19.作ってワクワク
父レチタティーヴォが俺に課題として渡した用紙には、こう書いてあった。
1.生姜を土魔法の植物成長促進で育て増やす。
2.生姜を風魔法で粗みじん切りにする。
3.鍋に刻んだ生姜と水魔法で出した水を入れ、砂糖、蜂蜜を加え、炎魔法で熱して煮詰める。
4.カラのペットボトルにクエン酸と重曹を入れ、冷やした水を作り入れて炭酸水を作成する。
5.煮詰めたジンジャーシロップを漉してグラスに入れ、炭酸水を注ぎ、かき混ぜ、完成。
受け取ったレジ袋の中には、クエン酸、重曹、生姜、砂糖、蜂蜜、小さなまな板、小型の鍋、漉し器、空の五百ミリリットルペットボトル一本、小さじ、計量カップ、料理用デジタルスケール、が入っている。
料理など学校の調理実習でしかしたことのなかった俺は青くなり、このような物を並べ立てられて、本当にジンジャーエールができるのか不安になってしまった。
「お、俺、こんなのできるのかな……」
俺の泣き言に、父レチタティーヴォは笑って背中を叩いた。
「なぁに、何度も試せば良いじゃないか。できなくても、あと数日すれば家に帰るんだ。それまでの辛抱だよ。それに、調理だと思うから難しいんじゃないかな。生物の授業と理科の実験と思えば、少しは気が楽じゃないか?」
父親の言葉に励まされ、その日は訓練時間が終わるまで、それぞれの魔法の基礎訓練をした。目標ができるとやはり集中度が違う。炎の取り扱いも、水の温度管理も、風の強さの微調整も、土の栄養度を高めるのも、先ほどまでとは段違いの性能を見せた。
そして明日の朝からいよいよ生姜を使って成長促進をさせていくことになったのだ。
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「うおーーー! 生姜ができた! すっげー!」
俺は大喜びで土の中から引っ張り出した生姜をマドリガーレに見せびらかした。
「見て、見て、マーレ! できたよ、俺、生姜育てられたよ!」
「うん、うん、良かったね、ソラ!」
土だらけの手を気にせず、互いの手を取ってぴょんぴょん跳ねる俺達ふたりを見て、パストラーレも微笑んでいる。
たった第一段階目で、既に俺はかなりの失敗を重ねていた。
まず、栄養をたっぷり含んだ土を作り、その温度を三度ほど上げる。タネとなる生姜を植え、根腐れしない程度にたっぷりと水を作ってかけ、成長促進魔術をかける。芽が出てきたらもう少しだけ土の温度を上げ、風と炎の魔法の複合で周囲の気温を少し上げる。そのまま成長促進を続け、葉が伸び、黄色くなったら新しょうがの完成、となるのだが……この全ての工程で微調整が求められ、なかなかに苦労を重ねたのだ。
たった第一段階でここまで時間を取られてしまい、明日にはもうソプラやアルト達との約束の日となってしまった。あと半日ちょっとで、残りの工程を全てやらなければジンジャーエールの完成とはいかない。
しかも母親が言うには、飲みやすく、自分好みの味にするには、何度も試して色々な物の分量を調整していかなければならないとのこと。魔術の調整だけでなく、料理方面での調整も必要と聞いて、遥かな道のりだと気が遠くなりそうだ。
「ソラ、応援してる」
「ソラ、頑張って」
「その調子よ、ソラ」
「良いわよ、ソラ」
「うん、きっと次はうまくいくわ、ソラ」
マドリガーレの励ましがなかったら、こんなに頑張れたかどうか、俺には分からない。
そして第一段階で苦労した分、細かい調整能力のコツがだいぶ掴めてきたようで、第二段階以降はわりと順調にこなしていくことができたのだった。
そして、最後のグラスに注ぐ時。
俺は思い切り緊張をしていた。
出来上がった物を漉して、最後に炭酸水を混ぜるだけ。
これで完成する。
あとは飲んで味を確かめるのだ。
スプーンで混ぜ合わせると、炭酸ガスがしゅわしゅわとグラスの中で粒をはじけさせる。
「じ、じゃあ、飲んでみるよ……」
緊張しながらグラスを口に運ぶ。そして恐る恐るひと口飲んでみると。
「うっわー……しょうがの味が、きっつい……それに、なんだか苦い気がするよ……」
「そうなの。少し飲ませてみせて」
「うん、良いけど、覚悟してね」
マドリガーレは恐々グラスを受け取り、ひと口だけ飲むと「うぐっ……!」と変な音を漏らして口を押さえた。
「あっ!」
彼女の手から滑り落ちるグラス。
マドリガーレの膝と周囲を濡らして超辛ジンジャーエールは全てこぼれた。
「あ、ご、ごめんなさい……」
真っ赤になって慌てるマドリガーレに洗浄魔術をかけるように言うパストラーレ。
彼はくすくすと笑っている。
「マーレ……予想通り過ぎて笑うしかないね」
そう言う彼の言葉に、薄々思っていたことを俺は聞いてみることにした。
「もしかして……マーレって、にぶい?」
「いやぁ、マーレは鈍いかも知れないけど、どっちかって言うと粗忽者って感じかなぁ」
