エピローグ ~そして第五家の秘密を知る
今回から現在に戻ります。
「それで、レッジェロがブリランテ王女に報告したかも知れぬソラの魔術とは、一体なんなのだ?」
父の声にハッとする。
いけない、ついうっかり二年半前のことを思い返してしまっていた。
レッジェロはあれからブリランテ王女の手先のように動いている。こちらにも利があるようでパストラーレは友好関係を築いているが、今回は敵対してしまうこともあるのだろうか。
「はい。見たこともない魔術でした。魔力暴走を起こした者が自死をしようとしたところ、その暴走者は動きを止めたのです。正確に言えば、割れた瓶を持っていた両腕を結界の中に閉じ込めたように、暴走者の動きを止めていました。けれどもそれだけではないのです。膨れ上がってうねり、渦巻いて噴き上がっていたはずの黒い魔流も、噴き出た状態のまま止まっていました。そしてその魔術を使用している時のソラの瞳は、紫色だったのです」
「待ってくれ、奏楽は前回、魔術使用時は金色の髪に青い瞳へと変容したと報告されたじゃないか! 紫の瞳とはなんだ!? 髪は金のままだったのか!?」
「はい、髪は金のまま、前回と同じです。恐らくですが……ソラは特殊な例で、使用した魔術の種類によって瞳を変化させるのではないかと推察しました。前回が水魔術を使ったので青、今回は紫、と。そう考えると……紫、第五家の持つ秘伝の魔術、とかではないでしょうか、アンティフォナさん?」
皆が一斉に母アンティフォナの方を向く。
妹のマドリガーレが母に尋ねた。
「お母さま……そうなの? ソラは、あの時ソラは何の魔術を使ったの? 私、そばで見ていても分からなかったわ……ただ、暴走者が動きを止めただけで……」
「マーレ、その報告、わたし達にしなかったね。ソラは治癒魔術を使っただけだと言っていたじゃないか」
「レチタティーヴォさん、すみません。それについては、僕がマーレに口止めをしたんです。僕が知らない何か秘術でも、調べればすぐに分かるという程度のものならば、レッジェロも見逃してくれるかもと思ったのです。けれども……第一家の過去資料にもありませんでしたし、家の者が調べてもすぐに判明しませんでした。と言うことは、長々時間をかけて調べるよりもアンティフォナさんに聞いた方が早いと思ったのです……教えていただけますか?」
母は困ったように眉を寄せ、唇を噛みしめて瞳をうろうろと動かしている。
そんな母の肩に手を置き、父は窺うように問いかけた。
「フォーナ……お前には心当たりがあるのかい、ソラの使った魔術を……」
「……あるわ。でもなんでソラが使えるのかが分からない。あれは第五家にのみ伝わる力だし、現存している者で使用できるのは、第五家の中でだって十数人だと言うのに……」
「フォーナ、教えてくれないか、奏楽が何をしたのかを。父として息子の力を知っておきたい」
「教えて、お母さま! ソラが王家に取られる心配があるなら、私、知りたい!」
母の言葉に、レチタティーヴォ伯父とマドリガーレが身を乗り出すようにして問うた。ふたりとも真剣な顔で、心なしか顔色をなくしているような気がする。
「……分かったわ。話します。でもこれは口外無用よ。第五家以外の者には絶対に話さない力だし、現に嫁してきたわたくしも夫にすら話さなかったことですから」
「分かった」
「承知しました」
「約束しよう」
「約束するわ」
「私も約束する」
全員が異口同音で答えると、母は皆の顔をひとりずつ見て、それから重い口調で答えた。
「では……これから“誓約の魔術”を使わせてもらうわ。これからここで話すことは、他言できない」
母の言葉に皆がうなずくと、母は顔の前でボールを持つように両手で魔力を練り、そこに何やらぶつぶつと言って呪文を唱えた後、そのまま手のひらを上に掲げる。目を凝らして見ると、部屋の中を薄紫色の魔流が漂いながら満たし、隅々まで行き渡った後、ゆっくりと消えて行った。
「これで、この部屋の音は外に漏れないし、この中にいる人はこれから話すことを口外できず、文書にも残せないようになったわ」
母がそう言うと、父が「それほど重大なことなのか……」とつぶやく。それにひとつうなずいて、母は皆に語り始めた。
「恐らく……ソラが使ったのは“時の魔法”よ」
