トレジャーハント
ある男がいた。
秀でた所はなく、欠点があるわけでもない。
その男は平凡な生活を営み、そしてそれに満足と幸せを覚えていた。
彼には妻がいて、二人は小さな牧場を経営して日々の糧としていた。
やがて二人の間には子供が生まれる。
おてんばな女の子だ。
男にとって、この二人は宝物だった。
誇れるべき人生ではなかったけれど、その二つの宝物さえあれば男には十分だった。
しかし、彼の幸せは悲劇によって蹂躙される。
妻が病で亡くなったのだ。
彼の宝物は一つになった。
それから、今まで以上に残った宝物を大事にするようになった。
その矢先である。
嵐の夜に、ある一団が牧場に押し入った。
それは武器を手にしたならず者達。
本来なら標的になるはずのない小さな牧場だが、嵐から逃れるために彼らは押し入ったのだ。
ただただ、運が悪かった。
男は縛られ、痛めつけられた。
幸い、娘は見つかっていない。
男はならず者達が押し入る前に、娘をクローゼットの中へ隠していた。
しかし、何かの拍子で娘は彼らに見つかってしまう。
それは嵐が止み、空が明らみ始めた頃だった。
「こんな可愛い子を隠してたのか」
ならず者の頭領は面白いものを見つけたという表情で男に語りかける。
「お願いします! その子には、何もしないでください!」
「そんなに大事か? さしずめ、宝物ってところかねぇ? でもな、お前にとっては宝物でも、俺達にとってはゴミみたいなもんさ」
ならず者達は娘を連れて外へ出た。
雨が上がり、雲間から朝日の射す世界へと。
男はすぐに追う事ができなかった。
男の体は傷だらけのボロボロで、それに縄で拘束されていた。
それでも、痛みに耐えながら這いずって外を目指した。
そして長い時間をかけて外へ出て。眩さに目を眇めた。
光に目が慣れ、光景がはっきりと視界に写る。
男は目を見張る。
彼が目にしたのは、牧場の入り口にある門。
そこから下げられた縄とそれに吊られた彼の宝物だった。
強い嘆きが男を襲った。
涙を流し、意味のない言葉を喚き上げ、自由に動かない体をのたうち回らせた。
疲れきり、絶望と倦怠に蝕まれた体は動かなくなった。
それでも死んではいない。
眠る事もできない。
辺りが夕日の赤に染まり、男はようやく動き出した。
一本のナイフが落ちている事に気付く。
その刃で縄を切ると、すぐに牧場の門から宝物を下ろした。
冷たくなったそれを男は丁寧に扱った。
飛び出た目と舌を戻し、右内腿にこびりついた糞尿の汚れを清め、新しい服に着せ替える。
そして宝物を抱きしめたまま、ナイフを自らの首に突きつけた。
何もかもを失った。
その喪失感は、これから生きていく力を奪うには十分だった。
一息、覚悟を決める時間を取り……。
事件があった。
多くの人間が死んだ大事件だ。
その犯人は、召喚者だという。
不動が依頼を受けたのは二日前になる。
依頼者は家族を殺されたそうだ。
現地の義憤同盟支部で話を聞くと、依頼人は町の宿屋にいるとの話だった。
件の宿屋、指定された部屋で戸を叩く。
三、三、一、五のリズムでのノック。
これは依頼人から指定された合図である。
その指定からは、依頼人の用心深さがうかがえた。
鍵の外れる音がする。
「入れ」
戸を開け、中へ招き入れたのは恰幅の良い男だった。
彼は不動が部屋に入ると、すぐにドアを閉めた。
男は憔悴した様子だった。
目には濃い隈がくっきりと現れ、やつれてしまって顔の肉が垂れていた。
どことなく落ち着かない様子で、ちらちらと動く視線からは怯えが読み取れた。
「暗殺者ギルドの奴だな?」
「そうだ。カルロ・ルイーニで間違いないか?」
「ああ、そうだ。さっさとあいつを殺してくれ!」
「そのために来た。だから、相手について知っている事を話してもらいたい」
不動の言葉にも、カルロが安堵する事はなかった。
