好きになって(シン・マクルーズ)
聖地巡礼から帰ったあとの話です
シン・マクルーズには、結婚を望む女性がいる。
しかし、善いも悪いも関係なく人を惹き寄せる、この顔面をもってしても、コトブキには効果がなかった。
シンのプロポーズは、すげなく断られてしまったのだ。
シンはしばらく悩んだ末、この手のことに詳しいであろう成功者に、どうしたら振り向いてもらえるのか、相談することに決めた。
訪れたのは自領にある、ちいさな屋敷である。屋敷はこぢんまりとしているが、しっかり手入れされており、秋だというのに色とりどりの花々が散りばめられたように配置されていた。
「母上に頼みがあるんだけど」
「あら、めずらしいこと。なにかしら?」
秋の祭日に、久しぶりに帰ってきた息子の言葉に、母は小首をかしげて応える。すでに三十を超えているのに、少女のようなその仕草に違和感はない。
「僕、みんなに紹介したい女性がいるんだ」
「あらまあ! それは素敵ね。いつ連れてきてくれるの? おもてなしの準備をしなくてはいけないわ。ねえ、あなたの恋人は、どんなお菓子が好きかしら。それとも果物のほうがいいと思う?」
笑みを浮かべる姿は、実子である自分から見ても美しいと思う。年齢を重ねたいまでも、母の関心を得ようとつきまとう者が後を絶たない。
けれど、光の妖精にたとえられる母の美貌を、そっくりそのまま受け継いだ自分だが、コトブキにはまったくといっていいほど通用しなかった。
初めてコトブキを見かけたのは、王城の食堂だったと思う。
その日は宰相閣下から呼び出されて、王城に足を運んでいた。王城には聖女がうろついているので、二度と行きたくはなかったが、召集を無視するわけにもいかず、重い足を引きずるように向かった記憶しかない。
召集の理由は、数日前に、学園を休学して整地巡礼に同行するよう、王子殿下に強要されており、そのことについて話があるとのことだった。
わが家の懐事情は危機的な状態で、学園は退学でもよかったが、殿下の命令に従って聖地巡礼に同行するだけで、かなりの報酬を得られるという。
異母兄も同席して、内密の説明を受けた。
シンの異母兄であるウルテは先妻の子で、母が父に猛アタックをしている頃はまだ学生だった。父親に若い女性がまとわりつくのは、どんなに不快なことだったろう。
しかも嫡男だったウルテは、シンが誕生したあとにマクルーズの籍から抜けてしまった。
貴族社会にウンザリして、当主になる気がなかったと聞いたが、あきらかに後妻である母と自分のせいだと思っている。
「いまから寮に戻っても、食事はできないだろ」
帰りがちょうど昼時だったため、異母兄に連れられて訪れた場所に彼女がいたのだ。
「きょうは兎か羊だな。どちらにする?」
口数少ない異母兄がたずねるので、僕は好物の兎を選んだ。
給仕係は、見た目や家柄に集まる女たちで、兄を無視して自分にたかる。
不快な思いを隠しながら急いで料理を口に運んでいるあいだ、視界の片すみで黙々とトレーを下げていた女性が、いま思えばコトブキだったのだろう。
二度目に会ったのは、報酬目当てで同行した巡礼の馬車の中だ。
そもそも王子殿下が無理を言ってきたのは、領地にいる父に代わって王城にあがった際、運悪く聖女を名乗る女性に執着されたからだ。
あの女に見つからなければ、あのような面倒ごとに巻き込まれることはなかったが、あの旅に同行しなければ、コトブキのことを知ることも、好きになることもなかっただろう。
未婚の女性とふたりきりなど、既成事実を捏造されて、婚姻を結ぼうとするに違いないと、当時の僕はかなり警戒していた。
普段は目上の女性にこんな無礼なまねはしないが、僕は上座の席を先におさえ、乗りこむ彼女に手も貸さないと決める。何日続くかわからない旅の初日に、あなたには興味がないのだと、理解できるよう警告したのだ。