「時の……魔法?」
「そう。第五家の得意な魔法が結界魔術だけというのは変だと思わなかった? 第五家には他にもいくつか秘されている魔法があるの。それぞれが数えられるくらいの人数しか発現しないような特殊な魔法だし、悪用されると困るので門外不出なのよ。その中のひとつに時の魔法があるの。ソラは恐らく、魔力暴走者の時間を止めたのだわ」
「時間を……止めた……」
「そう。実際にわたくしがこの目で見たわけでは無いから恐らくとしか言えないけれど、黒く噴き上がる魔流まで止まっていたのなら、きっとそうだと思うわ」
「そんな魔法があったのか……」
「第五家にそんな秘密が……」
「ねぇ、ソラがそれを扱えるとどうして王家に取られるの、お母さま?」
「それはね、第五家が“王家の護り人”と言われるからよ。王家が持つ力は有事の際の国全体を守る力、よね。実はその魔術を使用する際、王家を護り、補助し、支えるのは第五家の秘された魔術なの。だけどひとりで何種類も同時に魔術を放てるわけではないから、数人単位でひとつの魔術を重ねがけし、いくつもの守護魔術や補助魔術をかけていくのよ。それが第五家に課された使命。それなのに……ここ十数代、どんどんそれらの魔術の発現者は減ってきているのが現状。これでは万が一、他国から攻め込まれた時に、王家を守り通せるかどうか分からないのよ……第五家も王家も長い間、困っているの。だから王家はソラを取り込みたいはずよ。第五家、もしくは王家そのものに、ね」
「そんなことが……知らなかった……長年、魔法長官を務めてきたのに……」
父が呆然とつぶやく。
それはそうだろう。父は魔法長官……この国のトップに立つ人物だ。王家が国の象徴として国民を支える役目を果たしている今、国を治めているのは父だと言っても良い。それなのに魔法長官である父も知らされないことがあるとは。
「ごめんなさい……第五家は、秘された国の防衛の要。けれども当主を筆頭に、自分の身を守る力はないの。攻撃する手段も持たない。己を犠牲にして王家を護る、それだけの能力しか持たないの。だからこそ、他国に知られる訳にはいかない。第五家の上層部が害されれば、この国の護りは壊滅状態になってしまうから。そして、どこからどう情報が漏れるか分からない以上、いよいよ戦が現実味を帯びるまでは、他家に知られる訳にはいかないの……」
「他国との戦……たとえば、隣国グリオか」
今は平和なこの国も、かつては他国と争っていたことがあった。その筆頭が隣国グリオである。その他の国とも小さな諍い程度はあったが、幸いなことに大規模な戦争となる前に、互いの譲歩や第三国の仲立ちで矛を収めることができたのだ。
しかしグリオ国とは、他国の仲裁で治まることではなかった。ほぼ一方的に、そして問答無用で彼の国が攻め込んできたのだ。
およそ八十年前のことである。
グリオ国、現国王であるドゥレッツァ王の曽祖父の強硬な姿勢で、国境沿いの街は蹂躙された。
あれから八十年。
父やレチタティーヴォ伯父などの世代は戦後に生まれたが、元老院にいる年長者達は、今でも当時の話を口にすることがある。何しろ平均寿命は百十歳を越した。八十年前に成人済みだった者は、国全体で限りなく多い。
その後、何度か王族同士で婚姻を結び、関係性を強めてきてはいるが、どうしても“仮想敵国”というとグリオの名が上がってしまう……今でもグリオ国の情勢、あるいはグリオ国王家が安定していないからだ。
今代の王妃はグリオ王家の出身である。カデンツァ第一王子とブリランテ第一王女が王妃を疑うのも、故なきことではないのだ。
シンとして誰も口を開けない。
初めて聞く情報、衝撃の事実に打ちのめされている。
ソラがなぜ第五家の力を発現させたのか、という疑問も、口の中が乾いて発することができない。
「ソラ……王家に取られちゃうの……?」
マドリガーレがつぶやいた。
「そ、んな……ソラが、やっと私のこと、好きって言ってくれたのに……それなのに……私、魔法副長官になるって、ソラを支えるって決めたのに……」
「マーレ……」
「私、一か月前に、十年以上心に決めて努力してきた魔法長官の夢を、ようやく納得してあきらめたのよ? ソラを認めて、彼なら託しても良いって思って、危なっかしい彼を支えていけば良いって、ようやく、ようやく決心したのに、また気持ちを変更しなくちゃならないの? ソラ……王家に入るの……?」
