4 ルイ・モンフォール(1)
この国、ヴェルシュタニアは絶対王政だが、同時に実力主義でもある。しかし王族ではなぜか血なまぐさい後継争いは起きない不思議な国である。血を重んじる貴族も同様で、この国を支えるポストに就く家ではそれがより顕著に現れる。
だからこそ、俺のような人間もこの国を支える公爵四家の跡継ぎに祭り上げられるのだ。本人の意思など関係なく。
王族には謎の10年間がある。10歳のお披露目までは、一部の貴族以外には決して姿を表さないのだ。その期間に王族としての教育をほとんど終えてから彼らは姿を現す。しかし、貴族は異なり、上流貴族となれば尚更のことである。上流貴族は、彼らのことを理解し、手綱を握らねばならない。子供のうちから経験をつませると同時に「有能な跡取りがいる」という牽制も行うのだ。
先ほど話した、公爵四家。これらは、この国を支える4つの大臣職を歴代勤めている公爵家のことだ。軍務大臣、文部大臣、政務大臣、そして我がモンフォール家の務める魔法大臣だ。
義兄を差し置いて後継となることが決まった一年前から、魔法の講師として貴族の家を回るのが仕事になっている。大抵は学園入学前の貴族令息や令嬢たちである。家を継ぐ見込みのない子息は、魔法省への就職に直轄するため、真面目なのだが、令嬢はその限りではない。
貴族と一部の平民の通う、12歳からの四年制の学園を卒業すれば彼女たちは婚約と結婚が待っている。貴族でも少なくなっている魔法を使えればより良い家に嫁げるだろうが、所詮はその程度のスパイスに過ぎないのだ。
難しい座学に、使えば心身ともに消耗する魔法のお勉強など彼女たちは願い下げなのである。
義父から「サントラム家」ときいた時は、あの令息かと思わず顔をしかめたが、教えるのは令嬢だという。魔法を扱える年頃の令嬢がいたなんて初耳だったが、サントラム公爵に頼まれた義父も初耳だったらしく、その素性も調べるようにと命じられた。
国を支える公爵四家のひとつ、政務大臣家のモンフォール。国随一の知性を持つ彼らを見分けるのは容易い。嫁いだ者以外は皆、宝石のような美しいラズベリー色の瞳をもつのだ。外から養子に拾ってきたなら一目瞭然だ。
しかし、相手は令嬢。サントラムという大家であれば、いいところに嫁ぐことは確約されている。王族になったっておかしくはない。そんな令嬢が真面目に魔法を学ぶとは思えない。
それに、猫かぶりの令息と同種かもしれないと思うと、暗鬱とした気持ちになる。
どうせ教えるならば、魔法に熱心な令息たちがいい。話すなら、身分など気にせず接してくれる魔法省の研究者たちがいい。俺は魔法の研究がしたいだけで、こんな大層な家を継ぎたいなんて微塵も思っていないのに。いくら実力主義なこの国だって、身分や出自はともかく相応しい言動は求められる。育ちのせいか俺は、どうにも貴族らしい振る舞いが苦手だし、嫌いだ。
くだんの令嬢は、それは見事な魔法力の持ち主だった。サントラム家につくなり、暗鬱とした気持ちは晴れ、正直、俺は浮かれていた。それはもう、こぶし大のダイヤの原石を見つけた炭鉱夫のように。二年で培った貴族としての自意識なんてものを吹き飛ばすほどに。
屋敷にはさまざまな魔素が漂っていた。令嬢は複数属性の持ち主らしい。すでに応接室呼んであるからと言うサントラム公爵に「抜き打ちで実力をはかりたい」と適当に話し駆け出す。
中庭を従僕と歩く令嬢を見つかる。彼女から感じる膨大な魔素。磨けば光る。一目瞭然だった。伯爵があわててうちに連絡を寄越したのも頷ける。これは下手な魔法師には任せられない。
まずはお手並拝見、と影から氷塊を飛ばせば、初撃こそ従僕によって防がれたものの、次弾からは息するように氷魔法を使って防いでみせた。さらに、目くらまししてから、氷の短剣を構えてこちらに仕掛けてすらきた。
魔法だけでなく、戦闘の特殊な訓練でも積んだのかと問いたくなる判断速度だった。さすがは頭脳明晰なサントラム家、凄まじい判断速度だ。しかし、サントラム家といえど、その存在が周知すらされていない深窓の令嬢がこんな行動できるなんて怪しい以外の何者でもない。
「いいえ。さらったって金にはならないよ」
令嬢かと問えば、違うという。瞳をのぞけば、美しいラズベリー色の瞳がはめ込まれている。彼女こそがサントラム家の宝石に違いなかった。そもそも何か勘違いしていたみたいだったが、とりあえず名乗ってから、サントラム公爵の待つ応接室へ向かった。
そこでなぜか穏やかな公爵に怒られた。しかし、あんなに魔法を使いこなす令嬢は初めてだった。媚びない話しかたなのも嫌いじゃない。明日からの授業がたのしみだ。
サントラム家の図書室の蔵書は個人のものでは国一番だ。魔法に関連するものも多くある。日が落ちてから資料探しも兼ねて探索すると、いけ好かないサントラムの令息が寝こけているではないか。
寝姿だけならば、絵画に残す価値のある美しさだが、起きるとただの小悪魔だ。なまじ頭もいいせいで、世渡りも上手い。しかし実際はそんないい子ちゃんではない。やつの豹変ぶりには、猫かぶりの令嬢も驚くに違いない。
ともかく、そんな奴と関わるのはごめんだ、さっさと目的の魔法書コーナーのある2階へと進む。
抱える本が10を超えた時、ふと、階下から会話がきこえた。