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第21 虚無の器2


 小屋の扉がわずかに揺れたかと思った瞬間、シェリーの姿が消えた。


 いや、消えたんじゃない。


 ネームドスキル【一騎駆け】**の初動。一呼吸目の爆発的な敏捷性が、彼女を視認不能な「刃の突風」へと変えたのだ。


 シュッ、と短い断裂音が重なる。


 ある者は袈裟斬りに切り伏せられ、ある者は背後から音もなく心臓横をひとさし。慌てて魔導書を開こうとした男の背後に回ったシェリーは、その口を無造作に左手で塞ぎ、喉元へ僅かに刃を滑らせた。


 瞬き三回の間に、数人の黒装束が床に転がっていた。


 だが、即死ではない。男たちは体を震わせ、言葉にならない絶叫を漏らしながらのたうち回っている。


「……毒を塗ったナイフで切ったですよ。痛覚を刺激する薬だから、すぐには死なない。でも、一刻も早く解毒しないと痛くて自殺するですよ」


 返り血を浴びたまま、シェリーはゆっくりと、ただ一人無傷の夫人の前に立った。


 その瞳には、先ほどまでの「アホ」な光など微塵もない。底の知れない、冷徹な暗殺者の眼だ。


「はい、か、いいえ。……それだけで答えるですよ。お前の目的は、魔法の発現ですか?」

「……っ、う、ううう」


 夫人が恐怖で言葉を詰まらせた瞬間。


 ――バキッ。


 乾いた音が響き、夫人の絶叫が小屋を震わせた。

 シェリーは表情一つ変えず、夫人の指を最も簡単に、効率的な角度でへし折っていた。


「もう一度聞くですよ。お前の目的は、魔法の発現ですか? そのために、夫……道具屋ベントを殺したのですか?」




「あ、あああ……っ! ぎゃあああああ!!!」




 ――閃光。

 夫人のさらなる絶叫と共に、真っ赤な鮮血が祭壇を汚した。


 シェリーはあろうことか、夫人の手の甲にまるで不要な枝を払うかのように無造作に突き刺した。

 明らかに常軌を逸した行動。それを眉一つ動かさず冷ややかに見つめながら、シェリーは返り血のついたナイフを振る。


「……次で答えないなら、次は首チョンパですよ。私はお前を殺してもいいって依頼を受けてるです。僅かに報酬が下がるぐらいなら早く帰れる方が良いに決まってるです」


 影に潜んでいた俺の背中に、冷たい汗が流れた。

 知力Eのポンコツだと思っていた女。その正体は、マスター・シノブの教えを忠実に守り、一字一句の規約ルールの代わりに「効率的な殺害と拷問」を魂に刻み込んだ、アサシンギルドが誇るランクS支部の怪物だった。




「やり過ぎだ! 奥さんも、今のうちに逃げて!!」


 俺は小屋の中に飛び込み、血に濡れた短剣を振り上げるシェリーの背後から、その細い体をがっしりと羽交い締めにした。


 冷静になれば、今の状況は最悪だ。シェリーは正式な依頼を受けていない。それどころか、ただの一般人である夫人を拷問し、いま正に殺そうとしている。アサシンギルドの規約以前に、これはただの凶行だ。


「じぇ、ジェイクさん!? ちょ、ちょちょちょ、本気ですか!? 邪魔しないでほしいですよぉ!」


 シェリーが俺の腕の中で暴れ回る。敏捷B+の彼女が本気で抵抗すれば、普通の人間なら一瞬で振り切られるだろう。だが、俺は「冒険者ギルド」のスキルこそ持っていないが、土俵で培った**【RIKISHI】**の力がある。一度ガッチリと組み付いた俺の腕は、まさに鉄の枷。強力無比だ。



「いいから、落ち着けって! 奥さん、早く!!」


 俺の叫びに応じるように手首を失い、顔を血と涙で汚した夫人が這うようにして小屋の出口へと向かう。


彼女は逃げ際、恨みがましい目で俺たちを一瞥し、血の気の引いた唇を小さく動かした。


 その瞬間、俺の横腹に鋭い痛みが走った。


「いってぇ!!」


 見れば、シェリーが逆手に持ったナイフを俺の脇腹に突き立てていた。


「離すですよ! あの女、今……!!」


 シェリーの顔から余裕が消える。彼女は俺を刺して怯んだ隙に強引に腕を抜くと、驚くべき怪力(あるいはニンジャの技か)で床に転がっていた黒装束の男たちを次々と担ぎ上げた。


