全身が筋肉で脳だから賢い
翌日、俺はヴァイスと共に再び庭園を訪れていた。
もちろん目的はルーゲインが召集するという、七人の管理者との会談だ。
ただ先に言われていた通り、移動した先は緑が溢れる庭園ではなく、それを覆う壁の二階部分に相当する一角から、内側へと突き出すように設けられたバルコニーのような部屋だった。
手すり越しに、庭園全体が一望できるほどの高さがあり、反対に下からではこちらを覗き見ることはできないらしい。
まさに特別な部屋、というワケだな。
天井から吊り下げられたランタンのような明かりがぼんやりと光を灯し、少し薄暗い雰囲気がある部屋の中心には丸いテーブルと、七脚のイス……俺の分を追加して八脚が用意されていた。
座るのは当然、みんな【人化】したインテリジェンス・アイテムである。
すでに席はひとつを除いて埋まっており、その半分が初めて見る顔だ。
事前に聞いていた情報と照らし合わせてみよう。
白いレイピアを腰に差した白髪美少女……【白龍姫】ヴァイス。
黄金のガントレットを装着した金髪の美少年……【極光伯】ルーゲイン。
炎の模様が入った扇で顔を隠す赤髪和装少女……【紅翼扇】クレハ。
黄色い大きな全身鎧で中身が入っているのか怪しい……【鎧王】ゲンブ。
氷で象られた狼の彫像に腰掛ける紫髪の美女……【幻狼】名前は不明。
エメラルドのような指輪を中指に嵌めた緑髪の青年……【嵐帝】ジン。
空席がひとつ……きっと庭園の創造者【真月鏡】の席だろう。
そして、八人目がこの俺。
白いコートを纏う大天使ミラちゃんの姿をした【魔導布】ことクロシュだ。
俺を除けば七人の管理者のうち、六人が揃っていた。
まだ【鑑定】を試していないが、誰もがレベル百を超えているのは雰囲気からでも察せられるな。
どんなスキルを持っているかもわからないし、なにより今から味方になるかも知れない相手に【鑑定】は無礼だろう。
好奇心を抑えて、ひとまず対話から始めよう。
まあ、進行役はルーゲインに任せてあるけどね。
「まずは集まって頂き感謝します」
「御託はいいから、簡潔に用件のみを言え」
「そーだな、なんで今さらオレらを呼んだんだ? ま、予想はできっけどよ」
氷の美女と、指輪の青年が俺に視線を向けた。
いや、参加者のうち、大半が俺に注目している。
普通はそう勘繰るよな。でも……。
「彼女が管理者に加わる、という話ではありませんよ」
当然だ。七人の管理者なんて面倒で中二な集団に加わりたくはない。
ルーゲインが否定すると、氷の美女が怪訝そうにまくし立てる。
「なに? ならば何者だ? なぜこの場にいる?」
「おいおい落ちつけよ【幻狼】の姐さん、それを説明するって話だろ?」
「黙れ【嵐帝】、お前は口を挟むな」
「へいへい」
いきなり険悪な雰囲気だ。
特に【幻狼】は、妙に不機嫌な様子に思える。
口調が厳しいのは素だとしても、俺を見る目が異様だ。
気になるけど説明はすべてルーゲインに任せてあるので、俺は黙っていよう。
「すでに知っている方もいますが、こちらの女性はクロシュさんと言います。ですが僕たち的には【魔導布】という名の方が通りがいいでしょう」
俺を知らない四人の反応は様々だったが、顕著なのはやっぱり【幻狼】だ。
「そうか、やはりお前が【魔導布】か……」
「ご存知だったのですか?」
「……いいや、気のせいだ」
えぇ……明らかに知ってた風だったでしょ。
わかりやすい誤魔化しでも、【幻狼】は澄ました顔で視線を受け流す。
ま、まあ本題がまだだったから、話を進めるにはいいけど。
「んで、その伝説の【魔導布】を紹介するためだけに、オレらを呼んだってわけじゃねーんだろ?」
「ええ……率直に申し上げましょう。現在、僕たちが進めている計画への協力をお願いしたいのです」
「くどいな。それは前に断ったはずだろう」
ここまで黙り通していた大きな鎧から、低く唸るような声が響く。
前、というのは魔獣事変のことだ。
そう……この場に集まっているルーゲインを除いた五名はみんな、やつの誘いを蹴って武王国の企みに加担しなかったのである。
正直、その点だけを取ってもルーゲインなんかよりも好感度は高いね。
「いいえゲンブさん、実は状況が大きく変わりました。もはや戦争を起こすといった、誰かに危害を加える意図はありません」
