【第2巻発売記念SS】とある騎士の独白
『追放された元聖女ですが、宿屋の女将始めました!』2巻発売中!
発売を記念したSSになります。
時系列としては48話と49話の間ぐらいですかね。
オレはイーストリアン王国の騎士だ。
騎士とはいえ、見習いで下っ端の人間だ。
田舎貴族の家に生まれたけど上に兄達が何にもいて家督を継げないオレは畑仕事をするか騎士になるかを迫られて後者を選んだ。
憧れの王都にこの身だけで乗り込んだオレだったけど、運動神経はよかったから騎士として訓練を受けるのは難しくなかった。
田舎じゃ度胸試しをよくしてたから教官達にもガンガン挑んで怖いもの知らずだなんて褒められもしたんだ。
ただまぁ、そんなオレにとって王都での暮らしで苦労したのは学の無さと人脈の狭さだった。
領地経営する貴族だけじゃなく、騎士にも色んな知識や所属する派閥の力が必要だって知った時にはうへぇ〜と思った。
長男や次男ならまだしも、それ以下の男にしっかりした教育なんて難しいし社交なんて隣り合った領地の人間くらいしか知らなかった。
だけど、王都にはオレみたいな馬鹿な連中も仲間外れにしない優しい人達もいた。
「古いだけのやり方だけじゃいけないって思うんだよな」
「先祖達が守ってきた騎士の誇りを忘れるような大人にはなりたくないよな」
その優しい人達はオレみたいなやつによく飯を奢って勉強になる話をしてくれた。
時には神聖教会の関係者も誘って御伽話の英雄譚も聞かせてくれてオレは自分が国に任命された騎士なんだって自信を手に入れたんだ。
「ご苦労。これからも訓練に励めよ俺の剣達よ!」
城で訓練をしていると王子様が様子を見に来てくれたりしてテンションは最高だった。
頑張って顔と名前を覚えてもらえたら近衛騎士として出世できる可能性だってあるんだ。
「おい、最近は遅刻気味だが弛んでるんじゃないのか? これだから若い連中はーー」
「いいか新人達。騎士の剣っていうのは弱き人々を守るためにあるんだ。だからってむやみに振り回すもんじゃなくてーー」
オレを評価してくれる優しい人達と違って上官やベテランの騎士達は長い話やお説教ばっかりでうんざりだ。
そんなこんなで騎士として仕事をしているとある任務の募集があった。
なんでも新しい教皇様と国王陛下の政策の目玉になる法律ができるらしい。
求められているのは陛下への高い忠誠心と神聖教会への熱心な信仰で、功労者には臨時ボーナスと将来の出世が約束されているとか。
オレは仲良くなった連中に誘われて迷うことなく任務に参加した。
任務は大変でイーストリアン王国の端から端まで移動したり、逆らったり反抗したりする罪人と衝突することもあったけど、騎士として成功するためにがむしゃらに働いた。
「もう無理だ。俺は降りさせてもらう」
「待て。逃げるのは職務放棄だ。王命に逆らうつもりか?」
「いや、だって……」
「罪人になりたいのか?」
魔族狩りをしていく中で脱落者も出そうになったけど、オレは逃げたくなるやつの考えがよくわからなかった。
働けば給料増えて出世もできるのにチャンスを捨てるなんて馬鹿だな。
魔族とはいえ、別に人を殺してるわけじゃないし、女神様からの教えを受けた教会の言ってることなんだから間違いなんてあるはずないのに。
「お前は辛くないのか?」
「何言ってんだよ。オレらみたいな連中がこんな素晴らしい任務に参加できるなんて光栄だろ!」
金が手に入れば実家に仕送りできる。
そしたら騎士になったオレを田舎の家族は褒めてくれる。
王命を熱心にこなせば出世が早くなる。
そうなればオレを見下してた連中の鼻を明かせてスッキリする。
「次はイーストリアン王国の領地から逃げだそうとする連中の追跡だ」
任務にもかなり慣れてきた頃にかなり大がかりな魔族狩りが行われることになった。
