『第二ステージ突入です!』
「ましろ、朝だよ。起きてー?」
「ん~……」
朝、蒼太に揺り動かされてましろは目を覚ました。
「起きた? 朝ごはんできてるから、着替えたら下りてきてね」
「ん……」
ましろは半分寝たまま、蒼太が部屋を出て行く気配を感じながら身体を起こす。
頭がぼんやりして、身体がだるい。寝不足だ。
――なんで寝不足なんだっけ?
ぼんやりとそんなことを考えて……昨晩のことを思い出した。
アイに、『蒼太さんと結婚するの嫌ですか?』と聞かれた。
はい、いいえ、で答えられる簡単な質問。
なのに、自分は即答できなかった。
異性として好きかと聞かれたらそんなことないと即答できた。なのに結婚するのが嫌かと聞かれたら即答できなかった。
不覚にもそんな風に感じた自分に思いっきり動揺してしまって、布団に入ってからもそのことをぐるぐる考えてしまって、結局ほとんど眠れなかったのだ。
そのことを思い出すと、また頬が熱を持ってくるのを感じる。
(……べ、別に、そういうのじゃないから)
自分を落ち着けるように心の中でそう呟く。
気持ちを切り替え、布団から出て制服に袖を通す。
そのあとはいつも通りリビングに下りて、蒼太と向かい合って食卓につく。
……いつもよりほんの少し、心臓が落ち着かないのは気のせいということにしておく。
朝ご飯を食べながら、ましろはちらりと蒼太の様子を盗み見た。
蒼太は昨日あんなことがあったのに相変わらずな様子。こっちの気も知らないで、テレビを見ながらのんきに味噌汁を飲んでいる。
それがなんだか恨めしくて、テーブルの下でむぎゅっと蒼太の足を踏んづけた。
「? ましろ? どうかした?」
「……別に」
ぶっきらぼうにそう言って、朝の卵焼きを頬張る。朝ごはんは今日も美味しい。
……大事な友達だというのは、認めてもいい。
……助けてもらった恩があるのも、言い逃れしようがない。
(でも、好きとかそういうのじゃないから)
ましろは心の中で繰り返す。
と、そんな時だ。
『おはようございます。お二人とも今日も朝から仲良しなようで何よりです』
「……」
ましろはジト目でアイを睨む。昨日あんなにこっちの気持ちをかき乱して寝不足にしたくせに、いつもの調子なのが腹立たしい。
しかしアイはどこ吹く風といった様子で『それでは今朝のミッション、いってみましょ~』なんて言って話を進める。
『今朝のミッションは……蒼太さんからましろさんに、あーんして卵焼きを食べさせてあげてください。達成したら+20ポイントです』
「あれ? 今朝はずいぶん簡単なんだね」
蒼太の疑問にアイはニコニコしながら頷く。
『はい。少々状況が変わったと思われるので、小手調べといったところです』
「小手調べ?」
『まあまあ、そこはいいじゃないですか。それでお二人ともやります? 簡単にできる割にはポイント高いのでお得ですよ?』
「? なんかよくわからないけど、ましろ? どうする?」
「……まあ……やるけど……」
ましろは呟くように答える。
昨晩みたいな無茶なミッションならともかく、十秒くらいで終わるミッションでポイントをもらえるのは破格だ。ここで断るのはいくら何でも不自然。
別にあーんぐらい平気だし。よゆーよゆー。
ましろは自分に言い聞かせるように心の中で理論武装する。
「そ、それじゃあさっさと済ませて」
「うん、じゃあ口開けてね。あーん」
「あーん……」
ましろが大きく口を開けて、蒼太はそんなましろに卵焼きを食べさせる。
「……おいしい?」
「……普通」
ましろはどこか不機嫌そうにそう言って卵焼きを咀嚼する。
……さっき食べさせてもらった時、一瞬だけ蒼太の箸がましろの唇に触れた。
それだけ。たったそれだけだったのに、ましろの心臓はまたドキドキと鼓動を速くしてしまう。
(違うし。そういうのじゃないし。こいつとの間接キスとか気にしないし)
頑張ってポーカーフェイスを保ちつつ、ましろは不機嫌そうに食事を続ける。。
ふと、蒼太を見た。
蒼太はすでに自分の食事に戻っていた。
そして茶碗によそったご飯を、先ほどましろの唇に触れた箸で食べて……。
(なんっっでこいつは平然と私との間接キスを繰り返してるのよおおおお!?)
思わず叫びそうになったが必死に我慢。
けれど間接キスに関して指摘するわけにはいかない。
それこそ『私は蒼太との間接キスを意識してます』と自白するようなものだ。
†
一方、黙々とご飯を食べる蒼太だったが……実は内心、まったく穏やかではなかった。
蒼太もこの箸で食べたらましろと間接キスなのは気付いていたが、だからといってましろの目の前で箸を拭ったりするのは流石に失礼だろう。
それに……蒼太だって思春期の男子高校生だし、相手は大好きな女の子。
しかも今なら間接キスが許されるシチュエーションだったのだ。……間接キスしてみたい、だなんてちょっとした下心が湧いてしまったのもどうか許してあげてほしい。
もちろん、関節キスを意識しているのがましろにバレたら『キモい』『サイテー』『ケダモノ』などと詰られて引かれるのは目に見えている。
なので蒼太も頑張ってポーカーフェイスで押し通す。ドキドキしている内心を隠しながら食事だけに集中する。
ただ、そのせいで蒼太との間接キスに動揺して顔をまっ赤にしているましろの様子にもまったく気づけなかった。
『ふふふ……』
そんな二人の様子を眺めながら、アイは満足げに笑っていた。
「……なによ」
ましろがジト目で睨むと、アイはにっこりと微笑む。
『いえいえ。やはり予想通り、ましろさんも第二段階に入ったなと思いまして』
「第二段階?」
ましろがそう言うと、アイはニヤニヤしながらましろに近づき、その耳元で囁く。
『今まで何も感じなかったり、むしろ嫌だったことにドキドキしちゃう段階です』
「っ……!」
ましろは思わず箸を取り落としそうになった。
「べ、別に私は……!」
「ましろ、どうかした?」
「何でもない! 何でもないからあんたは黙ってて!」
何故か理不尽に怒られる蒼太にニマニマするアイ。そして顔真っ赤なましろ。
仮婚生活三ヶ月目は、微妙にすれ違いつつも新たなステップを迎えるのだった。