「ソラもパストも酷い! 私は鈍いなんて……ち、ちょっとはそうかも知れないけど、粗忽者なんかじゃ……なんかじゃ……ない、わよね……?」
思わず怒って顔を赤くしていたマドリガーレは、だんだん不安になってきたように俺達ふたりを窺ってくる。
そう言われてみると色々思い出すことがある。
食事の時にお皿からトマトが転がり出ていたり、膝の上にミートボールを落としていたり、胸元にソースをたらしていたりしたのを見た。
グラスを倒してメイドさんが慌てて片付けていたこともあったっけ。
そう言えばここに来た初日、魔法庁で昼食を食べた時にフォークを皿に落としてガチャンと音をさせていたし、その後ふたりで話した時……頬を平手打ちされた時も、テーブルを蹴っ飛ばしてアイスティーのグラスを倒していたっけ。
子供達とボールを蹴って遊んだ時も、大概鈍かった。
次から次へとマドリガーレの粗忽さと鈍さを思い出し、思わずプッと噴き出してしまって。「もう、ソラったら!」と頬をバラ色に染めた彼女は、慌てたように母親のレシピ用紙を手に取って視線を走らせごまかそうとする。洗浄魔術を終えた彼女は、既にすっきり綺麗な元通りの服であった。
「ラ、ララ伯母さまの注意書きによると……苦い時は重曹の量を減らす、と。しょうがの味が濃いなら、最初に刻んで入れるしょうがの量を減らしたら良いんじゃないかしら」
「そうだね、そうしてみるよ」
マドリガーレの言葉に笑みがこぼれ、励まされ、それ以降も何度も調整して好みの味に近づけていった。あまりに何度も飲んでいると、もう味見をしても何が何だか分からなくなってきてしまって、マドリガーレの「もう少し蜂蜜を多くしてみましょうよ」とか「しょうがを大きめに切って煮詰めて、早めにしょうがを取り除いてみましょうか」とか、言われるままに俺は作業を続けていった。
そして、もう何十度目か分からないほど試飲をした後。
「おいしい……」
俺は呆然とつぶやいた。
マドリガーレが「私にも飲ませて!」と言って横からグラスを取り上げる。
「おいしい……」
どれどれ、とパストラーレもひと口飲んでみて「これは美味い」とにっこり笑ってうなずいた。
「ソラ、やったな! 最後の方はマーレが味の調整役をずっとしていたし、分量のメモ書きも次に向けての考察も彼女が全てやっていたけど、魔力調整をしてこのジュースを作ったのはやはりソラだよ。おめでとう、頑張ったな」
「パストさん……」
涙が出てきそうなくらい嬉しい。いや、実際に泣いていたのかも知れない。
俺は魔法が嫌いだった。
いや、魔法を取り巻く環境すべてが物凄く嫌だった。
その環境が自分を望まぬ場所へ連れて行き、将来を強制することにとても反発していた。つまり、魔法に関する全部を拒否していたのだ。
それが、今回こちらに来て魔法を学び、楽しさを知り、夢と希望を叶える存在であると気づき、魔法がとても好きになった。魔法を通じて人と交流することを覚えた。
けれども魔力は注意しなければ暴走するのだと教えられた。その為の調節を覚えることはとても苦労だった。
しかも何かを作り出すことは魔法でも難しい。絵本の中の魔法使いが杖をひと振りすると、かぼちゃが馬車になったり、ねずみが馬になったりしたけど、でもそんなのはおとぎ話で、実際には微調整を繰り返しながら魔力を練り上げていく緻密な作業が必要なのだと思い知らされた。
だからこそ完成させられたのはとても嬉しい。苦労したからこそ、出来上がった物への愛着もあるし、達成感もすごいのだ。
でも、それもこれも全てマドリガーレのおかげだ。
横でずっと励ましてくれ、分量のメモを取り、味見をして材料の調整と作り方の工夫を指示してくれた。自分はそれに従って魔術で作り出し続けただけだ。
「マーレ、ほんとに、ほんとにありがとう……」
感激のあまり抱きついたのを細い体で頑張って受け止めてくれ、マドリガーレは俺の背中をぽんぽんと叩いた。
「ソラ、よく頑張ったわね……私も、嬉しい……」
ひとしきり泣いた後、俺は完成したジンジャーエールのレシピでそれを大量に作った。
次の食事の時に、皆に振舞うためだ。
あまりに失敗が続いたので、材料が昨日の段階で足りなくなり、母親がたくさん買い足しておいてくれたため、今ここには材料が余るほど残っている。それでいっぱい作って、ひとり一杯とは言わず、何杯でもおかわりができるくらい、いっぱい作った。
そして夕食時、それを飲んだ皆が大絶賛し、俺とマドリガーレを褒め称えたのは言うまでもないことであった。
高校生の時にソーダ水を作って滅茶苦茶苦かった記憶があります。
友人が市販のソーダ水を使ってジンジャーエールを作って飲ませてくれた時に「ぶほっ」となるほど生姜の味がきつかったのも良い思い出です。
友達と励まし合いながら何かに打ち込めるのは楽しいし、あきらめず頑張ることができて良いですね。
そして、マーレは鈍くて粗忽者でした!(笑)
次回更新は4月13日(金)です。




