第144話・料理の世界じゃ、勝ち負けは存在しないと思っているのでねぇ。(馬刺しの盛り合わせと、北海道のアレ)
ローストビーフの評判は上々。
ウルス・バルト王国の外交使節団団長であるサムソン・グレイウーズ卿も、今は自分の席へと戻りローストビーフを口に運びつつ、貴族達と楽しい歓談を始めている。
まあ、この時点で俺の仕事としてはほぼ終わりに近い。
生肉至上主義……というわけではないが、身分の高い者に優先的に供される生肉料理を、他国の料理人である俺が作り、そして満足していただけたんだからね。
「さて、それじゃあ次の料理の準備でも始めますか。マリアンは皿を並べてから、盛り付けの手伝いを頼む。シャットは飲み物の追加と、回収できたグラスをケースに入れておいてくれ」
「かしこまりましたわ。次のは木の葉皿でよろしいのですか?」
俺が厨房倉庫経由で取り出したのは、盛り合わせに使う皿。
白地に淡い緑色の模様が走った萬古焼の飾り皿で、木の葉の形をしている。
こいつは高い耐熱性と耐久性に富んだ焼き物でね、うちでは焼き物だけじゃなくこうやって刺身を盛り付けるのにも使用している。
そこに大根の妻と大葉をちょんと乗せて、あらかじめ切り付けて時間停止処理をしておいた馬刺しを丁寧に盛り付けていく。
「こうしてこういうかんじで……うん、まあ、こんなところだろう」
「はぁ……ユウヤ店長の盛り付けって、華麗さはないのですが質素で華美にならないのですね。料理は主ではなく、全てにおいて従である。そういう意味だったのですよね?」
「そういうこと。特にうちのような居酒屋では、食事をしつつワイワイと語り合ったり、大切な話をすることも多いからね。まあ、食事もひとつの話題作りにはなるが、そこで変に強調されても困るっていう事」
これは親方の受け売りでね。
『提供する料理は話題の一つとなっても、そこで強い主張はしてはいけない』っていうこと。
よくテレビの料理番組に出演しては、その事だけは忠実に守っていたからさ。
だから、ほかの料理人の作る料理に比べると派手さはないし、味付けだって強い主張はしていない。
「こっちは準備完了だにゃ」
「それじゃあ、シャットはこいつを持って、テーブルを回ってもらえるか?」
シャットに手渡したものは、お盆の上にのせられている銀色の小さな刺身皿。
そこに小さく切り付けられた地鶏のたたきを一切れ乗せて、上から山わさびをチョンと一つ、そして醤油をひと垂らししたものが盛り付けられている。
「うにゃ? 試食用かにゃ?」
「まあ、そんなところだ。さっきのローストビーフである程度は満足してもらったけれど、あれはあくまでも前座のようなもの。実際、ローストビーフっていうのは中のレア部分だけがすべてじゃなくて、すべてまとめて一つの料理と思っているからさ。だが、こいつは違う」
さっきの感じでは、ローストビーフのうまさを堪能していたのはウルス・バルト王国の関係者のみ。
この国の人たちはいくら火が通っていると説明しても、色味で生っぽい物は敬遠されていた。
まあ、今回だって敬遠されるとは思っているが、さっきのグレイウース卿の様子をチラチラッと見ていた貴族たちは、やっぱり気になっているようだからね。
とはいえ、元々そういった風習がある国ではないので、無理強いすることはない。
希望者がいれば供する、それだけだ。
「ああ、ようやくこれの登場ですの。ユウヤ店長、ホカホカご飯は用意してあるのですか?」
ほぼ盛り付けが終わってシャットが試食用の地鶏を持って移動した時。
入れ違いで、アイリッシュ王女殿下が身なりの良いエルフの貴族を伴ってやって来た。
そういえば、越境庵で試食をお願いした時も、ご飯との相性が良いって嬉しそうだったからなぁ。
「ええ、そりゃあしっかりと用意してありますよ。この後の料理には大量に使うのでね」
――ピクッ
俺の言葉に、アイリッシュ王女殿下の眉根が少しだけ上がった。
「ふ、ふ~ん、まだ切り札があったの。それってどういう料理ですの?」
そうマリアンとシャットに問いかけるものの、二人もお互いの顔を見合わせて首を傾げている。
「どんぶり料理ですわね。詳しいことは私とシャットも知らないのですよ」
「ドンブリ?」
「ははは、まあ後で作るのでしばしお待ちを。ご飯ものですから、少しは胃袋に余裕を持たせておいてくださいね?」
「あらら、本当に切り札のようですわね……では、今回はご飯は少なめでお願いしますわ」
「かしこまりました」
地鶏のたたきが盛り付けてある皿とご飯茶碗を小さなお盆に載せると、それを傍らで待機している侍女に手渡す。もっとも、その料理を見て少しだけ頬を引きつらせているのは、生肉料理に抵抗があるからだろうなぁ。
「アイリッシュ王女殿下……本当にこの生肉を食されるのでしょうか。もしもアイリッシュ王女殿下のお体に何かありましたら」
「あら、私は二日前にもこれを頂いているわよ。それで問題なんて何もありませんでしたわ。それに、ユウヤの酒場は王室御用達、その技術については宮廷料理長も認めている程ですわよ」
「そ、それは……そうですが……」
まあ、侍女の心配も理解できる。
そして同行していたエルフ国の貴族たちも、複雑な表情をしているのだが。
そんな心配そうなエルフ達とは対照的に。満面の笑みを浮かべてやってくるグレイウース卿。
どうやらシャットが配っていた試食用の『地鶏のたたき』を食べたようで。