度胸がないやつが離脱したり、陛下に協力しない派閥の連中が僻地に左遷されたりする中でオレは魔族狩り部隊の中心に近いところにいた。
まぁ、馬鹿だから最前線の突撃部隊っていう危ないポジションにいるけど逆に言えば一番度胸がある勇敢なやつの場所だ。
真っ先に相手に挑むから活躍の機会だって多いんだ。これはチャンスなんだ。
「この国境沿いを抜けたら何があるんだっけ?」
「お前知らないのか? この先は恐ろしい魔族の国があるんだよ」
魔族の国。
かつて魔王が世界を支配するために魔族を集めて作った国だ。
エルフにドワーフ、獣みたいな連中や巨人に吸血鬼と怖い化け物達が集まって暮らしている。
「ビビったか?」
「まさか。むしろやる気が出てきな。オレが魔族を倒して英雄になってやるのさ」
オレは自信満々にそう言った。
魔族狩りの代表達は各地から人を募ったけど、魔族の国との境目に行くとなると思ったより集まりが悪かった。
どいつもこいつもビビりばっかりだ。
仕方なく数合わせで逃げ出そうとした罰を受けている騎士やまだ見習いの騎士も参加させて森の中に入った。
地元の連中でも滅多に立ち入らない森の中には最近新しい主っぽいモンスターが現れたなんて話も聞いた。
「魔族狩りの装備だけどモンスターが出たらどうするんだらろうな」
「教会の連中が助けてくれるだろ。そのために教会から幹部も出張ってきてくれたし」
今回の任務で普段と違うことがあるとすればそれは教会関係者の多さだ。
いつもは一人か二人くらいが騎士団に混じって行動するのにその十倍は参加している。
「それだけ大捕物ってことか」
悔しいことに魔族狩りの成功率はそんなに高くない。
いつも大半の魔族に逃げられてしまっているからだ。
多分、噂を聞いて逃している協力者がいるんじゃないかというのが上の意見だ。
馬鹿なことをするやつもいたもんだ。自分の首が危ないのに魔族に肩入れするなんて。
「教会も必死なんだろ。前の失敗で教会も騎士団も叱られたしな」
「前の失敗って何かあったか?」
「あー、まだ魔族狩りが本格化する前のことだからお前は知らないのか」
一緒に参加していた同年代の騎士は兄貴が陛下の側近らしく、その筋で魔族狩りより前から上の情報を知っていた情報通だった。
「この国を長年牛耳っていた前の教皇のことは知ってるな?」
「あぁ。女神様の教えに従わず魔族を放置していた極悪人だよな」
田舎貴族からしたら教会のお偉いさんなんて全く知らないけど、悪い噂は広まっていたから聞いている。
「その教皇はあろことにも戸籍もない孤児を偽の聖女に仕立て上げて私服を肥やしていたそうだ」
「なんて酷いやつだ」
「まぁ、教皇は病気で死んだんだけど、問題は悪事に加担していた偽の聖女だ。なんでも教会から監獄に護送してる最中に逃亡したらしい」
「どうやって逃亡したんだ?」
「それは知らん。気づいたら消えてたんだと。まぁ、教皇が用意した偽聖女だし何か凄い道具でも持ってたんじゃないか?」
「そんなもんか」
聖女様といえばオレでも知っている教会の顔だ。
教皇様が誰でもオレは困らないけど、聖女がいるかいないかじゃ王国の安心感が違う。
聖女様が魔族から国を守って慈悲の心で民を救ってくれたから今の平和があるんだ。
それを騙る偽聖女なんてとんでもない大罪人だ。
「偽聖女に逃げられた失敗を今回の魔族狩りで取り返したいのさ」
「なるほどね。その偽聖女ってのも今回の任務で捕まればいいな」
なんて会話をしながらオレ達は魔族を追っていた。
運よくモンスターに出くわすこともなく、オレ達はついに国境を超えて逃げ出そうとする魔族達を大量に見つけた。
更には教会から逃げ出した偽の聖女まで同じ場所にいて自分達の運の良さを喜んだ。
これで出世間違いなしだ!
