4.アンティフォナ出産の頃
「魔力合わせを副長官以外の人がやるなんて……周囲にばれなかったのですか?」
パストラーレが驚きの声を上げる。それに対して彼の父親であるセリオーソが、人の良さそうな笑顔で答えた。
「なあに、周囲を騙すのは簡単だったよ。本来ならば魔力合わせは魔法長官と副長官が屋上の魔法陣のある部屋で、ふたりきりで行うのが決まりなのだが、何しろ産後ひと月で魔力合わせをしたという記録はない。何か問題が起きたら困る、少しの変化も見逃さないように、あるいは変化があった場合に薬の調合を少しずつ変えていかなければならない、と色々理由を並べ立てて、魔法長官部の人達を無理やり納得させ、魔力合わせの時はわたしとレーヴォが常に付き添いをするということにしたのだ。魔法長官部の人々は心から納得した訳ではなかっただろうが、第一家と第三家の本家の長男がそう言えば引かざるを得なかったという感じだね」
「ははぁ、さすが父上、お見事です」
まるで春の日だまりのような笑顔で微笑み合う父子の、話している内容がちっとも温かい感じがしないので、なんだか薄ら寒くなった。俺にもそろそろ、第一家の人達が見た目通りの性格ではないと、しっかり分かってきたのだ。
「まぁ、それでわたしがフォーナの代わりに、アルと魔力合わせを始めたんだが、実際にやるのはそんなに難しくなかった。元々わたしは二年間副長官見習いだったし、元副長官のアジタート様がフォーナにつらく当たるので、五年の間、なんとか助力しようと色々手を貸していたからね。だからまったく問題はなかった……その年の冬、蘭々の母親が亡くなるまでは」
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わたくし――アンティフォナは、不甲斐なくも魔法副長官の職務を放棄していた当時を振り返っていた。
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【 魔法副長官就任直前の冬の終わり 】
『まったく、この程度で魔力切れを起こしそうになるとは……そなたに魔法副長官の座を任せるのは本当に不安だ……』
『申し訳なく存じます、アジタート様……』
『謝罪してもどうにもならぬ。実力が足りぬなら努力するしかあるまい。魔力を増やす訓練、より一層励むように』
『はい、心得ております。更に励み、努力してまいります』
『うぬ、今日はここまで。これ以上やっても成果は出ぬ。訓練途中であるが終いじゃ』
『はい……』
大きくため息を吐きながら、さっさと背を向け立ち去るアジタートを見送る。
今日の訓練も彼の合格ラインに達しなかった。
落ち込んでいると義兄のレチタティーヴォが心配そうな顔で近付いて来た。
『大丈夫かい、フォーナ?』
『ええ、平気よ、レーヴォ』
『平気そうな顔に見えないけどね……これは、アルが毎日、心配だと言い続けるのが分かる気がするよ……きちんと眠れているかい?』
『……ええ、まぁ』
『うーん、ひと目で嘘と分かるような嘘をつくからね、フォーナは。後でセリオに頼んで妊婦が飲んでも大丈夫な、元気の出る薬を調合してもらおう』
『……みんなに迷惑をかけて、本当にわたくし、不甲斐ないわ……』
『そんなことないよ、気にしちゃ駄目だ、フォーナ。アジタート様の言葉がキツイのが原因なんだから。それが証拠に、魔法長官補佐官のレガービレ様は決して人を追い詰めるような言い方はされない。きみの叔母上だから、わたしにご指導してくださる時も、よくきみを気遣う発言をされているよ。レガービレ様は決してきみを責めたりしないだろう? よく頑張っているとおっしゃってくださっているだろう?』
『ええ、そうね……』
『そうだよ。それに魔法長官のテンペストーゾ様だって、きみを責めたりしていないだろう?』
『テンペストーゾ様は言わない代わりに、視線が恐ろしいけどね。彼の場合“目は口程に物を言う”だから』
『お、アル。そちらも終わったんだな』
『ああ。兄さん、フォーナは今日もアジタート様から何か言われていたのか? フォーナ、大丈夫かい?』
『いいえ、大したことないわ。それに言われて当然よ。わたくし、もっと努力しないと。このままじゃアルを補佐できないし、レーヴォに迷惑かけてばかり。こんな状態でアジタート様が良いとおっしゃってくださるわけがないもの……もっとしっかりしなくちゃ』
『でもきみは妊娠中だし……頑張るのは彼らがいなくなってから、そして出産後でじゅうぶんだよ』
