えんがちょー
よくよく考えてみれば、こいつからすれば人質は最後の手段だ。
失えば抵抗できなくなるのだから悪魔を解放したくても、できないのだろう。
だというのに俺が呆気なく仲間を切り捨てるような発言をしたため精神的な優位性を失い、遂には人質の価値を手放してしまっていた。
もはや仲間がどうなってもいいのか、という言葉に説得力はない。
こうなると、本気で抵抗する手段がなくなったようだが……。
俺がその辺の事情を察したのは、槍が半分くらい埋まった頃だった。
「うぅ……」
〈オラッ、黙ってないでさっさと吐け!〉
「ひぃっ! やめてくれぇ!!」
今は聞きたかったことを洗いざらい教えて貰えるようお願いしている最中だ。
上からトントンしてあげると一時的に素直になるので便利だが、なにもしなくても喋ってくれると俺としても楽なんだけどなぁ。
「またトントンされたくなきゃ、わかってるだろ?」
「そ、それのどこがトントンだよ! ドンドンとか、ドゴドゴってレベルだろ!」
「あーわっしょい、わっしょい」
「ひぃ! わかったから! 話すからっ!」
ようやく続きをベラベラと吐き出しやがった。
そうそう、最初からそうして壊れたチャックみたいに口を開きっ放しにしていればいいんだよ。
ついでに余計なことを口走るたびに追加のトントンをプレゼントしている。きっと至れり尽くせりとはこの有様を言うのだろう。
そんなこんなで暴露された被告人、暗黒つらぬき丸氏の供述。
話が長いので要約すると、こいつが槍として目覚めたのは一月ほど前らしい。
驚いたことに、どうやら俺とほぼ同時期のようだ。
俺とのレベル差はどうしたのかと思ったが、それは俺が丸々一カ月の耐久しりとりをしていたからなので気にしないでおこう。うん。
こいつは気がついたら皇帝国の王城にある宝物庫にいて、色々あって皇子に取り入ることに成功し、やがて【支配】系のスキルを得て現在の形に落ち着いたとか。
この段階で皇子を通して強大な権力を手にしたが、モンスターと戦わずにレベル上げは難しいとわかり、お忍びとしてこのダンジョンへと訪れたという。
やはりというか例のうさん臭い商人バルドも抱き込んでおり、便宜を図る代わりに協力させていた。奴は皇子が操られているのも承知済みというから闇が深い。
それからは、ひたすらダンジョンの下層に潜ってモンスターを狩り続けていたようだが……ここまでは俺的にはどうでもいい話だな。
問題はここからだ。
高レベルになると、なかなかレベルが上がらないことに焦れたこいつは、より効率よく経験値を稼ぐ方法を考えた。
それがヘルを召喚して冒険者を襲わせるものだった。
召喚モンスターが得た経験値の何割かは召喚主へと還元されるシステムだそうで、ついでに狩り場を荒らす他の冒険者を倒せば、より効率よく稼げると判断して片っ端から攻撃させていたみたいだ。
ヘルが最初に俺やミラちゃんたちに襲いかかったのは、この時期だな。
その後、ヘルから討ち漏らした冒険者の報告を聞き、ギルドでの一幕から同じインテリジェンス・アイテムである俺とミラちゃんたちを知ったという。
あとは後々の障害になると予想できた俺を早期に潰しておくのと、売って資金を得る目的で集中して狙い始めたそうだ。
……途中でミラちゃんたち自身も狙いに含まれたようだけどな。
ちなみに俺がヘルの攻撃を防いだのを警戒して、まずは情報収集に徹していたらしい。
ミスリルナイフを偽物と見抜いたから【鑑定】のスキルがあること。
暗殺スライム狩りや、夜の襲撃を見抜いたから【察知】のスキルがあること。
そして勝てると踏んで差し向けたヘルを返り討ちにするほどの戦闘能力もある。
以上のことから、不意打ちで装備者であるミラちゃんを【支配】する方法が最も確実であるとして今回のような作戦を決行したようだ。
……長々と聞いてはみたが、こいつは随分と間抜けである。
正体不明の敵に怖れたのだろうが、情報収集などせず攻撃を仕掛けていれば、それこそ抵抗させずに俺を煮るなり焼くなりできたのに。
時間を与えてくれたおかげでレベルアップを繰り返し、いざ始末しようとヘルを向かわせれば余計にレベルアップさせて、とうとう自分の切り札である【支配】を無効化できるまでに至ってしまったのだ。
やはり【不運】が伝染ったんじゃないのかな。えんがちょ。
