エピローグ
本日、2話同時更新しています。
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翌朝、俺はいつもと変わりなく起床してきた。
前日の昼過ぎから寝ていたのだから、都合十八時間眠っていたことになる。
午前中いっぱい体調など様子を見て、小さい頃からこちらに来た時に診てもらっている医師に診察してもらい、問題ないようだったら昼食後に帰還すると言われた。
昼前に治安部のレッジェロから届いた報告で、昨日の被害者であったアルトの妹メゾは、念のためにと昨夜は入院したが容体に変わりはなく健康そのものであったため、今朝、無事退院したと分かった。
魔力を暴走させてしまった男性は、付き添いの母親から事情を聴いたところ。
彼は付き合っていた彼女と別れた後ひとり暮らしをしていて、年が明けた初出勤日に連絡がないまま仕事に行かなかったため、職場から実家に知らせがあったのだという。「何度魔伝話をしても出ないので心配だ」と言う職場の人の言葉に、母親が慌てて彼の家まで様子を見に行ったら、黒く変化し始めた魔力が薄っすら立ち上った状態でぼんやり佇んでいたとのこと。
恐怖にかられてあたふたと医療院に連れて行こうと、息子の手を取り、道を急いでいたところ、何やら大通りの真ん中で子連れの家族が貴族に向かって土下座をしていた。そのうつ伏せた家族から発せられた膨れ上がる恐怖心と、周りで見守る人々の不安と恐れが澱となって黒い渦を巻き始めたので、これはまずいと思ったものの、その場から息子を離れさせようとしても既に時が遅く、彼は周囲の良くない魔素を取り込んで、自己魔流に飲み込まれていってしまったということらしかった。
だがその男性も医療院にて治療を受け、一晩経って意識が戻ったとのことだ。
退院するメゾやその家族に謝罪をすることもでき、この分なら退院も間近ではないかという。
この件について俺に感謝状が贈られると言われ、どうやって魔力暴走者を止めるのかを研究していきたいとする元老院の意見を、魔法長官であり当事者の奏楽の叔父であるアルマンドが撥ね除けてくれた。魔法長官になって二十年、もう若い時のように一方的に元老院の言葉に従わなければならない訳ではないと笑った。
アルマンドは甥である俺を守ることに決めたと言ってくれたのだ。
** ** **
「それじゃ、皆さん、お世話になりましたっ! また次回来た時、よろしくお願いしまっす!」
部活で培ったはきはきした声で深々と頭を下げる俺に、見送りの者達は温かな笑みを向けてくれた。運動部の礼はどこでも通用する、と俺はひとりで満足する。
「ぜひ、次回は早めに来てくれよ。きみの大きな魔力を暴走させないよう、訓練して欲しいからね」
「はい、分かってます、アル叔父さん」
「領地の美味しい物、たくさん用意して待ってるわ」
「わぁ! ありがとう、フォーナ叔母さん!」
「ソラ、元気でね。魔力を暴走させないためには、心を元気に保つのが一番だから」
「アリィさん、アドバイスありがとう! 結婚式には必ず来るよ!」
「あ……ありがとう……」
「いやぁ、ありがとう、ソラ。僕らの結婚式までに、きみも少しは大人になる努力をした方が良いよ。女の子と手を繋いで語る内容が、どっちが悪いかの言い合いじゃあ、男としちゃ、まだまだだからね」
「「ええっ!?」」
一気に慌てる俺とマドリガーレ。
一昨日の夜、月を見ながら話した時のことであろうか。
そう言えば、どちらが悪いのかを、どちらも自分のせいだと言い張って大声を出し合い、あわやケンカになるところであったことを思い出した。
そう、あの時ガサガサと庭の茂みで音がして、何事かと思ったら青色っぽい鳥が飛びたって……。
「あっ、アレ! 思い出した! あの青い鳥、パストさんの魔法だったの!?」
「だっいせいかーい。あの茂みの中、全員で盗み聞きしてましたぁー」
「「えええぇぇぇぇっ!?」」
「えっと、だって……そ、そう、ふたりのことが心配だったんだもの」
「あら、私は純粋に聞きたかったわよ?」
「いや、ま、そうだな、ちょっと興味があって……だな」
「そうそう、どんな話になるのかなって……」
「私はみんなを止めたのよ? でも、みんなが行くって言うから……」
「あはは、アリィ、それでも僕が上着を背中からかけたら素直に腕を通したし、僕が腕をひいたら何の抵抗もしないでついて来て一緒に隠れたんだし、みんなと同じだよね?」
「そ、それはそうだけど……酷いわ、パスト」
驚く俺とマドリガーレに皆は口々に言い訳をしたが、ひとりはしゃいでいるパストラーレは本当に楽しそうだ。
マドリガーレが気を取り戻して皆を責めている間、俺は「パストさんって、こんなお茶目な人だったっけ? もっと穏やかで、にこやかな微笑みが似合う人で……あれれ? 思ってた人と違う?」とひとり混乱していた。
ふと視線を移すと、少し離れた場所でマドリガーレの弟のスピリトーゾが、妹の麗美の手を両手で握り、額同士をくっつけるようにして笑顔で何かを囁いていた。
なんですとぉ!?