しかし、コトブキはあっさりと下座に腰を下ろし、しばらくボンヤリとこちらを眺めていたが、その視線はなぜだか不快に感じなかった。
そして馬車が動き出してまもなく、彼女は僕の存在にあきたかのように、座席を整え熟睡してしまったのだ。
僕の前でそんな態度をとった女性ははじめてで、呆気にとられてしまった。視界にはいるだけで女性が寄ってくる僕は、完全にいないものとされている。無駄に警戒していた僕は、とんだ間抜けだったと思う。
初対面の人間の前でぐっすりと寝ているコトブキは、眉根をよせてよくわからない寝言を繰り返していた。おもに『恋しい』、『らんらん』、『食べたい』『レモンは邪道』などが多かったので、空腹だったのだろうか。
彼女のことが気になったけど、聖女がいるうちは、なにも話せない。
彼らと仲良く過ごすなど、苦痛でしかなかったのだから。
たぶん、茶会の招待は受けてくれると思う。季節限定のスイーツを餌に、城下町デートもしたことがあるし。
どうやらコトブキは、僕が目当ての店にひとりで入れないのだろうと、姉のつもりで同行してくれたようだったが。
しかも、目立ちにくい服装をしていたにもかかわらず、女性店員がシンを見て騒いだため、店内にいた女性客にまで囲まれる羽目になってしまった。
僕が好きになった女性は僕の顔に惹かれないのに、どうでもいいと思っている人を寄せ集めてしまう。そのせいで、せっかくのデートは台無しになってしまった。もう泣いてしまいたい。
「彼女とは年齢差があって――」
母より年上の女性から愛人契約を持ちかけられたこともある僕が、年齢差を理由に断られるとは思わなかった。
「母上も最初は断わられたのでしょう?」
でも、父と母は結婚して自分が生まれた。
母が出産時に危険な状態にならなければ、わが家には弟妹たちがどれほど生まれていたかわからない。
正に、貧乏子沢山を体現している家として、有名になっていただろう。
「そうなのよ。あなたのお父様は、なかなか承諾してくださらなかったわ」
当時の母は十五歳で、未成年なことを理由に断られたという。僕はもう十七歳だし、すぐに成人する。領地はあるが、面倒な貴族がいるため苦労させるとは思うけど、どうしても僕はコトブキがいいのだ。
彼女のそばは安らぐし、巡礼の帰り道に立ち寄った宿で、めずらしくコトブキが果実酒を頼んでいた。ちょっと酔ったらしい彼女が歌いだし、食堂の客も酒杯をあげて、おおいに盛りあがった。
あのとき披露してくれた歌声は、心を揺さぶるものだったのだ。
「どうしたら頷いてくれるかな」
「そうね。わたしが持てるすべての手法を、あなたに伝授するわ」
シンは母親から、コトブキを落とすテクニックを学んだ。
母は年齢差を退け、父の愛を得た勝者である。実績がある母から教えを受ければ、コトブキが振り向いてくれると、シンは信じて疑わなかった。
しかし問題がある。母と父との関係は、女性側が年下だが、自分とコトブキは逆である。
そのことを忘れて、シンは母親から聞いたアプローチ方法を、相槌を打ちながら書き取った。
「コトブキ〜。僕、今期で学園を卒業するんだ。だから卒業パーティーには一緒に参加してほしいんだけど」
母上の教えその一、頼って甘える。
母は父にアプローチしている頃、朝から家の前をうろつくストーカーに悩まされていた。その対処法などを父に相談していたという。
だが、やりすぎて、依存され寄りかかられていると思われたら失敗なのだ。
母はストーカーが怖いからと、夜会では父にエスコートを頼んでいたのだ。
「ん? ああ、お母さんがモテモテって聞いたよ。さすがにシンも、同級生がお母さんに恋しちゃったら気まずいもんね」
日程を確認し、女神様と約束したという日よりも前だったため、コトブキは軽い調子で承諾してくれた。
思っていたのと違う。僕はパートナーとして参加してほしかったのに、どう考えても母親のかわりに引率するつもりで返事をしている。
