フフフ
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますです。
クロシュたちが黒い翼を羽ばたかせて空を駆けて行くのを見送ったノブナーガとネイリィは、予定通り城塞都市の東側から接近すると衛兵隊に接触を図った。
現状では魔獣の侵攻を南側で食い止めてはいるものの、それが魔獣の指揮者が意図してのものなら、総攻撃時には東西だけではなく北側まで覆い尽くされ、城塞都市は魔獣という濁流に呑み込まれる形になると予想された。
もちろん、それを阻止するためにクロシュたちを行かせたのだが、少しでも時間を稼ぐに越したことはない。
そのためには衛兵隊の協力が不可欠だった。
「お前たちの指揮官はどこだ!」
「な、なんだあんたら! どこから来た!?」
「私はノブナーガ・グレン・エルドハート。非常事態を察知して駆け付けた。すぐに指揮官と話がしたい。どこにいる?」
「な、なに!?」
まずノブナーガは、比較的被害が少ない東側で陣形を組んでいた衛兵たちに声をかけて指揮官に接触を図るが、これが失敗だった。
この緊急時に突然の来訪であり、おまけにそれが行方不明と噂になっていたエルドハート家の当主ならば混乱するのも無理はなかったのだ。
ノブナーガの衣服は薄汚れ、髪もヒゲも乱れていたため、第一印象がどさくさに紛れた不届き者であると勘繰られたのもマズかった。
というのも末端の衛兵では、当主の顔を覚えていないのである。
形式としてはノブナーガが城塞都市を治めている領主となるが、広大な領地を預かる大貴族の大半は、各地方を臣下の貴族たちに任せている。
つまり城塞都市を実質的に治めているのは別の者なので、領地経営に携わる地位の者でもなければ当主の顔など知らないのだ。
時と場合によっては知らなかったで済まされないところだが、そんなことよりも急がなければならないと再三に渡ってノブナーガは尋ねる。
「居場所だけ教えてくれればいいんだ!」
「こっちも忙しいんだ! あれを見てわからないのか!」
などと言われても魔獣は南方面で押し留めており、こちらは余裕がある。
だからこそ話しかけたのだが、どうやら相手が悪かったとノブナーガは憤る。
衛兵たちは、襲撃する魔獣を前にして浮足立っていたのだ。
「くっ、ここまで強情だとはな」
「アナタ、少し落ち着いて」
元より交渉事に向いていないノブナーガを補佐するのは、妻であるネイリィの役割でもあった。
なにより彼女は、有無を言わせぬ迫力を持っている。
「貴方たち、仮にこの人がエルドハート家の当主だとしたら、そんな態度で本当に良いのかしら?」
「なにを……」
「例えばの話だけど、無事に魔獣を追い返せたとしても後でまともに相手にされなかったと愚痴を漏らせばそれだけで貴方の首が飛ぶのよね。だとすれば冷静に考えて、確認だけでもすべきじゃないかしら?」
迫力というより脅迫だった。
しかし効果は覿面で、ようやく上司に確認を取る気になったらしい。
仲間に見張っているよう命じると、慌ただしく駆け出した。
「初めからこうすれば良かったのよ」
「今回は仕方なしか」
「アナタが特権を振りかざすのが好きじゃないのもわかるけれど、使えるものは使う時のためにあるのよ」
「それは、どっちの意味で言っているんだ?」
「フフフ」
はぐらかされたノブナーガだったが、言葉の意味はちゃんと理解していた。
ふと、娘と恩人は上手くやっているだろうかと魔の森を眺めてみれば、遠くで激しい閃光が放たれたのを目撃する。
それも地上ではなく、空中であれば、二人になにかあったと察せられた。
様々な不安がよぎる。
だが任せてくださいという言葉にノブナーガは頷いたのだ。
ならば無事を信じようと、自身のすべきことへ意識を切り替えた。
なにが起きた?