「おお、ユウヤ店長、どうだ、こんな辺鄙な国の外交使節なぞやめて、わが国の宮廷で働かないか? さっきお前のところの店員が持ってきたヂドリノタタキとやら、あれは最高の料理じゃないか。我が国でも、流石に鶏肉を生で食べる風習はなくてな。ほかの肉などは氷室で凍らせるか、氷の呪術で凍らせてから食べてはいるのだが。鶏肉はどうしてもなぁ」
「ああ、カンピロバクターの心配ですね。あれは冷凍しても死滅せず、休眠するだけですからねぇ」
「う、うむ、何だかよくわからんが、考えておいてくれ!!」
だからこそ、しっかりと管理されたところで販売しているものでないとおすすめはしない。
そしてそれだけを言い残すと、目の前に並べてあった地鶏のたたきを数皿手に取り、嬉しそうに席へと戻っていく。そしてそれをきっかけに、ウルス・バルト王国の外交団の皆さんも殺到し、我先にと地鶏のたたきを手にして席へと戻っていく。
「……まあ、ここまでは予想通りというところか。残りは少ししかないから、もう少しだけ盛り付けておくか」
「そうですわね。最初に盛り付けた皿の大半は、外交団の方々に持っていかれましたので。もう少しだけ用意してもよいと思いますわ」
そのマリアンの言葉の真意はというと、アイリッシュ王女殿下が楽しそうに食べているのを見ている貴族の人たちが、なにかこっちをチラッチラッと見ているから。
まあ、無理に食べなくても構いませんけれど、一口でも食べられればそれを話題にアイリッシュ王女殿下とお近づきになれるといった考えなのでしょうねぇ。ほら、ようやく決意したらしい若い貴族がやってきましたよ。
「こ、これを一皿頂こうか。それと、アイリッシュ王女殿下の使っている奇妙なフォークもだ」
「奇妙なフォーク?」
「ああ、箸のことですわ。では、こちらをどうぞ」
マリアンが傍らに置いてある備品の入った箱から箸を一膳取り出すと、それを貴族に手渡している。
「ああ、そういえばアイリッシュ王女殿下は箸が使えるんだったよな。今度、マイ箸でも取り寄せてプレゼントしますかねぇ」
「それはいいですわ。では、私とシャットの分もお願いします。ちゃんと代金はお支払いしますので」
「ははは、それは別にいいさ。何も純金製の箸を取り寄せるとかそういうのじゃないから」
とはいえ、銀製の箸っていうのはありかもしれないな。
銀製の箸なら、王族にとっては意味があるだろうからさ。
古い韓国の王族とかでも、毒見役は銀製の箸を使っていたという逸話があったぐらいだからね。
ということで、まずは追加の地鶏のたたきを盛り付けてしばらくは様子見。
まあ、さっきの勇気ある若者がアイリッシュ王女殿下と気軽に話をしているのを見て、何名かは彼をまねて地鶏のたたきを取りに来ていた。それに、箸の使い方がよろしくないと、アイリッシュ王女殿下が使い方を指南しているようでね。
さっきから箸を貸して欲しいっていう貴族が後を絶たないんだが。
そんなこんなで地鶏のたたきも完売したので、俺たちも少しだけ休憩。
「ご飯の時間だにゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「今日は何があるのですか? 私は麻婆豆腐丼があるとうれしいです」
「唐揚げ丼だにゃ……そういえば、次はドンブリご飯だったはずだにゃ。まさか、ローストビーフの真ん中を切って盛り付けてたれをかけて完成だにゃ?」
「はは、まさか。ちなみにシャットの言っているやつはローストビーフ丼って言って、実際に存在するメニューだからな」
もっとも、あの店はちゃんと中心部分だけでなく焼き目のついた部分も使っているけれどね。
ということで、二人の料理を準備して手渡すと、俺は簡単におむすびとみそ汁で食事をとる。
そして最後の準備を始めるとしますか。
「それじゃあ、最後の締めだな」
まずはドンブリを用意。
そして刻んだ浅葱と軽く炙ってから細く刻んだ焼きのりを準備。
あらかじめ仕込んでおいたタレは醤油とみりん、砂糖、米酢、はちみつを鍋に入れてさっとひと煮立ちさせて冷ましたもの。ちなみに割合は親方秘伝なので秘密という事で。
そして炊き立てご飯の入った保温ジャーを用意すると、いよいよ主菜の登場。
厨房倉庫からトロ箱を取り出して、中に納めてある白いプラカップを一つだけ取り出す。
「ん~、これはなんだにゃ?」
「まあ、見ていろって。まずは熱々ご飯をどんぶりに盛り付け、そこに刻んだ海苔をパパッと乗せる。そして……」
プラカップの中身、つまり【十勝産・牛とろフレーク】をスプーンですくってご飯の上に乗せると、最後に上から浅葱をパラパラッと振りかけたのち、たれをレンゲですくってかけて完成。
「よし。これぞ本日のメインメニュー。十勝産の牛トロフレークを使った【牛トロフレーク丼】だ。ということで、まずは味見だな」
完成した牛トロフレーク丼をマリアンとシャットに手渡す。
当然俺も食べるので、レンゲは三本用意して。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!!」
「いただくにゃ」
まずは軽くトロフレークとご飯をさっと混ぜて。
ご飯の熱でトロフレークが少し緩くなったところをレンゲですくい、そのまま口へと運ぶ。
……うん……さすがは十勝牛のトロフレークだ。
口の中にうまみが駆け巡っていく。
そして同じように一口食べたマリアンとシャットは絶句状態。
ま、俺も初めて食べた時は、同じような反応だったからなぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




