表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第1章「受け継がれちゃう伝説」
32/209

そろそろかなー

 そんなわけで結局、暗黒つらぬき丸は置いて行くことにした。

 考えてみれば奴がどれだけの力を持っていたとしても装備品である本質は覆せず、すなわち誰かに装備されなければ本領を発揮できないのだ。

 あの場には皇子も一緒に置いて来てしまったが、身動きできないほど雁字搦めにしたので大丈夫だろう。

 他には、あの商人が転移の魔法陣を使ってこちらへ来るのを警戒したが、あいつもステータスをみた限りでは転移するのにMPがまったく足りていない。

 そもそも、あの転移を使えるほどのMPを有しているのは俺と、暗黒つらぬき丸くらいだろうな。

 ミラちゃんどころかレインですら必要量に届かないのだから、どれだけ膨大な量を使用するのかを窺い知れる。


 以上のことから問題はないと判断して、俺とミラちゃんが移動すること数分。

 すぐに鉛色をした重圧な扉の前へと辿り着いた。

 この先に、例の『鏡』があるのだろう。


「では……開けますね」


 若干、緊張した面持ちでミラちゃんは扉に手をかけた。

 ゆっくりと押せば鈍い音を響かせながらも、大した抵抗もなく開いていく。


「……ちょっと暗いですけど、このくらいなら見えますね」


 俺の【暗視】が機能しているおかげもあるのだが、どうでもいいか。

 開き切った扉の奥は、それほど広くない空間が円形に広がっていた。

 ダンジョンの最奥部にしては簡素な造りで、壁や天井にしても装飾すらない。

 唯一、そんな部屋の中央に鎮座する一枚の丸い鏡が異彩を放っていた。

 全身を映せるほどのサイズで、姿見という奴だろうか。埃から保護するカバーのようなものは存在せず、剥き出しの状態である。

 そのせいなのか、どこか古ぼけた印象を覚えるのだが、同時に奇妙な美しさが感じられた。古代の美術品みたいなものか。

 よく見れば枠が金色に輝いている。これは真鍮かメッキか……たぶん黄金なんだろうな。波や渦のような模様が掘られているのと相まって、なんとも怪しげな雰囲気である。

 なにも知らずに、姿を映したら呪われたり魂を抜かれる、などと言われたら信じてしまいそうなほど不気味だが、ミラちゃんは恐る恐る正面から近寄って鏡面を覗き込んだ。

 そこには、俺を装備したミラちゃんがいた。特になんともないようだ。

 これだけならただの鏡に思えるが、本質は違うのだろう。


〈ここで質問をすれば答えてくれるのでしょう……ミラ、どうしますか?〉


 彼女がなにを求めて、このダンジョンへ挑んでいたのか俺は知らない。

 聞く機会はあったけど無遠慮に尋ねるのはよくないと思っていたからだ。

 誰にだって知られたくないことがある。現に俺だって【転生者】という秘密を抱えているわけだからな。

 だから、ここで俺が聞いてしまっても良いものか……判断は彼女に任せよう。


〈もし聞かれたくない内容でしたら、私をその辺に置いてくれても……〉

「いえ、大丈夫です。だって……今はまだ、この鏡を使いたくありませんから」


 どういうことかと問えば、ミラちゃんは他のみんなに遠慮しているようだ。

 ここは、本来ならパーティ全員で訪れるはずだった場所なのだ。

 抜け駆けして来てしまっただけでは飽き足らず、その目的まで果たしてしまえばミラちゃんがダンジョンへ挑む理由が失われてしまう。

 だからこそまだ使わず、みんなと一緒に訪れた時にこそ鏡を使いたいのだろう。

 今こうして鏡の前にやって来たのは、実際に存在することを確認しておきたかったというのが理由だそうだ。

 言われてみれば、どっかの誰かが攻略して広めたというウワサみたいな情報だけで、本当に『鏡』が実在するのかって確認できていないんだったか。

 これで鏡がなかったら、みんながどれだけ落胆するかと思うとゾッとした。


「でも、ちゃんとあって良かったです……」


 嬉しそうに顔を綻ばせているのを見て、俺も切実にそう感じた。


〈しかし、ミラはそれで大丈夫なのですか?〉


 どんな質問をする気だったのかはわからないけど、もし早めに知っておきたいことなら変に遠慮するべきでないだろう。ノットたちも納得してくれるはずだ。


「平気ですよ。私の両親からも、知らなくていいことだって言われていたんですけど……どうしても気になってしまっただけなんです」


 私ってワガママですよね、と続けて苦笑する。

 具体的な内容が不明だからさっぱりだけど、別にワガママってほどではないんじゃないかな?