「ジェイクさん、ぼさっとしてないで逃げるですよ!! 死ぬですよぉ!!」


「はえ……? 何言って……」


 俺が呆然とした、その直後だった。

 小屋の外から、夫人の低く、狂気に満ちた詠唱が聞こえてきた。



「――【サンダークラウド】」

 ――カッ、と。



 夜の闇が真っ白に塗り潰された。


 直後、鼓膜を破壊せんばかりの轟音が鼓動を叩き、小屋の天井を突き破って巨大な雷柱が直撃した。

 乾燥した木材で作られた小屋は、爆発的なエネルギーに耐えきれず、一瞬で塵へと消失した。



 命からがら崩壊する小屋から脱出した俺は、脇腹に突き立てられたシェリーの毒ナイフの痛みに悶えながら必死に息を整えた。


 このナイフ、「痛覚刺激」が目的だと言っていたが……誇張抜きで焼けた鉄を押し当てられているような激痛だ。


「お前……あんなに、あんなに惨い真似をして、本気で殺す気じゃなかったのかよ……!」


 俺の絞り出すような問いに、シェリーはすすけた顔をこちらに向け、真面目なトーンで返した。


「何言ってるですか……『殺すのは下策中の下策だ』って、マスター・シノブがいつも言ってるですよ。死人からは情報は引き出せない。大事なのは、『殺される』と相手に思わせるだけの凄みですです。……ジェイクさんにまで私の凄みを見せちゃったのは、ちょっと嬉し恥ずかしーですけど」



 そう言いながら照れる彼女の感性は、やはりどこか壊れている。


 瓦礫の山の向こう。そこには、赤黒い雷雲を背負ったベント夫人が立っていた。


 彼女は切り落とされた手首からの血を、狂ったように地面に滴らせ、それを筆代わりにして不可解な文様を書き記している。


「ギルドカード……どうして」


 夕暮れに尋ねた時には夫人はカードを所持していなかった。


 人間が特別な力とスキルを貰う為にはいくつかの条件がある。その力とスキルを維持する為には様々な制約がある。


 条件次第ではスキルが使用不可になったり他の者から追われたりもする。


「シェリーは知っていたのか?」


「もしかして道具屋から出る時に棚から取り出してたの見てなかったです!? 監視でボーッとしてるなんて寝てるのよりもタチが悪いですよー!」


 シェリーの耳が痛くなる説教は無視だ。


 この力は弱者のふりをする狡猾なものではない。弱者のふりをして暗躍するためのものではない。


 ギルドカードを意図的に隠し一般人を装うなどあってはならない……言い逃れの余地もなく第三級の犯罪、すなわち死罪だ。


 だからシェリーは夫人の手首に躊躇なく風穴を開けたたのだろう。



「クソクソクソクソ!!! もう一つ、あと一つ魔法が発現すれば、それに見合ったスキルが獲得出来るたずだったのに……! ベントの死体は絶対魔王様に見てもらえるはずだったのに! ベントの死体を隠したのはお前たちだね!? どこへやった!!」


 夫人の情緒は、もはや崩壊していた。

 激昂したかと思えば、急に震えるような冷徹さを取り戻す。


 俺が近づこうとしても、彼女の周囲をのたうつ青白い雷撃が、見えない障壁となって俺たちの接近を阻む。


 そしてあろうことか、その雷撃が蛇のような軌跡を描き、一点に集中してシェリーへと襲いかかった。


「シェリー、危ねえ!!」


 轟音。

 直撃した雷が夜の闇を焼き、シェリーの姿が真っ白な光の中に消えた。

 一瞬で消し炭になる彼女の残像。俺は息を呑み、血の気が引くのを感じた。



 夫人は俺の方を向き、口端を歪めて僅かに笑った。


「お前……ベントの遺体のありかを教えたら、見逃してやる。命が惜しいだろう? だから、余計な真似をせず教えるんだ。そして冒険者ギルドには駆け込むな……悪くないだろ?」