大地に突っ伏している現状に、ただ疑問だけが湧き上がる。
それまで意識を失っていたのか、はたまた記憶が飛んだのか、こうなった経緯がまるで理解できなかった。
とりあえず異常はないか調べると、ミリアちゃんの体にケガどころかHPの損耗すらないとわかって安心する。
だが【合体】の最中は常に感じられる、心の内にある存在の気配が弱々しい。
落ち着け……ミリアちゃんは気を失っているだけだ。
問題は、原因がなにか。
体を起こして周囲を見れば魔獣の影すら見当たらない。
というか、ここはどこなのかも曖昧だった。
遠くに城塞都市と魔の森が窺えることから大体の位置は把握できるが、まっすぐ森へと向かって飛んでいたというのに大きく逸れている。
そう、俺は新しく取得したスキル【黒翼】で飛んでいたはずだ。
幼女神様の指示で取得したのは、以下の通り。
【属性付与・風】
装備者の武器に風属性を付与する。
【飛翔】
風属性の魔力を放出して指定方向へ飛ぶ。使用中は莫大なMPを使用する。
【空中機動】
天空を自在に翔ける。使用中は莫大なMPを使用する。
【属性付与・月】
装備者の武器に月属性を付与する。
【黒翼】
黒色の翼を現出させる。装備者を大幅に強化し、空中機動の消費MP軽減。
最初の【属性付与・風】を取得すると現れたのが【飛翔】で、このあと更に連続して【空中機動】が出たので取得。
次に【属性付与・月】を取ると、最後に出現したのが【黒翼】だ。
実際に使用しなくても推測できる通り、中二感の溢れるスキルである。
だがしかし。
とても、かっこいい、すきるだよー。
という幼女神様の導きなので抵抗など無意味なのだった。
俺はいったいどこへ向かっているのか……。
でも内容からして有用なのは違いないからね。うん。
ちなみに、これによって残りSPは447から388まで減少した。
そして【合体】したら、なぜか同時に【進化】が始まり、俺のイメージカラーだった白が黒へ、ミリアちゃんは魔法少女へ変身したのだ。
【進化】に関しては前に幼女神様から聞いていた通り、レベルが100を超えたことで可能になっていたのだろうが、今回は勝手に行われたのが気になる。
色や形といったデザインも俺の強い意思とやらの結果っぽいけど、明確なイメージなどなかったので無意識なのだろう。
とすれば、やはりこれが俺の選択なのか。
とにかく俺はスキルによって空中を移動していた。
【黒翼】ありでも魔力の消費が大きいので長時間の飛行は難しいけど、このくらいの距離なら負担にならないし、魔獣を無視して指揮者を探せるのも大きな利点だった。
指揮者の居場所はわからずとも、この近辺にいなければ総攻撃のタイミングを図ったり、合図を出せないだろう。ならば身を隠せて安全だと思われる魔の森内部が怪しいと感じて直行するつもりで……。
そうだ、ようやく思い出した。
不意に【察知】が凄まじい敵意を感知したので【防護結界】を展開すると、眩い光に包まれて、その直後なにかに弾かれるように吹っ飛び……。
気が付いたら墜落していた。
その際の衝撃でミリアちゃんは意識を失い、俺も記憶が混乱したのだろう。
あれは間違いなく俺を狙った攻撃だ。
誰が、とは考えるまでもない。
高速で接近する、そいつが答えだ。
「やはり、この程度では大したダメージになりませんか」
「ルーゲイン……」
見上げれば、両手に装着した黄金のガントレットから輝く魔力を放出してゆっくりと着陸する人影が確認できる。
ただ、その顔がちょっと予想していなかったので驚く。
「そいつが、お前の装備者だったのか」
「装備者? ああ、共生装者のことですか」
またおかしな単語が出たが気にしない。
「もしや、このグレイルと面識があったのでしょうか?」
金髪軽薄野郎はそんな名前だったか。興味がないので記憶にないな。
見た目もガントレットを装備しただけで変わり映えしないし。
むしろ駅での時と口調が変わっていて薄気味悪い。
「ところで、貴女の共生装者も随分と可愛らしいですね」
「お前に褒められても寒気が走るだけだ」
どんな経緯で出会ったのかは知らないが、ルーゲインに協力しているのなら金髪野郎は武王国と関係でもあったのだろう。
ならば遠慮なく……。
「では本題に入りますが、降伏して貰えませんか?」
