6.王の決断、王子の決断
ブリランテ王女の心の叫びが聞こえた、と思った瞬間。
俺の意識は飛んでいた。
窓から明るい冬の日差しが差し込む午後の謁見室。
そこが一面、紫色の魔流に渦を巻く。その中心に虹色の塊が光った後、その虹色はどんどん大きく広がっていき、その中に人影が見えてきた……金色の光の粉をまぶしたような。
「これは何!?」
「ソラがまた魔法を使ったのか!?」
「紫……! まさか、これが時の魔法!?」
「あ! あの人は!」
** ** **
コントラルト国王グランディオーゾの私室に訪ねて来たのはテンペストーゾ元老院議長であった。彼がそっと扉をくぐり入室してくると、王は笑顔で彼を迎えた。
「また何やら視えたのか」
「はい。今回は良き報せです。王太子殿下が、成人する直前、ブリランテ王女の十八歳の生誕祭で、恋に落ちるところが視えました」
「なんと! それはまことか! して、相手は誰じゃ!」
ガタンと席を立った王は、喜びに満ちあふれた顔で部屋の中を歩き回った。
「はい、隣国グリオの第三王女アマービレ姫でございます。ノービリタ王妃の姪御にあたられる方です」
「ほう、ほう! なんと喜ばしきことじゃ! そのアマービレ姫の年はいくつじゃ?」
「カデンツァ王子の五つ年下のようです……現在は十一歳、もう間もなく十二歳になられるかと」
「そうか。ではブリランテが十八の生誕祭の時に出会うとなると、あと三年後であるか。うぬぅ……難しいのう、グリオ国は多産系の王族じゃ。早くから婚約者を取り決め、成人後はすぐに婚姻し、なるべく早くから子を成そうとするはずじゃ。十五歳まで婚約者を決めぬということはあるまい……どうしたものか……」
「左様ですな……このふたり、決して離れられぬ運命のようです。しかしながら、何か要因があって離れて暮らすことになれば、二国を巻き込んで騒動が起きるでしょう……それはぜひとも避けたいところ。王妃陛下ならば、何か良い案を出してくださるのではないでしょうか」
「なるほど、良き手じゃ。王妃をすぐに呼んでみよう」
** ** **
「お呼びでしょうか、陛下」
けだるそうな様子で入室してくる王妃。
夏の暑さに負けてしまい、果物くらいしか喉を通らないせいか、元々少女のように細いのに、更に痩せてしまっている。
「おお、ノービリタ。調子が良くないところ呼びつけて悪かった。しかし議長がいるのでそなたの部屋に行く訳にはいかなかったのじゃ。許してくれ」
「大丈夫ですわ、陛下。お許しがあったとおり、数日後には避暑にまいります。そこで過ごせば暑気あたりなどすぐに回復するはずですもの。それで……議長がどんなご用事ですの?」
「そなたも知ってのとおり、我が国の第四家、コン・スピリトゥオ家には特殊な力がある。未来を予知する能力があるのじゃ。その家系の中でも特に力が強いと言われているテンペストーゾ元老院議長が、三年後に我が息子カデンツァと、グリオ国のアマービレ姫が恋に落ちると予知したのじゃ」
「まぁ、まぁ、なんてステキなことなのでしょう!」
「しかし問題がある。そなたの故国は婚約が早い。アマービレ姫もまだ十一歳だから婚約者もいないであろうが、十五歳になるまで決まらぬとは思えぬのじゃ」
「まぁ、確かにそうですわね。恐らく二年以内には決まってしまうでしょう」
「どうしたら良いか、良き案はないか、ノービリタ」
「そうですわね……」
首を捻って少し考え込んだ王妃は、はたと気づいたように手を打った。
「そうだわ、わたくし、アマービレ姫の婚約者を決めないようにお兄さまに手紙を書くことにいたします」
それを聞いて慌てるテンペストーゾ。
「王妃陛下! それでは第四家の力、外部に漏れることになりまする……!」
「いいえ、そんなことしないわ。上手く書くから大丈夫よ。安心して?」
「しかし……」
不安そうな男ふたりに対し、明るく楽しげな様子の王妃。
先ほどまでのけだるさは感じていない様子であった。
「もう、ふたりとも心配性なんだから。そうね、それなら、兄に送る手紙を、封をする前に議長にお見せするわ。それで何も問題ないようならそのまま封をして出すし、問題があるようならその箇所を指摘してくれたら書き直すから。それでどうかしら?」
「……承知いたしました、王妃陛下。どうぞよろしくお願い申し上げます」