「どういう意味だ?」
「そのままです。こちらのクロシュさんとの戦いに敗れ、今の僕は彼女に従う形で動いているのです」
「ほう、ルーゲインに勝ったのか。【魔導布】の伝説ってのはマジなんだな」
「あの噂ってホントだったんだ……」
ぽつりとクレハが呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
ずっと顔を隠しているので会話に加わるつもりはないのかと放っておいたが、ちゃんと聞いてはいたらしい。
それでも、やはり口出しする気はないようだが。
「それでは、進めている計画とはなんなのだ?」
「はい、僕たちは共生装者保護計画と呼んでいますが――」
ようやく本題に入れた。
ルーゲインは俺たちが村を作り、そこへインテリジェンス・アイテムへ転生したものの身動きできない者たちを保護し、さらに並行して装備者も確保し、可能であればパートナーとなって村で暮らして貰う計画を説明する。
詳しい村の位置や、状況などは伏せておく。これらは機密情報なので、協力を約束してくれた相手でなければ教えられない。
可能性としては低いと思うが、万が一にも村を襲おうなどと妙な気を起こされては面倒だからな。
そして、装備者の確保が難航している現状までを話し終えた。
「今のところ僕とクロシュさん、ヴァイスさんが計画に携わっています」
「……ヴァイスってのは誰だ?」
「我のことだ。今後は我をヴァイスと呼んで貰いたい」
まだ名前を教えてなかったのか。
いや、そういえば滅多に集まらないんだったな。なら仕方ない。
「んじゃあ、ここにいる七人のうち、すでに三人が組んでるってわけか」
「直接的な協力は無理でも、知恵や知識を貸しては貰えませんか?」
「むう……つまり目的は変わらず、手段だけ変えたということだな?」
「そうなります」
俺はこっそり全員の反応を窺う。
クレハはまだ顔を隠しているし、誰もそれに触れないのがちょっと心配になってきた。あの子、この集まりでも孤立してたのか?
【幻狼】はあれから興味なさげに、腕を組みながら黙しているので期待はできないだろう。兜のせいでまったく表情が読めないゲンブも同じく。
言葉使いが荒いジンは飄々とした態度でも、割とマジメに聞いてくれているが。
「わりぃ、オレはパスで」
「こちらも同じだ」
ジンと、続いて【幻狼】はあっさり断った。マジか。
もちろん、それで終わらせるほどルーゲインは愚かじゃない。
「理由をお聞きしても?」
「大したモンじゃねえよ。ただ都合が悪くてな。それに知恵や知識って言われてもオレは頭を使うのは苦手なんだ。だからパスするわ」
意外ともっともな理由だった。
あまり乗り気ではないみたいだし、こうなるとジンを頼るの難しいだろう。
「私は単純に興味がない」
【幻狼】は、なんというか我が道を行くって感じだな。
相応の利益でもないと、興味すら湧かないらしい。
残念だが、この二人に関してはどうしようもなさそうだ。
「では、ゲンブさんはどうです? 以前は方法に難色を示していましたから、今なら良い返事を聞けると思っていたのですが……」
「……少し考えさせて欲しい」
「そうですね。急な話ではありましたから、時間は必要でしょう」
相変わらず感情を見せない鎧だが、保留ならば希望はありそうだ。
少なくとも、興味がない、よりはずっとマシだった。
「あー……なあ、これで話は終わりならよ、もう戻っていいか?」
「こちらもだ。この後も忙しくなりそうなのでな」
「無理に引き止めても意味はないでしょうからね。伝えるべきことはすべて伝えましたし……では、本日はありがとうございました」
「おう、じゃあな」
「また会おうぞ」
そうしてジンと【幻狼】は、さっさと帰ってしまった。
なかなかの自由人だったが、敵対する意志がないと確認できただけでも良しとしよう。
残るのは保留中のゲンブ……あ、あとクレハか。
「赤……クレハさんはどうですか?」
僅かに迷ってルーゲインは名前で呼ぶ。
『赤さん』よりは、名前のほうがいいと言っていたので構わないだろう。
ただクレハは、なぜか扇で顔を隠したままである。
いや、恐らく原因はヴァイスと顔を合わせ辛いとか、そんなところだろうけど。