「……なにを言っている?」
先に攻撃を仕掛けておいてよく言えたな。
こちらは欠片ひとつも残らず燃やして滅却する気だというのに。
「先ほどのは警告です。貴女をこの場に引き止めるぐらいなら、僕だけでも充分に可能だということを教えるために必要だったもので」
「引き止める?」
「ここまで単独でやって来たのなら、貴女はすでに魔獣事変について理解しているのでしょう?」
こっちの目的は筒抜けってワケか。
まあ、魔獣の指揮者がやられたら作戦そのものが破綻するんだから、そんな弱点を把握して対策を練っていてもおかしくはない。
例え普通なら大量の魔獣そのものが防護壁になるとしても、俺が来ると想定していれば事前に潜んで待ち構えるのも頷けた。
そして俺をこの場で封じれば、城塞都市はいずれ落ちる。
「時間稼ぎ、ということか」
「ええ。ちなみに魔獣を操っている者も移動させましたので、もはや僕にも居場所は把握できません。つまり魔獣を止めることは不可能になりました」
「で、降伏しろと?」
「頷いて貰えませんか」
俺の返事は、螺旋刻印杖から放たれる魔力弾だ。
だがルーゲインに直撃する前に、光の膜によって散らされてしまった。
ちっ、防御系のスキルか。
「僕も貴女ほどではありませんが防御寄りの力を持っていましてね。もちろん、それだけではありませんが……」
言いながらガントレットの指先を空へと向ける。
なにをするのか、膨れ上がる魔力から察して【防護結界】で備える。
次の瞬間には頭上から光輝く剣が降り注ぎ、しかし意図的に結界には触れず囲むようにして大地に突き刺さった。
これは動きを封じるためのものらしく、途端に全身を縛り付けられたかのような重圧が俺に襲いかかった。
「魔法とは便利でして、ひとつの特殊な力として発現されるスキルと違って、薄く広く、様々な効果を発揮してくれます。もしも魔法を持つ者と、持たない者が争えば、それだけで勝敗が決まるほどです」
恐らく俺が魔法を使えないことを知っていての言葉なんだろう。
この黒髪、無属性の証は庭園でも見せてしまっている。
だからどうしたという話だが。
「あまり舐めるなよ」
「なっ!?」
恐らく光剣から離れれば効果はないと踏み、久しぶりの【近距離転移】でルーゲインの背後へと回ると、やはり体が軽くなった。
そのまま俺を見失ったことで狼狽えている背中に魔力弾をブチ込んでやる。
「くっ!」
今度こそ命中したと思ったが、直撃の瞬間にまたしても光の膜が見えた。
それでも完全には防げなかったようで大きくよろめきながら振り返る。
「い、いつの間に背後に……」
自分の魔法にかなり自信を持っていたのもあってか、容易く抜け出した俺を見て動揺しているようだ。
だが、たしかに今の光剣は厄介だった。
もし【近距離転移】がなければ脱出は可能でも、数秒程度ならば動きを止められただろう。その僅か数秒が勝敗を別つことだってある。
俺もまた、相手を侮ったりしないよう全力で迎え撃たなければなるまい。
気を引き締めて杖へ魔力を込める。
「待ってください。もう一度、考えてくれませんか?」
「くどい」
「すでに魔獣事変は完成しています。今さら、なにをしても止められませんし、すでに勝敗は決しているのです。それに貴女を殺したくありません」
「…………」
まるで、いつでも俺を殺せるかのように言い草にイラッとする。
「そもそもミリアちゃ……エルドハート家の当主はどうするつもりだ?」
「……残念ながら、すでに手遅れです」
その言葉に思わず首を傾げる。
ミリアちゃんはここにいるし、ノブナーガも城塞都市の方へ向かっていた。
どちらも無事なのに、手遅れとはどういう意味だ?
「ではやはり……こうするしか、ないのですね」
こちらの疑問を無視して、ようやく説得を諦めたようで両腕を広げた。
その手に黄金の魔力を収束させて。
「ああ。最初から、そうしていればいいんだよ」
こいつと相容れないのは、とっくに理解していたのだから。
ならば残る方法はただひとつ。
もっとも野蛮で、もっとも暴力的で、もっともわかりやすい。
世界の理……弱肉強食ってやつで決めるしかないだろう。
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