丁寧に頭を下げるテンペストーゾ。
まるで自分が恋でもしているかのように浮かれているノービリタ王妃。
「カデンツァに運命の相手か、重畳、重畳」とご機嫌のグランディオーゾ王。
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「王妃陛下、お呼びでしょうか」
テンペストーゾが王妃の元を訪ね、丁寧に頭を下げた。
本来ならば王の不在時に訪ねるべきではないのだが、明日、王妃は避暑地へと旅立ってしまう。その前にグリオ国の兄王に出す手紙の確認をして欲しいと、王妃から連絡が来たのだ。それで仕方なくテンペストーゾはやって来た。
王妃の私的な謁見室に、元老院議長が単独で踏み入れるなど気が進まぬが、とテンペストーゾは重々しい顔をしていたが、彼のことを、夫が慕う師だと認識している王妃には、何のためらいもない。しかも王妃は年の離れた兄に溺愛され育てられたので、年上の者に甘えることは当然と受け止めていた。
恭しく手紙を預かると、封のしていない封筒の中から手紙を取り出し、端から丁寧に読み進めるテンペストーゾ。
内容的には「グランディオーゾ王が先日、カデンツァ王子とそちらのアマービレ姫が将来結ばれるという夢を見た。この国の王家では時々正夢を見ることがあるので、アマービレ姫の婚約者を決めるのは十五歳まで待って欲しい」というものだった。
「これで結構でございます」
捧げるように手紙を返すテンペストーゾに、ノービリタ王妃は満足そうに笑顔を向けた。
「良かった! 書きたいことはいっぱいあるし、でもあまりに創作しすぎてもダメでしょうし、悩みに悩んでこの内容と文章にしたのよ。褒めてね」
嬉しそうにはしゃぐ王妃に、テンペストーゾは「素晴らしい内容にございます」と頭を下げる。
「見ていて、兄王を必ず説得してみせるわ。こんな楽しいことは久しぶりなの。議長、感謝するわね」
「は……」
手紙を胸に抱きしめ、ノービリタ王妃は頬を上気させて微笑んだ。
** ** **
「おお、テンペストーゾ、ちょうど良きところに参った。グリオ国のドウレッツァ王からようやく『委細承知』との返答が来たぞ! これでカデンツァの恋が報われる!」
わくわくした様子の王に、テンペストーゾは苦悩の表情を浮かべながら頭を下げた。
「そのことですが……良くない未来が視えました」
「なに? 詳しく説明せよ」
「はい。カデンツァ王子二十歳直前、アマービレ姫十五歳で出会い、劇的な恋をして五年後、姫成人後に婚姻をする……ここまでは問題ありませぬ。しかしこのふたり、なかなか子に恵まれませぬ。第一子が誕生するのが婚姻して十年後。これが男児で申し分ない魔力を有する者でありますが、何せ王太子に十年子ができぬとなれば……周囲からの圧力が凄まじく。それを気に病み、姫が気鬱の病に倒れ、痩せ細り、ようやくできた子を力振り絞って産むも、その後、床を離れられぬようになってしまうようです……そして、ついには……」
「なんじゃと! それはまことか! ……いや、そなたの力を疑う訳ではない、つい口から出てしまっただけじゃ……して、それを避ける手はあるのか?」
「はい……カデンツァ王子が王太子の地位を退けば……子ができずともそれほど姫に圧力がかからず、無事に十年後に子を成し、続いて第二子、第三子とお生まれになるようです。しかし……それでは陛下のお世継ぎ問題に支障が出まする……いかがいたしたものでしょうか……」
つらそうな表情で考え込むふたり。
しかし、しばらくして王が大きく息を吐いてゆるゆると首を横に振った。
「グリオ国のドウレッツァ王からは、三年後にアマービレ姫とカデンツァ王子を出会わせることで既に話がついておる。今更これを変えることはできぬ。そしてアマービレ姫が病めば、カデンツァも恐らく正気ではいられぬであろう……第一家、コン・エスプレッシオーネの執着とは種類が違うが、我ら王家の男にも伴侶への執着的特徴がある。難儀じゃ、あまりにも難儀なことじゃ……となれば、取れる手はひとつしかあるまい……」
「では、陛下……!」
「テンペストーゾ。そなた、元老院内にてカデンツァの王位継承権剥奪に向けて動き始めよ」
「陛下、それではあまりに殿下が……! しかもブリランテ殿下はいかがいたします!」
