お休みのようですね
俺がミーヤリアちゃんを選んだ理由は、かなり単純だ。
両親が行方不明である上に亡くなっている可能性も高く、そして所持している称号から察すると本人も辛い思いをしているに違いない。
なのに、周りの大人は誰が当主になるかを考えてばかり。……貴族だろうがなんだろうが、それではあまりにも可哀相じゃないか。
だから俺が少しでも心の支えになってあげようと思ったのだが……。
〈どうやら聞き間違えたようです。もう一度お願いしてもいいで〉
「お断りします」
速いよ!
それに断られるのは、ちょっと予想外である。
〈理由を聞いてもいいですか?〉
だが、これでうろたえる俺ではない。
養子とはいえミラちゃんの子孫でもあるわけだし、一度ミーヤリアちゃんを護ると決めたのだ。なにが原因かは見当も付かないがちょっとやそっとじゃ、くじけないぞ!
「信用できないからです」
〈えっ……あ、はい〉
信用って、なんだろう……俺なにかしたっけ?
あまりに予想外な答えが返ってきたので思考が停止しかける。
〈ええと、この場合どうなるのでしょうか〉
恐る恐るジェノと審査官に尋ねた。
俺が悪いわけじゃないんだけど、なんとなく色々と台無しにしてしまった感じがして罪悪感が……。
しかし、おっさんらも想定外だったのか言葉を失っている様子で、俺の【念話】にハッと反応する。
「そ、そうですね……本人が辞退するのであれば仕方ないでしょう。装備できた者はいない事として選定をやり直し……」
「いいや、それは認められない」
「ですが審査官殿……」
「この選定の儀は皇帝国より正式に認可されて行われている。私がこうして立ち会っているのも、その為だからな」
だから俺を装備できる以上は伝統に則り、本人が拒否しても当主とされる。
というわけか。
でもなぁ……俺としても、いったいどうしたものか。
別に当主とかは別にどうでもいいんだけど、このままだと装備してくれそうにないみたいだし。
などと悩んでいる間にも、おっさんたちの話は勝手に進む。
「【魔導布】の装備が可能かどうかが重要なのであって、当人の意思までは選定の条項に含まれていない」
「しかし……」
「これはもう決まった事だ。なにより、かの【魔導布】殿が直々に認めたのだから誰も文句はつけられまい。そうだろう?」
「……承知しました」
そもそもどうして、信用できない、なんて言われたのか。
なにか誤解があったんじゃないかな。うん。
とすると、ここはもう少し話をして互いを知るところから始め……ん?
いつの間にか現れた女の人が、来た時と同じように俺を乗せた台座をゴロゴロと移動させ始めていた。
「もう休憩は終わりでいいだろう。選定の儀にて、改めて宣言して頂く」
ああ、ミーヤリアちゃんとお話がしたかったのに……。
というか、またさっきの大勢の前に行くの!? しかも俺が宣言するだと!?
ちょっと聞いてないんですけど! あそこってば、めちゃくちゃ目立つじゃないですか! 観客への説明ならおっさんらが勝手にやればいいだろ! 俺は行きたくない! やだー! 行きたくなーい!