それでもじっと待っている不動の様子から埒の明かない事を悟ったカルロは、部屋の奥にある椅子へ腰掛けた。
部屋の中央に踏み入った不動に対し、彼は口を開く。
「あいつは、急に現れた。そして家族を皆殺しにしたんだ」
「下手人に見覚えは?」
「知らねぇよ! 会った事もない! なのに何だ! 何で俺はこんな目に会わなくちゃならない!」
「落ち着いて話してほしい」
「落ち着けるか! こっちは子供を殺されたんだぞ!」
「大丈夫だから」
カルロはポケットから茶色い液体の入ったビンを取り出し、一気に中身を煽った。
恐らくアルコールの類だろう。
そうしてカルロは一息吐いた。
「あいつは……正面から俺の家に押し入った。そうして、家族を殺していった。門の前で見張ってた奴も、玄関ホールに詰めてた奴も、料理番だってみんな殺した。皆殺しだ……」
「家族?」
「ああ、家族だ。もちろん、血の繋がった家族じゃない。俺は手下達を家族と呼んでる。でもあいつは、それだけじゃなくて俺の本当の家族……妻と子供を殺して、屋敷に火をかけた。全部燃えたよ。俺が築き上げてきたものは全部!」
カルロは、この町の裏社会を牛耳る犯罪組織のボスだった。
彼は悪行を重ねてきた悪党である。
誰からも嫌われ、その死を願う者も多いだろう。
だが、その家族にまで責があったかは疑問である。
とりわけ、子供までもを殺した事に不動は小さくない怒りを覚えた。
「だがその時の俺には逃げる事しかできなかった。もちろん、それで済ますつもりはなかったさ。すぐに兄弟を頼ったんだ。手勢を借りて、復讐するためにな。すぐに探そうとした。でも、探す必要はなかった。奴は俺の前にすぐ現れたんだ。兄弟の屋敷にな。きっと、俺をつけてたんだ」
「それで?」
「用意してもらった手勢は全滅したよ。それどころか、兄弟も死んだ。誰もかも、俺だけが生き残った」
「……何故、召喚者だと思った?」
「あんな事ができるやつ、召喚者じゃなけりゃなんだって言うんだ!
押し入ってきた時、奴は丸腰だった。
俺はたまたまその時玄関ホールにいたから、それをこの目で見たんだ。上には何も着てなくて裸だった。
そんな中、一人奴に近づいた。追い出そうと声をかけたんだ。俺はその背中を見てた。
そしたら、その背中が縦に真っ二つになった。
何が起こったのかわからなかった。でもその時、奴はいつの間にかデカイ刃物を持ってた。手品師みたいにな。どこからともなく、剣を取り出したんだ。
そいつで、人一人を真っ二つにした」
カルロは一気にまくし立てるように説明する。
どこからともなく物品を取り出すのは、アイテムボックス系の能力か。
次元神ハルトコーブを由来とした加護だ。
可能性の一つとして、不動は心に留めておく。
「それだけじゃねぇ。奴は何度も攻撃を受けていたのに、何も効かなかった。何度も斬られ、何度も突かれてたのに、刃が通らなかったんだ」
「攻撃は当てられたのか?」
「感触はあったぜ。確かに、刃は奴の体をなぞったはずだ! でも、浅い傷ができる程度だった!」
空間の制御を行うというのは、ハルトコーブの権能にもある。
空間を歪曲させ、攻撃をすり抜けさせるのだ。
しかし、その場合はそもそも攻撃が当たりすらしない。
傷など付きようもないはずだ。
なら、別の加護か……。
だとすれば、それはどの神の権能であるか……。
カルロの証言が正しければ、肉体の頑丈さによって攻撃を防いでいるようだが……。
その場合は、この剣でどうにかできる。
不動は左腰に佩いた剣を見た。
この剣にはどのような物も斬れるという、単純にして強力な効果が付与されていた。
「銃などの飛び道具は使用してみたか?」
「銃? 話にしか聞いた事がねぇよ。国が規制をかけてるわけでもねぇのに、不自然なくらい出回らない代物だからな」
恐らく、銃の流通を制限しているのは義憤同盟だろう。
