初恋
ジェームズ視点です。
俺、ジェームズ・ガルシアがグレイス・ローランドと出会ったのは、王立学園の1年生だったときだ。グレイスは俺の友達、ノア・スペンサーの婚約者だった。
俺は一応、侯爵家の息子だが、なんせ四男なので割と自由に生きてきた。婚約の話もあったが興味がわかなかったのではぐらかしていた。何にも興味を持てない俺だったが、うちに肖像画を描きに来ていた画家に初めて絵を描かせてもらってからは、絵を描くことに夢中になった。
だが、貴族で絵を描くやつなんてそうそういるわけもなく、学園に入っても寮の部屋で絵を描くくらいだったのだが……ノアに絵を描くことがバレてしまい、俺はなぜかノアとグレイスに絵を見せることになってしまった。他人に絵を見せたことなんてなかったので気恥ずかしかったが、グレイスも絵を描くと聞いたので興味を惹かれた。
グレイスは、つり目がちの藍色の瞳に、銀髪縦ロールという気の強そうな令嬢だった。本当にこのお嬢様が絵を描くのか? と思っていたのだが……
「ジェームズ様、素晴らしいです! あの、この絵のここはどうやって描いたのですか!? あと、ここはどんな絵の具を使っているのですか!?」
俺の絵を見たグレイスは目を輝かせてそんなことを聞いてきて、思わず笑ってしまった。おもしろい子だと思った。
グレイスと話をするのはとても楽しかった。絵の話ができるなんて初めてだったし、一緒に絵を描いたりもした。グレイスは俺の知らない画法なんかも教えてくれた。絵の話をするときは決まってきらきらした目をして楽しそうで、俺はそんなグレイスの表情が好きだった。いつのまにか……グレイスを好きになってしまっていた。
俺は自分の気持ちを伝える気は全くなかった。グレイスは大切な友達ノアの婚約者だったから。ノアはグレイスを溺愛していたし、グレイスだってノアに向ける顔は俺に向けるものとは違っていた。なぜか二人はお互いに両想いではないと思っていたが、それを教えてやるほどお節介ではない。
まあ、結局はあの心地の良い関係を崩すのが怖かったのかもしれない。
しかし、2年生になった頃だろうか。学園では、男爵令嬢のエレナ・ウォーカーにノアが惚れているという噂が流れていた。
もちろん俺は信じていなかったが、騙されるやつも結構いて、グレイスはよく暗い顔をするようになった。俺はそんな顔をさせたくなくて、絵を描くのに誘ったりしたが、そのときの笑顔もすぐに消えてしまう。
ある日、グレイスは大切な絵の具をなくしたと言って落ち込み、憔悴しきっていた。ノアのやつ、これ以上グレイスに心配かけるなら俺が……なんて思い始めていたが、ノアもグレイスに避けられていると相談してきて、俺はどうすればいいかわからなかった。そこで俺が二人の誤解を解いていたら、すぐにでも二人は互いの気持ちに気付いたかもしれない。でもなぜかできなかった。
放課後、モヤモヤした気持ちを抱えつつ廊下を歩いていると走ってきたグレイスにぶつかった。
「ごめん、ってグレイス!? どうしたんだよ」
グレイスの目からは涙があふれていた。
「ジェ、ムズさまっ、なんでも、ありませっ」
「なんでもなくねえだろ。頼ってくれよ」
グレイスの涙を見たのは初めてで驚いたが、そのままにしておくわけにはいかなかった。俺はとりあえずグレイスを人目につかない裏庭に連れて行った。
グレイスはしばらく泣き続け、泣いててもかわいいな、なんて思ってしまい自己嫌悪に陥った。でも、今なら、手を伸ばせばグレイスに届きそうだ……
「ありがとうございました、ジェームズ様。心配かけてすみませんでした」
グレイスは落ち着いたようで、そう言ってきてハッとした。危ねえ。
「気にすんなよ。でも、ノアに見つかったら怒られるな」
そうだ。グレイスはノアの婚約者、グレイスはノアの婚約者……
「そんなことありません……ノア様はエレナが好きなのです」
「は? そんなわけ……」
グレイスはそんなことを言い出した。いやいや、ありえねーだろ。
「本当なのです。私、ノア様とエレナが抱き合っていたのを見てしまって……」
「……きっと、何かの勘違いだよ」
絶対に勘違いだな、それ。つーか……
「それで泣いてたのか…………グレイスはノアのことが本当に好きなんだな」
思わず言ってしまうと、
「……好き、好きなの……」
そう、グレイスはつぶやいた。その顔は本当にかわいくて俺のものにしたいと思ったけれど、ノアだけに向けられたものだった。つまるところ、俺は失恋した。
はあ……次の日、人知れず失恋した俺はかなり落ち込んでいたが、ノアはもっとひどかった。察するに、昨日のことなんだろうけどな。
声をかけると、『ジェームズっていいやつだな』と言われた。俺はノアが思ってるようないいやつじゃねえよ。大切な二人の応援もできないようなやつだ。
「ジェームズは、グレイスのことが好きなのか?」
ノアが唐突にそんなことを聞いてきた。
「本当に急だな…………ああ、好きだよ」
意地悪な気持ちになってノアに言ってしまった。ちょっとは困ればいいんだ、ノアのやつめ。
そんなことを思っていたせいだろうか、二人はついに想いを通じあわせた。
でも……グレイスがとても幸せそうで、ノアじゃなきゃだめなんだろうな、と思った。
ノアにその話を聞かされたときも、うまく笑えたと思う。ノアは気付いたかもしれないけどな。俺は本当に、二人の幸せを願っていたかったんだよ。
* * * * *
それから俺たちは学園を卒業した。ノアとグレイスの仲は良好で、今日は二人の結婚式だ。
今では、俺の絵は結構な評判になっていて、ありがたくも俺はちょっとした画家みたいになっている。今日の結婚式のためには二人の絵を描いた。かなりの自信作で、二人にも喜んでもらえた。
グレイスには『私も、ジェームズ様の結婚式には絵を贈りますね』と言われた。
……実は、俺はいまだに恋人の一人もいない。自分の気持ちがノア並みに重かったことに驚く……俺もそろそろ踏み出さなきゃな。
花嫁姿のグレイスは世界で一番綺麗だった。ノアも本当に幸せそうだ。
グレイスが俺を見て微笑んだ。
多分この笑顔を、俺は一生忘れない。
幸せになれよ、大好きだった人。
そんな気持ちを込めて、俺はグレイスに笑いかえした。
番外編まで読んでくださってありがとうございました!
セシルとキャサリンの短編もあるので、よろしければどうぞ。→「完璧令嬢だと思っていた婚約者がツンデレだった」( https://ncode.syosetu.com/n8427gg/ )です。