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7-6 リリカとアリアンテ

 リリカは部屋で1人意気消沈としていた。王が来てからもう時間は夜になっていた。ようやく部屋で1人になると同時に、起こった出来事を整理する。


 城でデベル王子が魔法陣を悪用し始めた。アレクを倒すために設置した魔法陣を今度は自分の権力を乱用するために扱い始めてしまったのだ。

 そのせいで王様は城を追い出され、国は混乱に陥りそうになっている。


 その原因となる魔法陣を作ったのは、他でもなくリリカ自身だった。


「大変なことになった」


 リリカはそっとつぶやく。

 彼女の中で、今回のような事態が起こるかもしれないという恐れは持っていた。異世界からアレクと同じだけの能力を持つ人間を呼び出すのだ。悪用しようと思えばなんだってできる。


 しかし、そんな不安も「デベル王子は馬鹿だから大丈夫」という不確かな言い訳を自分に言い聞かせていた。すべてはアレクに会いたいという一心から起こされてしまった行動だった。

 そして、最悪の事態を引き起こしてしまった。


 彼女の中では多くの考えが交錯していた。

 この事態を招いてしまった罪悪感。アレクまで巻き込んでしまった申し訳なさ。そして、この魔法陣を作ったことがばれているのではないかという不安が彼女の中で湧き上がる。


 アレクやロゼ、シモンはリリカがこの魔法陣を作ったことは知っている。彼らは強者の余裕からか、笑い話で済ませてくれた。

 しかし、王たちには笑い話では済まないだろう。何といっても王様が城を追い出されているのだ。国が滅んでいてもおかしくなかったほどの大問題だ。


 たとえ、一国の大魔導士だとしても見逃せる問題ではない。


 リリカは頭を振って不安を吹き飛ばそうとする。そんな簡単に気を紛らわせるわけではないが、それでもずっと落ち込んでいても仕方がなかった。


 落ち着いてくると、彼女の中で急に眠気が襲い始めた。

 突然の王の訪問に精神的に疲れてしまっていたのかもしれない。リリカの瞼が重くふさがろうとする。


無効化(イレイズ)!」


 まどろんでいく意識の中で、リリカはとっさに叫んだ。呪文を無効化する反魔法だ。

 リリカが呪文を唱えると同時に、リリカの周りで魔力が吹き飛んでいく。それと同時にリリカ自身の眠気もすっかりと収まってしまった。


「誰?」


 返事はない。

 しかし、リリカは誰の仕業かは大体見当はついていた。


「……なんて聞くまでもないか。アリアンテ、そこにいるんでしょ?」


 リリカはドアの外に向かって声をかける。

 ドアの外からは音は聞こえてこない。しかし、やがてゆっくりとドアが開いて、黒いフードに包まれた者が部屋の中に入って来た。王と共にやって来た魔導士だった。

 リリカはその姿を確認すると優しく声をかける。


「久しぶりね。アリアンテ」

「お久しぶりです。リリカ様」


 そう言うと、アリアンテと呼ばれているものはかぶっているフードを取り去る。

 その中からエメラルドグリーンで肩まで伸びたストレートの髪の少女が顔を出した。リリカと身長はあまり変わらない。部屋の中には2人の少女が向かい合わせに立つことになった。


