肉食と聖女の旅 番外編 14
王妃様は王子を追い落とすために、とことん高橋さんを利用することにしたらしい。
高橋さんは事あるごとに聖女であることを主張し、特別待遇を求めたため、神殿も認める聖女になるための聖地巡礼をすすめられるのは当然だった。
本来、聖女見習いが巡礼を行う場合は、出発地にある神殿の神官が同行し、各地の神殿に立ち寄って祈りを捧げながら聖王国を目指す。
しかし、高橋さんはこれを拒否したため、陛下は巡礼をしない者が聖女を名乗ることを禁じ、王宮を出て街で暮らすよう命じたのだ。
『高橋さんが胡散臭い商会で販売してる、コスメや若い女性向けのドレスとかは、聖女がデザインしてるって宣伝してるもんなぁ』
いまさら違いましたとは言えないよね。なので、高橋さんは嫌々だけど旅立つことに決めたらしい。
めくった資料には、おおよその収入が試算されているが、商会の取り分がえげつない。この契約書にサインしたとなると、高橋さんはろくに読んでいないのだろう。
「そこで王妃様は、王子殿下を焚きつけたのですね」
王妃は王子が国外に出たときが、最後の暗殺のチャンスだと考えているのだ。王子が十八歳を迎えて立太子しちゃったら、いままでコソコソと計画していたことが水の泡になっちゃうし。
高橋さんが女性神官と何か月も巡礼するわけがないことは、王妃だってわかっている。言葉巧みに王太子妃の椅子をチラつかせて、肩書きを得たほうが妃として選ばれやすいと誤解させたのだ。
「そして殿下やそのまわりの側近たちには、聖女を守り巡礼を成し遂げたときこそ、戴冠の儀に箔が付くと思わせた」
王子自ら聖女を支えると、陛下に願い出るよう唆されたわけだ。
「巡礼に同行するのは殿下を含め側近の四名で、コトブキが知る影が御者として二名つくことになった」
(同行者はシャンク、フランク・キューブロール、ロイン・ギザード、シン・マクルーズです。密偵の二名はウルテとフェガミです)
あれっ? 密偵の名前ははじめて聞いたかも。これは聞き流しておこう。
「閣下、側近のフランク・キューブロールについてですが、彼は以前汚職に関わる人物として報告したと思いますが」
「彼の処遇は国外追放とし、被害額はキューブロール家より返還されている」
(当主との話し合いは済んでいます。三男への刑罰の執行も納得しており、罰金も収めています)
まあ、彼は侯爵家の子息ではあるけれど、官吏としては下っ端の雑用係だもんな。巡礼に出る日に大元を処分するみたいだし、本人が気づかないうちに家族からは切り捨てられたのか。
「同郷とはいえ、接触することがなかったコトブキを、同行者に望むとは思わなかったがな」
(高橋杏子は、自分が苦労しているあいだ、寿春菜が城で過ごすことに不満を持っています。どうせなら同じ境遇に落とした上で、使用人としてこき使ったらおもしろいと考えました)
あの人、ほんとうに性格が終わってるわ。
「どうやら私が城に残るのが不満みたいですね。たぶん、奴隷のように使役したいんでしょう」
それを聞いた宰相閣下はあきれたような表情で、書類に何やら書き加えた。
「隣国の王都までは同行せずともよい。我が国より十里も離れれば、姿変えの術は自然と解ける。我こそが王子だと訴えても、誰も相手にするまい。その後は構わず帰還せよ」
(十里とは約四十キロメートルです。国境から隣国の王都までは、北東へ約百キロメートル進みます)
「はい、承りました閣下」
そう頭を下げる以外に、私ができることなんてない。変に目立って、王妃様のタゲがこちらに向いたら最悪だし、聖女を目指す高橋さんから指名されてしまったのだから、同行を拒むことはできない。
聖女モドキとその仲間たちを国外に廃棄して戻ったら、一年経つまで、また使用人として置いてもらうつもりなのだ。
この問題が解決しないと、私の日本帰還が危ぶまれるので仕方がない。
無事に日本へ帰ることだけが、いまの私にとっては唯一の心の支えなのだから。
「明日は陛下も交えて、最後の打ち合わせを行う。コトブキも出席してくれ」
(王妃に悟られないよう。内容は王子の守護に関する話し合いです)
「承知いたしました」
宰相閣下との打ち合わせが終わり、影の案内で隠し通路から自室に帰る。彼がウルテなのかフェガミなのかはわからないが、確認するのは危険なので頭から追い払う。
「明日がトップ会議で、二日後には出発か」
スケジュール帳を開き、該当する日付けに予定を記入する。