「今はまだ、カデンツァのことしか考えられぬ……余は王じゃ。国の行く末を見て一番良き方法を取るしか無いのじゃ……しかもブリランテは命に別条がある訳ではない。カデンツァは……このままでは失ってしまうやも知れぬ……それだけは、それだけは避けたい。そのためにできることがあるのならば、せねばなるまい。テンペストーゾ、他にも何か視えた時には逐一報告せよ。どんな些細なことでもじゃ」
「はい、必ずや」
「ブリランテの十八の生誕祭で、アマービレ姫と出会っても……カデンツァが恋に落ちぬ可能性もある。そなたの予知が外れるとも思えぬが、望みがわずかでもあるならば希望を持ちたい」
「左様でございます」
「テンペストーゾ、元老院でのカデンツァ王位継承権剥奪の件、頼んだぞ」
「はっ。確かに承りました」
許しを請うように深く、深く頭を下げるテンペストーゾ。
苦渋の決断をした王は「そなたは幼き頃、余の師であった。余にとっては、そなただけが頼りなのじゃ……」とつぶやいた。
「命をかけて陛下にお仕えいたします」とテンペストーゾは首を垂れた。
** ** **
「父上、わたくしはアマービレ姫と添いたいと思います。どうか彼女と婚姻の許可を」
熱に浮かされたような熱い瞳でカデンツァは父王に願い出た。王子の頬は赤く染まり、口元に笑みをたたえ、夢見るような雰囲気を漂わせている。
とうとうこの時がやってきたか、とグランディオーゾ王はきつく目を閉じる。
できればこうなって欲しくはなかったのだが……仕方がない、これも運命だ。
「話がある。アマービレ姫に関することじゃ。ついてまいれ」
** ** **
「そんな……そんな……!」
父王から未来予知の話をされ、呆然とするカデンツァ王子。
苦渋に満ちた顔で頭を垂れるテンペストーゾ。
説明を続ける王の顔にも、疲れと苦悩が色濃く浮かんでいる。
「信じたくはなかろうが……真実なのじゃ。テンペストーゾはそなたらの恋も予知をした。我が国は第四家の先見の力に助けられ、様々な悪運を退けて来たのじゃ。あがいても、あがいても避けられぬ予知もあった。どんなに口惜しくとも変えられぬ未来が。その点……そなたらに関する予知は、ふたとおりあるではないか。どちらを選ぶのかはそなた次第じゃ……選んで良いぞ」
「父上……」
「そなたが幼き頃から王太子として自覚を持ち、その地位に相応しくあろうと努力して生きてきたことを知っておる。その地位を投げ出すことを無責任と考え、恋を捨て生きていくのか……それとも、ただひとつの愛を選び、愛しい人を守る選択をするのか……そなたが選びなさい」
「父上、わたくしが王位継承権を放棄すれば、この国はどうなりましょうか。そしてブリランテは……」
「この国のことは余がなんとかしよう。第三王子が成人するまで頑張るのも一興。そしてブリランテだが。あれは強い女子じゃ。余やお前よりよほど肝が据わっておる。一時的に気持ちは揺れようが、婚約者のレッジェロもついておる。彼は第二家の者、明るく優しく気の良い青年じゃ。必ずやブリランテを支えてくれることじゃろう。ゆえに、そなたは己の気持ちひとつで決めて良い。もしかしたら、これは余が父親としてそなたにしてやれる、最後のことやも知れぬと思うておる」
「父上……」
膝の上できつく拳を握りしめたカデンツァ王子は、しばらく逡巡したが……やがて顔を上げた。
そこには決意した男の顔があった。
「父上、わたくしは王位継承権を放棄いたします」
「……そうか」
「選択をわたくしに委ねてくださったこと、感謝いたします。公爵位となりましても、陛下に忠誠を誓う気持ちは変わりません」
カデンツァは深く、深く礼をして、そして踵を返して辞していった。
その背中は、決意を秘めた一人前の男であった。
ソラが時の魔術を使い、そこにいる全員を巻き込んで過去視をしています。
そこで発覚した第四家の能力。
ほんの些細な手がかりを、今まで文中に何度か書いてきましたが、第四家の能力に気づいた人はいましたでしょうか?
そして今まで不明だったことが過去視によっていくつも明かされました。
次回以降もがんがんネタ回収をしていく予定です。
楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。
次回更新は11月28日(水)です。




