22.アルトの家で
案内されたのは、今いる広場から一番近いアルトの家だった。彼の家は商店を営んでいて、昼間は両親が大通りに面したお店の方にいて忙しそうであった。アルトはお店の手前で横道に入り、すぐそこにある家の入り口に皆を案内すると、中に入って「ここがぼくの家だよ」と言った。
するとマドリガーレがアルトに向かって訊いたのだ。「何か、魔法をかけたら便利だなと思う物はない?」と。
「魔法をかけたら便利な物って……どんなの?」
「そうね、たとえば、うちの使用人がやってるのは、井戸から水を運ぶのが大変だから、水運び用の桶に水を入れても重さがかからない魔法というのをかけているわ。他にも、斧の手入れは大変じゃない? 硬い木を割ると刃こぼれをしやすいし、すぐに痛むもの。だから斧が新品同様のまま保たれる魔法をかけておくと、手入れの手間がなくなって楽だな、とか。そういうの、何かあったらやってあげるわよ」
マドリガーレの言葉に、全員が口々に「それ、やって!」と大声で頼む。どの家庭も、子供が朝一番にする仕事は水汲みらしい。薪割りはもっと年長の子供か、あるいは大人がするらしいが、切れ味が鈍ってくると父親達が愚痴をこぼしているらしい。マドリガーレは全員の家でその魔法をかけることを了承すると、まずはアルトの家の水運び用の桶と薪割り用の斧に魔法をかけた。アルトが期待いっぱいで井戸まで行って水を汲んでみると。
「わあ! ほんとだ! 全然重さを感じない!」
「え、ぼくにもかつがせて!」
「俺も!」
「ぼくも!」
「ぼくも!」
ちゃっかり俺も加わって一緒にかつがせてもらったが、本当に桶本来の重さと変わらないままの重量でしかなかった。
「これなら毎朝の仕事がすっごい楽だね!」
アルトが嬉しそうに言うと、マドリガーレもにっこりと微笑んだ。
「こうやって、魔法を暮らしの中で役立てることはとても大切なの。学校できちんと勉強するように先生が言って、そして毎日宿題が出るのはそういうことなのよ」
子供達は「そっか……」とうなずいていた。まだ学年が低い彼らは、魔法の基礎を学ぶばかりで授業がつまらなかったらしい。聞いてみると、内容的には自然の中から放出されている魔力を感じる練習や、自分の体内にある魔力の流れを感じる練習、そして丸くした手のひらの中で魔力の玉を出す練習、などだ。
学年が高くなった時、より大きく高度な魔法を使えるようになるために、いっぱい練習すると彼らは大はしゃぎだった。
すると。
「アルト!」
突然大きな声が聞こえ、アルトの家の店の方からバタバタと走って来る足音が聞こえた。
「母ちゃん、あ、父ちゃんまで」
笑顔で手を振り上げたアルトの前まで駆け寄ってきた彼の両親と思わしき男女は、アルトの体をぐいっと引っ張り、道にバタンと横倒して頭を押さえつけ、更に自分達まで地面に頭をこすりつけた。
大通りの真ん中で、俺とマドリガーレに対し土下座をする両親に、バタバタと手足を動かして「やめてくれよ、いてーよ、父ちゃん!」と文句を言うアルト。
それをものともせず、アルトの父親は真っすぐにマドリガーレへ視線を向けてきた。
強い、強い視線。
「申し訳ありません! うちの息子が……! コン・センティメント家のお屋敷にこっそり忍び込み、あまつさえお嬢様に対して失礼をしただなんて、本当にお詫びのしようもございません! ですが、ご無礼を承知でお願いいたします! なにとぞ、どうかご容赦を……!」
アルトの父親の隣で母親も震えながら頭を下げている。かすかな嗚咽まで聞こえていた。
俺は何があったのか分からず、固まったように体も思考も動かなかった。
いったい、どうしちゃたんだ?
ついさっきまで楽しく魔法で遊んでいたのに。
周囲にはたくさんの人だかりができている。
皆、何が起こったのか、これから何が起きるのか、少し離れた場所から不安そうな顔でこちらをうかがっていた。
そこには明らかに、平民が貴族に対して畏怖の念を抱いている様子が見て取れる。
訳も分からずうろたえていると、隣にいたマドリガーレがスッと進み出て彼らの前にしゃがみ込み、手を差し伸べて話し始めた。
「顔を上げてください。アルトは何もしていませんよ。私や、コン・センティメント家に対して何かした訳でもありません。謝罪していただくことなど、ひとつもないのです」
周囲は静寂に包まれている。
野次馬見物人が大勢いるにもかかわらず、誰一人として口を開く者などいない。
皆、どんな恐ろしいことが起きるのかと固唾を飲んでアルトの一家を見守っているのだ。
アルトの両親は相変わらず地面にアルトの頭をこすりつけたまま震えていたが、マドリガーレの優しい声に励まされ、彼らはようやく恐る恐る顔を上げた。
「ですが……お屋敷に勝手に入り込んだり、魔法のボールを盗んできたりしたと聞きました。叱ったのですが、ボールは貸してもらったとの一点張り。翌日には友達の家に渡しに行くと言って聞かない。むりやり取り上げてお返しに上がろうと思っても、門は閉じられ、あっしらには容易に訪ねて行かれるわけがございません。しばらく様子をみようと静観してたんですが……お怒りになられ、取り戻しに来られたんですよね?」
「違うよ!」
アルトの父親の、あまりに理不尽な言い分に対して、俺は思わず口を出してしまった。
「それは違うよ、おじさん! そのボールは俺が作って、それでアルト達に貸してあげたの! 失くしたボールの代わりに、俺が貸してやるよって言ったんだよ! この子達は盗んだりなんかしない! 悪いことはひとつもしてないんだ!」
「あの……この方は……?」
アルトの両親は突然話に割り込んだ俺に戸惑い、マドリガーレに対して問うた。
「私の従弟で、ソラといいます」
「ではコン・センティメント家のお方なのですね……それでは、うちの坊主は悪さをしてないっておっしゃるんでしょうか……?」
「そうだよ。俺、この子達と友達になったんだ。遊ぶ約束したんだよ。だから今日もここに来たんだ。怒ってボールを取り返しに来た訳じゃない」
「だから言ったろ、父ちゃんっ! お姉ちゃん、お兄ちゃんに遊んでもらったんだって!」
「だっておめぇ……第三家のお嬢様が、こんな平民の子と遊んでくださるなんて思ってもみなかったから……」
言い募るアルトとしどろもどろの父親。
俺は地面に這いつくばっている三人の前に進み出て、彼らの体に手を添えて身を起こさせた。
「ソラ兄ちゃん……」と口にするアルトに向かってニカッと笑ってやり、頭をわしわしと撫でてやる。アルトがへへっと笑うのを見て、彼の両親もようやくホッと息をついたようだった。
後ろでずっとハラハラしながら待っていたソプラとテナーとバリトが一斉に走ってきて、ワッとアルトに飛びつき「良かったーっ」と騒ぎだす。
ようやく、遠巻きにして固唾を飲み見守っていた周囲の人々に、ホッと安堵感が漂った時。
「キャー!」という悲鳴、そして「うわーっ!」という悲痛な叫びが、そこかしこから上がった。
ついさっきまで楽しく遊んでいたのに。
一転して場が不穏になってしまいました。
次話は更に不穏になり、大混乱となります。
そして第一章は24話で終わりです。
4月23日に区切りがつきます。
次回更新は4月20日(金)です。