日本は年が明けて、今頃は成人式が行われている時期だろうな。こちらはあと二十日くらいで秋になる。日本のように残暑がきびしいとか、湿気で体調を崩すような気候でないだけありがたい。
この国の地理や気候は最初のひと月で習ったが、それほど頭には入っていない。
そんな状態で旅をするなんて、無謀にも程があるが、決まったものはどうしょうもないので、これからの天候も考えて、旅支度を急がなければならないな。
私たちがこの国で暮らし始めてから、四か月が経とうとしている。その短くもない期間で、私が持っていた食品はすべて食べてしまい、なにも残っていない。消耗品もほぼ使い切り、サプリメントも医薬品も、残っているのはほんの僅かだ。
そのたびに発生する廃棄物を、私たちをこちらの世界に喚びよせたコリエさんに持っていった。
最初はなんでも消えてしまうトイレに捨てようと考えていた。しかし、なんらかの不具合が生じてしまったら、私では責任を負えないと考え、生活以外は優秀であると女神様が褒めていた魔術師を頼ったのである。
「コリエさん、これは中の電池が切れちゃったら動かなくなるので、いらなかったらこちらの袋に入れてください」
「ええ、わかったわ。こっちは試作品ができあがったから、何人かにモニターになってもらったのよ」
(問題がなければ、量産する予定です)
これはハンディファンと懐中電灯のことだ。持っていた電池が切れたので、廃棄方法を相談したときに、数日間貸した。分解して壊れてたとしても、それほど痛手にはならないと思い、興味があるならどうぞと差し出したのである。
「では、この箱をお願いします」
旅に持っていかない荷物は、ちいさな箱ひとつに収まってしまったが、あの部屋に置きっぱなしにしたままにはできなかった。
私が異世界人だと知っているひとのなかで、荷物を預けられる人はコリエさんしか思いつかなかったので、申し訳ないが研究塔の片すみに置かせてもらうことにしたのだ。
さすがに国王陛下や宰相閣下に、こんなことは頼めないだろう。渡されても困る様子が、なんとなく想像できる。
「気をつけて行ってらっしゃい。旅の安全を祈っているわ」
(コリエ・ジート・ノワは、寿春菜と一緒にほかの魔道具もつくりたいので、はやく帰還してほしいと願っています)
「ありがとうございます。はやく帰れるように頑張りますね」
ひとりぼっちでさみしく過ごしていたけれど、コリエさんが私一緒につくりたいと願っていることを知り、心が温まる。
春菜は埃っぽい研究塔を立ち去るとき、戻ったらここの掃除を提案してみようと思った。
「荷物はこれで全部かな」
借りていた部屋の掃除を済ませ、机の上に背負い袋と外套を置く。寝具は洗濯婦に頼んであるので、明日の朝、私が出かけたあとに回収してくれるはずだ。
部屋のランプも置いたままでいいと、メイド長が言ったので、部屋にはなにもなくなった。
明日からほかの誰かに貸すとしても、問題なく使えるだろう。
あとは寝過ごさなければいいだけだ。
馬車は四人乗りが二台。一方には高橋さんと身代わり王子、下っ端官僚、準騎士が乗る。顔だけ男は高橋さんのお気に入りだが、家が貧乏なのでスタメン落ちしたらしく、もう一台のほうに乗る。つまり私と一緒だ。
狭い空間にふたりっきりだなんて、考えただけで胃が痛む。
「若くてカッコいいからって、先輩にどうにかできると思わないでね。シン君はあたしにメロメロなんだから!」
(そのような事実はありません シン・マクルーズの関心ごとは、マクルーズ家の財政を持ちなおすことです)
さっき高橋さんとふたりきりになった途端、こんなふうに釘を差されたのだ。女神様の情報に嘘はないので、この発言は滑稽でしかない。
久しぶりに会った高橋さんは相変わらずで、言葉の端々にオバさん臭を感じたけれど、いまさらだから聞き流す。が、未成年にそんな気を起こしたら犯罪だろう。
彼らの見た目は弟とタメっぽいけど、実際はまだ学生らしく、巡礼に同行するため学園を休学したと聞いた。骨抜きって怖いな。
たぶん休学ではなく退学になっているはずだが、それを彼らが知ることはない。これからの人生、間違いなくハードモードだろう。そこに自ら突入していくとは、とても正気とは思えないよ。
「うわぁ。こっちを睨んでるし」
もう一台の馬車に乗りかけたくせに、わざわざこちらを振り返って念を押す。そんなに不満なら誰かの膝にでも座って、無理やり五人で乗ればいいのにな。




