嵐
今回は趣の違う話となっております。
シリアスはありません。
今後、こういう話を書くかは不明です。
誤字報告ありがとうございます。
修正致しました。
その日、ある者がジェクトの町へ足を踏み入れた。
髪をオレンジに染めた闊達そうな青年である。
彼の名は高宮。
召喚者である。
「やっぱり、都会は違うなぁ。可愛いお姉ちゃんがいっぱいいるぜ」
高宮はジェクトの景観に目もくれず、通りを歩く人々。
それも女性に対して強い興味を示した。
視線は次々とその興味の対象を八艘跳びのように転々とし、一際に長く留めたのは豊満で肉感的なものに対しているようだった。
その視線がふと、ある一点で留まった。
「お、あの店にいる姉ちゃん可愛いな。いいねぇ。ちょいと体は薄いが、顔はドストライクだ」
そこは、馬車を改造したオープンカフェのような店だった。
その店では二人の女性が働いていて、一人だけ客がいる。
彼が興味を持ったのは、その客だった。
さりげなく、その女性が座る席の隣を通る。
すると……。
「さっさと帰れよ、おまえ」
という、耳を疑うような言葉が、接客している店員の口から出た。
「いやですねぇ。私はただ、食事を楽しみに来ただけですのに」
ほっほっほ、とわざとらしく笑い、客の女性は答える。
「オルガ。お前の素性はフドウさんから聞いてるんだよ」
「そうですか」
へぇ、あの子はオルガっていうのか。
興味を持った女性の名前がわかり、うきうきとした気分で店の方へ向かう。
何か注文して、一緒に食事できないか誘ってみようという目論見からだ。
「お姉さん。おすすめは何?」
馬車の中に居る女性へと声をかけた。
「いらっしゃい。うちの料理はどれも美味しいわよ」
女性は笑顔で答える。
「じゃあ、この卵焼きサンドイッチで」
この世界では珍しいチョイスの料理だったので、それを頼む。
基本的に、この世界で卵焼きという料理は一般的ではない。
どちらかと言えば、青年が以前住んでいた国の料理である。
下心もあったが、少しの懐かしさからそれを注文した。
そして注文を受け取って振り返ると、丁度オルガは席を立つ所だった
「あ、このまま持ち帰りでもいいかな?」
「かまいませんよ」
高宮は代金を払い、その場から離れようとし……。
ふと、店員に振り返った。
笑みを浮かべる。
すると、店員のシャツが弾けた。
正確には胸の辺りのボタンが、である。
胸の張力に負けたらしく、勢いよく弾けた。
「きゃっ!」
店員は急いで胸元を隠すが、高宮は一瞬だけ露わとなった彼女の胸の谷間をばっちりと目に焼き付けた。
「じゃあ、また来るよ」
そう言いながら、今度こそ高宮はその場を離れる。
遠くにオルガの背を見つけて、あとをつけていった。
そのままついていくと、オルガはある店へ入っていった。
服飾店の店である。
しかしオルガは服を見る素振りもなく、カウンターにいる男性店員へ何か声をかけるとさらに店の奥へと姿を消した。
それを見て、高宮も店員に声をかける。
「俺も店の奥に行きたいんだけど」
「奥はお客様をお通しできるような場所ではありません」
「さっきの人は?」
「うちの従業員でございます」
「へぇ……」
その時である。
カウンター奥に置いてあったマネキンが突如として倒れた。
それが男性店員のベルトにひっかかり、その重さに耐えかねたベルトの金具が壊れる。
ベルトが外れ、ズボンがずるりと落ちると、そこには布面積の少ないブーメランパンツがあった。
思いがけないセクシーショットである。
「うおっ!」
それに驚いてズボンを手で上げる店員を尻目に、高宮は店の奥へまんまと侵入した。
暗殺者ギルドのロビー。
「おい、見ろよ。このムチ、新しく買ってみたんだ」
「へぇ、イカスなぁ」
「俺のビシソワーズまだかよ」
「もうすぐだ。ちったぁ待てねぇのか!」
そんな喧騒の中、不動は山城と食事を摂っていた。
