6-4 囲い込むゾンビたち
アレクが部屋の中に入り込むのに続いて、外にいたゾンビたちも一斉に中に入り始めた。アレクは急いでキッチンの扉を閉め、ゾンビが簡単に入ってこれないようにする。
リリカやロゼを除いて、他のゾンビたちはそれほど足が速くないようであった。キッチン越しにぞろぞろとゆっくりな足音が響く。
やがて、彼らの振動はドアに伝わり、ドアがきしみ始める。
「くそ」
短く舌打ちをする。
ゾンビ1体1体はそこまで脅威ではないが、キッチンを埋めても余ってしまうほどの数のゾンビが相手では数で押し切られてしまう。
しかも、そのゾンビたちの群れの中には、リリカやロゼの姿もあるため、うかつに危ない手に出ることができない。他のゾンビとまとめて、彼女たちを浄化してしまうことは、さすがのアレクでもためらわれてしまった。
ドアからは多くの手による振動が伝わってきている。たまに大きな衝撃がやって来るが、それはおそらくロゼのものなのだろう。その攻撃にドアがやられてしまわないことを祈るばかりである。
今のところ、リリカやロゼから呪文や技が放たれることはなかった。
アンデッドになってしまうと、その辺の器用さが失われてしまうということは、アレク自身、昔のパーティメンバーから聞かされていた。
リリカとロゼの他のもう一人のパーティメンバーである。
アレクが必死に背後の扉を守っていた時、ガラスの割れる音が鳴り響いた。
ガシャンと部屋の中に響く音。見れば、外にいたゾンビたちの衝撃を、窓が耐えきることができなくなったようだった。窓ガラスは割れ、そこから大量のゾンビたちが顔をのぞかせた。
「ぎゃあああ!!」
突然の衝撃に悲鳴を上げる。
ゾンビたちは窓からずり落ちるようにしながら、部屋の中に侵入しようとしていた。窓からの予想外の侵入にひるんでしまったアレクは、キッチンのドアを抑える力を緩めてしまった。
それと同時にやって来たロゼからの攻撃。
もう今のアレクの前では、その攻撃からドアを守るすべを持っていなかった。背中から押される衝撃に負け、ドアの前から押し出されるアレク。突き破られたドアからは大量のゾンビたちが部屋の中に入り込んできた。
アレクは急いで、ゾンビから離れるが、反対側の壁からは、ゾンビたちがもうすでに窓から入り込んできており、逃げ場が完全に失われてしまっていた。
前と後ろ、両方向から攻め込んでくるゾンビたち。部屋の中にはゾンビたちの匂いが充満しており、それだけでアレクの意識を持っていこうとする。
――ヤバイ
逃げ場がないと察知したアレクはすぐに結界を張る。
しかし、結界は自分の身を守ることはできても、それまでその場にいたものを追い出したりすることはできない。
結果、アレクは自分の周りを守る程度の狭い結界しか張ることができなかった。
結界の周りでゾンビが固まる。
周り一面に羣ゾンビの姿はある意味絶景である。アレクは必死にそのおぞましさに堪える。
ゾンビは噛まれてしまうと、そのまま力が感染してしまうという性質を持っている。1度ゾンビになってしまうと、僧侶の力を借りなくては直すことはできない。
最強の勇者であっても、それは変らなかった。
割られることのない結界の中でアレクは次の作戦を考える。
このまま防御はできたとしても、このまま策を講じなければ永遠にこのままゾンビに囲まれることになる。リリカたちもそのままだ。
アレクが思考を巡らせていると、結界に1つひびが入った。
「なに?!」
驚くアレク。後ろを見ると、そこには狂喜な顔をしながら結界に攻撃を下すロゼがいた。
アレクが惰眠改革を行ってから、毎日のように結界と戦い続けたロゼだ。ゾンビになっても、結界を見ると壊したい本能が働いてしまったらしい。
「嘘だろ。これでも最大限強度を上げたつもりなんですけど」
安全の崩壊に震えるアレク。結界のひびはどんどん広がる。どうやらアンデッドになったことで、ロゼの中で何か力が加わているようだ。
絶え間なく攻撃し続けるロゼのおかげで、結界ももうすぐで壊れそうになる。
そして、結界は壊された。
パンという無機質な音と共に結界は壊れる。
――嘘だろ。
結界のすぐそばにいたゾンビたちが、一斉にアレクのもとに集まる。
「この量はさすがにさばききれない。しかも噛まれたら即効終わりなんて無理すぎるだろ!」
まっさきにリリカが飛び込んでくる。噛まれないように何とかかわす。
「リリカ!しっかりしろ」
届くとは思っていないが、何とかリリカをかわしながら訴えかける。
リリカには届きそうにもない。ただ顔をゆがめながらアレクに襲い掛かろうとする。ロゼは周りのゾンビを吹き飛ばしながら、アレクに挑もうとして来る。
何とか攻撃はいなせるものの、他のゾンビにも噛まれないようにしながら、相手をしないといけないのはレベルが高すぎる。
「こうなった最終手段だ」
アレクは呪文を唱え始めた。光属性の魔法や炎の魔法では、リリカたちも殺しかねない。
考えを巡らせた結果、思いついた最終手段を試みる。
「空斬絶後!」
風属性の魔法を唱える。
この間、リリカが家ごと吹き飛ばしたことからアイデアを得ている。ゾンビもろとも、ふきとばして体勢を整えるしかない。
魔法陣が広がり、一気に竜巻が巻き起こる。その風がリリカたち含めゾンビ一斉に吹き飛ばす。
「今のうちに逃げなくては……」
何もなくなった山の中で逃げようとするアレクの視界に1人の男が入りこんだ。
男は黒いフードに身を包みながら、その手には巨大な鎌を構えている
「お前は……」
アレクが声に出すと、男は口だけをひそかに笑わせた。
「おやすみなさい。アレク」
それだけ言うとアレクの周りにはまたゾンビが現れる。今度は地中からゾンビが生えてきていた。
もはやアレクに逃げ場はない。宙を舞ったリリカたちもどういう訳か、もうすでにアレクのもとに戻りつつある。
――どうしてお前がここにいるんだ。
ゾンビに囲まれながら、アレクはただひたすらにかつての仲間の姿をにらみ続けていた。
ゾンビたちがアレクにかじりつく。アレクがあがいても、もう逃れようはない。薄らいでいくアレクの前に、男はゆっくりと歩み寄って来るのであった。
お読みくださりありがとうございます!
360度ゾンビとか、もうすでに死んでいる心地になりますよね。
むしろ死後の世界の方が平和なのかもしれない……
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