「ア、アタシは……白、じゃなくて、ヴァイスがどうしてもって言うなら……」
ごにょごにょと扇の向こう側から声が漏れ聞こえる。
ヴァイスから友人ではないとバッサリ切られたのに、怒っているどころか頼られるのを待っている節が見られるな。
それほどヴァイスに執着しているのだろうか。
と、なれば……。
〈ヴァイス、クレハに協力するよう呼び掛けなさい。……なるべく優しく〉
「赤、貴女の力が必要です。協力してくれますか?」
こっそり【念話】で指示を出すと、意図を理解したヴァイスはそう声をかけた。
効果は、劇的だ。
スッと扇を畳むと、実に嬉しそうなにやけ顔が現れる。
「ま、まあヴァイスがそこまで言うならっ、アタシが手伝ってあげるわ!」
ちょろい。ちょろ過ぎるぞ。
逆に不安な気もするけど、これでも管理者に選ばれたひとりだ。能力的に考えるなら大きな力となってくれるだろう。
今後はヴァイスに、クレハの舵取りを頼むことになりそうだ。
ルーゲインも似たような感想を抱いたようで、目を逸らしつつ話を進める。
「これで僕たちの仲間は四人となりましたが、肝心の解決策について具体的な案は出ていませんね」
「他の方々にも意見を募ってはどうです?」
庭園を見下ろすと、結構な数のインテリジェンス・アイテムがいる。
彼らは全員が転生者で、この世界でどのような形であれ生きているのだ。
ひとりくらいは、妙案を思い付くかも知れないと思うだが。
「警備上の観点から、あまり村の存在を広めたくないところですが……」
「……それもそうですね」
うっかり口を滑らせ、どこぞの悪党が聞き付けたら村が狙われるからな。
この庭園にいると忘れそうになるけど、インテリジェンス・アイテムはとても希少な存在であり、高値で売れるのだ。
それに同じ転生者とはいえ自分以外に興味がない者だっているだろうし、この人数に公表すれば、そういう輩が出てくる可能性は高いだろう。
じゃあジンたちに話したのはどうなのかと言えば、元々ルーゲインがスキルによって信用できる相手を抑止力として選んでいるので心配はない。
ルーゲインを鑑定したところ、たしかにスキル【浄眼】は人の心を見透かし、黒と白の色によって悪人と善人を区別できるものだった。
ただ判別は大雑把で、本人にそこまでの悪意がないと効果は薄いらしい。
なんでも、自分の手で盗みを働く悪人と、盗人に情報を流す悪人では、罪の意識に差があるのだとか。
つまり小さな悪行でも、大きな罪悪感を抱えていれば黒く染まってしまう。
なのでルーゲインがそのスキルで悪と断ずることができるのは、疑いようのないぐらい真っ黒い判定が出た時だけである。
その点、この場に集まったのは白寄りという珍しい部類らしい。
俺も含まれているのは、きっと普段の行いがいいからだな。
「ではもうひとりの【真月鏡】はどうなのでしょう?」
「彼女は基本的に中立で、この場を提供するだけですからね……」
彼女、ということは女性なのか。
なんにせよ本人がイヤだと言うのなら、どうしようもない。
となれば、残るはゲンブのみか。
見た目からして肉体派って感じだから、あまり期待はできなさそうだ。
そう思いつつ視線を移せば、どうもゲンブはなにか悩んでいるようである。
「では僕たちも解散としましょう。ゲンブさんは次回までに返事を――」
「ひとつだけ……」
お開きにしようとしたルーゲインの言葉を遮ったのは、ゲンブだ。
「ひとつだけ質問がある」
「なんでしょうか?」
「いや、ルーゲインではなく【魔導布】にだ」
え、俺?
対応はすべてルーゲインに任せようとしていたので不意打ち気味だ。
「ルーゲインは【魔導布】に従っていると聞いた。そちらのヴァイスが率いている様子でもない。ということは、あなたが計画のトップなのだろう?」
「……そういうことになっていますね。あとクロシュと呼んで結構ですよ」
「わかった。ではクロシュに質問をしたい」
思ったよりも理知的で焦る。実はインテリ系ってオチだったのか?
鎧の中に詰まっているのは筋肉ではなく脳だったと。いや、脳が筋肉でできているという言葉もある。つまりゲンブは全身が筋肉で脳だから賢い――。
ええい、落ち着け!
「計画については理解した。だが、その目的はなんなのだ?」
目的……だと?