「最近、みんながよそよそしい気がする」
「二人でいると強い視線も感じるな」
腸詰を切り分ける手を止めず、不動は答えた。
「なんでだろう?」
「そ・れ・は、私が二人のホモ疑惑をそれとなく広めたからです」
と、横合いからオルガが、楽しげな笑顔で二人に答えた。
山城は心底嫌そうな顔をし、不動はかすかに眉根を寄せた。
「えー……なんて事してくれるの、オルガちゃん」
「すみません、山城さん。あなたに恨みはありませんが、こっちの方はとても恨んでるんです」
不動を差しながら、オルガは答えた。
「それは知ってるけどさ……」
「ごめんなさーい」
悪びれた様子もなく、誠意の欠片も無い謝罪をオルガは返す。
そのまま、テーブル席に着く。
背もたれにだらしなく体を預けた。
「それよりさぁ、ちょくちょく召喚者連中が、私に「止まるんじゃねぇぞ」とか言ってくるんだけどあれ何? 初対面の奴も言ってくるんだけど、心当たりある? すげぇうぜぇんだよ」
オルガは普段の猫かぶりを止めて、鬱陶しそうな表情で問いかけた。
「「ある」」
不動と山城の答えが重なった。
「「その先に俺はいるぞ」とか返せば喜んでくれると思うよ」
「「なんだよ……結構当たるんじゃねぇか」とかね」
「喜ばせたくねぇんだけど」
二人の助言に、うんざりとした声でオルガは返した。
「変な疑惑のお返しに、今度から君に会った時は「なんか静かですねぇ」って言ってあげるよ」
「だから何なんだよ、それ」
そんな折に、高宮はロビーに足を踏み入れた。
テーブル席がいくつも並び、そこに座る人々。
男も女もいて、食事や飲み物を楽しんでいる。
広い部屋の右手側と奥にはカウンターがあり、右手側のカウンターが料理の注文を受け付けるカウンターのようだった。
なら、奥のカウンターは何なのか?
利用している人間は、部屋の左手側にある掲示板から手配書のような物を取ってそれを持って行っているようだ。
まるで、ゲームにあるクエスト受注所のようだな、と高宮は思った。
興味深い物の多いこの空間を見回し、高宮はオルガを見つける。
おもむろに近づいていった。
「こんにちは。オルガさん」
そう声をかけられ、オルガは表情を取り繕いつつも怪訝さをそこに滲ませる。
「あなたは?」
ここは暗殺者ギルドの施設だ。
一般の人間がそこにいるはずはない。
オルガはこの支部にいる人員の事を把握している。
それでも顔も名前も知らない人間がいれば、それは不可思議な事だった。
今日から配属された新入りか、もしくは侵入者か……。
しかし侵入者にしては、あまりにも気さく過ぎた。
「僕は高宮。外のカフェで食事しているあなたを見かけたんですが、あまりにも魅力的だったのでここまでついてきてしまいました」
侵入者である事が確定した。
「フドウさん。侵入者です」
「そうだな。それも恐らく、召喚者だ」
答えながら、不動は椅子から立ち上がる。
同時に、剣の柄へ手をかけ……。
高宮が察して距離を取ると同時に、不動の一閃が空を斬った。
「おわ、危なっ! ぶっそうだなぁ……」
高宮の動きは、戦いに慣れた者のそれではなかった。
何とか察知し、どうにか回避できたという感じだった。
しかし、不動はさらに行動を重ねる。
すでに二撃目の所作へ移っていた。
今度こそ回避できぬ、深い踏み込みの斬撃。
「ちっ」
高宮の悪態。
そして次の瞬間。
「おわ、手が滑った!」
「ビシソワーズ、お待ち、な、ムチが!」
ビシソワーズの皿を巻き込み、ムチが不動へ襲い掛かる。
不意を衝かれた形の不動は、回避する事も適わずにそれを受けた。
ムチが体に絡みつき、ビシソワーズの白濁した液体が体中を汚した。
絡み方は複雑で、どういうわけか不動は両手を縛られ、М字開脚の形で拘束された。
そして、眉間の皺を深めた不機嫌そうなこの顔である。
「ふぅ、危なかったぜ」
