7.一方その頃
「ドレミ、こっちも美味しそうだよ」
「わぁ、ほんとだ! スゴイねぇ! いっぱい摘んで帰ろう!」
「そうだね。これで美味しいお菓子を作ってもらおうよ。もちろん、洗って生で食べても美味しいだろうけどね」
「うん、楽しみだね!」
麗美とスピリトーゾはお昼前に話していた野イチゴ摘みに来ていた。
魔法庁の一部は役所のような役目も果たしており、街の住民が出入りする棟がある。その周囲には広い公園もあって、そこを少し外れると手入れをされていない広場があった。魔法庁を訪れるのは大人ばかりでこの周辺で遊ぶ子供はそうそういない。スピリトーゾはここを見つけた時、必ず麗美を連れてくると決め、ずっとわくわくしながらこの日を待ち続けていたのだ。
小さめのバスケットの中、いっぱいにして帰ろうとふたりは張り切っている。楽しいおしゃべりをしながら、スピリトーゾは話のきっかけを探していた。
「ねぇ、ドレミ……ぼく、今九歳だからさ。今度誕生日がきたら魔力測定するんだ。ドレミはあと一年先だよね」
「うん、そうだね」
「ドレミは五歳の時、そこそこ魔力があるって結果が出てたけど……どうするのか決めてる?」
スピリトーゾの言葉に麗美は振り向いてちょこんと首を傾げた。
「どうするって、何を?」
「だから……将来のこと」
「えーと、スピィが何を言っているのかよく分からないんだけど……将来のこと、決めなきゃダメなの?」
「うーん……まだすぐに決めなきゃならない訳じゃないと思うけど、日本にいたいか、こっちに来るか、くらいは考えてたりするのかな、って思って……」
スピリトーゾは不安でならなかった。
次の魔力測定後には、自分は将来を見据えて両親と今後の話をしなければならないだろう。スピリトーゾの行く先は決まっている。本家の長男に生まれ、次の子供がいない。それだけで本家を継ぐことが決定しているのだ。どんな職業を選ぶにしろ、そうするしか自分には道がない。
……仕方ない。
本家に生まれた唯一の男子である以上、コン・センティメント家を継ぐのは己しかないときちんと理解している。
スピリトーゾは、コントラルト国を離れられない。
だとすると、麗美にこちらに来てもらわねば、彼女と一緒にいられないのだ。
もちろん、今はスピリトーゾの気持ちは一方的なもので、麗美に彼を受け入れる心はないと分かっている。それでも十歳の魔力測定後に、少しでも自分との未来を想定して今後のことを考えて欲しいと願って話を振ってみたのだが……。
「ふうん、将来のことかぁ」
「そう、何か考えてる?」
「ううん、ぜーんぜん」
そんなことは夢にも思わない麗美には全く通じていなかった。
やはりそうか……とスピリトーゾはがっくり肩を落とす。
「スピィはもう色々決めてるの?」
「うん……考えてはいる」
将来は麗美に隣にいて欲しい、などと言ったら、彼女は驚くであろうか。
そんなことをぼんやり考えていたら、続く麗美の言葉にスピリトーゾは目をむいて驚いた。
「こっちの子は、しっかりしてるねぇ。日本じゃ将来のことを考えるなんて、多分高校生くらい……十六歳以上じゃないかなぁ。大人になる頃に考えるという人も多いって言うし。多分、お兄ィも、まだぜーんぜん考えてないと思うよ?」
「なんだって?」
麗美の兄、奏楽は先ほど十五歳の魔力測定をした。この結果を踏まえて、本格的に職業選択をしぼり込んでいくはずで。ということは、今までの数年の間にどんな方向での職種を選ぶかを大体考えていなければならなかったはずだ。
「ソラ兄が魔法長官になりたくないとごねているのは知っている。それじゃあ、他になりたいものがあるのかと皆で色々想像して心配していたのに、何も考えてない、だって?」
「うん。だって、日本じゃそれが当たり前だから」
「……そう、なんだ」
国が変われば常識も変わる、それは仕方のないことだ。
けれども。
