Chapter 3
次の日の朝、少年が教室に訪れた時に鈴木の姿は無かった。
そのまま暫く待っているとホームルームが始まり、少年は鈴木が欠席である事を知った。先生の話では鈴木は風邪をひいたとの事だったが、本当の理由を少年は知っている。
賢明な判断だな。
シャープペンシルを左手でクルクルと回しながら、少年は何気なく窓から外を見つめた。
そこには、風でゆらめくカーテンの隙間から、一人の女生徒が顔を覗かせているのが見えた。少女は、ホームルームが始まっていると言うのに、動こうともせず虚ろな瞳で少年をジッと見つめている。
少年は静かに視線を逸らすと、何事も無かったかのように教科書とノートを鞄から取り出し、机の上に並べ始めた。
午前の授業が終わり、昼食のパンを食べ終えた少年は一人教室を出た。
階段を下り、目的の場所へ向かう途中で少年は内田と出会った。
内田は少年を見つけると、片手を上げ駆け寄ってきた。
「珍しいわね、あなたがこの階に姿を現すなんて」
そう言いながらも、内田は少年が自分と同じ目的でこの場所に来ている事を知っていた。ニンマリと妖しい笑みを見せ、少年の胸に指を付き立てる。
「あの子のクラスに行くつもりなんでしょ。実は私も行こうと思っていてね、あなたが来るのを待っていたのよ」
内田は少年の手を取ると、急ぎ早に廊下を歩き始めた。引っ張られるような形で、少年がその後に続く。
「別に僕を待つ必要は無かったのに」
「だって一人じゃ行きづらいじゃない?」
「君なら大丈夫だよ」
少年の言葉に、内田がジト目で振り向く。
「それって、どう言う意味よ」
「誰も君の事なんて、気にしたりしないって事さ」
昼休みと言う事もあり、廊下には多数の生徒がたむろしていた。生徒達は突然現れた訪問者を物珍しそうな目で見つめてくる。
この学校は学年ごとに階が異なり、生徒達は部活にでも所属してない限り、他の学年の生徒と関わりを持つ事はあまり無い。そのため、わずらわしい先輩後輩と言った上下関係を避けるため、極力他の階には行かないようにするのがこの学校の暗黙のルールだった。さもないと、少年のように物珍しい目で見られる羽目になるからだ。
暫く廊下を進んだ所で、内田の足が止まった。見上げた先にはクラス番号を示すプレートがある。それには、一年C組と書かれていた。
少年は教室には入らず、その前でたむろしていた女生徒たちに話しかけた。先輩である少年に突然話しかけられ、女生徒達は色恋沙汰とでも勘違いしたのか、黄色い声できゃあきゃあと騒ぎ始めた。
「今野美香さんの事について、聞きたい事があるんだ」
だが、少年のその一言でさっきまであれほど楽しそうに騒いでいた女生徒達は、ピタリとその口を閉ざした。彼女達は、困った表情でお互いの顔を見合わせている。
女生徒たちの不自然な態度に、内田は首をかしげた。
少年は気にした様子も無くそのまま続ける。
「三ヶ月前、彼女は自宅のマンションから飛び降り自殺をした。もし知っているなら、何故彼女が自殺をしたのか、その理由を教えて欲しい」
自分達を見つめる少年の強い視線に、少女達は戸惑っていた。だが、そのうち少年から放たれる威圧に耐えられなくなったのか、一人の女生徒がおずおずと口を開いた。
「彼女は……美香は、騙されたんです……」
「騙された?」
その言葉に、少年は目を光らせた。
「一体誰に、何を騙されたって言うんだ?」
「そ、それは……」
「美香の事を調べてどうするつもりですか、先輩」
突然の背後からの声に少年は振り向く。そこには腕組をした一人の女生徒が立っていた。
「直子!」
女生徒の一人が驚いた声で言った。
直子と呼ばれたその生徒は、少年の元まで歩み寄ると、腕を組んだまま険しい表情で睨みつけてきた。
「彼女が自殺した原因なんて調べて、どうするんですかと聞いているんですが」
ボーイッシュなショートヘアーが似合うその子は、どうやら見た目通り相当気の強い性格のようだ。先輩である少年に対し臆した様子も無く、語尾を上げ強い口調で言ってくる。その声質は、明らかに少年を敵視したものだった。
「君は?」
「私の名前は増岡直子。美香とは幼馴染でした」
「そうか、だったら話は早い。君なら彼女が自殺した原因を知っているだろう?」
少年の言葉に、増岡は怪訝な表情を見せた。
「なんで私が見ず知らずの先輩に、美香の事を話さなくちゃならないんですか? そんな義務はありませんし、例えあったとしても喋りたくありません。ちょっとデリカシーが無さ過ぎるんじゃないですか?」
そう言い放つと、増岡はきびすを返し教室内に向かう。
「ホラ、みんな行くよ」
増岡に言われ、他の女生徒達もそそくさと教室の中に消えていった。
「……なんなのかしら、先輩に対してあの態度」
礼儀を欠いた増岡の態度に、内田は露骨に不機嫌そうな顔を見せた。
「あんたも黙ってないで、何か言い返してやればよかったのに」
「仕方ないよ。彼女達の領域に土足で踏み込んだ僕が悪いんだ」
納得いかない様子の内田を背に、少年はその場を後にする。
「結局収穫は何も無かったわね」
帰り際、廊下を歩きながら内田が少年の背中に話しかけた。
「いや、あったさ」
少年がポツリと呟く。
彼女は何かを隠している。その背後に見え隠れするのは激しい怒り。そして、何者かに騙され自殺した今野美香。これらのキーワードが示すもの、それは……。
おぼろげながら、少年の頭の中に一つの答えが浮かんできた。だが、それを実証するためには、もう一つの確証が必要だ。
教室に戻った少年は、鞄から携帯電話を取り出すと、そのまま教室を飛び出した。
「ねぇ、何処行くの! もうすぐ午後の授業が始まっちゃうよ!」
「すぐに戻るよ」
内田にそう告げ、少年は急ぎ早に教室を後にした。




