24.私にしかできない
本日は2話同時更新しています。
その1話目です。
奏楽とマドリガーレの事情聴取は、口を挟まないという条件で、保護者達が同席した。コン・センティメント家の応接室で、ふたりは事の次第を説明し、レッジェロから色々質問を受け、それに答え、滞りなくそれが済んだ後、レッジェロは治安部へと戻って行った。
大きな魔術を使い、自分のしたことも事の重大さも何も分からないまま事情聴取を受け、日常とはかけ離れた体験をした奏楽は、お昼ご飯もそこそこに眠りの淵へと落ちていった。
予定では昼食後に日本へ戻るはずだったが、奏楽が目覚めるまでは帰れない。
先ほど事情聴取に同席した者達は、サンルームでお茶を飲みながらため息をつきまくっていた。
「信じられない……土魔術、風魔術、水魔術、結界魔術を、同時に操った、だって?」
「当然ですが、僕はそこまでソラに教えてなどいませんよ」
「もちろん、わたしも事前に奏楽へ魔法教育など施していない」
「しかも、魔力暴走者の命まで助かった、ですって?」
「その上、被害者も暴走者の黒い魔力に塗れていたはずなのに、まるで綺麗にはらわれていた、って……」
「はい。それは全てソラがひとりでしたことです。私が目の前で確かに見ました」
アルマンド、パストラーレ、レチタティーヴォ、アンティフォナ、アリアが大きくため息をついて言った。それに返答するマドリガーレ。
蘭々だけがにこにこと「うちの奏楽ったら、凄いわね」と笑っていた。
「四種の魔法を使うだけなら、一流魔術師ならばできるかも知れないが、使用後の後始末まで完璧な者はそうはいない。だがソラは違う。水は全て消失して周囲が濡れた様子もない。結界に閉じ込められた子供の意識も保っている、揺れた大地も影響がない、黒い魔流と化した暴走魔力を吹き飛ばすだけの威力を持った風なのに、周囲の建物にまるで被害がない……」
「どんな時になんの魔術を使ったらこんな結果になる、という知識もないまま、本能で魔術を使用したとしか思えないのに、この最良の結果は驚きです」
「しかも奏楽には、魔力暴走の話はほんの耳に入れる程度にしか教えていないはずだ。今回、魔力訓練をさせるために少し説明したというくらいで、詳しい話など何も知らないはずなのに……」
「結界魔術なんて、名前だけ聞いて“存在する”ということしか知らないはずよね? 普通は魔法庁に入庁してからでないと教わらないものだし」
「それら全て、息を吸うように自然に、当たり前にやってのけるなんて……」
「はい。アルトの妹が意識を失う寸前だったと思います。ソラがレッジェロさんへの質問に答えていたとおり、恐らくあの子を助けたくて必死だったのでしょうが……」
皆が奏楽の能力の非常識さについて困り果てていた時、母親の蘭々はこともなげに言い放った。
「それ、なんの問題があるの? 小さな子を助けようとして火事場の馬鹿力を発揮したってことでしょう? 頑張って人命救助をしたあの子のこと、私は母親として誇らしいわ」
目を見張る彼ら。
奏楽の桁外れの能力を前に、冷静さを失っていたと気づいた。
「常々、奏楽には『お年寄りや小さな子を大切に』とか『弱い者は守って』と教えて育ててきたわ。それが実を結んだのだもの。こんなに嬉しいことはないじゃない。悪いことに能力を使った訳じゃない。誰かに迷惑をかけた訳でもない。だったら思いっきり褒めてあげれば良いだけだわ。私、奏楽を産んで本当に良かったわぁ」
蘭々の幸せそうな台詞に、レチタティーヴォもうなずいた。
「そう、だな……うん、そうだ、わたしも、父親として誇らしいよ」
兄の言葉に共にうなずく弟のアルマンド。
「本当にそうだ。桁外れの魔術に驚いて混乱してしまっていた。これからソラのためにどうしたら良いのか考えていこう」
未来の義父の言葉を受けて答えるパストラーレ。
「僕ができるだけそばにいて導きましょう。このメンバーの中で一番適任なのは僕のようですから」
婚約者の言葉に待ったをかけるのはアリア。