マドリガーレががっくりと俯く。私は彼女の肩を抱きしめて寄り添い、背を撫でて慰めることしかできなかった。
「マーレ。わたしは父として、ソラの意向と違う道に息子を進ませることはしないと決めているよ。元老院の指示に従わず、三年間、彼をこちらに連れてこなかったことでも分かるだろう? ソラがマーレと共にあることを望むなら、わたしはそれを全力で応援するし支援すると誓うよ」
「レーヴォ伯父様……でも、ソラは私を好きと言ってくれたけど、婚約式はまだできないと言ったわ。彼、私が好きだから魔法長官になるという風には決めたくはないのですって。自分のやるべきことをきちんと考えて、責任の重さを背負って、それに向けてやると決めて、初めてそこに結婚がついてくるのだ、って……私と結婚したいからとか、ずっと一緒にいたいからとか、そんな理由で将来を決めたくない、決めちゃダメだと思うって……そう言ってたの……」
それでは……王家に説得されて、王家の護り人としての使命を選んだとしたら、ソラは魔法長官にはならないかも知れないのか。
重苦しい雰囲気の中、父が口を開いた。
「とにかく、今はまだ何も事態が動いていない。王家がソラを望んでくるのかどうかも分からないし、それを聞いてソラがどう考えるのか、何を選ぶのかも分からない。今の段階から心配していても仕方ないよ」
「そうね……第五家としては、当主が何を思うのか分からないけど、恐らく第五家の血を引いている訳でもないのに第五家に取り込むことはしないと思うわ。現にソラの魔力は緑色でしょう? 第三家の色をしているわ。婿養子に入ったとしても生まれてくる子が第三家の特性を持った子供では意味がないもの」
「そうだな。第五家ならば紫色の魔力のはずだからな」
「だとすると、有事の際の、頼まれ仕事として出向する、というのが現実的かな? あれ程の逸材、子供を産ませない選択肢はないのだから。第三家に留まらせて嫁を取らせた方が良いに決まっている」
「では、阻止するべきは第二王女ヴィヴァーチェ殿下がソラに嫁入りしてくるという事態だけという感じかな」
「当面はそれだな、恐らく」
そこで、パストラーレがにっこり笑って皆に宣言した。
「それなら簡単です。僕が阻止します。ソラは根が正直で真面目で、人の話を真剣に考え、検討する子です。第二王女との婚姻話がもし持ち上がったとしても、僕が上手にソラの考えを誘導して、こちら側に引き止めますよ」
『それってどうなの?』と思ったのは私だけでは無いはずだ。
彼が裏工作をしてまで何かをする時は、決まって彼が利を得たい時だ。
今回、マドリガーレに口止めしてまでソラの魔術を隠し、第一家の力で調べてまでソラの秘密を探った。
その目的はなんだろう?
額に指を軽く当てて私は尋ねた。
「パスト……あなた、どうしてそこまでするの? 何が目的なの?」
「簡単だよ。僕も将来を選んだんだ。僕は、魔法長官補佐官になろうと決めたんです」
「ええっ!」
今度こそ、皆は一斉に叫んだ。
「パスト……第一家の意向は……セリオーソは知っているのか……?」
「はい。ソラの紫の瞳を見て速攻で決め、即父に報告に行きました。そしてあっさり認めてもらえたので大丈夫です」
「相談に行った、のではなく、報告に行ったのか……」
「はい。でも……実のところ、何の因果か分からないのですが、第一家の中でぼくの地位は確定していませんでした。何かがあると、その時その場で遊撃隊として動くのみで、魔力研究部でも医療局でも将来の地位をほのめかされたことは無かったのです。本家生まれなのに、領地管理の話すら出てきたことがありません。どうしてなのか疑問でしたが、僕はアルマンドさんの下で遊園地の改良をしているのが気楽でしたので、今まで何も言わずに過ごしてきました。今回はそれが功を奏しました。あっさり認められて良かったです」
「そうなのね……では、次の春からあなたは魔法長官部へ異動するの?」
「そうだな、ソラの決心がついたら別にすぐでも良いけど。でもその時は、アリィも一緒だよ。次の春、魔法長官部へおいでね?」
「ええっ!?」
「レーヴォさん……知っていますよ、ララさん、週三回、魔法長官室で勤務していますよね?」