聞き終わった時点で、こいつに用はなくなったが、このまま放置はできない。
その処分については、みんなと相談してから決めようと思う。
被害者にも仕返しをする機会をあげないといけないからね。それに、ここまで埋めてしまえば自力ではどうしようもないだろう。
ついでに皇子も手足を縛って拘束しておこう。余計なことをされても面倒だし。
縛るのには俺から細長く伸ばした布を使うことにする。
なんと、その部分を切り離せば独立して、ただの頑丈な布に戻るのだ。
試してから知ったよ。
「んっ、うぅーん……」
ちょうど作業が終わったところで、かわいい声が聞こえた。
「……あれ、クロシュさん?」
どうやらミラちゃんが目を覚ましたようだ。
ぼんやりとした瞳で辺りをきょろきょろと見回して、視線を俺へと向けた。
合体はすでに解除しているから身体の自由は利くはずだが、少し記憶に混乱が見られる。あいつのスキルの後遺症だろうか。
状況を把握して貰うためにも、ここへ至るまでの経緯を簡単に説明すると、やがて自分の身になにが起きたのかを思い出したようだ。
「最初は気持ちの悪いモノが私の奥に入ってくるような感じがしたんです。必死に抵抗しようとしたのに、どんどん意識が薄れて……」
ミラちゃんの話によると【支配】を受けていた間も、僅かながら意識はあったらしい。それも徐々に別のなにかに飲み込まれるようにして薄れていったようだが、誰かが話をしているのをおぼろげに覚えていた。
誰かというのは、もちろん俺と暗黒つらぬき丸だろう。
でも具体的な内容までは覚えておらず、また【合体】してからのできごとは完全に意識がなかったようなので、なにも知らなかった。
俺は僅かに迷った末、暗黒つらぬき丸の目的を話すことにした。
奴がインテリジェンス・アイテムであること。皇子を操っていたこと。
そして、俺が狙われたがために、みんなが巻き込まれたことを……。
〈すみません。私のせいで、こんな厄介事を招いてしまって〉
「……そんなことありません。その危険についてはノットが最初に言っていましたし、みんな覚悟はできていましたから。それに結局クロシュさんに助けて貰ったんですから、それでおあいこですよ」
〈だとしても、発端は私ですから謝らせてください……〉
彼女が許してくれても、俺は俺を許すことができない。
これは俺が掲げる信念の問題でもあるのだ。
護るための存在でありたいのに、逆に災いを呼び寄せてしまっている。
今回は無事に解決できたけど、これから先も同じようなことが起きるだろう。
果たして、それらすべてから護り抜けるのだろうか?
いつの日か、取り返しのつかないことになりそうで、不安だった。
護りたいと願い、手を伸ばせば伸ばすほど、護るのが難しくなる。
なら……俺が災いを呼ぶのなら、俺なんていないほうが安全じゃないか。
もしかしたら俺には、幼女に装備される資格がないのかもしれない。
誰かを、護る資格が。
「わかりました……では、私からも言わせてくださいね」
鬱々としているとミラちゃんから凛とした声が発せられて驚く。
視線を上げると、なぜか、彼女は微笑んでいた。
「私はクロシュさんに何度も護って貰いました。最初はアサライムの酸が降りかかった時です。……あの時は、もしクロシュさんを装備していなければ私は大ケガをしていましたね」
あれは……俺はなにもしていない。偶然だ。
「上級悪魔さんの時もクロシュさんのおかげで無傷でした。本当だったら、私はとっくに焼け死んでいたはずです」
でも、その結果狙われるようになって、より危険な目に……。
「それからも危ないことがあったらクロシュさんは必ず護ってくれました。私のことを想って色々と考えてくれました。だから言わせてください……ありがとうございます」
〈ミラ……?〉
「クロシュさんが謝るようなことでも、私はそれに感謝しているんですから」
屈託のない笑顔で、そう言ってのけた。
普段なら気恥ずかしさに目を背けてしまいそうな言葉だったが、どうしてだろう……彼女の瞳から目を離せなかった。
俺の中でどろどろとしたなにかが溶けて流れていく。そんな気がした。
……ありがとう、か。
身体の奥底から力が沸き出るような、奇妙な気分にさせてくれる言葉だ。
ただ悪くはない……むしろ良い。とても嬉しいぞ!