「少し見ないうちに、ずいぶん立派な魔導士に成長したのね」

「いえいえ、そんな」

「本当よ。師匠に向かって催眠魔法をかけようとするなんて、なかなかできることではないでしょ」


 アリアンテは極まりが悪い顔をしていた。


「どういうつもり? 軽く3日くらいは昏睡状態にできるくらいの魔法だと思うけど」

「やはりリリカ様には小細工は通用しないのですね」

「そんなこと言って。あなたを、師匠に向かって不意打ちを仕掛けるような子に育てた覚えはないんだけどな」

「ここ半年ほどは、リリカ様に育てられていませんでしたからね。少しぐらい不良にもなるのです」

「うっ……」


 今度はリリカが極まりの悪い顔をする。かつての愛弟子にここまで嫌味を言われてしまうとは予想していなかった。

 咳ばらいをしながら、冷静を装う。


「それで、なぜ催眠魔法? まさか私が行くのを妨げようとでもしているの?」

「本当に城に向かわれるのですか?」

「ええ」

「危険です! あそこには……」

「強力な魔法を放つ少年がいる、でしょ?」


 アリアンテはうなずく。綺麗に整えられた髪が一緒に揺れる。


「あの少年を見た時に、もはや誰も敵わないと思いました。きっと今もデベル王子はあの少年と同じだけの力の兵を集めています。あんなの死にに行くようなものです」

「それなら、なおさら私が行かないといけないじゃない」

「死んでしまいます!」

「アレク様がいるから大丈夫よ」


 アレクという言葉を聞いた瞬間、アリアンテの顔が固まる。

 その表情には、彼に対する好意はなかった。


「アレク? またアレクですか。いったい彼が何なのですか? あんな愛想の悪い人間のどこがいいというのですか。力があるのはわかります。強大魔法が打てる存在だということも。でも、それなら彼1人に行かせればいいじゃないですか! リリカ様が行かれる理由など、どこにも、」


 アリアンテは勢いよくしゃべる。自分でも感情が抑えられていないようだった。


 そのアリアンテの言葉は途中で遮られた。リリカがアリアンテに抱き着いた。優しく、子供をあやすようにアリアンテの頭を撫でる。高ぶっているアリアンテの鼻息が、リリカの耳にも入って来る。


「アレク様はね、私の恩人なの」


 リリカはアリアンテを離しその顔を顔を見つめる。アリアンテの顔には涙が輝いていた。


「私は、この世界で生まれた時から『伝説の大魔導士』として育てられた。大魔導士は魔法を極めるものだという、大人たちの言葉でずっと城の中に囲われた。城の中で強大魔法を使いこなすために、ずっと魔法を打ち続けるだけの毎日だった」

「……」

「でも、アレク様はそんな私を、1人の人間と見てくれたの。彼は私を外に連れ出してくれた。馬鹿にしてくれた。人間として、私のことをあしらってくれた。それが嬉しくてね」

「でも、だからってリリカ様が行かなくても……」


 リリカは首を横に振る。


「今回は私がアレク様を巻き込んでしまったの。これは本当なら私1人が責任を取らないといけない問題。でも彼じゃないとこの状況を打破できないのも事実」

「それって、あの魔法はやはり、リリカ様が……」


 りりかはその質問には答えない。ただ黙ってアリアンテを見つめるだけだ。


「あの魔法陣を止められるのは私しかいない。だけど、それをするためにはアレク様やロゼとシモンの協力がないと無理なのよ。その後のことはまたあとで考えるしかない」

「……」


 アリアンテはうつむいてしまう。受け止めがたい現実と何とか向き合おうとしながらじっと体を震わせる。部屋の中には、彼女のすすり泣きにも聞こえるような声だけが響いていた。


「……強大魔法」

「え?」

「私はまだ、リリカ様に強大魔法を教わっていません。私が習得できるようになるまで、どこか行くなんて許しませんからね」

「約束する」


 リリカはそう言って笑った。アリアンテもうつむいた顔をようやく上げる。その顔にはもう涙は浮かんではいなかった。


 ――


「しかし、リリカ様はどMなのですか?」

「は?!」


 アリアンテの気分が落ち着いてきたころ、アリアンテは急にリリカに質問を飛ばした。


「だって、アレク様から馬鹿にされて嬉しい、なんて言うので」

「そ、それは言葉の綾ってやつで……」

「そんなにいじめられるのが好きでしたら、言ってくださればよかったのに。鞭くらいなら私にだって使えますよ」


 アリアンテは、そういうと、魔法陣から鞭を取り出す。アリアンテが鞭をふるうと、乾いた音が鳴る。


「さあ、リリカ様、存分にお楽しみください」

「アリアンテ、やっぱりまだ怒ってるでしょ?」

「さあ?」


 アリアンテは笑いながら追いかけて来る。


「や、やめえええ!」


 静かな山の中に、かわいらしい師弟のドタバタが繰り広げられるのであった。


お読みくださりありがとうございます!


リリカ回でした!

次回はロゼに迫った話になります!


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