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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第1章「受け継がれちゃう伝説」
30/209

その必要はないわー

 槍野郎の正体に軽く動揺してしまったが、これは予想できたことだった。

 以前にノットから聞かされた話では、異世界からの召喚者はいるそうだが、転生者についてはまったく言及しなかった。

 恐らく転生者の多くが俺のように情報を秘匿しているのだろう。称号を確認されない限り露見することはないから、その存在を知られていないのだ。

 だがちょっと想像すれば、実際に俺が幼女神様に転生させて貰ったように、他にも同じ境遇の奴がいる可能性に思い至っていたはずだ。

 じゃあ、どうして気付けなかったのかと言えば……。


 たぶん、自分は特別だ、という想いが心のどこかにあったんだと思う。

 他に転生者はいないと優越感に浸っているうちに、それを信じたくなって、無意識に現実から目を逸らしていたのだろう。

 まったくもって滑稽で、恥ずかしい話だ。

 しかし、こうして目の前に、俺と同じ存在が立ちはだかってくれた。

 おかげで目が覚めるような思いってのを経験できたよ。

 その点だけは槍野郎に感謝だな。


 さあ、ここから先はまっすぐ現実を見つめよう。

 じゃないと、いつか足元をすくわれるぞ……俺!


 自分自身に活を入れて、再び【鑑定】を使い槍野郎のステータスを表示する。


――――――――――――――――――――

【ダークスティンガー】


レベル:63

クラス:魔槍

レア度:7


○能力値

 HP:800/800

 MP:270/470


○上昇値

 HP:50

 MP:30

攻撃力:87

防御力:35

魔法力:0

魔防力:29

思考力:0

加速力:0

運命力:0


○スキル

【念話】【召喚術・上級】【悪魔の契約】【隷属の魔眼】【永続支配】【傀儡】

【隠蔽】


○状態

ステータス制限

――――――――――――――――――――


 レベルに関しては俺の倍はあるようだ。

 でもステータスが同じくらいか、むしろ下回っていたりと異常に低かった。

 原因は、状態のステータス制限とやらのせいみたいだな。



 ステータス制限……なんらかの要因により自らステータスが減少させている。



 自分でステータスを下げているのか?

 だとしたらスキルのほうを調べればわかるだろう。

 見慣れないのも多いし、細かく見ていくとしよう。



【召喚術・上級】

 自身よりレベルの低いモンスターを召喚して使役する。


【悪魔の契約】

 供物を捧げ、より上位の悪魔を召喚する。


【隷属の魔眼】

 視線を合わせた相手を1人だけ【支配】できる。レベル差で服従度が変化する。


【永続支配】

 自身が【支配】した対象に限り、維持にMPを消費しなくなる。


【傀儡】

 装備者を意のままに操る。使用中はステータスが大幅に下がる。



 ここからわかるのは、この槍野郎は『支配特化』らしいということか。

 たしかに【支配】は成功した時点で決着がついてしまう凶悪なスキルだ。

 反面、継続して効果を維持するにはMPの消費が激しいという制約がある。

 普通ならそこで諦めてしまいそうなものだが、奴は【永続支配】なるスキルによって克服していた。

 さらには操る対象も考えているようで、どうやら【召喚術・上級】と【悪魔の契約】で召喚した強大な悪魔に【隷属の魔眼】を使用し、手駒として扱うスキル構成であると窺える。


 そういえばヘルは、槍野郎は他にモンスターを召喚していないと言っていたな。

 あれは【隷属の魔眼】がひとりにしか通用しないからだったのだろう。

 そして今はミラちゃんに対して使われているだろうから、他に召喚されたモンスターはいないようだ。護衛がいないと判明しただけでも大きな収穫である。


 そして皇子の状態は【傀儡】によるものか。

 ステータスが下がっていることから、このスキルを使っているのは間違いない。

 だがこいつは、皇子を自身が行動するための足としてしか扱っていない気がするな。じゃなければステータスの低下が激しくてまともに戦えないだろう。


 ……んっ?


 そこでピンときて、まさかと思いよく観察してみる。

 槍野郎が持つスキルに【隠蔽】があったので、どこかに隠されたスキルがないかを疑ったのだが、ちゃんと【看破】が働いてくれているようで見当たらない。

 表示されているスキルがすべてであると確信し、だからこそ俺は戸惑った。


 えっ、ひょっとしてこいつ、他に戦う手段がないのか?


 槍野郎はとにかく操ることに重きを置いているようで、自ら戦うという選択はないらしい。

 だがそれは【支配】が効かない相手だったり、なんらかの対処法が確立されてしまった場合、手も足も出なくなるということだ。

 俺も『支配特化』だと表現したけど、いくらなんでもこれは貧弱すぎる。

 うーむ、それほど【支配】の効果を信用しているのだろうか。もはや過信ではないかと言わざるを得ないのだが。

 ……いや、これは他の誰かが相手だったら必殺の技だったんじゃないか?

 ただ俺が打ち破る方法を持ち合わせていただけ、壊滅的に相性が悪いというだけなのだろう。

 そう考えると、なんとも運の悪い奴だ。

 もしかして皇子の【不運】が伝染ったんじゃないか?

