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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第一章 ソラと異国と綺麗な魔術
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8.スピリトーゾが伝える衝撃の話

「少し、落ち着いてきたかしら?」


 少し前からマドリガーレの泣き声はやんでいた。鼻をすする音だけが時々小さく聞こえていて。


「ほら、鼻をかんだ方が良いわ。ふためと見られないお顔になっちゃったら困るものね」


 そう言うとアリアは、少しだけ顔を持ち上げていたマドリガーレの肩を持ってぐいっと上半身を起こさせ、持っていた白いハンカチで妹の顔をぬぐってやった。


「まぁ……目がこんなに赤くなってしまって。小さなお鼻もてっぺんが赤いわよ」


「小さなってのは、よけいよ、姉さま」


 鼻をすすりながら口をほんの少しとがらせるマドリガーレ。

 彼女は十七歳でありながら、身長だけが年相応に伸び、痩せてガリガリ、腕も足も細く、当然胸囲もささやかだった。顔はといえばこれがまた、年齢よりも三歳から五歳は幼く見られてしまう。その理由は、今アリアが言及した『小さな鼻』。鼻が低いだけでとても童顔に見えてしまうのだ。


 (つや)やかな銀髪に美しいアメジストの瞳は、この国で美女の条件のひとつであるのに、残念なことだが、胸と鼻が彼女を女性と言うよりは、外見を少女と分類させてしまう。


 ふふふ、と笑うアリアに、マドリガーレもようやく落ち着いて身を起こし、アリアの隣に腰を掛けた。


「あー、泣いたらすっきりしたわ」


「それは良かったわね……でも、いったい何があったの」


「くうぅ、思い出すだけで腹が立つ!」


 マドリガーレは己のスカートを引き裂かんばかりに握りしめて引っ張った。魔法庁に行くとのことで、割と上等で綺麗な部類の服を着てきたのだが、それに構ってもいられないほどだ。

 それを見てアリアが慌てる。


「ちょっと! 破けたらあなたが悲惨なのよ! 何を着て帰るつもり? それに、言葉。自宅じゃないのだから、誰に聞かれるか分からないのに……」


「分かってるわよ。でも、そんなの気にしてらんないくらい、悔しかったの」


「そう……詳しく話してくれる?」


「うん、聞いてよ、あのね……」


 興奮したマドリガーレの話を一通り聞くと、アリアは小さくため息をついた。


「何が悔しいって、そんな風に、何も考えていなくて無責任で、正面から問題に立ち向かわず手抜きしてやり過ごそうという卑怯(ひきょう)者に、努力して頑張ってきた私が勝てないってことなのよ!」


 そう。

 マドリガーレは五歳の時に魔法長官に憧れて、それから訓練を日々続けてきた。彼女の並々ならぬ情熱を思えば、奏楽の言葉は許せるものではなかったのだろう。

 しかし……。


 アリアが口を開こうと思った瞬間、ふたりのいる応接室の扉がノックされた。


「お姉さまがた、スピリトーゾです。入ってもよろしいでしょうか」


 ノックと共に入室許可を請うてきたのは弟のスピリトーゾであった。アリアが妹の顔へ視線を向けると、マドリガーレはひとつうなずいて「どうぞ」と言った。


 静かに入室してきたスピリトーゾは、ふたりの雰囲気をうかがうようにしばらく見たが、下の姉が落ち着いている様子なのが分かってホッとしているようだった。ここへ来るにあたり、先に両親の下へ向かったところ、二番目の姉が上の姉のところへ泣きつきに行っていると聞いたのだ。

 「遅かったか」と歯噛(はが)みしたがどうしようもない。傷ついている姉に己が知った情報を伝えなくてはと決心して訪れたのだ。


「お話し中にすみません、お姉さまがた。どうしても今、お伝えしたいことがあって……」


 ためらいがちに話し始める弟に、ふたりの姉は「どうしたの」「良いわよ、話して」と促した。


「先ほどドレミと野イチゴ摘みをしながら話をしていて知ったことなのですが、どうも、日本はこちらと状況が違うようです」


「どういうこと?」


「実はぼく……もうすぐ十歳の魔力測定をするので、ドレミにぼくの気持ちを伝えたくて『将来はどうするの』と聞いてみたんです。そしたら、返ってきた答えは『全く考えていない』とのこと」


 ふたりの姉妹は驚き息を飲んだ。

 兄が兄なら、妹も妹だ。

 そうマドリガーレが言おうとした時。


「驚いたぼくが色々ドレミに質問したところ、日本では、子供が将来のことを考え始めるのは、特殊な例でなければ早くて十五歳、普通は十八歳くらい、遅ければ二十歳にもなろうかという頃だとか」


 今度こそ、姉妹は声を上げた。

 ふたりにとって、それは衝撃の事実であった。


「こちらと日本では常識が違う……ドレミが将来のことを何も考えていないのと同じように、ソラも考えていないのでは?」


 そう言う弟に、アリアは妹よりも早く気を取り直した。


「そうなの……それなら、今はまだソラが何も考えていなくても仕方がないのではなくて? マーレ、あなたが十七歳で、もう色々先々を心配して決めておきたい気持ちは分かるけれど、今回の測定結果によって、ソラも色々考えてくれるのではないかしら。少なくともお父さまは、パストにソラの訓練をさせるおつもりよ」


