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再会

 不動が受けた依頼は、ある召喚者の始末だった。


 その召喚者は、非合法の組織に従事していた。

 組織を裏切り、その際に構成員を殺害。

 報復として、組織は暗殺者ギルドへ依頼したという経緯がある。


 依頼そのものは一般人を装われてのものであったが、義憤同盟情報部の調査によって発覚した事実だった。


 そのきな臭さから、本来ならば誰も受けぬような依頼。

 しかし、召喚者が関わっているという話から、不動は受けようと思った。


 標的が潜んでいたのは、廃坑の奥だった。


 長い潜伏生活のためか、やつれ果てた男の首筋へ不動は背後から剣の切っ先を突きつける。

 戦いらしい戦いは起こらなかった。


 相手が持っていた召喚者としての能力は、目から高出力のレーザーを発射するというものである。


 凝視した場所へ発射されるそれは、銃などで照準をつけるよりも容易に、そして的確に目標を狙い打つ事ができ……。

 なおかつ、そこから放たれる光速の熱線は、威力も速度も減衰無く目標へと到達する。


 目視による回避はまず不可能。

 殺傷能力の高い能力だった。


 よって、視線を一方向へ限定しやすく横へ動く事が難しい坑道内という場所は、相手にとって格好の場所であった。

 その召喚者も、自分の能力を最大限に生かせる地形を模索した結果、この廃坑を潜伏場所に選んだのであろう。


 でなくとも、道を開くためでなく採掘のため無計画に掘り進まれた道である。

 入り組んでいるため、迷路じみた構造となっている。

 純粋に、隠れる事を目的としてもこれ以上なかった。


 しかし、同時にこのフィールドは入り組んでいるが故に、死角を多く作ってしまうという事でもある。

 その死角は、狩人にとっても有利に働く。


 足跡などの痕跡を追い、標的を探し出した不動はその死角を衝いて待ち伏せ。

 能力の範囲外である背後へ回り、首筋へ刃を突きつけたのである。


「座れ。こちらを向くな」


 振り返ろうとした召喚者。

 その首に軽く刃を押し当て、不動は警告する。


 痛みか、金属の冷たさか。

 恐怖による緊張から感覚は麻痺し、首に当たるそれがどのような物か召喚者にとって定かではなかった。


「あんたは……」

「お前を殺しに来た」

「モートの親分か?」


 モートは、今回の依頼主である。

 一般人を装っていたが、その実体は非合法組織。

 マフィアに類する組織の長である。


 この召喚者はその組織に属していたが、構成員を殺害して逃亡を図った。

 言わば、この依頼は報復を目的としたものである。


「あれは仕方がなかった! 殺さなきゃ、俺が殺されてた!」

「お前の事情に興味は無い」


 不動は剣を持つ手に力を込めた。

 その時である。


 かすかに、足音が聞こえてきた。

 込められた力が緩む。


 まだ遠い。

 しかし、岩壁を反響して伝い聞こえてくる。

 恐らく、複数人。


 ぶつかりこすれる金属の音。

 武装している……。


 何者かはわからない。


 どうする?

 さっさと始末して隠れるか?