「ドレミ、悪いけど、野イチゴ摘みはこの辺で終わりにしよう。もうだいぶ採れたし」
「うん、良いよ。けど……急にどうしたの?」
「うん……ドレミと一緒にいたいのは山々で、せっかくドレミがこっちに来てるんだから一瞬でも離れたくないんだけど……今はどうしても、マーレ姉さまのところに行かなくちゃならなくなったんだ」
「そっか」
「うん。少し話したら戻ってくるから、そしたらまた遊んでくれる?」
「良いよ! 待ってるね」
「ありがと、ドレミ! 大好きだよ」
「へへっ、あたしもスピィがだーい好き!」
にっこり笑う麗美の表情に恋情は見られず、心の中で少しだけ苦笑しながらもスピリトーゾは麗美と手をつないで魔法庁の中に戻っていった。
** ** **
一方。
昼食の後、マドリガーレと奏楽は別室で話し合いをすると言って連れ立って出ていき、その後、スピリトーゾと麗美も遊びに行ってしまい、残った大人達は応接室で話をすることにした。
陽の光が穏やかに射しこむ温かな空間で、大人達の表情は曇りがちだ。
そこで話される内容は、先ほどの奏楽の測定結果について。
通常、測定結果が印字された用紙には、推奨される職業や選択可能な職業が一覧となって一緒に記されている筈なのだが、奏楽の用紙にはそれらが一切書かれていなかった。
それもそのはず、奏楽は先人の誰よりも測定値が高かったのだから。
「あんなに魔力が高いと、生きていくのに不便があるかも知れないわね……」
「そうかも知れないが……操作性の技術力値も心身的抵抗能力も抜群の数値だ。案外さらりと、あの桁外れの魔力を制御して扱ってしまうかも知れないぞ」
「魔法なんて無関係の日本で暮らした方が幸せということはないかしら?」
「そうかも知れないなぁ。こちらは大地も水も、全ての自然に魔力が満ちている。それらの影響から魔力を暴走させてしまうかも知れないからな」
「でも訓練しないでおく方が危険って皆で話したわよね? まだ十五歳よ。これからまだまだ能力が上がるのだとしたら、日本にいながらにして、自己魔力だけで魔力暴走、なんてことにでもなったら目も当てられないわ」
「うーん、確かにそれが一番困るんだよなぁ。彼が日本を選ぶにしろ、こちらで生きていくと決めるにしろ、どちらにしてもとりあえずは自己魔力調整の訓練をほどこす方が良いのは確かだな……」
「そうだな、その方が良いな」
「まずはこの春休みの間だけでも訓練してみて、その後、毎週末来た方が良いか、次は夏休みで大丈夫か、それとも幸いなことに訓練の必要はないのか、判断してみたら?」
「そうだね、とりあえず、やってみないことには何も分からんしな」
「じゃあ、予定通りパストラーレに頼みましょう。彼なら身内も同然だから、こちらの意を汲んでくれるでしょうし、ソラに無理を言わず上手に導いてくれるわ」
「そうだな。パストに決まったことを連絡しよう」
あらかた大人達の意見がまとまった頃、廊下をパタパタと走ってくる音が近づいてきて、ノックもなしに扉がバタンと開かれた。
「マーレ」
「ど、どうしたの、そんなに取り乱して」
ノックをしなかったことを注意するのもはばかられるほど、マドリガーレの様子はおかしかった。
唇を噛みしめ、アメジストの瞳が涙に濡れていたのだ。
「そ、奏楽に何か言われたのか?」
「あの子ったら……後でおしおきよ!」
レチタティーヴォと蘭々が眉間にしわを寄せた。
マドリガーレは伯父と伯母の言葉にも反応せず、扉を閉めるとタタタと駆け寄ってきて、アリアの膝に取りすがり泣きだした。
「アリィ姉さま! 私、私……どうしたら良いの……!?」
わぁわぁと泣き続けるマドリガーレに大人達は視線を交わし合い……やがて、アリアを残して出ていった。
スーゾの語りで、ソラの父親の実家が本家だということが分かりました。
そして大人達の相談で、ソラは魔力調整訓練をすることに決定。
次はマーレがアリィに感情をぶちまけます。
次回更新は3月16日(金)です。