甘えた声を意識したのは、完全に失敗だった。羞恥心で顔が熱かったけど、隠すのも恥ずかしかったので、思わず無表情になる。
だがあれで誤魔化しきれたのかは、わからない。
「きょうは焼き菓子を持ってきたんですよ。コトブキの口に合うといいんですけど」
母上の教えその二、ギャップでアピールする。
母は、普段から可愛らしく甘え上手に振る舞っているが、家政をしっかりと取り仕切っていて、料理上手でもある。
そんな母も、貴族女性が厨房に立つことはないので、マクルーズに嫁ぐ前は、カトラリー以外のナイフを持ったことがなかったらしい。
お祖父様は、妖精のような母が傷つくことを避けるために、手紙の封さえメイドに開けさせたと聞く。
前回は甘えて失敗したので、しっかりした部分を見せて、じつは頼りになるというギャップで攻めたいと思う。
「うわぁ〜! おいしそうだね。このオレンジ色のは柿かな?」
コトブキは、お菓子は久しぶりに口にすると喜んでくれた。
これは母の得意な菓子だし、何度も練習したから味も焼き加減も完璧だ。
「うん、一度干したものを、ブランデーで戻したんですよ。甘さを控えめにしてみましたが、どうですか?」
ここで、僕がつくったことを示唆しておく。きっと僕が料理もできるというギャップに、コトブキも恋に落ちるはず。
「へー。異世界でも干し柿に出会えるとはね。おばあちゃん家を思い出すわ。懐かし〜。みんな元気かなぁ」
コトブキは少ししんみりしながら、焼き菓子をほおばる。
しまった。思いがけず、彼女の望郷の念を呼び起こしてしまった。これでは僕を置いて、故郷に帰ってしまうではないか。
「偶然だろうけど、プレゼントをもらえてうれしかったよ、私、今日が誕生日なんだ」
まあ、異世界での日付でなんだけどねと、コトブキは照れくさそうにはにかんでいる。
シンはショックで心臓が止まるかと思った。
知っていたら、もっと記念に残るものを贈りたかったのに。
「コトブキは働き者ですね。秋の祭日も休みをとらなかったのでしょう?」
母上の教えその三、相手を具体的に褒める。
思い返せば、母はよく父を褒めているし、いつも感謝を伝えている。
それが大げさすぎず絶妙なバランスで口にするので、わざとらしさは皆無だ。そもそも母は父にゾッコンなので、お世辞は存在せず、すべて真実でしかない。
「えっ、どうしたの? 褒めてくれるのは嬉しいけど――そもそも、祭日ってなんだっけ?」
「えっ? 新婚者や子持ちの人のかわりに、出勤してあげたのではないのてすか?」
祭日を家族で祝う者たちのために、勤務を代わってあげたのだと思っていた。その優しさについて褒めようと思って準備していたけれど、これでは話が続かない。
「もともと私のシフトは、メイド長が決めてるんだと思ってたけど」
就職相談をメイド長にして、調理場の下働きに就いたという。
それならば、調理場の責任者が勤務を調整しているはずだが。
「では、春か夏の祭日に休んでいたのでしょうか?」
コトブキは、カバンからちいさな手帳を取りだし、その時期になにをしていたのか確認する。
「ああ。春の祭日は、ちょうど食堂に就職が決まった頃だわ」
下級使用人棟に引っ越したから、祭日だったとは知らなかったらしい。
「では夏はどうですか」
「んーと、六月二十八日ってことは――十二月頃だね」
ペラペラと紙をめくって、該当するページにたどり着いたコトブキは、うへーと声をあげて嫌な顔をした。
「仕事を押しつけられたのですか?」
「そういうわけじゃないよ。あの頃は上級使用人食堂を担当してたんだけど、祭日のあたりで官吏食堂やホールも担当するようになったんだ。だからシフトが変わって、その三日間は休みなしだったよ」
「それはおかしいです!」
「いや、たしかに知らなかったけど、私はとくに困らなかったし」
「僕が困ります! 冬の祭日は休暇申請してください。僕と過ごしてくれますよね?」