ジョエルが出回らないように気をつけていると言っていた。
「相手はそれらしき飛び道具を使っていたか?」
「飛び道具は使ってた。何が飛んできていたのか見えなかったが、すげえ音と同時にバタバタ倒れていったからな」
証言だけで決め付けるのは危険だが、銃撃である可能性は高い。
ハルトコーブの加護を持つ召喚者はその能力の性質上、攻防を道具に頼らざるを得ない。
戦い方からして、やはりハルトコーブの加護者なのかもしれない。
できれば観察する時間がほしい所だが、その時間はないだろう。
話す内に緊張が解けたのか、カルロが落ち着いた様子を見せ始める。
大きく息を吐いた。
「どうにか、できるんだろうな?」
「必ず殺す。そのためにも、相手の居場所を知る必要が――」
不意に、入り口のドアが体躯の大きな男に蹴り破られた。
男の顔は長く垂れた髪と手入れのされていない髭に覆われていた。
黒に覆われ表情の読めない顔に、爛々と開かれた瞳の光が輝いていた。
すぐさま反応し、振り返る不動。
侵入者と視線が交じわる。
刹那、不動は剣を抜いた。
横薙ぎに振られた剣に、男はいつの間にか手にしていた鉈を打ちつける。
しかし男の予想していた鉄と鉄のぶつかる手ごたえは無く、不動の剣はするりと抜けた。
同時に、男の鎖骨の直下を浅い傷が走る。
急に始まった襲撃者との戦いに、カルロが悲鳴を上げて立ち上がった。
椅子がその拍子に倒れ、カルロは転がるようにして二人の間をすり抜けて室外へ逃れる。
初動の攻防で敗れた男の左手から、おもむろにチェーンソーが伸びた。
それは手に持たれているのではなく、手から直接生えているようだった。
しかし鋭利な刃が突き出し、なおかつエンジン音と共に回転しているというのに、男の手には一切の傷すらない。
回る刃が男の肉をすり抜けているかのようだった。
その不可解な様子から、不動は相手が召喚者であると判断する。
やろうと思えば初撃で首を落とす事もできた。
それをしなかったのは、この世界の人間であるか召喚者であるかの判断がつかなかったからである。
だが、それが知れた以上、もはや手心を加える必要もない。
不動が次に振るったのは、袈裟の一撃。
肩口より入り、心臓を通り抜ける軌道で剣は振るわれた。
刃が相手の肩に入り……。
そこで止まった。
「!?」
不動の剣は、どのような物であろうと切り裂く能力を持ったもの。
それが防がれる事はありえない。
しかしそのありえない事が起こっていた。
再び、男と不動の視線が交わった。
冷静に相手を見ていたのは、不動だけではなかった。
男もまた、最初の攻防で不動の剣が尋常な代物でない事を見切っていた。
だから対策を取った。
押しても引いても動かぬ剣。
その一瞬の動揺を衝き、男は右手を不動の腕へ伸ばした。
その手の五指には小型のドリルがそれぞれ伸びている。
一斉に回る鉄の螺旋が、不動の腕へ食い込む。
肉がめちゃくちゃに抉れ、血飛沫が霧状に噴出した。
「ああぁぁあ……!」
あまりの痛みに、不動は悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞きながら、カルロは宿屋を出た。
何が必ず殺すだ。
殺されてんじゃねぇかよ。
悪態を吐きつつ、カルロは走る。
大通りに出て、少しでも見つからないよう人波を掻き分けながら移動する。
ぶつかって相手が転がっても構わなかった。
見つからないように少しでも早く、あの死神のような男から離れたかった。
同時に、これからどうするべきか彼は考える。
どのような窮地であっても、彼は思考を怠らなかった。
だからこそ、今までもこの暴力的な世界を生き残ってこれたのだ。
不安を放置せず、対処は徹底的に。
自分を脅かすものは完全に息の根を止めなければ気が済まない。
でなければ安心などできない。
また暗殺者ギルドに頼るか?