だけど、その直後に背筋が凍るような本能が恐怖する雄叫びを聞いてオレは地面に叩きつけられた。
鋭い爪が近づいてきて、熱い吐息と殺気をはらんだ氷のような視線がーーあぁ、死んだなこれ。
悲鳴をあげるまでもなくとオレは痛みと恐怖で気絶した。
♦︎
「痛ぇ……」
意識が戻ったのは気絶して数十分のことだった。
「意識が戻りましたね。血は止まりましたけど傷が完治したわけじゃないのであまり動かないでください」
耳元で女の子の声がした。
声の主は何やら別の女と話をしていたが、オレはそれどころじゃなかった。
「なんだよこれ……」
辺りから聞こえてくる悲鳴や泣き声。
そのどれもが狩られる側の魔族じゃなくて騎士団と教会の関係者のものだ。
痛む体に鞭を入れて上半身を持ち上げると、オレが着ていた金属の鎧が熱したナイフでバターを切ったかのように引き裂かれていた。
それどころかその下に着ていたシャツが赤く染まっている。
「オレ、死んで……」
どっからどうみても助からない傷だ。
血を流し過ぎて死ぬのがオレの末路だったはず。
なんたって相手はドラゴンだった。
あんなの普通に生きてたらまずお目にかかれない伝説の怪物。
そんなのに襲われて生きてるなんて奇跡か女神様のご慈悲しかない。
「おい、動けるか?」
何が起きたのかわからず地面に寝転がるオレに声をかけてきたのは癖の強そうな髪のおっさんだった。
鎧っぽいものを着てるが、正式な騎士に支給されているものとは違うし、冒険者だろうか。
なんで冒険者が魔族の集団が潜伏していた場所にいるんだ?
「見てわかるだろ。喋るのがやっとだ」
「そんな態度が取れるなら無事だな。おーい、こいつも宿に運んどいてくれ!」
宿? こんな未開拓の場所に宿なんてあるのか?
そもそもどうしてオレが生きてるのか、あのドラゴンは何なんだとか聞きたいことが山ほどあったけどオレは血が足りなくてまた意識を失った。
次に目覚めた時は上質なベッドの上で寝かされていて、見張りらしい冒険者の男から水や食い物を与えられた。
オレはベッドから起き上がれないから何もされなかったが、他の一人で動ける連中は全員が捕縛用に持ってきた鎖やロープで縛られていた。
宿らしき建物に仲間が全員いなかったので聞いてみたら無傷なやつは別の場所に押し込められているらしい。
一番の驚きはオレを含めて怪我人こそいても死者は誰一人いないそうだ。
ドラゴンに襲われてあんな簡単に部隊が壊滅させられたのに死者がいない?
「お前ら、女将さんに感謝しておけよ。それから戻ってきた旦那に土下座して許しを乞え」
「誰だよそれ……」
天然パーマのおっさんやその仲間に監視されながらオレはベッドの上で数日過ごした。
生きてはいるけどこの有様じゃ騎士として復帰できる可能性は低い。
折角田舎から抜け出して正式な騎士になって周りの連中を見返してやれるってところだったのに……。
これからの残りの人生どうすればいいのか悩んでいると騎士団の下っ端をまとめていた上官が顔を包帯でグルグル巻きにしたミイラみたいな姿で登場してオレ達に現状を説明してくれた。
「もう無理だ。我々は助からん」
「う、嘘でしょ?」
上官の口から出たのは降伏宣告だった。
何でもオレ達を襲ったドラゴンが王都に現れて城で大暴れしたんだそうだ。
更にそこには魔族の親玉である魔王まで現れて陛下と聖女様と教皇様が捕まった。
イーストリアン王国が壊滅すると思った時に現れたのは留学中だったロイド第二王子。
ロイド王子がその場を収めて王都が瓦礫の山になることは免れたらしい。
「我々の今の立場は王を騙った愚か者にいいように利用されて竜の尾を踏んだ無能の集まりだ。神官連中も破門されるらしい」
これまで積み上げてきた騎士としてのプライドがズタズタに引き裂かれた瞬間だった。
そりゃねーよ、って気持ちとこれから自分の身がどうなるんだって不安に襲われた。
「せめて部下のお前らの命だけは見逃してもらえるように交渉してみるが……」
上官は傷だらけの顔で苦々しく呟いた。
ここはイーストリアン王国の領地とは言いづらい場所で、なんでも魔王が魔族を匿っていたらしい。
だから上層部が全部の罪をオレ達になすりつけて見捨てるには絶好の機会だと説明を受けた。