「そ、それをどこで……!」
「ちょっと調べれば分かりますよ。魔法長官管轄部内での秘書仕事、と言いながら、秘書課には常にはいないで魔法長官室ばかりで作業をしているということは。恐らく、アルマンドさんとアンティフォナさんがいつも一緒にいるので、自分の伴侶も側にいて欲しかった、ということではありませんか?」
「うっ……!」
「パスト、あまり兄をからかわないでやってくれ。魔力合わせをする半年間、我らは常に精神を正常に保つことで精一杯だ。安定するために手段を講じるのは仕方のないことだろう。魔力合わせをしない半年間は秘書課で勤務をし、魔力合わせの期間は魔法長官室で我々三人の世話係をしてくれているのだ。魔法長官部の人間も、それに理解を示してくれて口を噤んでいてくれている。きみも内緒にしておいてくれるとありがたい」
「それは大いに理解できます。だからこそ、僕もアリィに側にいて欲しいと思っているんです」
「でもパスト……私、卒業後は工芸局に就職が決まっているのよ? 工芸局長の叔母様から『後を継いで欲しい』と言われていて……」
「うん、知ってる。だから半日勤務の星の曜日を含めた週三日、こちらに来て、水の曜日、風の曜日、空の曜日の三日間だけ工芸局に行けば良いんじゃないかな? きみに芸術作品を作るのをやめさせるのは可哀想だし、医療局を見ていて分かるけど、各局って細かい色んな長がいっぱいいて、それを取りまとめるのが局長だよね。その上、副長官と補佐官までいる。週三日勤務でも大丈夫だと思うよ」
「そ、それは……どうなのかしら、お父さま?」
「うむ、その件についてはまた今度話そう。可能な限り皆の意見を尊重できるように取り計らうよ」
「ありがとうございます」
そこでようやくマドリガーレが震える声で質問をしてきた。
「ねぇ……それでは……私、ソラをあきらめなくて良いの? このままソラを好きでいて良いの……?」
「もちろんよ。あなたがソラを好きで、ソラもあなたが好き。こんなに素晴らしいことはないわ」
「アリィお姉さま……!」
小さな鼻を赤くして泣き崩れる妹を抱きしめながら、私は、魔法長官である父、副長官である母、補佐官でありソラの父親である伯父、そして何でもありで少し規格外な婚約者の力を信じ、妹を励ました。
彼らならきっとソラとマドリガーレを守ってくれる。
ふたりの希望を叶え、支えてくれる。
力を貸してくれる。
そう信じている。
私は瞳を潤ませ、微笑んで妹の髪を撫でながら、そっと一方の壁に視線を向けた。
そちらはソラが眠っている部屋がある方向。
今、彼は眠りの中で懸命に生命力を蓄えているところだろう。
他者の気持ちに寄り添い、なんとか助けようとする従弟と、無茶をしでかしがちで暴走癖のある彼を懸命に支えようとする妹の幸せを、私は心から願っていた。
間章2 王子と王女と婚約話 End
★今回のまとめ★
・ソラは時の魔法を使った。
・時の魔法を操れるのは、王家と第五家のみ。第五家はそれによって王家を護る使命がある。
・攻撃も防御もできない第五家は、敵に狙われたら国の防御手段を失くすため、その力を秘している。
・現王妃の出身国である隣国グリオは、前の戦を覚えている年寄りたちによって仮想敵国と言われている。
・王家も第五家も時の魔法発現者が減ってきている現状、それを使えるソラを欲するのではないかと皆は心配している。王家にソラを取り込まれるのではないか、と。
・パストはソラが魔法長官になるなら自分が補佐官になると決めたため、それを全力で阻止してソラを魔法長官にさせようと計画する。
・更にパストはアリィも魔法長官部に入れて自分の手元に置こうと目論んでいる。
…こんな感じでしょうか。
ご理解いただけましたでしょうか?
分からなかったら感想欄で質問してくださいね。
さて、短いのに難しくて情報過多の間章2が終わりました。
次は本編に戻って第三章です。
ソラとマーレとパストが自然部の視察について行くお話となります。
私は山が好きなので、とても楽しんで書きました。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次回更新は、10日空けて8月27日(月)です。