 まあ家庭の事情とかありそうだから、下手なことは言えないけども。

 いやでも、ここはしっかりフォローしてあげるべきだろうか。


「なにを質問するのか、気になりますか?」


 俺が言い淀んでいるのを勘違いしたのか、ミラちゃんは楽しそう言った。


〈気にはなりますが、無理に聞き出そうなどとは考えていませんよ。誰にでも秘密はあるものですからね〉

「そんなに気を使っていただくほどの内容ではないんですけど……」


 そう呟いたミラちゃんは、なんだか申し訳なさそうだ。


「えっと、ではこうしましょう。またここへ来た時にクロシュさんにも教えるということで……どうでしょうか?」

〈私は構いませんよ〉


 むしろ、俺としては教えて貰えるだけでも嬉しい申し出だ。

 さっきも言ったけど、あの鏡を使う際には一度俺を外して貰ってもいいと提案するつもりだったからな。


「どちらにしてもあの魔法陣があれば、すぐにでも来れちゃいますけどね」


 そういえばそうだった。

 転移を使えばノットたちを連れていても、明日にはここへ訪れることが可能だ。

 もう馬鹿正直にダンジョンを攻略する必要性もなくなったわけか……。


〈……そうなると、あのパーティも解散するのでしょうか?〉


 彼女ら『鏡の探求者』は、このダンジョンを攻略するために結成したパーティなのだ。その目的が達成されたら、あとはどうするのか。

 できることなら、俺はもう少しみんなと共にいたい。一緒に冒険がしたかった。

 短い間ではあったけど、この数日は楽しかったと思う。

 それと……みんな、かわいいからな。これはマジメに重要だ。

 ミラちゃんだけなら一緒にいてくれるかもしれないけど、やはりみんながいないのは寂しい。


「私はともかく、他のみんなはどうするかはわかりませんね……でも、きっとこれでバラバラになんてならないと思いますよ。だって、この鏡は『終わり』ではなく『始まり』ですから。次の目的次第では、また一緒に協力できますよ!」


 始まり……。

 てっきり鏡は彼女たちの『終着点』だと思っていたけど間違いだったみたいだ。

 まったくの反対……ここは新たな『出発点』だ。

 なら、俺はできる限り彼女たちを手助けがしたい。

 いずれは別れの時が訪れるけど、まだまだ先の話だろう。それまで俺俺が彼女たちを護るのだ。

 そんな未来を想像すると急に寂しさは消え失せてしまった。それどころか、もっとレベルを上げなければ護りたい者も護れないぞと奮起した。

 俺に取っても、この場所は新たな『始まり』となりそうだ。




 さて少し名残惜しいが、ずっとここにいてもしょうがない。そろそろ戻ろう。

 ミラちゃんにもそう伝えると、元来た道を引き返そうと扉へ向かう。


〈ところでミラ……先ほど自分をワガママだと言っていましたが、そのワガママのためだけに冒険者になってここへ来たのですか?〉


 当然だがダンジョンはモンスターや罠、同業者の妨害と危険が多いのだ。

 自分でワガママだと言うくらいの理由で、そこまでするだろうか。


「いえいえ、最初は単純にお金がなかったので生きるのに必要な分を稼ぐためだったんですよ。ちょうど魔法の適性あるとわかったので、それなら危険も少ないかなぁ、なんて思ってましたね。まあ……すぐに考えを改めましたけど」


 後衛だろうと命を張ることに変わりはないだろうからな。

 それでも、なんだかんだで今までやってこれたのだから、意外と冒険者は向いているんじゃないかな?