思っていたよりも簡単な内容で安心した。
てっきり、もっと難しいことを聞かれると身構えていたのに。
例えば村を維持するのに必要な資金の運用法だとか、集めた装備者を養うのにかかる費用の試算はどれほどとか、そういうのだ。
その辺の小難しい話は、ノブナーガとルーゲインに任せてあるからね。専門的な質問はそちらを通して欲しい。
ともあれ、俺に答えられる範囲であればいくらでも教えてやろう。
「目的は保護ですね。……ん? これはさっきも言いませんでしたっけ?」
「言い方を変えよう。なぜ保護するのだ?」
「なぜと言われても、そうしなければならない状況ですからね」
「……では保護をしたら、その後はどうするつもりだ?」
質問はひとつじゃなかったのか? という無粋な返事は抑える。
「必要がなくなるまで生活を支援するでしょうね。それからどう生きるのかは、本人たち次第ですが」
「つまり、なにかに利用するといった裏はないと?」
「……なるほど。そのように邪推していたワケですか」
どうやらゲンブは、保護したインテリジェンス・アイテムと、集めた装備者を使って悪用するのではないかと疑っているらしい。
まったくもって心外だ。
「ゲンブさん。僕が言うのもなんですが、クロシュさんに裏はありませんよ」
「なぜ言い切れるのだ?」
「なぜなら僕を殺そうとした間際、転生者には幼い子供たちも含まれていると知って思い留まるほどですからね。言わば僕は、そのために生かされているんです」
うむ、間違ってはいないな。
「それと僕たちが、こういった姿になるのは各個人の意志が影響している、という仮説を耳にしたことはありませんか?」
「ああ、武器型は争いを好む性格の者が多いというあれか」
初耳だな。そんな気はしていたけど。
言われてみればヴァイスは攻撃的……いや転生者じゃないから関係ないか。
「僕もゲンブさんも、クロシュさんも防具型です。それぞれ考え方に差はあったとしても、なにかを守りたいという想いは共通しているのでは?」
「…………」
ほほう、ゲンブも護りたいなにかがあり、あの堅牢で重厚な全身鎧は、その意志が形となって表れたということか。
俺が布の防具なのは、幼女を優しくそっと包みたいからってところかな?
なるほど、似ている!
「わかった。それならば、あと二つだけ聞かせて欲しい」
「なんですか?」
「その村には、どれほどの許容量があるのか。そして安全性は……あ、住み心地はどうかも聞いておきたい」
ちょっと妙な質問だったが、そのくらいは俺にも答えられる。
「現状では、村に百人近くは住める状態ですね。もっと増やすことも可能です。安全性とは治安という意味でしょうか? それなら警備として信用できる騎士が常駐しているので心配ないでしょう。住み心地は実際に住んで貰わないとなんとも言えませんが、多少の不便はあるはずです。その辺りは要望を聞いて、これから改善すればいい話だとも思いますが……」
「……騎士が警備に? 想像していたよりも大がかりなんだな」
「クロシュさんに大貴族とのコネがあったから可能なことです。普通だったら百人も受け入れる場所を秘密裏に作るなんて無理ですからね」
だから戦争を起こしてまで国を造ろう、なんて発想に至ったのか。それはそれで極端だが、思うにルーゲインは武王国のいいように使われていたんじゃないか?
もう終わったことだから、どうでもいいけどね。
「……だいたい把握できた。それなら俺もクロシュを信用するよ」
「ありがとうございます。ところで、その口調は……」
「偉そうにしていて悪かったと思う。こうしないと舐められるって助言されていたんだ。でもまあ、やっぱり話しづらくてさ……」
途中からは完全に素に戻ってたな。
こうして話しているとゲンブという名の通り堅物な印象だったのが、ちょっと頼りない青年という感じがする。
「あとクロシュも、俺のことはゲンブって呼び捨てでいいから」
「わかりました。それで先ほどの質問はなんだったのでしょうか?」
まるで村に移住できる人物に心当たりがあるかのような口振りだったからな。
「ああ、実は俺が匿っているのが十人いて、多分もっと増える」
「増えるというのは? というよりも匿う?」
「……奴隷として捕まっていた異世界人なんだよ」
俺の読みは正解で一気に問題解決へと近付いたかに思えたが、同時に新たな問題が明るみとなった。
ヴァイスを美少女、クレハを少女と区別していますが
クロシュの身内贔屓で実際はクレハも美少女だと思ってください。