「でも、ソラはこちらの常識を知らな過ぎるわ。あなただけでは、ソラが物事を知っているという前提で話してしまうかも知れないもの。誰かサポートが必要よ」
娘の指摘に答えるのは、その母アンティフォナ。
「それならば、そこはやはりソラの両親に頼むしかないと思うわ……ふたりの抜けた分のサポートは、こちらの人手でなんとかするから」
それに対し、奏楽の両親であるレチタティーヴォと蘭々が答える。
「そうだな。それが親としての責任だ。息子をきちんと導くよ。奏楽が人を傷つけないように、そして奏楽自身が傷つかないように」
「そうね。私も少しはこちらの常識を学んだわ。私が始めに戸惑ったことを教えてあげられると思うの」
「では、そういう方向で行こう。できるだけ奏楽にはこちらに来てもらって訓練をする。日本では彼の両親であるふたりがサポートする……それで様子を見ていこう」
「待って」
アルマンドがまとめに入ったところで、待ったをかけた者がいた。
マドリガーレだ。
「ソラのサポートをするのなら、まず私がやらなくちゃ。ソラが将来、魔法長官になるのなら、それを支えるのは私のはず。そうでしょう?」
マドリガーレの言葉に、しんとする周囲の者達。
誰も言葉を発せず、彼女から目を離さない。
「お願いします。私を中心にしてください。もちろん、ひとりではできないと思います……いいえ、絶対にできません。私は未だ学生の身、ソラを導くことができるとは思えません。ましてや、日本のことは全く知らない……自分ひとりでなんでもできるなんて、思いあがったことは絶対に言えない。でも」
マドリガーレは皆の目を見返した。
ひとりずつ。
強い意志を持って。
「私は決めたんです。魔法副長官になります。ソラの魔術をこの目で見て、肌で感じて、思ったのです。『彼は希代未聞の魔術師になる』と。彼は魔法に関わりなく生きていくには持てる力がありすぎます。魔法に関わらずに生きていくことはできないと思います。そして日本ではなくこちらで生きるなら、彼には魔法長官以外に道はないでしょう。いいえ、もしかしたら魔法長官の枠を超えるかも知れない存在になるのかも……でも、どちらにしても彼にはサポートが必要なはずです。それを私がすると、私、決めたのです」
彼女の言葉に、誰も口を挟めないまま、マドリガーレは続けて話す。
「最初は、ソラが魔法長官になるのなら、私はお父さまの従弟でいらっしゃる叔父さまが担われている魔道具開発部の長官を引き継いで、魔法副長官は領地にいる従弟かまたいとこ達の誰かがやってくれたら良い、と思っていました。けれど、ソラの魔力は強大過ぎです。彼の魔法はこちらの予想を飛び越えます。本家でもない彼らの実力では、副長官の任務は荷が重いでしょう。弟のスピリトーゾは年が離れているからソラのサポートは難しい。かえって年長のソラの方がサポートしてやる立場になってしまいます。私なら……十五歳の魔力測定で、十五歳時点のお父さまの実力より良い結果を出しています。今現在トップの力を持っていらっしゃるお父さまより、恥ずかしながら私の方が持てる才能は高いはずです。それなら、ソラのサポートは私にしか務まらない」
マドリガーレは、宙を見て思い返す。陽が落ちつつある自分の部屋で涙を零していた日、奏楽が自分を初めて訪ねてきた時のことを。
奏楽の訓練している様子を見て彼の圧倒的な実力を知り、自分の才能の限界を知ったあの日。奏楽の秘めたとてつもない能力に対して、彼女は打ちのめされていた。そんな奏楽は、マドリガーレの操る人形の歌と踊りにはしゃぎ、手を叩いて喜んでいた。瞳を輝かせ、もっともっととねだる様子であっけに取られたのだ。
そうして、初めて気づいたのだ。
なんだ、彼はまだ子供だったのだ、と。
幼い頃の自分が、父親に憧れて魔法の技術を磨こうと思いついた時と変わりがない。そんな彼に対して勝手にライバル心を燃やし、嫉妬をし、悪感情を持っていた。なんだか馬鹿らしくなってしまい、とうとつにマドリガーレは心の底から奏楽を受け入れたのだ。
それからも奏楽と接しているうちに、どんどん彼への評価が変わっていくのに気づかざるを得なかった。