言いながら、高宮はその場から逃げ去る。
「侵入者です。逃がさないでください!」
オルガの声に、出入り口付近にいたギルドメンバーの暗殺者達が退路を断つ。
そしてあっという間に、周囲を囲まれた。
「仕方ねぇなぁ……」
呟き、笑みを浮かべる高宮。
それと同時に、彼を囲むギルドメンバー達の身に不思議な事が起こった。
豊満なバストの女性暗殺者のボタンが弾け飛んだかと思えば、それが別の女性暗殺者のおでこに直撃。
倒れた女性暗殺者は隣の男性暗殺者を巻き込んだ。
巻き込まれた男性暗殺者が咄嗟に閉じた目を開けると、そこには女性暗殺者の股間とそれを柔らかく包みこむ絹の下着が視界いっぱいに広がっていた。
「ぎゃあー見るな!」
「いや、不可抗力だろ!」
理不尽に殴られる男性暗殺者。
かと思えばその隣では、転んだ男性暗殺者が手を伸ばし、たまたま掴んでしまった女性暗殺者の下着をずり下ろしていた。
その後、その男性暗殺者が顔を踏みつけられたのは言うまでもない。
不自然な光景だった。
それはその場所だけでなく、同じような事がロビー全体で繰り広げられていたのだ。
その混乱で出来た隙を衝き、高宮は比較的人の少なかった施設奥へ続く通路へ逃げ込んだ。
高宮の能力。
それは俗に言う、ラッキースケベを引き起こすというものであった。
支部長室。
室内には、カタリナとジョエルがいた。
ジョエルは応接用のソファーに座り、カタリナは仕事に使う書類を探して棚を漁っていた。
平然とした様子を見せるカタリナであったが、その内心は動揺していた。
というのも、今朝の出来事が起因している。
ここ最近の長雨で洗濯物が乾かないという事態が、彼女の管理する孤児院では起こっていた。
予備は無論用意されていたが、それも尽きようとしていた。
そんな中、ある孤児がカタリナの最後に残った無事な下着を無断で拝借したのである。
今はもう、シスターとして運営の立場にいる子ではあるが……。
「どうして、お母さんの下着を勝手に履いてしまうのですか!」
「メンゴメンゴ。今のカレピ、清楚系の子が好きみたいだからママの履いてるようなイモい下着の方が興奮するみたいでさ」
「私の下着を履いて、今から何しに行く気ですか!」
「代わりの下着渡しとくから、じゃあ行ってくるね」
と、代わりの下着を手渡して出て行った。
元は表情を作る事すらできなかった傷だらけの孤児が、ここまで明るい性格になった事は喜ばしい。
しかしそれとこれとは話が違う。
ひとしきり、子供の成長に微笑ましさを感じると、後に残ったのは羞恥からくる不安と心許なさだ。
ため息を吐きつつ、手にある下着を見るとそれはほぼ紐と呼べるものだった。
そして今、その下着はカタリナの素肌に纏わ……いや、食い込んでいる。
どうせ、デスクワークで人と会う事もないと高を括っていたら、こんな日に限ってジョエルが来訪したのである。
もう、気が気ではない。
「それで……聞いていたか?」
ジョエルに問われ、カタリナは我に返った。
「すみません。上の空で、聞いていませんでした」
素直に謝る。
「何か悩み事か?」
気遣わしげに、ジョエルは問いかける。
「いえ、そういうわけではありません。ちょっと、今日は気にかかる事があるだけです」
「そうか。では、もう一度言おうか」
「はい。お願いします」
スカートは長い。
見える事は無い。
そう自分に言い聞かせて、下着の事を意識の外へ追いやる。
「不動の事だが。彼には召喚者としての能力があるんじゃないか、と思うんだ」
「そうなのですか?」
不動は召喚者でありながら、能力を持たないと周囲には知れている。
実際、その類の物を使ったという話も聞かない。
手の内を隠している可能性もあるが……。
「彼の当たった依頼を見たんだが……。彼が依頼で狙った相手は、全員が命を落としている」
「優秀であるから、という話ではないのですか?」