 だが、俺は毒の激痛で、返事どころではなかった。あまりの苦しみに声を上げそうになった、その時。

 カラン、カランと。

 夫人の周囲に無数のナイフが落ちた。


「……ううう、全部防がれるですよぉ。できれば魔法を発動させる前に、仕留めたかったですけど」


 背後の物陰から、無傷のシェリーが姿を現した。

 先ほど雷撃が直撃したはずの場所には、真っ黒に焦げた一本の丸太が転がっている。


 上級スキル**【変わり身】**。命を繋ぐアサシンの奥義だ。


 夫人は驚愕に顔を歪めたが、シェリーは俺に非があるようには決して言わなかった。自分が仕損じ、俺を巻き込んだことを、ただ「プロの失策」として受け入れているようだった。


 この世界における**『魔法』**。


 それは修練の末に手に入れる技術ではない。持って生まれた才能ですらない。


 別次元に幽閉されている魔法の始祖たる魔王が、気まぐれに人間達に与える膨大な力の結晶だ。所持すれば確実な必殺となるが、代償として過去、現在、未来のいずれかを奪われると言われている。


 人生で一度だけ許された甘い妙薬

 一度使えば二度と戻れない至高の劇薬、



「ジェイクさん。……私が時間を稼ぐから、今のうちに逃げてほしいですよ」


 シェリーが、静かに短剣を構え直す。

 その背中は、先ほどまでの「ポンコツ」とは別の重みを纏っていた。


「私には、一人になったら使える『とっておき』があるですから。……ジェイクさんがいたら、発動できないですよ。だから、お願いですです」



 彼女のネームドスキル、【一騎駆け】。

 単独で対峙した時、その真価を発揮する死の加速。

 俺は痛む脇腹を抱え、彼女の覚悟を噛み締めた。

 ここで俺が残れば、彼女の「唯一の勝ち筋」を潰すことになる。


「……死ぬなよ、シェリー」


「えへへ、アサシンはしぶといですよぉ!洗脳される時以外は必ず活路はあるから諦めるなってマスター・シノブの言葉を信じるです!」


 俺は彼女の言葉を信じ、奥歯を噛み締めて、闇の中へと走り出した。







〜薄汚れた書物(改訂版)

 必ず各自ギルドに保管する事〜



〜魔法に関して〜


 魔法発現にはギルドカードが必須である。冴えない冒険者が魔法を発現させた事で一躍時の人となる例も珍しくない。将来を約束された天才も魔法が発現しなかった為に凡夫に成り下がった例など数えきれない。


 そして現在においても魔法の発現方法は確立されていない。せめてもの成果として確立の高いギルドを紹介する。




 商業ギルド(カーター商会)

 誰もが一度はお世話になった事のある歴史あるギルド。魔法の始祖、魔王様が在籍していた事もあり目に止まりやすい。それが証拠に魔王様の血筋を持つ者は生まれた時から例外なく魔法とカーターの名前が付与されている。努力も才能も羨望もなく結果だけを貰う。いわゆるコネというやつだ。



 冒険者ギルド

 単純に死地に赴いた際に発現する傾向が強い為と考えられている。魔導書も読めない脳筋たちには起死回生となり得る訳だ。


 魔術師ギルド

 魔王様信仰に関するスキルを取得可能。目に止まりやすいが、目に留まらなかった場合は無駄スキルを振ってしまう事を恐れている人も多いよね? でも大丈夫。一枚岩の魔術師ギルド全体が常にみんなをフォローするよ╰(*´︶`*)╯♡



 ここまで書いておいてなんだが……結局別次元に幽閉されている魔王様の気分次第なのだが、意図的に魔王様の目にとまろうとする行為は悪魔や災厄を招く為に厳禁である。


 この行為は第二級罪、すなわち問答無用の死刑なので一度心優しいギルド……例えば魔法に詳しいギルドに相談する事を推奨する。



 

 魔法項目欄、著者  魔術師ギルド 一同




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