「ここへ来たのは、ある程度生活が安定した頃に鏡の話を聞いからです。無理そうなら諦めるつもりでしたけど、運よくみんなと出会えて……それでっ」


 ふいにミラちゃんの言葉が途切れた。どうしたのだろうか。

 怪訝に思っていると開けっ放しの扉に向かって指を差した。


「な、なにかいませんか? あの辺りに……」


 と言われても俺の【察知】には反応がないのだが。

 しかし彼女の【直感】は無視できない。別の方法で調べられないか考えたところ、取得したスキル欄にあった【透視】が役に立ちそうだ。

 いつ取ったのかも覚えていないほど空気と化していたスキルだがちょうどいい。

 これで扉を透かすようにして、その奥を覗き見てみると……。


 あいつは……!


 俺が気付いたのと同時に奴もバレたと感付いたのか、身を隠すのをやめて扉の影から姿を見せた。


「やあ、さっきぶりだね」


 そこには真っ黒な槍、暗黒つらぬき丸を手にした……あの、例の商人がいた。

 名前なんだっけ。別にいっか。


〈……その男、どっから湧いたんだ?〉


 あの商人が槍を引き抜いたのはわかるが、しかしどうやってここに?

 改めて【鑑定】を使ってみてもMPは少なかった。これでは魔法陣で転移できないはずだ。

 それと気になるのは……あの商人、操られていない。

 どこにも【支配】の表示や、それに類するものが見当たらないのだ。


「これから消えるおまえに、知る必要なんてないでしょ」


 むっ、今さらになって【察知】が反応した。かなりの敵意を感じる。

 潜伏していることに気付けなかったのといい、どうやら奴のほうに秘密がありそうだな……【鑑定】!


――――――――――――――――――――

【ダークスティンガー】


レベル:63

クラス:魔槍

レア度:7


○能力値

 HP:800/800

 MP:120/470


○上昇値

 HP:1050

 MP:530

攻撃力:387

防御力:335

魔法力:0

魔防力:229

思考力:0

加速力:0

運命力:0


○スキル

【念話】【召喚術・上級】【悪魔の契約】【隷属の魔眼】【永続支配】【傀儡】

【隠蔽】【宣託】【隠密】

――――――――――――――――――――


 こいつ、上昇値が大幅に上がってやがる。

 ……たしか【傀儡】でステータスが下がっていたんだったな。

 それを使ってない今の状態こそが、奴の本気ってわけか。



【宣託】

 遠く離れた相手との意思疎通を図れる。相手と面識がなければできない。


【隠密】

 あらゆる索敵スキルから発見されなくなる。使用中はMPを消費する。



 この二つも、さっきまではなかったスキルだ。

 【隠蔽】で隠していたのか……いや、それはない。俺に【看破】があるから隠せないはずだが……。

 ひょっとして、新しく取得したのか?

 俺がやっているように、奴もまたSPを温存していたのだろう。

 すると……またしても目の前にある危険性を見逃したのか、俺は。

 だがまあ、それはもういい。

 危機を見越して手を打てるほど自分は賢くないなんて、これまでにイヤっていうほど自覚させられた。

 肝心なのは、どう挽回するかだ。落ち込んでいるヒマはない。


〈ミラ、ひとまず……〉

「私ならいつでも大丈夫ですよ、クロシュさん」


 言葉の終わりを待たずして返事をするミラちゃん。

 どうやら俺の意図を汲んでくれたようだ。なら遠慮せずに。


〈【合体】!〉


 本日2度目の合体を瞬時に済ませる。

 これで【支配】は無効化され、奴の能力の半分は封じたようなものだ。


〈で、今度はその商人と組んで、第二ラウンドというわけかな?〉

「ペラペラの防具が……あまり調子に乗るなよな。今度は売り飛ばすなんて言わず、この場でバラバラしてやるよ!」

「おっと、それは待ってください」


 なんだ? 商人が口出ししてきたぞ?


