7-7 ロゼとグラム
ロゼは1人夜風に浴びていた。生暖かい風がロゼの髪を揺らす。冬を越してしまった風は、ロゼの熱気を覚ましてくれるには物足りなかった。
彼女は興奮を抑えることができていなかった。
突如として決まった、城への乗り込み。王を追放してしまうほどの国の危機、そして何よりも、そこに溢れているという強敵の話はひそかにロゼの気持ちを高ぶらせていたのだ。
――やっと思う存分闘うことができる。強敵というやつと!
王の前では隠していた興奮を爆発させる。
アレクと一緒に暮らすようになってからも、たびたび異世界の刺客と戦うことはできたが、それでも来て1人のみ。アレクたちと連携ができるようになってしまってからは、その1人すらも帰りううちにするのは簡単になってしまっていた。
しかしこれから始まる戦いには、それと同じだけの敵が城を支配しているという。その1人1人と思う存分戦うことができる。まさにロゼが願ってもやまない展開だった。
もう夜も更けようとしているのに、ロゼは興奮でまだ眠ることができずにいた。出発は夜明けになってからと決まった。ロゼはただ、夜が明けていくのを今か、今かと待ち望んでいるのであった。
「こんな時間に何をしているというのだ」
ロゼの背後から声がした。その声にこたえるように、振り返る。
そこにはよく知る顔が立っていた。
「久しぶりだな。グラム」
グラムと呼ばれた男は表情を変えることなく、ふっと答える。気難しそうな顔をした若者だった。王と一緒にやって来た騎士団長であった。
「もう夜更けだぞ。戦いに行くというのに何をしている」
「気持ちが高ぶってしまってな。夜の風に当たりながら気を落ち着かせていたのさ」
「……王の護衛もせずにいいご身分だ」
2人の間に沈黙が訪れる。
グラムの一言を最後に2人とも話し出すべき言葉を見失ってしまう。ロゼの中の高揚した思いが少しずつ収まっていく。
「……お前が騎士団長になったのだな」
「誰かさんが急にいなくなってしまったからな」
「すまないな、いつも押し付けてしまって」
「すまないで済むものか!」
グラムはロゼに向かって叫んだ。その声には怒りが込められていた。突然のグラムの行動にさすがのロゼも驚いて言葉を失う。
「騎士団長が突然いなくなるなんて、ありえないことだぞ。城の中では、お前に対する異端尋問すら行われようとしていたのだぞ」
「そうだったのか」
「そうだったのか、ではないだろ! 王が何とかそれを抑えてくれたというのに、お前ときたら、こんな山の中でのんきにご隠居暮らしか」
段々とグラムの言葉に勢いが増していく。その表情からは気難しさ以上に、抑えきれない怒りが現れ、顔を赤く染め上げていた。
ロゼは冷静に、グラムの姿を見つめていた。
「やはり、騎士団長にはお前の方が適任だな」
ロゼの言葉を聞いたグラムの表情が固まる。と、同時に彼は手が出てしまっていた。
静かな森の中にぴしゃりと音が響く。
ロゼはあっけにとられながら、今、目の前で自分の頬を叩いた者の顔を見つめていた。ロゼの頬はじんわりと痛みを伝えながら赤みがかっていた。
グラムはロゼの目の前で自分の手を抑え込んでいる。衝動的に出た一撃だったようだ。
ロゼは、叩かれた頬にそっと手を当てた。
「いい一撃ではないか」
「お前はまだ、そんなことを言うのか」
「私は本当のことしか言わない」
「お前はいつだってそうだ。そうやって余裕な態度を見せながら、俺のことを馬鹿にする」
「馬鹿になどしていないさ」
「その顔にすべて表れているさ。余裕な顔して、私が欲しいものを簡単に奪い去っていく。魔王討伐の使命も、騎士団長の座も、俺が血眼になって努力しても、手に入れられなかったものを持っていきやがる」
「騎士団長の座なら手に入れたじゃないか」
「お前が逃げ出したから仕方なくな! そして今度は何だ。国を守れない私をあざ笑うのか?」
「私は何も言ってないぞ」
グラムにはロゼの言葉はもう耳に入っていない。彼はそのまま剣を抜いた。騎士団長に与えられるというオリハルコンの剣だ。その剣をロゼの前に突き出す。
「何のつもりだ?」
「俺と戦え。もうお前に置いていかれるのはこりごりだ」
ロゼは軽いステップで後ろへ飛ぶ。
「相変わらず血気盛んだな。いいだろう。私を倒せれば、お前が私の代わりに行けばいい」
「その言葉に嘘はないな?」
「もちろん。いつでもかかってこい」
ロゼが言い終わると同時に、グラムは勢いよく突っ込んできた。彼は的確にロゼの急所に切り込んでいく。
ロゼはその攻撃を、武器も出さないまま避ける。足取り軽く、グラムが次に攻撃してくる場所を読んでガードする。グラムの攻撃は加速していくが、それに対応するようにロゼの動きも素早さを増していく。
「ほう、剣さばきも早くなったじゃないか」
ロゼは余裕げにグラムに話しかける。グラムの表情は険しくなっている。
「そう言ってられるのも今のうちだ」
グラムの剣がロゼの喉元を狙う。ロゼは後ろにバックしてその攻撃を避けようとする。
しかし、ロゼの動きは、後ろに仕掛けられていた槍の存在によって阻止されてしまった。