 不動がそう思った時。


「おい! いるか、殺し屋!」


 そんな声が、坑道内に響き渡った。

 不動にとって聞き覚えのある声だった。


「そっちに行くからまだ殺すなよ」

「……こっちだ」


 召喚者の始末を保留し、声を上げる。


 しばらくあって、十人前後の男を伴って依頼主のモートが不動の待つ場所へと現れた。

 皆、剣やクロスボウで武装している。

 モート自身も腰に剣を佩いていた。


 モートは不動から、標的の召喚者へと視線を向ける。

 笑みを作った。


「タイミングはばっちりだったようだな」

「何の用だ?」

「なんて事はない。始末は自分で着けようと思ったのさ。コケにされたからな。ただ殺すだけじゃ足りねぇ」

「引き渡せと?」


 不動の問いに「そういう事だ」とモルトは答えた。


「嫌だ……引き渡さないでくれ……」


 標的の召喚者はそう懇願するように言う。


 彼は知っていた。

 これまでのモートのやり口を。

 彼に引き渡されれば、死ぬ以上に(むご)い結末が待っている。


 その結末を迎えた人間を今まで、幾人も見てきたのだ。


 たとえ死ぬ事になっても、その方がまだマシだとそう思えるほどの苦痛が先には待っているのだと。


「召喚者は危険だ。そちらの手落ちで逃がすわけにはいかない」

「何だ? 報酬を心配しているのか? 安心しろよ。支払いは渋らねぇよ」


 不動は召喚者を見る。

 彼は小さく「いっそ……殺してくれ……」と呟く。


「話にならない」


 言うと、不動は召喚者の首に刃を這わせた。

 おびただしい量の血液が噴出し、召喚者は倒れた。


 倒れた後も滾々と血は流れ続け、地面が赤く染まっていく。

 その中心で、召喚者は重くなっていく目蓋に抗わず、完全に目を閉じきった。


「てめぇっ!」

「僕は殺し屋だ」


 短く答え、不動は剣に着いた血を振り払う。

 納刀すると、モートの横を通って外へ向かう。


 モートは顔を顰め、そんな不動の背中を見やる。


「おい」


 部下に目配せする。

 それを見た部下は、おもむろにナイフを取り出した。

 去っていく不動へ向けて、走り出す。


 刃がその背へ刺さる直前、不動は身を翻してそれを避けた。

 それでもなお向かってこようとする部下の顔へ向け、剣の切っ先を突きつける。

 部下は動きを封じられる。


「何のつもりだ?」


 視線を部下から外さないまま、不動はモートへと訊ねた。


「このままじゃ気が済まない。済ませるための相手もいなくなった。なら、代わりが必要だろう」

「それが僕か」


 言うと、不動は出口へ向けて走り出す。


「追え!」


 モートの一声で、部下達が動き出す。


 それよりも早く、不動は足元へ陶器の瓶を投げつけた。

 二重底になったそれは大半を可燃性の薬液に満たされ、底には燃焼剤と微細な火打石が無数に配合された火薬が詰まっていた。


 割れると同時に火打石がぶつかり合い、薬液を燃やす。

 たちまち、通路は炎の壁によって分断された。


「くそ!」


 炎の向こう側で、モートの部下達は足止めされる。

 それを一瞥し、不動は走り出した。




 召喚者を追い詰めるために、坑道の地形はある程度把握していた。

 暗殺の失敗を考慮し、逃げるための道も当然頭の中に入っていた。


 しかし、それ以上に向こうは坑道内部の事を熟知しているらしかった。


 まっすぐに逃げていたが、いつの間にか先回りされて予定にない道へ逃げた。

 そうしている間に把握していない道へ追いやられ、完全に出口がわからなくなってしまった。


 そんな折、三人の男から待ち伏せの奇襲を受ける。


 明らかに訓練されていない動き。

 不動ならば、十分に対処はできる。


 ただし、殺す事を前提とするならば……。


 不動は、自分に召喚者以外の人間を殺さないという誓いを課している。


 殺さずに無力化する事を考えれば、それが負担となって動きを鈍らせた。

 素人とはいえ、その枷が隙を作る。

 無力化する事はできたが、何度か攻撃を受けた。


 それが腕と太腿に傷を作る結果となった。

 特に太腿の方は深くナイフを突き刺され、周囲の布地が血で湿っている。


 傷は魔法で直せるが、出血で失った血液はどうしようもない。

 失血が時間を追うごとに体を重くしていく。


 殺さずにいるため、敵を減らす事もできない。

 不動ばかりが失っていく。

 時間をかければかけるほど、不利になっていく。


 奇襲を警戒しながら、極力戦闘を避けながら坑道を彷徨う。

 それでも完全に遭遇を断つ事はできず、何度か戦う事となった。


 少しずつ、しかし確実に不動は消耗を強いられていった。


 失われていくのは自分の命である。

 だがそれでも、不動は相手を殺そうとは思わなかった。


 たとえ、ここで死んだとしても構わない。


「僕の番が、ようやく回ってきただけだ」


 不動は口腔の中だけで霧散する呟きを漏らし、坑道を歩き続けた。


 そんな時だった。

 物陰から現れた男に、不動は頭部を殴られた。


 失血で朦朧とする思考。

 それが、注意力を奪っていた。


 ふらつきながらも対処しようとするが、男は一人ではなかった。