 姉の言葉に、マドリガーレは苦しい胸を手で押さえた。

 少しの間、逡巡(しゅんじゅん)した後、ためらいがちに言葉を紡いだ。


「……分かりました、お姉さま。私、もう一度ソラと話してみます。パストにもよろしくお伝えお願いしますわね」


「分かったわ、マーレ」


「ありがとう、スーゾ。レミとの時間を()かせちゃってごめんなさいね」


「いえ、良いんです……マーレお姉さまのおつらい気持ちは理解していますから」


 そう言うと弟は退室して行った。

 去り際に、パストラーレを伴って伯父一家を自宅へ呼ぶから、このまま帰宅する準備をするよう言われたと伝えてくれたので、姉妹は両親を探して部屋を出る。


「あ、いけない!」


「どうしたの、マーレ?」


 扉を出たところでマドリガーレは慌てたように立ち止まる。


「さっき、飛び出してきた時にテーブル蹴っ飛ばして、アイスティーのグラス倒しちゃったの。でも混乱してて、そのままにして来ちゃった。ソラは……拭いてくれてたりしないわよね、何かタオルとか借りられないかしら?」


「またあなたは、もう……」


 妹の粗忽(そこつ)さに苦笑し、アリアは彼女の背中を軽く二度叩く。


「いいわ、お母さまに話せばなんとかしてくださるわ。行きましょう」


「ええ、分かったわ。ありがとう、アリィお姉さま」


 マドリガーレのホッとした顔を見てアリアも安堵する。

 妹が悲しんだり落ち込んだりする顔は見たくないと思い、これからの数日間に不安を感じた。




** ** **




 馬車の中は微妙な空気に包まれていた。


 親ふた組とパストラーレが一台に乗り合わせ、もう一台に未成年五人が乗り込んだのだが、先ほどの俺とマドリガーレのやり取りを知ったり察していたりする周囲は、なんとなく気を遣ってやり切れない様子であった。

 その結果、スピリトーゾは不自然に明るい声で麗美に話しかけ、麗美はそれに対して懸命に受け答えをし、アリアは笑顔でそれを見守りながら時々声をかけていた……隣に座る妹の手をそっと握りながら。


 ひとり横を向いて馬車の窓から外の景色を眺め続けているマドリガーレを、俺は複雑な気持ちで(うかが)っていた。


 自分の何がそんなに彼女の怒りに触れたのかが分からない。

 それを誰に問えば良いのかも分からない。


 混乱する気持ちがぐるぐると頭の中を回り続けて、どうにでもなれ、とばかりに自棄(やけ)になってきた頃。ようやくスピリトーゾと麗美の会話が耳に届き始めた。


「それでね、夜一番好きな場所は、子供部屋の暖炉の前なんだ……もちろん、冬限定だけどね。広間と違って小振りの暖炉で、すぐ近くでも顔が焼けそうになるくらいの熱は伝わってこないし、羊の毛皮をなめした物を八枚つなげた大きなラグが敷いてあるから、そこにゴロンと横になってさ、炎が踊るのを眺め続けるのはほんとに幸せなんだよ。ねぇ、ドレミ、今晩、一緒にそこで寝ころんでみない?」


「うん、ステキだね、それ! ホットミルク、ある? ホットココアでも良いけど、用意してもらって、あっつあつの飲み物を飲みながらおしゃべりするの、してみたい!」


「もちろん良いよ。ミルクとココア、どっちがドレミは好きかな?」


「寝る前ならミルクの方が良いのは分かってるけど……本当はココアの方が好き」


「分かるよ! 特に、マシュマロを落として溶かしたやつとか、でしょ?」


「そう! スピィ、分かってるぅー」


「ドレミのことなら、なんでも分かるよ。いつもきみのことばかり考えているからね」


 聞けば聞くほどイライラしてくる。

 なんなのだ、この軟派男は。


「ちょっと、お前さぁ……」


 思わずとがった声でスピリトーゾを追求しようとしたら、その瞬間、はす向かいに座っていたマドリガーレが、窓の外に向けていた顔の視線だけを、一瞬俺の方にチラリと向けた。

 ほんの一秒ほどの間で、特に何も言われたわけでもなく。

 既に彼女は再び目を窓の外に向けているにもかかわらず、俺はまたもやしゅんとしてうつむいてしまう。


 どうしたら良いんだ、これ。


 気まずい雰囲気の中、その後は誰も口を開かず、城下にある叔父の館に到着した。

ソラもマーレも悩みまくりですね。

ふたりのすれ違いはもう少しだけ続きます。

次回題名は『大人から聞く話』。

なぜ訓練が必要なのかという事情説明がソラに対してされます。

お楽しみに。


次回更新は3月19日(月)です。

皆様、良い週末をお過ごしください。

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