6 デビュタント(1)
少し短いです。
「お嬢様ー!大変ですぅー!お嬢様宛にレジナルド殿下、生誕祝賀会の招待状が!」
あずま屋で行われるルイとの魔法の授業。穏やかな時間は唐突に打ち破られた。
「お前がよければエスコートする」
トイレ行ってくる、とでも言うかのような軽い口調で放たれた言葉に、一瞬指向が停止する。
「……え、あ、えっと?」
明らかに状況を飲み込めていない様子のルーシアに、ルイは興味なさげに魔法書をパラパラといじりながら、話す。
「アシルなら参加できる年齢じゃないし……、まさか、一人で参加するつもりじゃないよな?」
はい、とは言えない。いや、貴族の集まりの暗黙の了解なんてことまでは教わってない。しかし国中の貴族が集まる中に平民がひとり、というのはたしかに危険かもしれない。もし、ご令嬢のドレスになにかをこぼしてしまったら……、なんて怖すぎて考えたくない。それに、ルイ以外に貴族の知り合いなんていない。
「あの、オネガイシマス」
それからの一ヶ月が怒涛の日々だった。
午前は、魔法の授業。
午後も、ルイに付き合ってもらいダンスレッスン。
夕食を終えれば、図書館で魔法の予習復習。
この合間に、サントラム夫人、仕立て屋さんと共にドレスの準備。これは、採寸したり、生地や色、デザインなど相談しただけで、仕立て屋さんが作ってくれる。「気にしないで」と言われても、高級な生地にドレスに合わせる装飾品などの総額を想像するだけで目眩を覚える。サントラム公爵家にとっては、大した出費でなくとも、前世含め市民育ちのルーシアには刺激的なお値段なのだ。
しかし、このひと月は、そんなことばかりでもなかった。
「お父様!どうして僕は参加できぬのですか!」
レジナルド殿下生誕祝賀会当日。陽も傾き始めた時間。サントラム公爵、公爵夫人、ルーシア、魔法の師でありルーシアのエスコート役のルイ。そして、年齢制限によって出席できないアシルが、サントラム家の広いエントランスに集まっていた。なぜかアシルもしっかりと出席者のように着飾って。
「2年後の祝賀会で、エスコートのお誘いをすればいいじゃないか。それまでは、我慢なさい」
可愛らしい顔で精一杯、遺憾の意を表明するアシルを、サントラム公爵でありルイの父、フランシスが穏やかになだめる。
非公式の夜会ならば9歳。王族がおこなう正式な夜会であれば10歳が、参加できる最低年齢である。
「待てません!僕がお姉さまをエスコートし、下品な下級貴族や嫉妬に狂う令嬢の悪意からお守りするのです!」
そう、ご覧のとおり、嬉しいこともあったのだ。
夕食後の図書館で、アシルと遭遇することが多く、今ではここまで慕ってくれるようになった。
「ルーシアには、ルイくんがついてくれるから大丈夫だよ。魔法の腕前は、アシルもよく知っているだろう。ルーシアだって、毎日ダンスの練習に付き合ってくれたルイくんの方が安心だろうし。会場には私も、お前の母さんだっているんだ。もう今夜は先に休んでいなさい。わかったね?」
膝を折ってアシルの目線に合わせて、なだめるように優しくフランシスが語りかけると、アシルは俯いて「わかりました」と小さく呟いた。
フランシスが頭をなでると、勢いよく頭をあげると、ビシッと指差して言い放った。
「でも!こんな冴えない男がお姉さまの隣に立つなど認めません!」
指の先にいたのは、ルイだった。藍色の髪色に合わせてた、落ち着いた青を基調とした装飾の少ないシンプルな装いだ。ルーシアの白地に端が青色に染められたワンピースドレスとも相性がいい。
「そうねぇ、前髪で隠している顔出しちゃいましょうか」
「はっ!?」
夫人の一言で、抵抗むなしく3人の使用人に囲まれたルイは途中から抵抗やめ、されるがままとなった。目も完全に隠すほど伸ばされていたルイのもっさりした前髪は、温情なのか長さは変わらないもののガッツリと梳かれ、整髪料でさっとまとめられる。
すると、封印されたように見えなかった瞳があらわになった。
透き通ったラベンダー色の瞳が、シャンデリアの明かりをうけてキラキラと光る。ツンとでた鼻に、薄い唇。やはり日本人よりも白い肌。10歳の幼さない顔立ちの中にも、男性的な魅力が僅かに香る。アシルのよう陶器のにお人形のような美しさではなく、近い未来、美丈夫になることが約束された容姿。
綺麗、そう言葉が出そうになったとき、心臓が揺れるような衝撃が走る。
――凄まじい既視感。
突然襲った既視感に、雲をかき集めるように記憶を手繰り寄せても、すぐに霧散して掴めない。
「おい、大丈夫か」
声に顔をあげれば、心配そうにこちらを見つめるルイの姿。その後ろには同様の表情のフランシス公爵、公爵夫人のリゼット夫人、アシル。
「ちょっと考えごと」と、ごまかして笑えば、ポケットからなにやら取り出したルイがずい、とその手を差し出してくる。
手のひらに転がったのは、ルーシアには少し大きいピンキーリング。台座には直径5ミリのアメジストが輝いている。
「左の指にはめてから、魔力を石にこめてみろ」
指示通りに魔力を通すと、アメジストが一度光り、隙間のあいていたリングがルーシアの小指にぴったりとはまる。
「魔法石のリングかしら?」
「えぇ、俺のと対になっています。ルーシアが攻撃された時に、一度だけ防御し俺のリングに知らせが来ます」
アメジストかと思ったが、どうやら魔法石であったらしい。たずねたリゼット夫人に、自分のリングを見せながらルイが説明した。
「ふふ、きれいねぇ。まるでルイの瞳のようだわ」
「おや、瞳と同色のリングを揃いでつけるのかい?すてきだねぇ」
「虫除けになっていいわねぇ」
ニヤリと、リゼット夫人がいうと、合わせるようにフランシス公爵もからかうように笑う。衣服の色を合わせ、自分の瞳と同じ色の装飾品をプレゼントすることはつまり周囲に「私たちは仲良しです」という意味深なアピールになる。
どうやら知らないらしいルイとルーシアがぽかんとしていると、大人しくしていたアシルが再び騒ぎ出した。
「婚約もしてないのに、僕はそんなの認めない!姉様にはラズベリー色が似合うのにそんな趣味の悪い色……!」
レジナルド殿下の友人で、四大公爵家のひとつモンフォール家の跡継ぎルイと揃いの装飾品を身につければ、変な虫はつかないだろう。しかし、同時に意味深な誤解を招くことにもなるのだ。
癇癪を起こしたように騒ぐ息子にため息をこぼしてフランシスが、ほんとうに分からない、といった風にたずねる。
「全く、お前はどうしてルイくんをそんなに毛嫌いするんだ。マルコくんにはあんなにべったりだったのに……。ともかく、お前が10歳になるまでは、ルーシアはルイくんに任せる。それまでは自分や家のことに集中するように。わかったね?」
「……ハイ、お父様」
「マルコ」という上がった名前に、ルイの表情が一瞬かげる。しかし、それに気付いた者はいなかった。
渋々といった様子で頷いたアシルを残し、一行は馬車で王城を目指した。