「えっ! は、はい。ワカリマシタ」
褒める作戦は失敗に終わったが、冬の祭日を一緒に過ごせそうなので、コトブキに仕事を押しつけたことには溜飲を下げる。
年に四度の祭日を、一度も休ませないなんて、悪意があったとしか思えない。
僕はすごく腹を立てていたので、コトブキの困ったような嬉しいような表情には、気がつかなかった。
「僕は年上の女性が好きなんです」
母上の教えその四、年上が恋愛対象であることを意識させる。
母はとにかく、父がどれほど結婚相手としてふさわしいかを説いたらしい。
「年齢差があっても、それを障害だとは感じませんね。僕が安らげるのはコトブキの隣なんです」
「そうだねー。前も言ってたもんね」
「わかってくれましたか!」
「うん、シンが嘘をついてないのはわかってるよ」
「じゃあ結こ――」「シン。ツラいかもしれないけど、お母さんとは結婚できないからね。私の弟も、ママと結婚するって駄々をこねてた時期があったわ」
懐かしいなんて目を細めているけど、弟さんがいくつの時ですか。ああ、四歳ですか。僕は十七歳なので、母親と結婚できないことは知っています。知っていますし、結婚したいとは思っていませんから!
「そうですか、コトブキは冬支度が初めてだったんですね」
母上の教えその五、相手の話しを共感しながら聞く。
人は自分の話を親身に聞いてくれる相手に、好意を持つという。
女性たちがおしゃべり好きなのは、話すことでストレスを発散させているらしい。それを否定せず、遮らずに聞くことで、安心感を持ってもらうのだ。
「うん。お城の食堂でも、保存食をつくり溜めしてるとは思わなかった」
「ではコトブキは、冬の食事をどうしていたんですか」
「んー。ふつうに買えたよ。冬でもビニールハウスで野菜をつくってたし」
「魚介類も養殖されてたし、なんなら国内で生産するよりも、国外から輸入される食品のほうが多かったよ」
「この国とは、かなり異なる点が目立ちますね」
僕はコトブキの話しを聞くつもりだったのに、異世界の技術や風習などに夢中になり、大人の包容力を見せつけることはできなかった。
「コトブキのガードが、鉄壁すぎます」
いえ、どちらかといえば石壁よりも、マントですね。ひらりひらりとかわされているようで、まったく手応えがありません。
「シン、愛を込めた微笑みが効かないなら、相手の胃袋に訴えかけるのよ」
「食べ物を贈ればいいのてしょうか?」
「いいえ、手づくりして一緒に食べるのよ。そのほうが、絶対に親密度があがるわ。コトブキさんはなにがお好きなの?」
コトブキが好きなものか。
彼女とは旅の途中、一緒のテーブルにはつかなかった。野営時は、具がたくさんのスープをつくっていたが、あれは手軽だし鍋ひとつでできるから、旅の定番料理だ。
「肉料理だと思う」
巡礼中も、よく串焼きの屋台を利用していたし。
残念ながら、シンは春菜が杏子への嫌がらせで、肉料理を口にしていたことを知らない。
帰りはずっと一緒だった。彼女は料理屋でも屋台ても、なにかを探しているふうだった。
「たしか、カラアゲっていってたけど」
僕はカラアゲがどんなメニューなのか知らない。
完全に打つ手がなくなったのに、まだコトブキが遠すぎて悲しくなる。
「シン、この方法は相手からの好意がないと、逆に嫌われてしまうかもしれないの。でも、煮えきらない相手に一歩踏み出してもらうためには有効よ」
「どうしたらいいの?」
「人前で好意を伝えて」
「うん」
「唇を奪うのよ」
「――――母上、実際にしたのですか?」
「ええ、やりきったわ」
自分を手のかかる弟のようにあつかうコトブキに、シンが怒涛のアプローチを開始するのはこの後すぐだった。
妖精親子のハニトラ計画でした
まだ完成していないおまけの短編がいくつもあるので、連載の合間にでも投稿したいと思います