「彼は売り払う約束でしたでしょう。忘れてはいませんよね?」

「うるさい! そんなこと言える状況か! 分かれよバカ!」


 おほほ、いい感じに仲間割れしそうだから少し様子を見ようかな。


「やれやれ……あなたこそ理解しているんですか? わざわざ高価な魔石を使ってまで、あなたの助力にやって来たのですよ?」


 魔石って……あっ、もしかして魔石があれば魔法陣を起動できるのか?

 あれにそんな使い方があったとは、ちゃんと調べておくべきだったな。

 まあ今は面白いところだから後にしておこう。


「こうなったからには当初の報酬に上乗せして貰わないと、私としても割が合わないのですよ。ですので、まずあちらのインテリジェンス・アイテムを売却した後には、彼女らの身柄も私に任せていただきますよ」

「あれは僕のだぞ!」


 おまえのモノでもねーよ!


「言ったでしょう。割に合わないと。あの魔法陣を使うのにどれだけの魔石が必要だったと思っているんですか。そもそも、あなたが一人でも楽勝などと言うから任せたのに失敗した挙句、助けを求めておいて今さら文句を言えるとでも――」


 あっ、あいつやりやがった。


「……まったく、やっと静かになったよ」

〈いいのか? またステータスが大幅ダウンしてるぞ?〉


 【鑑定】を使ってみると、商人に【支配】の表示が浮かびあがった。

 それと同時に暗黒つらぬき丸のステータスも以前のように下降している。


「ふん、元々こいつに頼るつもりはなかったんだからいいんだよ」


 強がりを言っても、今の俺とあいつの間には大きな差ができた。

 この状態で、なにをどうするつもりなのだろうか。

 そんな俺の思考を読んだかのように商人の顔が歪んだ。


「おまえ、忘れてるだろ? 僕がどういうスキルを持ってるか」


 言いながら、槍を逆手に持ちかえ、掲げるようにして上げる。

 奴のスキルといえば……!


「気付いた? でも、もう遅い!」


 その言葉を引き金に両手を勢いよく振り下ろした。

 槍の矛先は商人に向けられており、必然として、その身を突き破ってしまう。


 まさか、あいつ本気でやるつもりか!?


 俺の中で、ミラちゃんが困惑している気配を感じた。

 それもそうだろう、敵が目の前でいきなり自殺を図ったんだからな。

 でも、これで終わりじゃない……!


 腹部から生えた槍は黒い霧を噴出し、商人の全身を包み込み始める。

 このままじゃマズイのはわかっているのだが……。

 止めようにも、すでに凄まじいまでの魔力が波となって押し寄せている。それなりに距離があるはずなのに、こうして立っていることすら難しい……!

 うかつに手を出せば、合体しているミラちゃんの肉体まで危険が及んでしまうだろう。

 結局、今はただ眺めていることしかできずにいた。


 やがて黒い霧で構成された大きな繭が出来上がると商人の姿は完全に隠されてしまい、不自然に飛び出した槍だけが確認できる。

 その槍を、内側から伸びた異形の腕が掴み、ズルリと引き抜かれた。

 空いた穴から繭にヒビが入り、破裂したかのように一気に砕ければ……舞い散った黒い欠片を浴びながら、そいつは産声をあげた。


「GUSYYYYYYYYYYY!!」



――――――――――――――――――――

原初(プライマル)の悪魔(デーモンロード)


レベル:74

クラス:魔族


 HP:2000/2000

 MP:0/0

攻撃力:1000

防御力:1000

魔法力:0

魔防力:500

加速力:100

運命力:0


○スキル

【武闘】【肉体強化】【身体変化】【生命活性】【不屈】【闘志】


○状態

憑依(召喚中)


――――――――――――――――――――



 反射的に【鑑定】を使ってしまったが、こいつマジでヤバい……。

 今までのモンスターとはまったく強さの次元が違った。こいつが相手ならワンパンで殺される自信がある。

 これが支配系とは違う、暗黒つらぬき丸が持っている、もうひとつの切り札となるスキル【悪魔の契約】なのは間違いなかった。

 恐らく、あの商人を生贄として上位の悪魔を呼び出したのだろうが……。

 いくらなんでも、強すぎだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