7-5 予期せぬ来客
魔王の襲来から、およそ2か月ほどがたっていた。アレクは相変わらずベッドにこもりながら惰眠をむさぼっていた。どくろだらけの部屋の中でも、今では天井のどくろに見守られながらゆっくりと眠っている。
そんなアレクの穏やかな眠りが、その日は、大きな鐘の音によって妨げられることになる。
「なんだよ、この鐘の音は」
「おはよう、アレク。どうやら侵略者みたいだよ」
寝起きのアレクに対して、シモンが答える。
ゴーン、ゴーンと鳴り響く鐘の音。
シモンが、刺客にすぐに対応できるように、家の中に仕掛けたものだった。結界の近くに人を感じると鐘が鳴るようになる仕掛けである。
「それにしても、こんなに馬鹿でかい音だったんだな」
「まあ、すぐに敵に対応できるようにするためにね。それにしても、こんな突然に鐘が鳴るとは思ってなかったよ」
「侵略者なんてもう来ないのかと思っていたぜ」
魔王がアレクたちのもとに魔王が襲来して以来、この日まで刺客がやって来ることがなくなっていた。そのため、シモンが取り付けた鐘もこの日まで誰も聞いたものもいなかった。
「敵ですか?」
「ずいぶんと久しぶりだな」
リリカやロゼも鐘の音を聞いて集まって来る。久しぶりのことのためか、なかなか彼らの中にも緊張感が入りきらない。
「もうデベルのやつも諦めたのかと思っていたぜ」
「まあ、魔王がやってきて以来、刺客を送ってきていませんでしたもんね」
「しかし、久しぶりの戦いなわけだな。ワクワクしてきたぞ」
しかし、アレクたちが集まってきても、ただ鐘が鳴るのみで、結界が壊れるような気配が全くなかった。鐘の音がなければ、なんでもないいつも通りの風景である。
「本当に敵が来ているのか?」
「ええ、鐘が鳴り続けているので、誰かが結界の前にいることは確かなのですが、おかしいですね、あまり好戦的ではないようです」
シモンは、結界の外に巡らせた魔法を頼りに、来るはずの侵略者の姿を探し始める。そして、彼はそのまま、結界の外にいる者たちの姿を発見した。
その者たちの様子を確認したシモンは、その姿に戸惑ってしまう。
「どうやら、今回は刺客ではなく、御来客が来ているようです」
「来客?」
「ええ、しかもとてもビッグな御来客です」
「追い返せないのか?」
「おそらく無理でしょうねえ……なんたって相手はこの国の王で巣から」
「はあ?」
突然のシモンの報告に驚くアレクたち3人。シモンの顔は苦笑いに変わっていた。
「とりあえず、放置しておくこともできなさそうなので、連れてくることにしますね」
それだけ言って、シモンは外へと出ていき、しばらくしたのちに王たちを引き連れて家まで帰って来たのだった。
「本当に王様かよ」
あまりの突然の出来事にアレクの独り言が漏れる。リリカたちも言葉にはできないが、気持ちは同じようだった。
王は騎士団長と魔導士だけを連れていた。突然の王の訪問に驚くアレクたちであったが、更に彼らを驚かせたのは、その王の姿がやけにみすぼらしいことであった。
ボロボロに焦げ跡のついた服を身にまとい、体を泥や汚れにくるまれている王の姿は、かつての威厳はなくなっていた。ただ眼光のみが煌々と光っており、何とか王としての威厳を保とうとしているのが見て取れた。
「久しぶりだな、勇者アレク」
「お久しぶりでございます。アリシア王」
アレクは王の前で礼をする。ロゼやリリカは昔の城の習慣の如く、膝をついて王に面していた。
「お主がここで生活しているということは、報告で聞いていたが、政か仲間たちまで一緒に住んでいたとはな」
「別に俺が呼んだわけじゃないですよ」
王は鼻で笑う。
そんなことは特に気にしていない様子であった。アレクはそのまま王を広間のソファーへと案内して座らせた。王が座り、騎士団長と魔導士がその後ろに立つ。王と対面するようにしてアレクも座り、その後ろに仲間たちが立った。
「それで、どのようなご用でしょうか?お姿を見る限り、ただ事ではないとお見受けしましたが」