「とりあえず魔族狩り部隊の隊長と神官の代表を黙らせてくるからお前は大人しくしとけ」
上官はそう言って部屋から出て行った。
どうも現場責任者の奴らはまだ王都からの情報を信じられずに無駄な抵抗をしているらしい。
オレもそこまで馬鹿でいられたら……いや、人の忠告や話はちゃんと聞くべきだったよな。
オレは布団の中に潜って自分の頭の悪さに笑いながら枕を濡らすしかなかった。
♦︎
元魔族狩り部隊で今は捕虜になっていたオレ達に転機が訪れたのは枕を濡らした次の日だった。
バサバサと羽ばたく何かが屋敷の近くに降り立った。
同室の怪我人達と慎重に窓の外を眺めると、例の銀色のドラゴンがいた。
あぁ、これから食われて殺されるんだと敗北した時のトラウマに怯えていたら部屋の扉をノックして女の子と大男が入ってきた。
「はい。これからみなさんの治療をするので大人しくしていてくださいね」
「暴れる者は我が永遠に眠らせてやる」
女の子の方はオレの田舎の家にいる末の妹くらいのまだ小さい子供で、大男の方は騎士団の誰よりも強そうな体に額から二本のツノを生やした魔族だった。
「いいかお前ら。この方々の言う通りにするんだ」
怪しい二人組に警戒するオレ達の前に現れたのはいつも通りのあんまり頼りにならなさそうな顔をした上官だった。
そう、包帯でミイラみたいな状態じゃない傷一つない姿の。
「後が詰まっているので一気にやりますね。少しくすぐったいかもしれませんが我慢してください。【ヒール】」
上官の変化に驚いている間に女の子がテキパキとオレ達の傷の具合を確認して呪文を唱えると淡い光が傷口を包んだ。
何をされているのかわからなくて怖くなったけど、睨みを効かせている大男の方が恐ろしくて口を開くのを我慢した。
「はい、もう大丈夫です。何か違和感や異常があったら見張りをしている冒険者の人に声をかけてください。一晩休んで問題なければ普段通りの生活に戻って結構です」
慣れた手つきで全員に魔法を唱えて顔色が戻ったことをチェックし終わると女の子と大男は部屋を出て行った。
嵐が過ぎ去った後みたいな静けさがオレ達の間で流れ、それから間もなく全員で抱き合って泣いた。
♦︎
本当に何も異常がなく、翌日には怪我人全員が他の仲間と同じように洞窟に隔離された。
武器と鎧は取り上げられたが、もう抵抗する気はなかった。
「お前無事だったのか。あの傷でよく生きてたな」
「無事じゃねーよ。……オレは神の奇跡に助けられたんだ」
魔族狩りに一緒に参加していた情報通と再会して何があったのかをオレは熱心に話した。
洞窟に連れて来られる途中で冒険者に話を聞いたが、あの女の子こそが本当の聖女様だった。
「もう再起不能だと思っていたけど、また自分の意思で歩けるようになったんだよ」
「そいつはよかったな。ついでにもう一つ朗報があるぞ」
情報通は流石の耳の良さで手に入れた情報を教えてくれた。
どうやら近いうちに王国側からここに使節団がやって来てオレ達を迎えに来てくれるそうだ。
「帰れるんだ……」
「お咎めなしとはいかないし、世間からの風当たりも強いとは思うけどな」
「それでも帰れるならいいんだ……」
一度は人生を諦めたオレだったけどまた家族に会える。
騎士の資格を剥奪されなければこれからは心を入れ替えて真面目にコツコツと頑張ろう。
もう都合のいい他人の意見に振り回されず自分でよく考えて人付き合いを選ぶんだ。
その後、しばらく捕虜としての生活を送った魔族狩り部隊は迎えに来たカルディアス辺境伯を筆頭にした使節団に連れて帰ってもらえた。
「なぁ、王都に戻ったらオレは教会に礼拝に行こうと思う」
「それ、お前と同じように宿から戻ってきた全員が同じこと言ってたよ」
「そりゃそうだ。だってオレらは本物の聖女様のおかげで命拾いしたんだからな」
あぁ、なんて慈悲深くて神々しい聖女様だったんだろう。
同じ感想の仲間を集めて聖女様の素晴らしさをもっと多くの人達に教えてやらなくちゃな。
絵が得意なやつと文才があるやつにお願いして聖女様を題材にした本を出そう。
歌が得意なやつと楽器が演奏できるやつには聖女様を讃える歌を作ってもらうんだ。
「聖女ミサキ様バンザイ!!」
こうしてイーストリアン王国に密かにファンクラブが誕生したことをミサキが知るのは今よりずっと後のことだった。