今度は賞金首の形で募集すれば、一々面談する事もない。
さっきみたいなポンコツが送ってこられても足止めになるし、倒せたらめっけもんだ。
その間にどうにか助けてくれる奴と連絡をつけよう。
昔の仲間に連絡とって……。
なんなら敵対組織の人間を利用するのもいい。
自分を囮にどうにか争い合わせる事だってできるんじゃないか?
そうして押し付けられりゃ言う事はない。
そんな悪知恵を働かせながら、人波から脱して路地へ駆け込んだ。
疲れきり、息を切らせながら座り込んだ。
あの男が追ってくる様子はない。
一息吐くとカルロの顔には笑みが浮かんでいた。
そんな様子を男は見ていた。
双眼鏡越しに、大通りを挟んだ建物の上から彼はカルロを観察していた。
襲撃があってから二週間、カルロはあらゆるものを失い続けていた。
身を寄せた仲間の屋敷に現れた日。
視界すら霞む大雨の中、手下を殺しながら押し入った男の体は、不思議な事に一切濡れていなかった。
からりとした気候の中を歩んだように、乾燥してすらいた。
その様子が、さらに男の不気味さを際立てているようだった。
男は一本の剣を右手に持っていた。
カルロにはその剣に見覚えがあった。
不動が持っていた剣だ。
殺した相手から剣を奪い取ったのだろうとカルロは理解する。
多くの手下が男に挑み、しかしどんな攻撃を受けても倒れる様子のない男から返り討ちにされた。
戦意を失って逃げようとする相手であろうと男は容赦なく殺し、仲間の手下達やその当人すらも男の手によって葬られた。
燃やされた屋敷から逃げ出す事ができたのは、カルロだけである。
それからも仲間を頼り、暗殺者ギルドを頼り、敵を利用し、憶えている限りの人脈を全て使って男の襲撃を凌いでいた。
そうして逃げるために使ったそれらの人脈は、悉くが壊滅する事となった。
味方の組織も敵の組織も消え去り、暗殺者ギルドの人間も数人が返り討ちに合うと来なくなった。
些細な人間関係すら、全てを失った。
ここいらの組織はみんな潰れた。
ははは、これで逃げ切ったら俺が全部牛耳れるな。
自分を勇気付けるための希望的な考えも、乾いた笑いと共に虚しく消えていく。
頼るものがなくなり、余裕がなくなった彼は地獄のような日々を過ごす。
休まる時間はなく、眠る事すらできなかった。
疲れきって睡魔に抗えなくなる事はあっても、すぐに目が覚めた。
そのわずかな休息とも言えない休息が終われば、それ以外の時間は追われる恐怖と逃げるための算段に頭を占められる。
彼はどれだけ追い詰められようと、逃げ続けた。
しかしそれは彼の実力が優れていたからでも、彼の運が良かったからでもない。
彼は、見逃され続けていた。
哀れなカルロ。
そんな彼を男はずっと観察していた。
殺す事なら、いつでもできた。
だが、それではダメだ。
それではこれまで生きてきた意味がない。
自分が宝物を奪われたように、自分もまた奴の宝物を奪ってやるのだ。
それだけを目的に今まで生きてきた。
奴はまだ生きている。
それは一番大事な物を失っていないからだ。
奴の一番大事な物はなんだ?
失えば、生きる意味をなくしてしまうほどに大事な物はなんだ?
それを見極める。
そして奪ってやる。
自ら生を手放したくなるほどの虚無感を魂に刻んでやる。
彼はかつて、家族をカルロに殺された。
嵐の夜、牧場で、カルロは彼の宝物を壊されたのである。
それは彼の全てだった。
生きる意味を失った彼は自ら命を絶とうと、ナイフを首に突き入れ……そして気付いた。
深々と刺さった刃は体を傷つけず、彼の体の中へと入っていった。
彼は召喚者だった。
召喚した人間はおらず、気付けば彼は洞穴の中にある石の舞台に立っていた。
彼の立つ舞台には赤い魔法陣が描かれており、召喚は古い魔法陣が誤作動した結果なのだろう。
わけもわからずにさまよい歩いた彼は、偶然彼を見つけた農夫に拾われる。
農夫に助けられた彼は、行く当てもなかったためそのまま農夫の牧場で働くようになり……。
そして、農夫の娘と恋に落ちた。
彼は自分が特異な能力を持っている事をその時まで知らなかった。
それを知った彼は、カルロを探し歩いて多くの修羅場を経験する事となる。
能力を知り、能力を成長させ、長い年月をかけてこの世界からたった一人の男を探し出した。
痛めつけ、苦しめる事は簡単だ。
だが、それで死にたいと思われては困る。
生きたいと、そう願う奴から奪ってやりたい。
生の希望を……。
そのためにカルロからは多くの物を奪った。
なのに不思議だ。
カルロはもう、誰にも頼ろうとしなかった。
彼の持つ富も殆ど残っていないだろう。
もはや、この男には何も残っていないと言ってもいい。
なのにどうして、まだ生きている?