『そうそう。元々はわたしが蘭々と結婚したくてきみに無理を押し付けたんだ。悪いだなんて思わないで、わたしにどんどん迷惑をかけてくれ。それがわたしなりの謝罪なんだから』
『それに、きみを手離せなかったわたしの我がままでもある。きみに多大な苦労をかけると分かっていても、きみと別れるという選択肢を選べなかった。だからわたしがきみを手助けするのは当然のことなんだよ』
『でも……わたくしだって、望んでこの職に就いたのよ。誰かに責任を肩代わりしてもらおうだなんて思っていないわ』
『そうか、その責任感の強さがきみの良いところだな。まぁ、でも、本当にそんなに頑張るのは出産後で大丈夫だよ。今はまだ安定期にも入っていないし、お腹の子供に何かあったら大変だ。どうか体を大切にして欲しい』
『そうだね。本当にそうだよ。無事ふたり目の子を産んでから、それから頑張ってくれれば良いから』
『……そう、ね……お腹の子に何かあったら困るわね……』
『そうだよ、春になったら彼らは元老院に行き、晴れて三人だけで仕事ができる。きみは安心して子供を産んでくれたら良い。それが終わったら大魔術のために魔力合わせが始まる。頑張るのはそこからで良いから。ね?』
『そうね、そうさせてもらうわ。今はこの子のことを第一に考えるわ』
『そうそう、それが良いよ!』
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【 その半年と少し後、マドリガーレ出産後の夏の終わり 】
『アル……マーレの様子はどう……?』
『ああ。さっき見てきたけど、健康そのものって感じだよ。子供部屋に行った時はちょうどミルクの時間で、んくっ、んくっ……という風に一心不乱に飲んでいたよ。笑っちゃうくらいに顔を赤くして一生懸命で……だから大丈夫、心配しないできみは寝ていなよ。出産で心身ともに疲れているんだから。後で様子を見に行って、機嫌が良さそうだったら連れてくるから。顔を見たら安心だろう?』
『ありがとう……アル……』
『眠そうだね、少し寝たら良いよ。寝て起きるたびに、少しずつ体が回復していくから。安心して養生して?』
『そうね……でも、わたくし、いつになったら魔法副長官に復帰できるのかしら……普通なら出産後数日もすれば起きて皆と一緒に食事をしたり、ほんの少しなら庭に散歩に出られるようになったりして、少しずつ動き回れるようになるのに……もう十日になるのに、まだベッドから離れられないなんて……』
『別に気にしなくて良いよ。まずは良く寝て。昨日より調子が良さそうだよ。この分なら、明日はもっと良いはずだ。皆と一緒に食事ができるのももうすぐだ。大丈夫、セリオもきみはどんどん回復してきているって言ってたじゃないか』
『ええ……ありがとう、アル……』
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【 その四か月程後、レチタティーヴォが魔力合わせを行っている冬半ば 】
『まずい、困った事態になった……』
『どうした、レーヴォ』
『しばらくコントラルト国に来られなくなってしまった、どうしよう、大丈夫だろうか、困った、どうしよう……』
『落ち着け、レーヴォ。何があったのか詳しく話せ』
『あ、ああ、セリオ。そうだな、アルもフォーナも聞いてくれ。いよいよ蘭々の母親が危なくなった。もうずっと長患いしていて、いつ容態が悪化してもおかしくないという状態から小康状態へという繰り返しを何年もしていて……医師から、危篤の連絡があったと蘭々が言ってきた。義父も病院に向かっているのだが、わたしもこれから行きたいのだ。もしもの時には数日、ことによってはもう少しかかるかも知れないが、とにかくコントラルト国にはしばらく戻れない……魔力合わせを、その間、しなくても大丈夫だろうか……?』
『ええっ、魔力合わせを数日間、ことによっては一週間以上もこちらに戻らず日本へ行くと言うのかい?』
『兄さん、それは……あまりに大変な事態だ……魔力合わせは、毎日、少しずつ長官の魔力に染め上げていくもの。今まで三か月以上やってきたことが、その数日間でどれだけ後退するか……毎年魔力合わせをして年を重ねているのなら、互いの魔力に合わせやすい体質に変化しているだろうけれど、わたし達はこれが初回だ。なかなか合わせることができていない。それなのに、魔力合わせを中断するなんて……今までに例がないだけに、何とも言えないけど……かなり危険なんじゃないかな……』