魔術遮断室で真面目に訓練に勤しんでいた奏楽を見た。そして話をしてみたら、こんなに素直で真っ直ぐな少年だった。いったい過去の自分は、奏楽の何を見てあんなに嫌っていたのだろう。今ではちっともそれが分からないくらいだ。
ジンジャーエールを作り出す時も、マドリガーレは本当に感心していた。
昨日今日、訓練を始めたばかりの初心者がここまでの成果を出していくことに対して。
何より何度失敗しても頑張り続けるその姿勢に対して。
彼女は心から奏楽を尊敬できる人物だと認めたのだ。だからこそ自然に声援を送ることができたし、何かしらでも手伝いがしたいと思ってメモを取り、頑張って味見をして懸命に調整を考えた。
奏楽の頑張りが、自分の頑張る力をも引き出したのだと彼女は思っていた。奏楽は心から感謝の気持ちを向けてくれたが、自分の方こそ大切なものに気づかせてもらえたのだと、感謝したいくらいだった。
アルト含む四人の子供達と出会い、遊んだことも新鮮なできごとだった。奏楽が言っていたサッカーを一緒にできるなんて、マドリガーレも一切考えていなかった。心のどこかで、奏楽が魔法を選ぶなら、日本にあるものを全て捨ててこちらに来るのは当たり前のことだと考えていたのだ。けれども奏楽には奏楽の今まで生きてきた人生があり、大切にしているものがあるとようやく気が付いたのだ。奏楽の趣味の一端に触れられたことは彼女にとって貴重な経験だったのだ。
更に、今まで魔法の訓練をすることは、彼女にとって自己を高める目的でしかなかった。その魔法を、誰のために、何のために使うのか、考えていなかった。
魔法を、誰かを喜ばせるために使うなんて考えてもみなかったのだ。
そこを奏楽は気づかせてくれた。ボールを与えられた子供達、水桶を軽くした時の笑顔、それらが初めて魔法の素晴らしさを教えてくれたのだ。
それに気づけたのは奏楽のおかげだ。
そんな、少しばかり子供っぽくて、実際に自分より二歳年下で、異国生まれゆえにこちらの常識にも疎くて、どこか頼りなくて世話が焼けるのに、秘めた才能だけは超人ほどの力を持ち、どこで何をしでかすのか分からないというような危なっかしい彼を、放置しておくわけにはいかないと思った。
近くで見守ってやらなくては。
手を貸してやらなくては。
彼が魔力暴走を起こした時に止められるのは自分だけだ。
しかも魔力暴走ではない暴走をした時にも、止めたりサポートしたりできるのは己だけだと思う。
自分が適任だ。
いや、自分にしかできない。
……他の人に任せたくない。
「でもマーレ……あなた、それで良いの?」
妹の強い言葉に、姉であるアリアは心配そうに声をかける。
かつて、十一歳で元老院から婚約を強いられ、義務と責任で婚約を続けた年月を振り返り、アリアは妹を思いやったのだ。義務感で一生を決めるのはつらくないのか、と。
だがしかし、マドリガーレは心配性の姉を見て微笑んだ。
「大丈夫よ、アリィお姉さま。だって、ソラの魔術はとても綺麗だったもの。あんなに綺麗な魔法使いが、悪い人のはずがない。話していても、ソラは真っすぐで素直で努力家だわ。きっとうまくやっていける」
マドリガーレの笑顔を見て、ようやく大人達はホッと表情を緩めた。
肩の力を抜き、顔に笑みが戻る。
「お前がそう決めたのなら、その道をしっかり進みなさい」
「全力でサポートするからね、ひとりでやろうと思わないでくれよ」
「皆で密に連絡を取り合い、報告し合って、情報を共有しようか」
「困ったことはすぐに相談してね。困らなくても報告するのよ」
「マーレ、お願いだから弱音をはいてね。あなたひとりで責任を負うことじゃないのだから。ねぇ、きっとよ?」
皆の声掛けに、マドリガーレは笑顔で「ありがとう」と言う。
蘭々だけが「マーレちゃん、ステキねぇ……青春時代を思い出しちゃうわぁ」とにこにこしていた。
ソラは疲れ果ててお昼寝中。
そしてマーレが決意をしました。
彼と彼女のこれからを、そしてふたりの関係を、一緒に見守ってください。
この後、続けて第一章エピローグの更新です。




