vol.28(5)
ごく普通のありふれた時間と空間が、二人いっしょにいるだけで、
色鮮やかなの色彩を帯びてくるのは、この世の時の常。
満たされゆく自分の想い
なのに、決して満ち足りることのない相手への想い
そんな羨望と焦燥の僅かに入り混じった想いに酔いしれる男と女・・
今この瞬間にも、この世のどこかで、どれほど燈っているのかしれない。
ゆうなは、自分の右手の指先を砂に彷徨い這わせ、カンナの左手に重ねた。
彼女にとっては、そうしないといられなった。
ハッと我に返ったカンナは、ゆうなの手の下をするりと抜けて、
その上にあらためて重ね、包むように握りしめる。
彼にとっても、そうしないと我慢できなかった。
ゆうなは目を閉じたまま、この瞬間に吸い付くような深呼吸をし、笑みを溢し見せた。
共にこみ上げてくるまん丸いぬくもり・・
・・この戯れあいが、いつまでも続きますように。
でも、満たされたはず想いも、すぐに心のかさが増し、満ち足りなくなってしまうもの。
叶わぬ満たしきれない願いだとは知りながら、だからこそ二人の今をいっぱいに楽しもう。
ほんのひと時、1分を60秒に割って、1秒をさらに10等分して、心にしたためていく。
カンナの手のひらが意志のある生き物のように、ゆうなの了解を探りながら、
彼女の肘にそして腰を這いあがり、背中のあたりを指先がそっと這うように撫で上げて、
ついには風に掬われる髪のかかった肩の上にたどり着く。
その間、ふたりの呼吸は絡まり重なり合い、結果ふたりの物理的距離感が超越され、
身体が溶け合う錯覚に酔いしれてしまう。
誰にでもあることでもないし、誰でもいいわけではない。
それが互いに互いであったことを、強く目に見えない何かに感謝して止まない。
とるに足りないちっちゃいちっっちゃい幸せ、でも絶対にありふれたものではなかった。
ゆうなは、はにかむ八重歯で応えてみせる。
・・私は、ここよ。
声にならない言葉を唇の先でそろりと弾かせた。
今度は、ゆうなが手のひらをカンナの頬にそろり持っていき、
触れた瞬間、、閉じていた瞼をそろり開けてみせた。
ゆうなの両の眼に吸い込まれていく太陽の陽のように、
カンナの陽もその眼から惹き込まれてしまう。
海よりの風がカンナとゆうなの時間を紡いでいく。
時に流され跳ね上がったゆうなの髪先が、カンナの鼻先をかすめた瞬間、
彼に魔法がかかる。
ゆうなの肩に添えられたカンナの手が、彼女の首筋に吸い付くとぐっと引き寄せた。
ふたりの吐息が交差して、互いの体温が肌で感じる距離感がそこに生まれると、
風がふっと止み、時も止まる。
・・永遠のとき
オンナのゆうなは、次を待つ・・
オトコのカンナにかけられた、いや課せられた魔法・・
彼は手のひらを彼女の頬にあてがい、自分の鼻先を彼女のそれまで近づけてゆく。
あぁ、臆病でいて神聖なる期待感・・
カンナの意志とは裏腹に互いの鼻先は触れることなく交差して、すり抜けてしまう。
ため息にも似た風が、僅かなふたりの頬の間をそしてまたすり抜けた。
カンナのためらいが、ゆうなの頬に自分の頬を重ねることで昇華されてゆく。
『オレという男はどこに往きたいんだぁ・・』
それでも自分にできる精一杯がそこにはあった。
ゆうなはそれでも満足だった。
それが満足だった。
頬のうぶ毛を撫であうように、ゆうなは頬擦り合い、彼の耳元で陽気に囁く。
「これって、まるで恋人どおしみたいだね」
その言葉は鉛の塊となって、カンナの心の深海に落ちていく・・
どこまでもどこまでも深淵に。
踏み出せない一歩が、カンナの前にあった。
でも、ゆうなにとってもおんなじ・・だった。
そんなこと、最初からカンナにもゆうなにも、よ~くわかっていたことだったんだ。
でも、それでも、わかっていても認めたくない。
止められないから・・
現実の中にある虚構
気づかぬフリに隠れた真実
揺れるふたりの関係
それでも信じるしかない。
笑って誤魔化し、ただ信じていたい。
砂に書かれた絵のように、潮騒がふたりの心をどこか遠くへ持ち去ってしまわぬように・・