選定の儀はつつがなく終了した。
まったく無事に、というと僅かに語弊がある。少なくとも、その者らにしてみれば、到底受け入れられる結果ではなかったからだ。すべての者が満足に終わる物事などそう多くはない。
それでも、募る不満を気取られぬよう内心に留めておけたのは、一重に彼らの信念に依るところが大きい。
「まったく、どうしてこのような結果になったのか」
「むふぅ……悔んだとて仕方ないでしょうな」
「そうですね。誰にも予想できなかったでしょうからね」
この場にいるのは第二門から第四門までの現当主。
すなわちジェノトリア、ボルボラーノ、トルキッサスの3名である。
集まった観客たちに対して【魔導布】が認める新たな聖女誕生の宣言が行われ、続けて用意されていた誓約書への署名、簡易的な叙勲式等々。あとに控えていた予定をすべて終えてから、彼らは用を足しにと揃って席を離れていた。
もちろん目的は密談である。
今回、行われた選定の意義は主門を変更することにあった。だというのに目覚めないと思われていた【魔導布】の登場によって予定は大きく覆されている。
当初の計画を大幅に変更する必要性が出始めているのだ。
「だが慌てる事はない。まだ手はある」
「おお、流石はジェノ殿。それで、いったいどうするのですかな?」
「しかし少々、荒っぽくなるのだが……」
「こうなっては仕方がないでしょう。ジェノ殿、私たちは覚悟の上ですよ」
「トルクの言う通りですぞ」
「ボルボ、トルク……そうだったな」
親しげに愛称で呼び合う姿からは、たしかな信頼が垣間見えた。
「今はまだミーヤリアは簡易形式による叙勲だけで、言わば仮の当主にある状態だ。正式な任命は王都によって行われるからな」
「確か、三月ほど後でしたか……」
「仮と言っても審査官が立ち会いの下に行われた叙勲式、その実権は変わりありませんぞ?」
「うむ。だが正式に任命される僅かな期間に、当主とするには何か不都合が生じたとすれば……」
訝しげに話を聞いていた二人の顔に、疑問が氷解していく感情が浮かぶ。
エルドハート家の主門当主の条件を満たしていても、皇帝国の領地を治めるには別の条件が必須となる。そこを突けば、なし崩し的に当主の座から降ろすことも不可能ではない。
いくら伝説の再来といえど、法を無視できるほどの効力はないのだ。
「なるほど……しかし可能なのでしょうか?」
「それに関しては私が手配する。それと、もう一つ」
「まだあるのですかな?」
「ああ、クロシュ殿の扱いに関してだ」
彼らに取って、伝説の【魔導布】であるクロシュという存在は不確定要素の塊であった。子供の頃から何度も繰り返し読んでいた物語や、古い伝承の書物に記された記録から漠然とは理解しているが、では具体的にどのような力を有しているのかと問われれば、誰も答えられないのだ。
物語ではダンジョンを制覇する程の恩恵を装備者に与えていた。
記録では恐ろしい悪魔を退け、皇子の心を操る邪悪な槍すら打ち砕いた。
かつて聖女は癒しの術を始めとして、様々な魔法を操ったとも伝えられているが、もしこれも【魔導布】の恩恵だとすればミーヤリアは失われた『魔法』を習得するのではないか。
憶測でしかないものの、計画に支障をきたすことは疑いようもない。
「どうにかして退場して貰わなければならないだろう」
「し、しかし……」
「解っている。何も私は始末するなどと言っている訳ではない。【魔導布】はエルドハート家の象徴であり、起源だからな」
見栄や誇りといった部分に重きを置く貴族社会では、それらは必須であった。
「幸い、少し話をした限りでは性格は温厚で、我々と同じ常識を持っている。ミーヤリアに拒絶されている今なら、上手くすれば理解して貰えるだろう」
「しかし我々が近付けばミーヤリアの方が警戒するのではないですかな? ただでさえ……」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
ボルボラーノの言葉を遮り、トルキッサスが理解の色を示す。
地味な印象が強いが頭の回転は悪くないのだ。
「確かに、これは少し乱暴なやり方になりそうですね」
「……私は出来ると信じているがな」
「むうう、私にも分かるようにお願いしますぞ」
「簡単な話ですよ」
代わりに口を開いたトルキッサスは、そこで一拍置くと。
「あの子らに動いて貰うのです」
自分の娘を思い浮かべながら、苦笑混じりに答えた。
ああー。あああー。あー。つーかーれたぁぁぁー……。
結局あれから挨拶させられるわ質問攻めにされるわでホントに大変だった。
てきとうにあしらったけど、もうマジで無理です。そういうのやめたげてよぉ。
こっちは見ての通りただの防具なんだ。腹の探り合いみたいなドロドロしたのは人間たちだけでやってろください。お願いします。俺はミーヤリアちゃんとキャッキャウフフしていたいのです。
ってそうだよ、ミーヤリアちゃんだよ!