 下手に動いて殺してしまわぬよう、剣は抜かぬまま素手でどうにかしようとした。


 だが、不動は決して戦いのセンスに恵まれているわけではない。

 数の暴力を前に、ほどなくして屈する。


 殴られ、肩口にクロスボウの矢を射られ、引き倒された。

 倒されてからも滅多打ちにされ、抵抗できなくなった彼を男たちは引きずっていった。




 不動が引きずられていった先は、広い空間だった。

 壁の四方にそって足場が造られ、松明がたくさん設置されている。

 鉱石が多く採れた場所なのかもしれない。


 その空間の中心で、モートは待っていた。

 周囲には、彼の部下たち。

 出入り口には、念入りに人を配して脱出を困難にしていた。


 不動はモートの前へ引き立てられる。


 頭部へクロスボウを向けられながら、モートの前で座らされる。

 武装は全て取り上げられた。

 もはや、不動に()(すべ)はなかった。


「結構待たされたな。たいしたもんだ」


 モートは不動を拍手と共に出迎え、賞賛する。


 不動は沈黙を守ったままそれを受け流し、眼差しだけをモートへ向けていた。


「わかるなぁ? 俺達はなめられちゃいけない。だから、俺はあいつの殺しをあんたに依頼した。そうしたら、今度はあんたになめられちまったわけだ」


 肩を竦め、モートは笑う。


 そして、不動の肩口に刺さったボルトを蹴った。

 不動は仰向けに倒れ、さらにボルトを踏みつけられる。


「う……っ!」


 踏みにじられ、ボルトの刃がさらに深く肉へ食い込む。

 傷が広がり、不動は痛みに呻きを上げる。


「あんたには、自分のしでかした事の責任を取ってもらうぜ。楽に死ねると思うなよ」


 笑みを浮かべながら告げるモートを不動はただ黙って睨み付ける。


 それ以上、彼にできる事は無かった。

 脱出の手立てはなく、命脈は尽きたに等しかった。


 今までに何度も想定し、覚悟してきた事だ。

 今更、この結末を嘆くような事はしない。


 しかし、不動の思い描く結末が成る事はなかった。


「もう少し、穏やかな再会を予想してたんだけどな」


 この場にいる誰とも違う、女性の声。

 不動の背後に位置する入り口から響いたその声。


 それと同時に、入り口付近にいたモートの部下五名が、音も無く倒れた。


 不動は倒れたまま、首を巡らせてそちらを見る。

 そこにいた人物。

 その姿を目にし、驚愕に表情を引きつらせた。


 声の主に対し、モートの部下たちは殺到する。


 声の主は抜き身の剣を振るい、迫り来る部下たちを近づいてきた順に斬り捨てる。

 剣を打ち合う事もなく、しかも的確に相手の急所だけを斬りつけていた。


 不動は動揺を隠せなかった。

 しかしその最中にも、彼の行動が鈍る事は無い。


 襲撃者に戸惑うモートたちの隙を衝き、靴に隠していた投げナイフを手に取る。

 自分の頭にクロスボウを突きつけていた男の手を狙ってそれを投げつけた。


「ぐ、あっ!」


 ナイフは手の甲に刺さり、男はクロスボウを取り落とす。

 それが落ちる前に掴み、付近にいた別の男を狙い打つ。


 剣を持っていたその男の腕にボルトが刺さる。


「……っ!」


 すかさず怯んだ男へ体当たりをし、剣を奪い取る。

 そして、剣の腹で相手の鎖骨と喉を狙って二撃。

 殺さずに、相手を無力化する。


 一瞬の出来事であった。

 しかし、そんな不動の行動にモートたちは気付く。


 モートは後ろへ下がり、部下たちはすぐさま不動を狙って動き出す。


 襲い来る男たちを相手に、不動は剣を振るう。

 剣の腹で打ち据えていく。


 嘘だ!

 嘘だ!

 嘘だ……っ!


 その最中、不動の心の中ではそんな叫びが響き続けていた。

 体を苛む痛み以上の動揺が胸に渦巻く中、不動は部下たちを倒しながらモートへ迫る。


 そしてついにその刃がモートへ迫る時、彼はようやく自らの剣を抜いた。


 不動の一撃を剣で防ぎ、そして……。

 そんな彼をいつの間にか背後へ回っていた声の主が斬りつけた。


「く、そぉ……!」


 モートは苦悶の表情で呻き、倒れる。

 そのまま事切れた。


 その場で立っている人間は、不動と声の主だけになった。


 不動は剣の切っ先を声の主……。

 その首へ向ける。


 あと数センチで刃が首へ届く距離。

 そこに剣を突きつけられながら、声の主は何の恐れもない様子で佇んでいた。


「おまえは誰だ!」


 不動は声を荒らげる。


「忘れたのか? 私は、ジェシカだよ」


 彼女の言葉通りだった。

 右目に眼帯をしてはいるが、間違いなく彼女はかつて共にあったジェシカと同じ顔をしていた。


 あの日見た彼女と同じ、快活な笑顔が向けられている。


「少しは剣の腕が上がったじゃないか」

「黙れ! ジェシカは死んだ!」

「私もそう思っていたよ。でも生きてた。だから、少しは喜んでくれよ。私は、おまえとまた会えて嬉しいんだから」


 不動はしばらく剣をその喉元へ突きつけていたが、やがてその刃を下ろした。

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