「幾人か、殺し損なった相手もその対象だ」
言われて、カタリナはカダ村での顛末を思い出した。
あの時の不動は暗殺に失敗し、返り討ちに合って帰ってきた。
そしてその後、別の人間がその相手を殺したのだ。
「調べてみたら、あの時と同じく手に負えず一度手を引いた相手も皆死んでいる。それに接触する前に関係のない事で落命したというものもある。これは偶然だろうか?」
そう言われてしまえば、不自然かもしれない。
「それが、能力によるものだと?」
「あくまでも可能性の話だが、十分にありえる事だろう」
だとすれば、一度狙った人間を確実に殺す能力という事か。
「もう少し、参考となるケースがあればいいのだがな」
ジョエルがそう呟いた時、部屋の外の廊下で高宮が足を止めた。
前方には、武装したギルドメンバー達が通路を塞いでいた。
「おっと、ここは通さないぜ!」
後方を見ても、同じように人の壁が押し寄せてくる。
その先頭にいるのは、オルガだった。
「さぁ、もう逃がしませんよ。あなたには、死んでもらいます」
オルガはにっこりと優しげな笑みで無慈悲に告げた。
「おいおい、マジか……」
流石にこれはピンチである。
能力を使っても逃れられるかわからない。
しかし、使わざるを得ないだろう。
それ以外に、出来る事がない。
くそぉ!
ここで死んでたまるか!
その強い生への執着と共に、彼は能力を発動した。
そして……。
彼を囲んでいた者達、全ての衣服が弾けとんだ。
鎧は継ぎ目が壊れ、服は散り散りに破け去った。
悲鳴が上がる。
女性達が上げる羞恥の悲鳴と、どこか喜びを含んだ男性達の驚きの悲鳴だ。
下着姿になった体を隠す女性達。
そんな姿に目を奪われる男性達。
高宮は小さく笑う。
ふっ、どうやらこの苦境で俺の能力が進化したようだな!
そう、今までは事象を呼び起こし、その結果としてラッキースケベが起きていた。
しかし、進化した彼の能力は事象という過程を完全に飛ばし、その因果によって起きる結果だけを発生させる事ができるように進化したのだ。
高宮は走り出す。
構わずに向かってくる者達もまだ残っているが、最初に比べればまばらだ。
その隙を衝いて、高宮は前方の人垣を潜り抜けて逃げ延びた。
そして、彼の能力が作用したのは通路にいた者達だけではなかった。
何が……何があったのです?
と困惑気味に、下着姿となったカタリナが内心で呟いた。
書類を両手で持ち、服が弾け飛んだ時咄嗟にしゃがみ込んだ。
しかし、一体何があったのかわからない。
彼女は混乱する。
ああ、こんな姿を見られたら……。
見られたら……。
ふと、顔を上げた。
ジョエルの方を見る。
すると、ソファーに座るジョエルの後頭部が見えた。
しかし、一瞬だけ顔を動かす残像のようなものも見えた。
付け加えれば、目が合った気もする。
「ジョエル様」
「どうした?」
「見ましたか?」
「いや、見ていない」
「見ましたよね?」
「……すごいの……履いてるんだな」
まるで着火したかのように、カタリナの顔が火照った。
心を落ち着かせようと、深呼吸。
やや間があって……。
「あの、見ますか……?」
かける言葉に迷った末、口から出たのはそんな言葉だった。
ジョエルは頭をガシガシと掻き、深く息を吐いてから立ち上がる。
「ちょっと外で頭を冷やしてくる」
「はい。私も着替えます」
「そうだな。その方がいい」
ジョエルは部屋の外へ出た。
「お前達は何をしているんだ?」
そして、外の惨状を見て声を上げた。
行く手を阻む暗殺者達を能力で退け、高宮は通路を駆け抜けた。
極力、人の少ない方向を選んで走り続けていた彼は、徐々に施設の奥へ奥へと入り込んでしまっていた。
彼を追い詰める人員の配置は、絶対に外へ出さないという意図を感じさせた。
その意図、そして自身の危機には高宮も気付いていた。
でも俺は逃げ切るぞ!