まだ、何か奪っていないものがあるのだろうか?
カルロは町から出て、ひたすらに歩き続けていた。
がむしゃらに、目的もなく逃げているように思えた。
彼はその背を追い続けた。
隠れる事もせず、カルロが振り向けばすぐに見つかるような距離で彼を見続けた。
すぐにカルロはそれに気付き、彼もようやく自分が男に生かされている事を知った。
そんなカルロに視線を据えて、男は顎に滴る汗を拭った。
カルロは怯えながらも、少しでも距離を稼ごうと歩み続けた。
そんな彼は山へ行き着き、山道を歩み始める。
中腹まで来るとそこには小屋があり、中へ入っていく。
男もまた、その後を追って小屋の中へ入る。
正面に窓が見えた。
その下で、カルロのうずくまる姿が窓からの光に照らされていた。
カルロは床板を外している様子だった。
いや、外しているというよりも、開いているように見える。
どうやら、床板に見せかけた隠し戸がそこにあったようだ。
カルロはただ逃げたのではなく、ここを目指していたのだろう。
戸を開けて取り出したのは、両手の平からわずかにはみ出す程度の袋だった。
じゃらじゃらと音が鳴るから、恐らく中身は金貨だろう。
ああ、まだすがりつく宝が残っていたか……。
だから、こいつは生きている。
そう思い、男は手の平からバーナーの射出口を露出させる。
カルロを外へ放り出し、金貨を小屋ごと焼き払おうと決めた。
が、その前にカルロは男へひれ伏した。
金貨の袋だけを捧げ持ち、懇願する。
「こいつをやる! だから、俺を殺さないでくれ! あんたの言う事はなんだって聞くし、なんだってくれてやる! だから、だから助けてくれ! 俺の命だけは、助けてくれ!」
その懇願を聞いて、男は自分の過ちに気付いた。
……思い違いをしていた。
多分、こいつの宝物はこいつ自信の命だったんだ。
カルロは自分の持つどんなものよりも、自分の命が大事だったのだ。
……なら、これで最後だ。
最後に残った奴の宝をここで壊す。
「お前の大事な命など、俺にとってはゴミ同然だ……」
バーナーの射出口をしまうと、代わりに手の平から飛び出した剣を手に取る。
それは不動が使っていた剣である。
驚くほどに切れ味の良いもので、男は奪い取ったそれを重用していた。
剣が振り下ろされようとした直前。
カルロの背後にあった窓ガラスを突き破り、一人の男性が小屋へ飛び込んだ。
それは不動である。
観察していたのは、男だけではなかった。
不動もまた、彼の動向を観察していた。
戦闘で不動は負傷したが、逃げたカルロを男が追った事で見逃された。
傷が深く、もはや助からないと男に判断された事も不動にとって幸運に働いた。
間もなく気を失った彼が山城に回収され、目を覚ました時には三日が経過していた。
療養を終えるまでに一週間を要し、不動は男の追跡を再開した。
ちなみに完治したわけではなく、動けるようになっただけである。
戦えるような状態とは言えなかった。
それでも召喚者への殺意が彼を突き動かした。
発見した男はカルロを追っており、そして不動は気付いた。
男はすぐにカルロを殺すつもりがないのだ、と。
それを見極めた不動は、彼を泳がせる事にした。
その間に観察し、相手を倒すための打開策を模索する。
カルロにはすでに頼れる者がいなくなっており、彼はネズミのように町の薄暗がりを逃げていた。
そんな彼を捕捉しつつ、男はじっと観察している。
しかしカルロが安心した様子を見せると、姿を現して適度に恐怖を煽っているようだった。
殺す機会は幾度となくあった。
それでも殺さないのは、殺害以外の目的があるからだ。
もしかしたら、怨恨もありえるのかもしれない。
そんな男を不動は気付かれぬように観察した。
男の意識はカルロに集中していたため、気付かれる様子は一切なかった。
それでわかったのは、彼が体に物質を取り込む能力を持つ事。
物質は液体と固体、確認はできなかったが気体も含まれるのかもしれない。
しかし他者による攻撃の意思が介在すると取り込めない。
だから攻撃に使用された武器を直接取り込めない。
恐らく、体内の物質は彼の意思で自由に動かせる。