不埒な真似は許しません!
慌てて走って行って止める。
「そこ! くっついちゃいけませーん! 九歳で女の子に顔を寄せるなんて、いかがわしいにも程があるでしょっ!? ほらほら、離れて、離れて! しっしっ……麗美、簡単に男の言うことを信じちゃダメだぞ?」
「ええー、お兄ィ、言ってることがオジサンくさーい」
最愛の妹からの暴言に、ガーン、とショックを受ける俺。
「そうですよ、お義兄さま。ぼくとドレミの邪魔をしないでください。代わりにマーレ姉さまをあげますから」
「代わりにって、そういう問題じゃなーい! え、今『お兄さま』って言った? なんとなくあてる漢字の雰囲気が違うように聞こえたけど、気のせいだよね? ね、気のせいだよね!?」
「さあ、どうでしょう?」
「お兄ィ、うるさいから、もうあっち行ってて」
「何重の意味でもガーン!」
** ** **
子供達のやり取りを見て笑う周囲と共に、マドリガーレもくすっと声を漏らした。
奏楽の明るさに、皆が救われる。
魔力暴走は、定期的な腕輪の調整・検査も必要だが、己の心を健康に保つことで抑えられる。もちろん澱が溜まった魔素だまりに突っ込んでしまう予期せぬ事故もあるだろうが、その時も、簡単に負けない強い心と健やかな精神が己を救うのだ。
奏楽はきっと大丈夫。
心も身体も、こんなに健康そのものだから。
たとえこのような強大な魔力を持つ者が現れたのが歴史上初めての例で、万が一彼が魔力暴走を起こしたら大災害ほどの被害が起こるかも知れなくても。
奏楽ならきっと暴走を起こさずにいてくれる。
そう信じられるだけの、強く明るく健やかな心を持っている。
もちろん自分も頑張る。
彼を導き、支援することに全力を注ごう。
義務だけではない。
世界の危機感からでもない。
奏楽のことが好きだから。
大切な存在だと思えるから。
ひとしきり騒いだ彼ら三人は、手を振り笑顔で別れていく。
そうして奏楽の家族四人が日本へ向けてゲートをくぐって行くのを、マドリガーレは大きく手を振り見送った。
何度も手を振りながら思わず少しだけ走り出してしまい、石ころにつまずいて転びそうになったけれど、頑張って踏ん張り耐える。
振り返った奏楽が、小さく噴き出しているのが見えた。
第一章 ソラと異国と綺麗な魔術 End
ソラとマーレの物語はここから始まります。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しでもお気に召していただけたら嬉しいのですが。
そして第一章はこれで終わります。
次の章は8日間空けて、5月2日(水)からです。
ちょっと世界観の説明を入れたくて間章となります。
プロローグと第1話の、2話同時更新します。
楽しみにお待ちいただけたら幸いです。