と強く闘志を燃やし、彼は逃げ続けた。
前方に暗殺者達が現れ、能力を使う。
通路に不自然な突風が吹き、女性暗殺者のスカートを捲り上げた。
「おおっ!」
「うひょー!」
露わとなった下着に男性暗殺者達が喜びの声を上げると、被害にあった女性暗殺者が男達を殴りつけていった。
同士討ちの様相を呈したその一団を尻目に、高宮は潜り抜けていく。
そして追っ手の姿が見えなくなった頃、彼が姿を現した。
抜き身の剣を手に、不動が彼の前へ立ち塞がった。
不動の隣には山城がいて、その後ろには女性ばかりで編成された一団がいた。
女性ばかりならば、たとえ能力を使われても動揺はないだろうという判断からだった。
高宮もその意図を察して、焦りに顔を曇らせた。
交わす言葉もなく向かい来る不動。
それに追従する山城。
その二人へ、咄嗟に能力を使う。
瞬間、山城が蹴躓いた。
「あっ」
不動へ覆いかぶさるように倒れこむ。
思わぬ事に、不動は後ろから山城に押し倒された。
さながら、後背位のような状態である。
「何をするんだ」
「ごめん。痛かった?」
「ああ、大丈夫だ」
その隙を衝いて、高宮は二人の隣を走っていく。
だが、その先には女性部隊がいる。
通れるはずがない。
と思ったが、女性達は不動と山城を注視して高宮を見逃した。
「貴い……」
「あれ絶対入ってるよね」
などと話し合い、二人を見る事に夢中だった。
この女性部隊は全員、オルガの流した噂によって二人に注目していた者達である。
偶然の積み重ねもあったが、二人へ常に注目していた彼女達は不動が女性を参集した時に丁度近くにおり、たまたま参加したのだった。
そんな彼女達は、漏れなく腐っていた。
「見ていないで早く追いかけてくれないか?」
若干の苛立ち紛れで不動は言い放つ。
「あ、すみません」
不動は山城を押しのけて立ち上がろうとするが、手が滑って体勢が崩れる。
後背位から、正常位の形へと移行した。
「ああぁ! もうちょっとだけ見ていていいですか?」
「早く行け!」
その後、高宮は能力を駆使して逃走を繰り返し、暗殺者ギルドの支部内は混乱の極致へと陥れられた。
暗殺者達は次々にその被害に合って追うに負えない状況になり、ジョエルは能力の餌食にあって壁ドンをした拍子に壁を壊し、同じ事が起きないよう待機する事になった。
地下施設での建材破壊は危険なのである。
そして、彼を負う人間は不動を始めとした殺意の高い者達だけが残った。
どこからか飛んでくるムチを切り払い、ビシソワーズをかけられ、混乱に乗じて振るわれるオルガの凶刃を凌ぎ、倒れ掛かってくる山城を投げ飛ばした。
そんな苦難を次々と攻略し、不動はついに高宮を追い詰めた。
通路の行き止まり。
壁の感触を背に感じ、高宮は目前の不動を見ていた。
その背後では、多くの男女入り混じる暗殺者達が混乱の最中にある。
下着を男性暗殺者の顔に押し付ける形で不自然な体勢のまま絡まりあい、怒声を上げ続ける女性暗殺者。
下着姿のまま、男性暗殺者を殴る女性暗殺者。
何をしたのか、複数の女性暗殺者から足蹴にされる男性暗殺者。
と、もはや高宮の事などそっちのけで怒りを方々へ向ける女性暗殺者達と、その怒りの受け皿となる男性暗殺者達ばかりの中、不動だけが高宮に迫った。