槍はロゼの背中に向かって配置されており、それらすべてがロゼを狙っている。下手にバックをしようものなら、くし刺しにされてしまう。
「覚悟!」
グラムの剣が喉元に差し迫る。
「鉄骨の楯」
ロゼが叫ぶと、ロゼの目の前に楯が浮き上がり、グラムの攻撃をはじいた。その反動でグラムの体は大きく後ろへはじき返される。
それまで続いていたグラムの連撃の動きが止まる。
「なかなかやってくれるじゃないか」
「なめやがって」
「次は私の番だな」
ロゼは不敵に笑う。そのまま、ロゼは武器も持たないままグラムの目の前まで駈け寄る。
「はあっ!」
グラムのみぞおちにロゼのこぶしが入る。グラムはオリハルコンの鎧をつけていたが、ロゼのこぶしはその鎧を貫通してグラムに入る。
グラムは低いうなり声をあげながら、その場に倒れこんでしまう。みぞおちを抑え込みながら、グラムはその場でうずくまる。
「ぐぁ、ぐ、ぐぁぁ」
グラムのもとにロゼがゆっくりと歩み寄る。鎧を殴ったこぶしには傷1つ入っていない。
「勝負ありかな」
「ど、どうして、どうして……こんなに力を求めているのに、なお、俺は勝てないのか」
ロゼはうずくまるグラムの顔を覗き込む。その目には悲しげな光が映し出されている。グラムに向かって、ロゼはそっと話しかける。
「グラム、お前が何を求めているのかは知らないが、1つだけ言っておく」
「……?」
「お前はこの世界は見ない方がいい。こんな世界を見るのは、私だけで十分だ」
「な、なにを言っている」
ロゼはそれには答えず、たださみしく微笑むだけだった。グラムの呼吸が少しずつ収まっていく。まだ痛みは残っているが、他のことに意識は向けられるようになったようだ。
「雷の槍」
グラムの様子を確認すると、槍を取り出した。槍は巨大な雷を放ちながら、ロゼをまがまがしく照らしている。
その様子にグラムは思わず息をのむ。
「さあ、行くぞ。当たれば、たぶん死ぬからな」
「な、なんの、これしき……」
グラムは無理やり立ち上がる。その体は痛みと、目の前の雷光の影響で震えている。しかし、彼の目はただまっすぐにロゼのことを見つめていた。
叫び声と共にロゼは駆けだす。その動きに合わせて雷光も残像としてついてくる。雷光はまっすぐにグラムに向かって突き進んできた。
ロゼがグラムの体めがけて槍を突き出す。
それでも、なおグラムはその場からよけようとしなかった。ただまっすぐにロゼのことをにらみつけた。彼はまだオリハルコンの剣が握っていた。それをしっかりと振り上げる。
彼の顔にはほのかに笑みが浮かんでいた。
ロゼの槍はグラムの顔の目の前で止まった。虫1匹とて通れそうにないほどの隙間だった。
雷光はその場で消え失せ、あたりは静かな闇に覆われた。
「やはりお前は“騎士団長“だな」
攻撃の手をやめると、ロゼはグラムに言った。
グラムは、ぎりぎりの気力を保ちながら立ち上がっている。その手にはまだ剣が握られていた。
「王を傷つけるわけにはいかないからな」
そう言って、グラムは後ろに目をやる。そこにはアレクたちの家がある。そこにはもちろん、王も泊まっている。グラムが避けていれば、ロゼの攻撃は王のもとにまで影響が及んでいたかもしれない。
「命ギリギリの状態でも、そんなこと言えるのはやはり騎士団長だけだよ。私には無理だった」
ロゼは自らの頬をさする。そして、さすった自分の手を見つめると、にこやかに笑った。
「そして、その勇気が、私に傷を負わせたという訳だ」
ロゼの手には血が付いていた。彼女の頬には一線の切り傷が付いている。グラムの剣が付けたものだ。
グラムは緊張が解けてしまったのか、その場で座りこんでしまう。
「……やっぱり、城に攻め込みに行くのはお前に譲ることにする」
「いいのか? 私の代わりに強い敵に挑みに行かなくて。私よりも強い敵がうようよいるぞ」
「お前が戦いの悪魔だということが、はっきりと分かった。ここまで実力差を見せつけられると、張り合っていたのが馬鹿らしく思えるよ」
グラムからは、さっきまでの気難しい雰囲気は消えていた。肩の荷が下りたようである。
彼の顔には自然と笑みが浮かんでいた。それは、ロゼに初めて見せる表情だった。
「戦いの悪魔か。なかなかいい表現ではないか」
「俺は、お前に1つ傷をつけられただけでも満足だよ」
「女の顔に傷をつけて満足だなんて、お前も十分悪魔ではないのか?」
「そ、それは……」
「アリアンテにもよく忠告しておかないとな」
「おい!」
グラムの反応を見て、ロゼはは高らかに笑う。もう1度、グラムにつけられた傷痕をさする。血は収まってきているが、まだ触ると痛みが残っていた。
「この傷は消えないかもな」
「……すまないと言っているだろう」
「ふふふ。お守りにさせてもらうよ。この傷を思い出せば油断することはなさそうだ。」
夜の闇はまだ深い。
ロゼの中にある高まりは、少しずつぬくもりという形で彼女の体の中になじんでいくのだった。
お読みくださりありがとうございます!
越えられない仲間への葛藤って大好物です
今回はしてないけど、そのまま闇落ちルートも結構好き!
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