もう選定の儀とやらが終わってから丸一日は経過しているというのに、まだ話もできていないぞ。
その間の俺といえば大広間の一角に展示されていただけだ。
これは元々お披露目として予定されていたみたいだし、当主になる際には面倒な手続きとかあるみたいだから、多少はしょうがないと納得していたけど、そろそろ誰か迎えに来てくれてもいいんじゃないだろうか。
それと……ここはどこなんだ?
白いモヤみたいなのが立ち込める広々とした場所に、俺は浮いていた。
宙にふわっふわっと浮いているのだ。それもおかしいけど、どうやってここへ来たのかが思い出せない。気がついたら景色が変わっていたとしか言いようがないからだ。
現実感のなさから夢かもと思ったが、そもそも俺は眠らない。
この体になってから意識を失ったのはMP切れを起こした時だけだ。特になにもしていないのだから、それはあり得ないはず。
じゃあ現実として、俺はここに移動した……?
わからない。あまりに突拍子がなさすぎる。
空を仰げば満点の星空が一面に広がっている。
次に遠くを眺めれば、地平線の上に白くて小さい四角っぽいなにかが見えた。
建物だろうか。ひとまず、あそこへ向かうしかなさそうだ。
幸いにも浮いた体は、自分の意思で自由自在に動かせた。
傍目に見たら布が宙をふわっふわっと移動するホラーな光景を展開しつつ、遠くにある物体に向かう。
移動がふわっふわっなので、これは時間がかかりそうだとげんなりしそうになった時、いつの間にか白い壁が目の前に現れていた。
恐らくは目指していた場所なのだが……瞬間移動したのかな?
やけに冷静な自分に少し驚きつつ、壁を回り込んでみると巨大な穴を発見する。
なるほど、これは城壁みたいだ。
穴に見えたのが城門で、どうやら開放されているらしい。
勝手に入ってもいいのだろうか。
「おい、入らないならどいてくれ」
唐突に背後から声をかけられ、慌てて振り返ると奇妙な光景が視界に入った。
宙に浮かんだ鉄兜がゆらりゆらりと、こちらへ向かって来ていたのだ。
今のはこれの声だったのかと悩むヒマはない。どちらにせよ怖いので脇に避けると、鉄兜は俺を気にした風でもなく、そのまま城門をくぐって行った。
なんなんだ、あれは。
しかし『入らないなら』などと声をかけたということは、俺が入っても問題なさそうではある。
……行ってみるか。
どちらにせよ、他に行くアテなどないのだ。
門をくぐり壁を越えた先は、またもや奇妙な光景に満ちていた。
そこには予想した城などはなく、代わりに緑の溢れる庭園と、どこからか流れゆく清流、ドーム状の屋根をした西洋風の東屋に……そこかしこで浮かぶ物体。
ざっと眺めただけでも剣、槍、斧、盾、杖っぽいの、鈴みたいなの、兜、篭手、本、紐が付いた菱形の宝石、ただの鎖……などがふわっふわっしていた。
中には東屋内のイスに座って談笑しているような姿もある。時折はっきりと声が聞こえてくるので、どうやら間違いない。
この場に集まっているのは、みんなインテリジェンス・アイテムだ。
言わばインテリジェンス・アイテムの集会といったところか。
問題は、なぜ俺がそんなところにいるのかだが……。
「ひょっとして新人君かな?」
そう声をかけてきたのは片眼鏡みたいなやつだった。
やはり浮いている。
〈新人というのが、なにを差すのかがわからないのですが……〉
「まあ、ここが初めてなら新人だよ」
だから、それがなにかと聞いているんだよ。
「それで、君は初めてなんだよね?」
〈そうですけど、ここはどこなんですか?〉
事情に詳しそうなので黙って続きを促すに留める。
「まあまあ落ち着いて。その前に言っておくことがあるんだ」
こほんっ、と片眼鏡はワザとらしい咳払いをひとつする。
「ようこそ、七星幽界へ!」
……それ言ってて恥ずかしくない?




