Chapter 2
「ねぇ、一体どうするつもりなの? 早くなんとかしないと、彼は明日死んじゃうのよ」
と言いつつも、内田は嬉しそうにニコニコと微笑んでいる。そんな内田を無視し、少年は一人で使うには広すぎるテーブルの上で、自前のノートパソコンを広げ画面を睨みつけていた。
あの後、少年は図書室にいた。時刻はもう夕方六時を回っており、周りを見渡しても生徒の姿は見当たらない。受付の先生以外に残っているのは少年だけだ。
「でも、まさか本当に黒いラブレターを目のあたりに出来るなんて思ってもいなかったわ。こう言うのって何て言うんだっけ。棚からぼたもち?」
先程拾った黒いラブレターをヒラヒラさせながら、内田は少年に話しかける。だが、少年は内田の言葉に何の反応も示さず、インターネットで何かを検索していた。
「ねぇ、聞いているの?」
少年の顔を両手で鷲掴みにし、内田は無理やり自分に向かって振り向かせた。
だるそうな表情で少年は深い溜息をつく。
「それを言うなら『嘘から出たまこと』だろ?」
「そんな事を聞いているんじゃないの。あなたのお友達、明日死んじゃうのよ。何をそんなに落ち着いてパソコンなんてやっているのよ」
まだ死ぬと決まった訳ではないのに、内田はそうなる事が当然のように言ってのける。だが少年は気にした様子も無く、まるで興味が無いと言った表情でパソコンに向き直った。
「別に僕が死ぬ訳じゃないからね」
「まぁ、酷い人」
そう言いながら、内田はクスリと笑った。
「それよりもさ、見てよこのラブレター。ちょっと気になる部分があるのよ」
手紙の文面を指差しながら、内田は少年の返答を待たず疑問点を説明し始めた。
「まず、この手紙の内容よ。『明日の放課後、旧校舎の鏡の中で待ってます』って書いてあるけど、『鏡の中』じゃなくて『鏡の前』の間違いじゃないのかしら?」
まるで凄い発見をしたかのように自慢げに話す内田。
少年はパソコンを見つめたまま、無感情に答えた。
「恐らくそのままの意味だと思うよ」
「そのままって、一体どう言う意味よ」
思わぬ少年の言葉に、内田が食ってかかる。
少年はキーボードを叩く手を止めると、面倒臭そうに答えた。
「死んだ三人は、それぞれ何処に居た?」
「それがこの事と何か関係あるの?」
「大アリさ」
自信ありげに断言する少年に、内田は納得いかない表情を浮かべるも、額に指を当てて考え始めた。
「えっと……、一人は焼却炉の中でしょ。もう一人は貯水タンクの中でしょ。で、最後の一人はトイレの便器の中……あ」
何かに気がついた様子で、内田はハッとした表情を見せた。
「もしかして、これって……」
「そう、殺人予告さ」
少年は薄い笑みを浮かべ内田を見つめた。
「恐らく今までの黒いラブレターも、焼却炉、貯水タンク、旧校舎のトイレの前ではなく、全て『中で待っている』と書かれていたはずだ。このままで行くと、次の被害者になる予定の鈴木は、何らかの形で鏡の中に埋め込まれて殺される事になるね」
淡々と話す少年とは対照的に、内田は目を白黒させている。
「でも、ここまではっきりとした殺人予告をされて、果たして鈴木君は現場に行くのかしら。その場に行かなければ殺される事も無いハズでしょ」
「さぁね。行くか行かないかは本人が決める事さ」
「なのに、最初に殺された生徒は別として、他の二人は何故そんな危険な場所に行ったのかしら? その頃には、黒いラブレターの話も彼らは耳にしていたハズでしょ?」
「その答えは、その先にあったんじゃないかな?」
そう言って少年は手紙を指差した。
内田は改めて手紙を見つめる。良く見ると、手紙は下の部分が破れていた。恐らく鈴木が破って持ち去ったのだろう。
「そうそう、この部分は私も気になっていたのよ。なんでこの先は破かれているのかしらって」
「恐らくそこに、彼らが行かなくてはならない理由が書かれていたんだと思うよ」