高宮の視線はより具体的に、恐怖の対象へ向けられた。
不動の手には、新品のように綺麗な剣が握られている。
これが振られた時、自分は死ぬのだという確かな実感を持って高宮はその剣を凝視した。
「やめてくれ! 殺さないでくれ! ただ俺は、オルガちゃんが可愛いからここに入ってきただけなんだ!」
「そしてこの惨状を生み出したのか。この世界の人々を不幸へ陥れる召喚者は、死ね」
言いながら、不動は剣の切っ先を高宮の首筋へ近づける。
刃を避けるように、高宮の顎が自然と上がる。
高宮の表情が、ひーんと泣きそうなものに変わる。
「惨状って何だよ! 不幸って何だよ! よく見ろよ。みんな嬉しそうじゃねぇか」
「何?」
不動は切っ先をそのままに、背後へ視線を向けた。
そこでは相変わらず、女性暗殺者の怒りを理不尽にぶつけられる男性暗殺者達の姿がある。
それを見て、不動はある事に気付いた。
女性暗殺者に暴力を振るわれながらも、男性暗殺者達はどこか嬉しそうなのである。
この期に及んで、言い訳もしつつ、それでもしっかりと視線を女体へ向けている者もいる。
そんな彼らは皆、笑顔だった。
「むしろ幸せそうだろ!」
そんな高宮の言葉を否定しようとしても、不動は否定しきれない自分を見つけた。
確かにそうだ。
みんな、どこか嬉しそうだ。
幸せそうと言われれば、そう思えてしまう。
そうか。
みんな、幸せなのか……。
思えば自分には、人を幸せにできた事がない。
僕には人を殺す事しかできない。
むしろ、不幸にしてしまった事しかないかもしれない。
それに比べれば、彼の行いはむしろ良い事なのではないかと思えた。
彼には、人を幸せにする力がある。
人が死んだわけでもない。
自分に、彼を裁く権利は無いのかもしれない。
「そうかもしれないな……」
不動は剣を下ろした。
「わかってくれたか……!」
「そうだな」
深く息を吐き、どこか疲れを含んだ微笑を不動は向けた。
「いや、殺すべきでしょう。男性はともかく、女性は本気で嫌がってますよ」
「ええ。処刑です」
後ろから、オルガとカタリナがそう告げた。
二人とも、技術部の物作り系召喚者が趣味で作ったビキニアーマーを着ている。
下着とほぼ変わらない物だが、下着姿よりもまだ露出は少ない。
解析班によって、高宮の能力が分析された結果。
このビキニアーマーが能力の対象外である事が判明したのだ。
彼の能力は下着を残して服を消し飛ばす能力であり……。
つまり、少なくともこのビキニアーマーは下着という区分で判断されたという事である。
そんな二人の言葉を聞き、不動は再び剣を高宮へ向けた。
「この世界の人々を不幸に陥れる召喚者は、死ね」
「え、またそのくだりからやるのか! さっきの分かり合った部分をなかった事にするな!」
高宮の絶叫が通路に響いた。
その後、一部の男性暗殺者達の嘆願により、高宮は助命された。
正式に暗殺者ギルドの一員として働く事となり。
遠くから相手の装備を解除させるという能力が、意外と好評で重宝されている。
名前 高宮 一成
能力 幸福障害
召喚される前は女の子が好きなだけの平凡な高校二年生。
召喚されてからは能力を駆使して、可愛い女の子の下着を覗いたり、ナンパなどをして旅をしていた。