「ふむ、実はな、城をデベルのやつに乗っ取られてしまったのだ」
「え?!」
アレクたちの反応が予想通りだったのか、王は特に触れることなく言葉をつづけた。
「この間、魔王が復活したということは知っておるか」
「ええ、魔王なら俺のもとにやってきました。すぐに葬り去りましたけど」
「やはりか……」
そこから王はその後の顛末について語り始めた。
王が魔王の痕跡を調査していたこと、その痕跡をたどった結果デベルの部屋にたどり着いたこと、そしてデベルに問いただした結果暴走したデベルが魔法を発動して少年を呼び出したことである。
「そうして、デベルはそのまま少年の力と共に城を乗っ取ってしまったという訳だ」
「なるほど……」
そのままアレクは黙りこくってしまう。魔王の復活以後、デベルが自分の戦力強化のために異世界の人間を用いたと考えれば、刺客が来なくなった理由も納得ができる。
「それで、今、国の中はどうなっているのでしょう?」
リリカが王に訊ねた。
「城下町は圧政が強いられるようになってしまったな。彼の気に食わない者がどんどんと牢獄に入れられている」
「そんな」
「このままでは国全体に影響が及ぶのも時間の問題だ」
アレクはいまだ黙りこくっているままだった。
「勇者アレクよ。頼みがある。デベルの暴走を止めてくれないだろうか」
「……」
「不甲斐ないが、今の私たちの戦力では彼の暴走を止めることはできない。何とかしてお主の手で止めてはくれないか」
「……それは、俺がやらないといけないことなのか?」
アレクの発言に騎士団長の顔がこわばった。
「貴様、アレク! 王直々の頼みが聞けないというのか。それもこの国の非常事態であるというときに!」
言葉を続けようとする騎士団長を王が制した。無言の圧力に騎士団長の言葉がぴたりとやむ。
「それはいったいどういうことかな?」
「俺はあくまで勇者だ、そして、勇者の使命は、あくまで『魔王を倒すこと』なんだよ」
「ふむ」
「だから、俺はこの持っている力を1つの国のいざこざのために用いていいものなのかがわからないんだ」
アレクはそれだけ言うとまた黙ってしまう。彼の中でもまだ迷いがあるようだった。
王はリリカたちに目を向ける。
「お主たちはどうするかね? 国のために立ち上がってはくれないか?」
「私はアレクの意思を尊重することにするよ」
シモンは迷いなく答える。
「リリカとロゼはどうだ?」
「私は……」
「私は行きます!」
リリカが叫んだ。
それまで黙っていたアレクがリリカの方に目を向ける。リリカはまっすぐとアレクの方を見つめた。
「この問題から逃げ続けてしまいましたが、もう私にとっては向き合わなきゃいけない時が来ましたから。私は行きます」
「リリカ……」
「そういうことなら、私も付いていかない訳にはいかないな」
ロゼはそういうと、リリカの頭を強くなでた。毅然としていたリリカから、子供らしい悲鳴が飛び出る。
「リリカ一人で行かせるわけにはいかないからな。それに私も国の危機に立ち向かわない訳にはいかない」
わちゃわちゃしだすリリカとロゼを背後に、シモンがアレクの顔を覗き込む。
「どうするアレク? “大事な”仲間たちが死地に飛び込もうとしているらしいけど」
「……」
アレクを覗き込むシモンの顔は笑っていた。やがてアレクはめんどくさそうにため息を吐いて立ち上がった。そして、王を見下ろして言う。
「わかりました。その頼みお受けいたしましょう」
「すまないな。勇者アレクよ」
「これは、勇者アレクとして受けるわけではありません。あくまで、仲間の1人としてこの国のために立ち上がるだけです」
王は何も言わずにただうなずいた。アレクはみんなに見せびらかすように、大袈裟にあくびをするのであった。
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ニートアレク、ついに始動!
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