「理由って、どんな理由?」
内田の問いに、少年は首をかしげる。
「さぁ、流石にそこまでは分からないさ。でも、破って持ち帰ったと言う事は、他人に知られてはまずい理由がそこに記されていたんじゃないかな? まぁ、あくまでも推測に過ぎないんだけどね」
内田は感心した様子で少年を見つめた。
「本当、あなたって学校の成績は人並なのに、こういう事にはよく頭が回るわね」
内田の言葉に、少年は意味深な笑みを浮かべると、
「面倒な事は、さっさと終わらせたいだけさ」
と、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でポツリと呟いた。
「え? 何か言った?」
「別に……」
「ふーん……まぁいいわ。それよりも気になっている事があるんだけど、あなたさっきから何をパソコンでカチャカチャ遊んでいるのよ」
内田の言葉に、少年はキーボードを叩く手をピタリと止める。
「遊んでるだなんて侵害だな」
そう言いながら、少年は内田にノートパソコンの画面を向けた。
「ネットで調べていたのさ。この学校に纏わる過去の事件をね」
「過去の事件?」
不思議そうな表情を浮かべながら内田は首をかしげた。
「いいかい? この黒いラブレターが出回り始めたのは、今から三ヶ月ほど前からだ。そして、三ヶ月前にこの学校で何があったか、君は覚えているかい?」
少年の問いに、内田は再び額に指を当てると、うーんと考え込み始めた。
「三ヶ月前ねぇ……。そう言えばその頃、うちの学校の女生徒が自殺して緊急全校集会が開かれたような……」
「それだよ」
少年はパソコンの画面を指差した。それは、どこかのニュースサイトのようで、その指先には内田と同じ制服を着た女生徒の写真が映っている。
「今から三ヶ月程前、うちの学校の女生徒が自宅のマンション屋上から飛び降り自殺をした。その女生徒の名前は今野美香。自殺の原因は表向きには公表されていないが、恐らく今回の事件と何らかの関係があるはずだ」
「どうしてそう思うの?」
内田の問いに、少年は三本の指を突き立て言った。
「一つは、この怪事件が始まった時期が、彼女が自殺した時期と重なると言う事。一つは、殺された男子生徒に宛てられた手紙が、男性宛に送った女性からのラブレター形式を取っている事。そして、もう一つは……」
少年はチラリと内田から視線を逸らした。
つられて内田も少年の視線の先を追うが、その先には何も無い。内田は改めて少年を見つめた。
「もう一つは?」
「もう一つは……、僕の勘さ」
「勘ですって?」
少年の答えに、内田は訝しげな表情を浮かべた。
「勘に頼るなんて、なんだかいつものあなたらしくない意見ね」
「そんな時もあるよ」
少年の言葉に、内田は納得していない様子だったが、問いただしても無駄な事を知っている彼女は、それ以上言及せず話題を変えた。
「もしかして、その今野って言う女生徒の霊とか呪いとかが、今回の事件を引き起こしているのかもね」
「君にしては、するどい意見だね」
冗談で言ったつもりなのに、少年が真顔で答えるので、内田は驚いた顔を見せた。
「まさか、あなたからそんな言葉が出るなんて。てっきりあなたは、私と違って霊とかそう言った類のものは信じていないものだと思っていたわ」
「基本的にはそうさ」
少年は内田から視線を逸らすと、誰も居ない空間を見つめた。
「でもね、僕は自分の目で見たものは信じるようにしているんだ」
「どう言う意味?」
まるで猫のように何も無い空間を見続ける少年に、不思議に思った内田は再びその視線の先を追った。だが、やはりそこには何も無い。
少年は誰も居ない空間を見つめ続ける。その視線の先には一人の女生徒が立っていた。虚ろな瞳で佇むその女生徒は、パソコンの画面に映っている自殺した女生徒、今野美香に良く似ていた。