自分でもよくわからないが、俺は感謝されて心の底から喜んでいるみたいだ。
それこそ、さっきまでの悩みが薄れてしまうほどに。
我ながら単純な性格をしている、とでも言うべきか……。
でも、そうだな。
〈こちらこそ、ありがとうミラ。あなたに会えてよかった〉
ミラちゃんと出会ったことを後悔したくはない。
だったら、弱音なんて吐くべきじゃないのだと思う。
外から降りかかる災厄から幼女を護り、内から滲みだす不安から自分を護る。
それが容易くできるほど身も心も強くなれたなら、俺はきっと、真に願った存在へとなれるんじゃないだろうか。
曖昧であやふやだった理想が、ちょっとだけ形を成した気がした。
明確な答えは出せていないままだったが後回しにしておく。
それよりも先にやるべきことがあるからだ。
〈おい、暗黒つらぬき丸〉
「……えっ、それって僕のこと?」
〈他に誰がいるんだよ。それより、ここはどこなんだ? 3秒で答えろ〉
「あっ、はい……」
割と素直になってはいるけど、まだまだ反抗的な部分が見え隠れするな。
油断せずに目を光らせておかねば。
「えっと、もう分かってると思う……いますけど、ここはダンジョンだよ、です」
〈具体的に何階だ?〉
「……えーっと、なんだっけ、あの、最下層です」
なに?
〈最下層ってことは、まさか30階なのか?〉
たしか、このダンジョンが全30階層だったはずだからな。
「あ、そうです! ちょっと忘れてましたけど一番下のところです!」
〈ということは……〉
この先には、なんでもひとつだけ質問に答えてくれる『鏡』があるはずだ。
それはミラちゃんやノット、ディアナ、レインらが求めていた終着点。
「あの、クロシュさん……」
彼女もすぐに気付いたようで、最下層と耳にした途端そわそわとし始めた。
〈……行ってみましょうか〉
「いいんですか?」
ここまで来てしまったのだし、せっかくだからな。
ちょっと帰りが遅くなるだけだから、ノットたちにはもう少しだけ待っていて貰おう。どうやら近くにモンスターもいないみたいだし、危険はないはずだ。
それに帰ろうと思えば転移の魔法陣でいつでも帰れる。
……逆に考えると、これがなくなったら帰るのが難しくなるってことか。
念のため【色彩】を使い、俺の裏地の部分に魔法陣の模様を転写しておこう。
これがあれば、どこにでも魔法陣を描いて転移できる。
うむ、実にいい物を手に入れた。
〈そういえば、おまえは鏡になにか質問したのか?〉
「そのつもりだったけど、あの鏡は人間じゃないとダメだったんだ、です」
インテリジェンス・アイテムの質問には答えてくれないのか。ケチだな。
まあ特に聞きたいことも思いつかないから別にいいけどね。
しかし、こいつはどうしようか。
ここに置いて行くとなにをやらかすかわからんし、かと言って引き抜いて持って行くのも面倒だ。
もういっそのこと折ってしまおう。そうしよう。
「ひっ、な、なにするつもりだよ……やめてくれぇ!」
おっと、まだ素振りすら見せていないのに危機を察したのか。
でもそんなスキルは……いや、本能から来る直感みたいなものかな。
〈まあ、落ちつけよ。運がよければ折っても死にはしないだろ〉
「折るの!?」
ちょうどいいから、どこまで傷めつければインテリジェンス・アイテムが死ぬほどダメージを受けるのか試してみようかね。
真っ二つになっても生きているなら、俺もかなりの無茶をしても回復すれば大丈夫だとわかるもんな。
「あの、クロシュさん。さすがに、そこまでしなくともいいのでは?」
む、そういえば今はミラちゃんがいるんだったか。
ついついさっきまでのノリでいたけど、もし彼女に意識があれば、埋めようとトントンしていた時も止めようとしただろうからな。
こうなってしまうと、強引に叩き折るわけにもいかなくなってしまう。
ちなみに、俺は暗黒つらぬき丸と会話している際には、ミラちゃんに対してだけは【念話】を使っていない。
さっきのは奴の反応から察したみたいだ。
俺が相手を絞っているのと違って、全方位に【念話】を放っているようだから付近にいる者は等しく聞き取れてしまうのだ。
狙ってやったわけではないのだろうが今回は命拾いしたな。




