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7-8 シモンと王と時々ゾンビと

「数か月ぶりだな、シモンよ」

「お久しぶりでございます。今回は災難でございましたね」

「ふむ」


 王は紅茶を一口すする。

 シモンが入れたものだ。どくろがちりばめられたカップを手にしている王を見るのは、彼の目には新鮮だった。


 しかし、今はそんな冗談を言える暇は彼にはなかった。何とかして王と2人きりの気まずい空間を何とかすることが先決だった。

 城にいた時のシモンであればそんなことは別に考えなくてもよかった。


 しかし、今の状況では訳が違った。彼にも引け目があった。


 王はカップをゆっくりとテーブルの上に戻す。下手な音が鳴らない、上品な置き方だった。


「それで、勇者たちの様子はどうなっているのだ」

「しっかりと“観察”は行っていましたよ。身近な場所にいたので、よーくわかりました」

「しかし、連絡が来たことはなかったようだがな。報告してくれないとは、一応命令違反ということになるのだがのう」

「そ、そうですか? 一応報告は送っていたのですがねえ。結界で知らないうちにさえぎられていたのかもしれません」

「ふむ」


 シモンに冷や汗が垂れる。

 王は毅然として変わらず、鋭い目でシモンのことを見ていた。別に彼が怒っているという訳ではないことは、シモンにもわかっていた。

 アレクたちの中では、王といちばん付き合いが長いのはシモンだ。


 しかし、それでも王に見つめられると、どこか委縮してしまっておた。目の前にいる王という男は、そう呼ぶのにふさわしいだけの威厳を備えていた。


「まあ良い。それで、お主の目から見て、勇者たちの様子はどうだったのだ?」

「特にこれといって変なことはないですね」

  「ほう」

「みんな仲良く暮らしていましたよ。ここにいると、世界とは何て平和なところなんだと思います」


 シモンは早口にしゃべる。

 山に侵略者が攻めてきていたことは王には黙っておくことにした。


「まあ、何事もないのならよい。これから国を救ってきてもらうのに、変な詮索をしても失礼だしな」


 王の言葉にようやくシモンはほっとする。

 どうやらシモンを追求するつもりはないようだ。そのことがわかって、シモンの緊張も少しほぐれる。

 王がもう一口紅茶を口に入れる。その動きに合わせるように、シモンも紅茶を飲んだ。王と同じどくろのティーカップだ。王はそのティーカップをまじまじと見つめた。


「相変わらずなのだな」

「こういう方が落ち着くのですから」

「……まだゾンビたちは引き連れているのか?」

「ええ」


 シモンは即答した。

 王は再びティーカップを見つめながら、神妙な顔つきをする。

 2人の間に沈黙が起きる。

 王は何かを言うべきか悩んでいるようだった。やがて、王が言いにくそうに口を開く。


「なあ、シモンよ。そろそろそのゾンビを手放すときなのではないか?」


 シモンは目を丸くする。さすがに、王から突然そんな事を言われるとは予想はしていなかった。

 王は部屋の様子を見渡して続ける。


「お前にはもう、立派な仲間がいるではないか。もうゾンビは必要ないだろう」

「そうは言われましても、このゾンビを含めて、私自身ですから」


 王はため息を吐く。


「……シモンよ。なぜ、お主を魔王討伐の一員にしたかわかるか?」

「厄介者である私を危険な旅に送って、あわよくば死んでもらうためでしょう?」

「?!」


 王が目を丸くする。

 いつも鋭い目つきをしている彼の驚いている姿はシモンにとって初めて見る顔だった。


「冗談ですよ。それは教会側の意向でしたね」

「……そんなことばかり言うから教会から嫌われるのだぞ」

「別に間違ってないんですし、しょうがないでしょう」

「私はな、勇者たちとの旅を通して、お主にその過去との呪縛から解放されてほしかったんだ」

「過去との呪縛、ですか?」

「うむ。お主の話は教会からもよく聞いていた」

「ああ……」


 シモンの表情がひそかに陰る。気を紛らわすように紅茶を1口飲んで、どくろを見つめた。


「教会から異端児として扱われたお主は、知らないうちにのけものとして扱われるようになった。1人ぼっちの孤独な少年の周りに集まったのは、悲しき屍鬼だけだった。違うか?」

「間違ってはいないですね」

「だが、今は違う。お主には仲間ができた。もう、ゾンビたちから離れるときなのではないか?」


 シモンは下を見つめる。

 そこでは、床から複数の手がシモンのすねを掴んでいた。引きずり込むわけでもなく、しかし、決してシモンの足を離そうとはしなかった。


「それはできませんね」

「お主が何と呼ばれているのか知っているか? 死神だぞ。せっかく魔王から世界を救った英雄だというのに、だ」

「世間の評価など関係ないんですよ」

「……なにがそこまでお主を動かす?」


 シモンは床からゾンビを呼び出す。ゾンビは召喚されると、何をするわけでもなく、シモンの周りに集まった。


「こいつらの魂はね、まだ救われてはいないんですよ」


 シモンはそのゾンビを優しくなで始める。ゾンビは体を彼に預けているようだった。


「本当なら、僧侶や教会の手によって救われるはずだったのに、多くの人々の陰に隠れてひっそりと死んでいった者たちが私の周りに集まるんです」

「共鳴でもしているというのか?」

「きっと彼らは単純に救いを求めているんですよ。私にはもともと、平和に生きている人間なんかに興味がなかった。だから私の周りに集まれば、何とかなると思っているんじゃないですかね」


「……それは、死神と呼ばれてもやることなのか?」

「多くの人々に忌み嫌われようとも、本当に救いたい魂を救うことができるならば、それで構いません。そのためなら、死神にでもなりますよ」


 王はシモンの姿を見つめた。彼は全身を黒の服に身を包んで、ゾンビと戯れている。白が基調とされる僧侶の服装とは正反対の印象を見たものに与えている。彼が死神と呼ばれる1つのゆえんだ。

 しかし、どれだけ彼が闇を身にまとおうとしても、その奥から湧き出ている光を消せるわけではなかった。

 彼の周りに集まるゾンビたちの表情は、醜くても温かかった。


 王は残っていた紅茶を飲み干す。カップの底には、やはりどくろのマークが顔をのぞかせていた。そのどくろに王はそっと微笑みかける。


「そういうことなら仕方ないな。好きにするがいい」

「ありがたいお言葉でございます」


 シモンは礼儀深くお辞儀をする。


「こういうときだけ都合の良い奴だ」

「しっかりと国を救ってきますので、お許し下さい」

「今度は死神といわれないように気を付けるのだぞ」


 王の瞳に移るシモンはただうなずくのみだった。そこには、もうかつての孤独な少年の面影はどこにもなかった。ただ、己の道を信じる1人の僧侶が立っているだけだった。

お読みくださりありがとうございます!


これで、仲間たちのエピソードはおしまいです!

次回から、アレクたちはデベルのもとへと出発します!


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