『大魔術は星の月の間なら、月初めでも月終わりでも構わないとされているが、元々フォーナの体調が戻るのを待っていたから、結果的に今年は月末に行うという予定になっていただろう……レーヴォが戻って来てからどれくらい魔力が離れてしまったか確認して、少し後戻りしたところから魔力合わせを再開したとしたら、それはどのくらいの日程の遅れになるのか見当もつかないな……わたしの薬の知識でなんとかできるだろうか……弱ったな……』
『セリオ、すまない。なんとかしてもらえるだろうか』
『まぁ、やれるだけやってみるさ』
『アル、迷惑をかけて本当にすまない。だが、義母という血の繋がりのない存在とは言え、六年以上家族として暮らし、介護や世話をし、入院すれば見舞いに行ったという大切な存在だ。仕事優先で駆け付けないという選択はできない。それに蘭々のことも心配だ。今だって取り乱しこそしなかったものの、画面越しですら分かるような、見るからに真っ青な顔で震えていたんだ。彼女をなだめながら病院へと促すことしかできなかったし、義父もまだ病院に向かっている途中だろう、そんな状況でひとり耐えている彼女を放ってはおけない。申し訳ないが……魔力合わせがどんなに大切なことか知っていながら、こんなことを言うのは本当に気が引けるが……叶うことなら、日本に行かせて欲しい……』
『頭を上げて、レーヴォ。元々はわたくしの回復が遅れたのが原因よ。わたくし、あなたがいない間、アルと魔力合わせをしてみるわ。今ならマーレを産んだばかりだもの、きっと魔力はアルに相当近付いているはずよ。もしも魔力合わせを始めて、星の月に間に合うようなら、ここからはわたくしが後を引き継ぐわ。本来ならわたくしの仕事だったのだもの。頑張って大急ぎで夫の魔力に合わせてみせるわ』
『フォーナ、そんなことが可能なのだろうか?』
『分からない……でも一日の上限時間を少しだけ越えてやるとか、セリオに特別な調合薬を作ってもらって、少し濃度を高めてもらうとか、何か方法があるんじゃないかと思うの。もうすっかり体調も整ったし、少しくらい無理してもやりたいわ。これまでレーヴォに迷惑かけてきたのだもの。頑張らないと』
『フォーナ、申し訳ない……』
『いいえ、謝る必要はないわ、レーヴォ。さあ、もう行って。ララが待っているわよ』
『ああ、恩に着る!』
『……ああ、あのように慌てて駆けて……ララとその母君が本当に心配なんだな……』
『仕方なかろう。では、気持ちを切り替えて、アルとフォーナの魔力合わせを始めてみよう。まずはどの程度、フォーナがアルの魔力と同じなのか、あるいは離れているのか、見極めないと。ちょうど良い薬を作るために、まずは魔力合わせを試してみて欲しい』
『分かった。ありがとう、セリオ。きみにはいつも、いつも助けてもらっているな。本当に感謝している』
『よせよ、アル。わたしはちっとも迷惑に感じていないよ。逆に、きみらといると普通なら調合する必要のない薬を作らせてもらえたり、新薬を開発させてもらえたりして、楽しくてこちらが感謝しているくらいだ。まったく気にする必要はないさ』
『あはは、第一家は本当に研究が好きな家系だな。なら、早速魔力合わせをしてみるか。フォーナ、こちらへおいで』
『はい』
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結果的に、わたくしは星の月までにアルマンドと完全に魔力を合わせることができなかった。
そして兄弟の魔力合わせも足りなかった。アルマンドは念のためにと、夫婦間、兄弟間、と、どちらとも魔力合わせをし続けたのだが、結局どちらも期日までに間に合わなかったのだ。
通常の倍の時間をかけて、アルマンドはふたりとそれぞれ魔力合わせをして頑張ったのに。
薬の濃度を上げてもらい、量や頻度を増やしてまで、わたくしとレチタティーヴォは摂取量を増加したのに。
わたくし達三人が体調を崩さないぎりぎりの上限を見極めて、セリオーソが最大限効果のある薬を調合したのに。
それでも、期日までに間に合わなかった。
努力だけではどうにもならない、そんなことがあると、その時に知ったのだ。
だからわたくし達四人は、やってはいけないことに手を出してしまった。
レーヴォがアルと魔力合わせを始めましたが、3か月経った頃、ララの母親が危篤になり、レーヴォは日本へ行ってしまいました。
残ったララとアルは、セリオの協力の下、魔力合わせを開始し、葬儀を終えて日本から戻ったレーヴォもアルと魔力合わせを再開しました。
けれども、大魔術施行予定日までに魔力合わせが終了できなかった……そういうお話でした。
3人の選択がどんなものだったのかは、次話をお待ちくださいませ。
次回更新は10月17日(水)です。