攻撃が効かないのも、皮下に金属の物質を張り巡らせているからだろう。
それも一枚のプレートなどでなく、いくつもの金属をツギハギするように。
不動の剣を受け止めたのも受け止めたのではなく、両端を摘むように体内の物質で挟み込んで止めたからだ。
明らかに体積を超えるだけの物質を出す事もあるため、もしかしたら単純に体の内へ物質を収納しているわけではないのかもしれない。
たとえば、アイテムボックス系能力特有の異空間が男にもあるのかもしれない。
半分は異空間にありながら、半分は現実空間に存在している、とか。
でなければ、皮下に装甲を仕込むなどという芸当もできないだろう。
不動はそう予測した。
では、そんな相手にどう戦えばいいか?
物理攻撃は効かない。
毒が効くかは疑問が残る。
攻撃の意思がどこまで持続するかわからないが、異空間に収納しているならば毒を収納する事によって全て取り除ける可能性があった。
戦略を吟味している途中、不動は男が汗を拭うのを見た。
暑さが影響を与えている。
汗をかくという事は、熱を収納する事ができないという事だ。
物質ではないため、それは当然と言えるのだが……。
暑さ、熱……。
エネルギー。
不動は、一本のビンを男へ投げつけた。
それに気付きながら、男は避けなかった。
この程度の物が当たってもどうという事はない。
そういう驕りがあった。
経験則という言い方もできた。
今までの戦いで、そうした方がいいという判断が身についていたのだ。
ビンが男の胴へ当たろうとする直前、不動は取り出した銃でビンを狙い撃つ。
放たれた銃弾はビンを貫通し、男へ命中した。
しかし銃弾は男の皮下にある金属によって防がれる。
一瞬遅れ、ビンが砕け散り、中身の液体が男の体へとぶちまけられた。
銃弾の鉄火が散り、液体に触れる。
瞬間、液体に炎が一気に燃え広がった。
中身は、暗殺者ギルドで生成した油である。
揮発性が高く、燃えやすい。
ガソリンに近い性質を持つ液体であった。
炎を帯びた液体が、男に襲いかかる。
そして男が気付いた時には、全身が炎に包まれていた。
「うがああああああっ!」
男は炎を消そうと動きながら、纏わりつく炎は消えない。
伸びた体毛も衣服も燃え尽き、肌が焼かれてケロイド状になっていく。
揮発した油は男の吸う酸素と共に喉へ入り、焼かれた喉は呼吸を奪われた。
男が火元となる油を能力によって収納する。
それによって炎は勢いを弱めたが、すでに手遅れだった。
皮膚の大半が焼け爛れた体は、筋肉が露出している。
所々に炭化しており、損壊の激しい場所からは骨が覗いていた。
しかし、男はまだ生きている。
もう命もわずかという有様でありながらも、まだ……。
彼の体から、その中に蓄えていたものがぼろぼろと抜け落ち始めた。
その殆どは金属で、剣や鎧、ただの板、奇妙な色の液体などがずるりずるりと落ちていく。
それらは今まで、男が体の中へ収めていた物だ。
さながらその様子は、彼の命の残量が流れ落ちていくようにも思えた。
自分の死を男は察していた。
視線は自分の死因を作った不動ではなく、カルロだけに注がれている。
男は動いた。
俊敏性のない動きで、それでもまっすぐに。
動向に気付いた不動は銃撃を以って迎撃する。
放たれた銃弾は男に当たり、そして貫通した。
その様子からもう体に防御のための物質が残っていないと判断した不動は、佩いていた剣を抜き放った。
首を狙い、横薙ぎに閃かせる。
が、剣は首の表面を裂いただけで止まる。
偶然か、それとも予測していたのか、まだそこには何かが残っているようだった。
予備の剣ではそれを切り裂く事はできなかった。
男の手が不動の射程内に入る。
しかし、男は肩越しに不動の背後へ手を伸ばした。
男の指先に銃口が現れた。
それに気付いた不動は、男を押しのけようとする。
銃声が上がるのと、男が不動に押し倒されるのは同時だった。
横向けに倒れた男の手から、ずるりと拳銃が出てくる。
悔しいなぁ。
あの男の最後を見届けられないのは……。
今にも途切れそうな意識で、男は考える。
……本当に?