 少しだけ、ほんのちょっぴり同情してやる。



 さて、すっかり考え込んでしまったが、そろそろ話を進めなければな。いつまで経っても状況が変わらない。

 えーっと……たしか【転生者】かどうかって話してたよな?

 あまり考察に没頭してしまうと『神話領域』に入る前の状況がどうだったかを思い出すのに苦労するのが難点だ。

 まあ会話に妙な齟齬が発生して、その結果こちらの『神話領域』に感付かれたとしても、ステータスからスキルに戦い方まで完全に【看破】した槍野郎に対抗策があるとは思えない。

 思えないが……だからといって無闇に情報を与えるつもりは微塵もなかった。

 油断は一切しない。

 そんな自戒めいた想いを念頭に置いて、当たり障りのないところから切り出す。


〈初めましてだな。俺はクロシュと呼ばれている。防具のインテリジェンス・アイテムだ〉


 まずは余裕を持った挨拶で軽く牽制だ。

 これにどう返すか反応を見てみようじゃないか。


「……やっと返事したね。そうだなぁ、たしかに自己紹介したほうがいっか。僕はダークスティンガーって言うんだ。見ての通り槍のインテリジェンス・アイテムだよ。まあヨロシクね」


 意外とまともだな。

 名前なら【鑑定】でとっくに知っていたが、しかしダークスティンガーってずいぶんと痛々しい……暗黒つらぬき丸でいいや。

 それに喋り方も子供っぽくて少し幼い印象だ。やけに馴れ馴れしいのも相まって小学生、いや中学生くらいの子供を相手にしているような錯覚を覚える。


「それで、そっちも転生者なの?」

〈さあな。別に、俺が答える義理はないはずだが?〉


 ちょっと機嫌の悪さをアピールしておく。

 当たり前のように会話しているが、こっちは敵対行動を取られているわけだからな。普通なら素直に応じないだろう。


「……はぁ。おまえさ、状況ってわかってる?」


 途端に暗黒つらぬき丸の声色に明らかな苛立ちが滲みだした。


「この状況でなにカッコつけてんだよって言ってんだよ。少し考えればわかるだろバーカ。もっと頭使えよな」


 あっ、こいつダメだ。


「あっさり罠に引っ掛かってくれたから、その女の子は僕が自由に操れるんだよ。分かりやすく言ってやると、おまえは僕に逆らえないってこと。そんくらいのことも分からないからダメなんだよ」


 もしかしたら俺の正体がわからなくて、不安に駆られて強引ではあるけど話し合いの場を設けたのではないか、という推測が頭の中で浮かびつつあったのだ。

 ダンジョンでの一件も理由があったのではないか、と。

 もしそうなら少しは容赦してやってもいいかな、なんて……。


「あーあ、おまえが【鑑定】を使えるのは知ってたから、こっちは苦労して巧妙に罠を仕掛けてたのに、こんな低能だったなんて無駄だったかなー」


 そんな思いは木端微塵に粉砕され、ガソリンをぶち撒けて火を放たれた。


「まあ命までは取らないから安心しなよ。僕は優しいからね。二度と戻って来れないように遠くに売り飛ばすだけで許してあげる。そうそう、インテリジェンス・アイテムってめちゃくちゃ高く売れるんだけど知らないでしょ? 自分を売るワケにはいかないから悩んでたんだけど、これってラッキーだよね」


 あとに残されたのは灰燼焦土である。


「あ、その子は売らないから安心していいよ。この男も便利だけど、やっぱり可愛い子のほうがいいじゃん。おまえも今まで楽しんでたんでしょ? いいなー」


 それすなわち。


「でも、これからは僕の物だからね、大事に使ってあげるよ。中古はあまり好きじゃないんだけど……かわいいから我慢するかぁ。もっといい子が見つかったら、また取り替えればいいだけだし」


 ―――慈悲はない。

 

「その前に、聞いておきたいん――」

〈【合体】ッ!!〉


 白い布が一瞬にして膨れ上がり、破裂するように飛び跳ねてミラちゃんの全身を覆い隠した。包帯みたいに伸びた布が、細い腕や足を絡め取り、隙間なく巻き付いて皮膚と一体化を始める。侵食するが如く勢いで肌は真白へと染め上げられ、少女の肉体は、魔人へと変化した。


「えっ、なん、あ、え……?」


 突然の事態に反応できず、暗黒つらぬき丸は喘ぐように声を漏らしている。

 まったく意に介さず、俺は槍本体に向けて数本の布槍を射出した。

 ここでようやく攻撃を悟ったのか動きを見せたが、もう遅い。

 槍の柄に巻き付けて強引に皇子の手から取り上げると、その勢いのまま矛先を逸らせて叩きつける。


「いぎィっ!!」


 ガギイィィンッ! と硬質の音を響かせてダンジョンの一部に亀裂が走る。

 槍の矛先は硬そうな地面へと完全に埋まっていた。


「あぐぁっ、おごォォォォ!!」


 ワケのわからない雄たけびをあげているんだけど、痛いのかな?

