嫌悪いの?」
「別に」
「じゃあなんで僕、さっきから小突かれてるの?」
「別に」
ましろの返答に蒼太は苦笑いする。
まあ、こういうのもましろ相手だとよくあることだ。
それにこうやってちょっかいをかけてくるのは、まるでペットの猫がじゃれついてきてるかのようでちょっと嬉しい。
(何だかんだで、こういうちょっかいってやっぱり仲が良くないとしてくれないと思うし……)
しかしそうして蒼太が猫の相手でもしているような穏やかな表情を浮かべているのが気に入らないのか、ましろはますます不機嫌になっていく。
「最初の頃はことある毎に動揺して、すぐ顔真っ赤にしてたくせに」
「え? ああ、そりゃあ、流石にもう二ヶ月以上一緒に暮らしてるんだから慣れるよ」
「蒼太のくせに生意気。なんかあんたが女慣れしてきてる感出してきてむかつくのよ。今朝のあーんとか手を繋ぐのも慣れてる感じでこなしてたし」
「そんなこと言われても……」
「それに……あんなことまでしたのに……」
そう言うと、ましろは顔を赤くして両手で覆ってしまった。
「ど、どうしたのましろ?」
「何でもない」
「いや、顔真っ赤だけど……大丈夫? 熱とかあるなら学校に連絡して……」
「だ、だからそういうのじゃなくて! その……」
ましろはふいっと視線を逸らした。
「一緒にお風呂入った時のこと……思い出しちゃった、だけだから……」
蒼太の動きが止まる。その顔がみるみる赤くなっていく。
なるべく思い出さないようにしていたのに、そんな恥ずかしそうな反応を見せてくるのはずるいと思う。
蒼太も視線を逸らし、窓の外に顔を向ける。
「……あんたまで思い出さないでよ、バカ、ケダモノ」
そう文句を言うましろ。
けれど、ほんの少しだけ、蒼太がそうやって動揺しているのが嬉しそうだった。
蒼太は窓の外を見ながら、つい昨晩のことを思い返してしまう。
お風呂場の戸が開いて、そこにましろが立っていた時の衝撃。
短い時間ではあったけど大好きな女の子と混浴するという背徳感に、お湯に濡れた柔らかそうな肌。
公共の場でこんなことを思い出すのはちょっとどうかと思うのだけど、こういうのは一度考えてしまうとなかなか頭から消えてくれない。
――それに。
いくらミッションのためといっても、女の子が――それも、あのましろが、好きでもない男子と一緒にお風呂に入ったりするだろうか?
そんな考えが浮かんでしまって慌てて首を振る。
勝手に期待するなと自分に言い聞かせる。けれど、やっぱり心臓の音が落ち着かない。
このままじゃいろんな意味でまずい。蒼太は話題を変えるべく口を開いた。
「そ、そういえば、今日席替えあるね」
「え? ……ああそっか、そんな時期なんだ」
「……隣同士になれたらいいね」
どこか反応を伺うような蒼太の言葉。ましろは少しだけ言葉に詰まる。
けれどもしばらく間を置いて、小さく頷いた。
「……うん」
ましろも自分と隣になりたいと思ってくれている。
そう思うだけで、蒼太は幸せな気持ちになってしまうのだった。