男は口元に笑みを作る。
自分はただ……ただ家族と暮らしていたかっただけだ。
それ以外には何も、望みなんてなかった。
そのはずなんだ。
復讐なんてどうでもよかった。
宝物を失った人生に生きる意味見つけられなくて、それでも死ねなくて、無理やりに作った意味が復讐だっただけ。
意味を見出せなければ、心が壊れそうだったから……。
もういいじゃないか。
そんな事よりも、やっと死ねるんだから……。
自分はそれを望んでいたはずなんだから……。
「う、撃たれちまった! た、助けてくれ!」
カルロの腹からは血が流れ出ていた。
最後の銃撃が当たっていたのだろう。
乞われた不動はカルロの傷を診る。
流れ出る血は、常よりも黒みが強いものだった。
……なんて執念だ。
不動は思わずそう内心で呟く。
ただの一撃。
しかしその一撃が、的確に腎臓を打ち抜いていた。
出血量も多い。
恐らく銃弾が体内で破砕していて、臓器がずたずたに引き裂かれている。
魔法であっても、治せる限度を超えている。
それに町まで距離がある。
治療は間に合わないだろう。
カルロは助からない。
猶予はあるが、しかし確実に死ぬだろう。
「これは助からない」
「そ、そんな! 助けてくれよ」
そう叫ぶカルロに、不動は足元に落ちていた短剣を拾って渡す。
「な、何だよ、これ!」
「僕はこの世界の人間を殺さないという誓いを立てている。楽にはしてやれない」
やりきれなさを覚えながら、不動は自分にできる唯一の救いを提示する。
「自殺しろってか! 嫌だ!」
「なら、僕にできる事は何もない。……すまない」
「そう言わず、病院に連れてってくれよ!」
「ここからじゃ、間に合わない。町へ着く前に手遅れだ。なら、それで楽になった方がいい」
「嫌だぁ! 嫌だよぉ! 死にたくないよぉ!」
不動が突きつけた無慈悲な事実に、カルロは泣きじゃくって叫ぶ。
見ていられなくなり、不動はその場を後にしようとする。
ちらりと見た男の死体は、その腕には何かが抱かれているように見えた。
それは子供一人分の骨だった。
男が収納している間は形を保っていたであろうそれは、外へ出た事で崩れてしまっている。
その頭蓋骨には、深い切り傷が出来ていた。
恐らく、先ほど剣を防いだのはこれだったのだろう。
視線を外し、不動は自分の剣を回収してから小屋を出た。
一人になってもカルロは泣き喚き続け、そして声は弱り……。
いつしか風の音だけが残った。
雪谷 康之
能力 武器人間
アイテムボックス系の能力であり、本来は体の中へあらゆる物品を保管しておく事ができるだけの能力であったが、体内に納めた物品を自由に扱う事ができるというより戦闘に特化した能力へと進化している。
他のアイテムボックス系能力と違い、完全な異空間を使用しての収納ではなく、半分通常空間と混ざった特殊な異空間の態型となっており、物体を収納したまま通常空間に対して干渉させる事ができる。
能力者が死んだ際に体に収められた物品は全て体外へ排出され、最後には能力者にとって最も重要な物が出るようになっている。