 俺は痛みとか感じないんだけど、すべてのインテリジェンス・アイテムがそうだとは限らないようだな。

 それは実に好都合だ。

 思わずにやりと表情を歪めてしまったが、すぐに頬をほぐして戻す。

 こんな顔、ミラちゃんには似合わないからな。


「ど、どうして……?」

「そのくらいも、わからないのか? だからダメなんだよ」

「うるさいっ!」


 少し痛みの波が去ったのか、疑問を口にする余裕ができたようだ。

 仕方ないから俺から解説してやろう。


「わかりやすく言うとだな、俺に【支配】系のスキルは効かないんだよ」

「そんな……!」


 言いながらミラちゃんの身体を軽く動かしてみせる。

 これで2回目の【合体】だが特に違和感もないし、念のために【鑑定】でも確認すると、ちゃんと【支配】の状態は消え去っていた。

 今のミラちゃんを操っているのは間違いなく俺だ。

 本人に主導権がないという意味では奴と変わらないので、ちょっと嫌な気分になるが、彼女の許可を得ているかどうかの違いは大きいのだと考えておこう。

 そういえば、この状態でもミラちゃんは意識があるそうだが……。

 集中すると、自分の奥深くにある別の存在を強く感じられた。きっとこれがミラちゃんなのだろう。

 しかし今は眠っているように静かで反応がない。気を失っているようだ。

 【支配】を受けた時、かなり精神にダメージがありそうだったからな。解除されてもすぐに復活はできないってワケか。

 そう思うと、ますます目の前に突き立つ棒が腹立たしく見えてくる。


〈さーて、どうしてくれようかね〉


 びくり、と棒が震えた気がした。

 仮初の身体であった皇子も、槍を失った時点で床に伏せているので手出しはできない。彼もミラちゃんと同じような状態なのだろう。

 仮に目覚めたとして、自身を好き勝手に操っていた相手を助けようなどと考えないだろうけど。


「ま、待った! 仲間がどうなってもいいのか!?」


 おっと、ちょうどそれを聞こうとしていたんだが自分から話してくれそうだ。


「おまえたちの仲間は町のどこかに閉じ込めてあるんだ……。そ、それだけじゃないぞ! あそこには僕が悪魔を封じ込めたアイテムを一緒に置いてある。そこらの冒険者なんて瞬殺できるくらい強いやつだ」


 話しているうちに平常心を取り戻したのか、少しずつ語気が強くなっていく。


「僕ならいつでも悪魔を解放できるんだ。おまえが今から戻っても手遅れだろうね。ちょっともったいないけど、あの仲間は皆殺しにされてるよ」


 人質に取られているとは予想していたけど、悪魔を封印だと? また手が込んでいる。その方法も気になるが、まずはどう交渉するか。


「分かったら、さっさと僕を抜いてよ。で、おまえは二度と抵抗しないこと。そうすれば仲間は助けてあげるよ」


 こいつに交渉とかそれ以前の問題な気がするけど、ここで素直に従えば確実に俺を始末するだろう。

 いっそ悪魔を解放するヒマも与えず一撃でやるか?


 その、ひつようは、ないわー。


 えー。


 なんで、ざんねん、そうなのー?


 ここで殺っちゃったほうが面倒がなくっていいなぁと。


 それは、あとでねー。


 そっかー。


 まだ、おはなし、きかないとー。


 この状況で?


 ふういん、されてるのは、やり、なんだよー。


 へー。やっぱり槍が好きなんすね。


 なまえは、まじんのやり、だよー。


 聞き覚えがありますね。たしか夢の中で会ったような……。


 げんじつ、かなー。


 あ、思い出した。【剥奪】でかわいそうなことになった槍だ。

 封印中だとかって表示されてたような気がするけど、あれがそうなのか。

 めっちゃステータス吸っちゃったけど大丈夫なの?


 あれの、おかげで、いまはもう、おとなしいねー。


 するってえと……。


 ふういんが、とけても、すぐに、きえちゃうよー。


 うーむ原理がわからんが、幼女神様が言うならそうなのだ。

 これで後顧の憂いなし! 


「おい、なに黙ってんだよ。聞いてんのか!」

〈さっきからピーチクパーチクと……さえずるな〉

「……はっ?」


 目障りなので棒を掴み、より奥深くへと押し込む。


「お、おいッ! バカかおまえは! 僕の話を聞いてただろ!?」

〈やりたければ、やれよ〉

「え……?」

〈だからさ、その悪魔を解放してみろよって〉


 そうすれば、こいつも理解できるだろう。


「え、いや、なにを……」

〈遠慮するなって。こっちがやれって言ってるんだからさ〉

「あ、頭おかしいんじゃないのか、おまえっ!?」


 なんと失敬な奴だ。もっと埋めてしまえ。

 素手だとミラちゃんの綺麗な手を痛めてしまうので、布を丸めてハンマー状にした部分を伸ばして上から叩き続ける。トントントン。


「や、やめろ! 抜けなくなるから! わあああぁぁぁぁ!!」


 しばらくの間ダンジョンの奥深くに悲鳴が響き渡った。

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